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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第一章 カミーユ・ビダン
  第一節 前兆 第一話

 
前書き
 サイド7〈ノア〉。そこは一年戦争で全滅したコロニーを再生し、再入殖させたコロニー群である。一バンチコロニー〈グリーン・ノア〉を首都島として、二バンチコロニー〈グリーン・オアシス〉が存在する。本来は既に二つのコロニーは完成して、新たなるコロニーの建設に着手しているはずだった。
 だが、ティターンズの台頭によって、接収された〈グリーン・オアシス〉は後方軍事基地化によって完成が遅れ、新たなコロニーの建設資材はすべてティターンズに接収されている。
 そして、〈グリーン・ノア〉もティターンズ関係者の一時居住地と化し、スペースノイドを閉塞感が覆っていた。 

 
「くしゅんっ」
 春らしい服装をした少女がくしゃみをひとつ。
 紅いチュニックからすらりとのびた両腕は、黄色い長袖に包まれている。黒髪らしいセミロングの髪が光の具合によっては藍色にも見えた。少女を知る者なら、快活な雰囲気をまとった東洋人風の顔立ちを、誰もが特徴に挙げるだろう。混血の進んだ宇宙世紀では、純オリエンタルの顔立ちは珍しい。そしてなにより、意志の強そうな瞳が、その存在を忘れさせないのだ。
 気候を完全にコントロールしているスペースコロニーでは、敢えて季節感を演出するために秋から冬にかけて気温を下げ、冬から春にかけて気温を上げるという微調整をしている。コロニー毎にその設定は違う――特に、サイド6にあるリゾートコロニーなどでは、一年中夏気温になっているバンチもある――が、ここ〈グリーンノア〉は割合季節のはっきりした温帯地域を模していたから、春先では肌寒さが少し残っている。
「ファ、風邪?」
 くしゃみをした少女は左手にノートを持って、胸元に抱いている。少女は声を掛けた友人に向かって大きくかぶりを振って応えた。
「ん~、そんなことないけど……誰かが噂してたりしてっ」
 少女の名はファ・ユィリィ。サイド7〈ノア〉に住む大学生である。
 一緒に居るのは、大学の同級生トゥ・メイリン。同じハイスクールから進学した友人であり、数少ない同じ華僑であった。
 人口の少ないサイド7には、大学といえば市立グリーンノア国際大学しかない。ユィリィは史学生であり、文学部に籍を置いていた。専攻は『宇宙移民史』である。
 高校の友人たちはサイド6の名門大学ノースブリッジや、地球の連邦総合大学に進学したりしていたが、ユィリィには両親の許から離れて暮らすということ自体が想像の埒外にあった。「そんなに裕福でもないし、成績が飛びぬけてもいないしネ!」というのがユィリィの現実感覚である。
 ユィリィにとって、世界とは自分が住むサイド7の一バンチコロニー〈グリーンノア〉が全てであった。中高生のころはジャーナリストになって世界を駆け巡りたいとか、芸能界に憧れたことがなかった訳ではないが、現実とはそういうものだ。宇宙に浮かぶ細長いシリンダーの大地がユィリィの故郷であり、生きる世界の全てだった。ユィリィにとっては、〈グリーンノア〉でさえ、十分すぎるくらいに広い世界なのだ。
 ユィリィの世代では、他のコロニーに行ったことがないという人間は大勢いる。
 さすがに再入殖が始まったばかりのサイド7ではそんなことはないが、それでも移民のときが初めてという人間が多い。ユィリィもそうだ。両親がアンマンに戸籍を持っていたため、月生まれではある。
 ただし、現在はサイド7に戸籍が登録されている。そして、一生サイド7から戸籍を動かすことはないだろう。なぜなら、スペースノイドは地球連邦政府の許可なく戸籍を移動させることはできないからだ。そして、宇宙開発関連や軍関係産業に従事する人間以外、スペースノイドは戸籍がないサイドへの移住を制限されている。名目は治安維持のためであったが、ジオンの再来を恐れてのことであることは誰の目にも明らかだった。
 サイド7は月の反対側、第三重力緩衝点――通称、L3のハロ軌道を巡る安定宙域に設置された最も新しいサイドである。サイドとは四~五〇基のスペースコロニーを単位とする地球連邦政府の自治領である。一年戦争以前は中央政府の殖民地としての立場が強く、自治さえ行われていなかったが、現在は、サイド単位での自治政府が存在している。
 サイド7は一年戦争で一度壊滅した自治領である。
 生存者ゼロ。
 当時たった一基のコロニーしか存在しなかったサイド7は、現在、再開発が始まり、二基のコロニーが存在する。1バンチコロニー〈グリーンノア〉と2バンチコロニー〈グリーンオアシス〉である。再開発には、ジオン共和国が全面的にバックアップをしており、現在でもジオン共和国籍の開発関係者は多い。特にモビルスーツ関連工学や造船・通信・光学関係などの科学技術面においては、いまだにジオンに一日の長があった。
 コロニーの最大人口は一五〇〇万人だが、〈グリーンノア〉への入殖人口は五〇〇万人に満たない。
 折角始まった入殖だったが、〈グリーンオアシス〉がティターンズに接収されて以後、軍人家族の居留先として機能し始めたため、連邦政府によって、入殖が停止した状態である。特に、ジオン技術者は〈グリーンオアシス〉から締め出され、開発が遅々として進まない状態に追い込まれていた。
「何いってんのよ。アンタみたいにガードの固い子、みーんなとっくに諦めてるんだからっ」
 笑顔で答えるユイリィに、メイリンはやれやれという表情を返した。無理しちゃってという声なき声を、ユイリィは感じ取ったのか、べーっと舌をだして、はにかんだように笑った。
 確かに誰かが噂なんて考えても居ないことだった。軽口にもほどがあるとメイリンは言いたそうだ。それもそのはず、ユイリィが自分のことを話してほしいのはひとりだけなのである。
 士官学校へ行ってしまった幼なじみが、連休のたびに帰ってくるんじゃないかと、ベイエリアへ度々足を運んでいることは、友人も両親も知っていた。家族のように育った幼なじみが居なくなって、もともと男づきあいのない少女が余計に男っ気がなくなったことを心配もしていた。
「士官学校ってさ……」
「また、カミーユの話? そんなに気になるんなら、押しかけちゃえばいいじゃない」
「え?! 何行ってるのよ。そんな簡単に行かれるわけないでしょ?」
 スペースノイドにとって、コロニー間の旅行でさえ経験せずに、一生を終える人の方が多い現実を知った上での冗談だ。
 これは、コロニーが自給自足型であることに加え、コロニー旅行がそれほど気軽なものではないことにも原因がある。二十世紀の国家乱立期における海外旅行ほどの感覚では計り知れない。旧世紀の第二次世界大戦以前、外国旅行がまだまだ、一般的でなかった頃に良く似ている。第一、現在の地球圏は、戦後それほど時間もたっていない。デラーズの乱とて三年前のことなのだ。裕福層でもなければ、ましてや月になど行かれるはずもなかった。
「だって、スクワーム先輩はちょくちょく帰ってきてるんでしょ?」
 メイリンの言うとおりである。
 同じ士官学校に通っていても、カミーユは帰ってこなかった。
 スクワーム先輩というのは、ユイリィたちの一級上のランバン・スクワームである。彼は連休の度に帰省して、カミーユが元気でやっているということをユイリィに伝えてくれていた。だが、それはランバンの優しさからくるリップサービスであることは明白だった。カミーユはそういう少年ではないことをユイリィが一番知っているのだ。カミーユはもっと、無理してでも男らしく振舞おうとする――突っ張ったところのある少年だった。だから、ユイリィのことを気にしていたとしても、ランバンに伝言を頼むような性格ではなかった。
「向うに彼女でもできたのかな?」
 憂い顔でつぶやく。
 そうとでも考えなければ、やりきれない。
 気にされていない気がしてならないのだ。
(カミーユは私のこと……嫌い?)
 嫌いなら嫌いでも構わない。でも、彼女ができたのなら、紹介ぐらいしてくれたって――そんな風にも思う。幼いときからずっと一緒だったユイリィにしてみれば、カミーユは意識した初めての男性でありながらも、家族同然の存在だった。
「カミーユって案外モテないよ?」
 言外にそんな物好きはファだけだよ……という声が聞こえた気がした。必死で平静を装っても、耳の後ろは真っ赤に染まっている。
「そんなことないよっ!」
 でも、そうだったら嬉しい。
 ユイリィの心の声は素直だった。カミーユが士官学校に行ってしまって、突然、一緒に居られなくなってからというもの、塞ぎこみがちだったユイリィが元気になれたのは、最近のことなのだ。ユイリィは自分の気持ちを誤魔化すかのように必死に勉強した。大学に入って、色々考える時間ができたことで、カミーユが好きという自分の気持ちに嘘は吐けないと、諦観できた。
 実際のところ、一見女性的な顔立ちをしたカミーユにファンは多かった。が、問題はその直情径行な性格だった。ホモアビス、リトルモビルのサイド大会で優勝するサイド7のちょっとした有名人である。人気はあるが、遠巻きに見るだけで終わってしまう。それはファンサービスもリップサービスもしない、カミーユは、名前のことで「女っぽい」とでも言われようものなら、誰彼構わず喧嘩を吹っかけてしまうからだ。
 更に言えば、人見知りっぽくなく誰でも話すくせに打ち解けないという、複雑というか屈折した性格を持っていた。
「いなくなって、わかること……ね」
 人は意外とそういう面がある。
 失わなければ、その大切さに気がつけない。
 だが、そうして、成長していくものなのだろう。
「なんか言った?」
「ううん。なんでもない」
 ショッピングに行こうと言うメイリンの誘いを断って、ユイリィは図書館行きのバスに乗り込んだ。
 先週、センター街のショッピングモールに付き合って買い物をしたばかりなのに、まだ買いたいものがあるというメイリンの買い物には付き合いきれないと思いながら、バスの座席に身を滑り込ませた。
 ふと、目線を上げると、普段なら見知った顔しか乗っていないはずのバスに、軍服を着た、見慣れぬ男が居た。
 見慣れぬ男の服装は、地球圏に住む人間なら知らない人はいないだろう。
 その軍服は地球連邦軍の軍服と全く同じデザインでありながら、その色が問題だった。
 コロニー駐留軍や通常の地球連邦軍の軍服は灰色と相場が決まっている。
 だが、その男の軍服は紺地に紅衿、そして、黄色いラインに縁取られたエリートの中のエリートといわれる連中――ティターンズであった。
 元々民生用だったサイド7であったが、三年ほど前から隣接コロニーである〈グリーンオアシス〉がティターンズの本拠地として軍事基地化されるに伴い、〈グリーンノア〉にも軍人やその関係者、家族などの移住が多くなり、街で軍服を見かけることは珍しくはなくなったとはいえ、頻繁に目にするというほどでもなかった。
「なぁ? いいだろ……?」
 猫なで声とでもいうのか、下卑た色好きのする声色だった。男は、嫌がっているようにも見える女性を口説いているのだろう。
 近づかないに越したことはなかった。誰も、彼の軍服を恐れて静止する人はいない。なのに女であるユイリィが助けることなどできようはずもない。
 スペースノイドは基本的にティターンズを地球至上主義の象徴として快く思っていない。それはそもそもティターンズのメンバーが選民思想的であり、エリートであることを鼻に掛けていたからでもある。だが、それ以上に、ティターンズの実態が『スペースノイドへのアースノイドの示威組織』であることを見抜いていた人たちが多かったからだ。比較的親地球連邦の住民が多い〈グリーンノア〉でさえそうなのだから、他のコロニーではなおさらだろう。
(誰か、助けてあげて……)
 心の中で必死に願っても、それが虚しいことであると解っている。解っていても祈らずにはいられない。
 コロニーのエレバスはコントロールセンターで管理されているオートパイロットであり、前時代的な車掌などというものはいない。つまり、無人である。
 エレバスがバス停についた。全てのドアが開いた。
 すかさず、逃げるようにして女性がステップを降りる。
 軍服が追って走り去った。
「ちょっと待てよ! おいっ!」
 男の呼び止める声に、ほっと胸をなでおろした。
 逃げ切って欲しい。そう願いながら視線を前に戻した。
――バシーンッ!
 女性が走り去った方から、頬を叩く甲高い音が響いた。だから、女性が叩いたのだと思った。
 だから、驚いた。驚いて音のした方をみる。しかし、ユイリィが想像したのとは違う光景が写った。軍服の男が女性を叩いて、女性が崩れ落ち倒れていく、瞬間が目に焼きつく。
「ティターンズをバカにしてんのかっ?!」
 男の怒鳴り声が響いた。
 酷い光景だった。男がーーしかも軍人が、女性に暴力を振るっている。
 だが、それが現実だった。
 バスのドアが無機質に閉鎖音を鳴らす。
 うずくまる女性を無理矢理立たせ、腕を掴んだ男の姿が遠のいていく。
 ユイリィは、何も出来ない自分が悲しかった。だが、自分に何ができたというのか。
 それほど、ティターンズは恐怖の対象である。
 ティターンズは普通の軍人ではないのだ。彼らに睨まれれば「反政府運動活動家」のレッテルを貼られてしまう。
 ティターンズの横暴は日に日にスペースノイドの反発を高めている。
 この首都島である〈グリーンノア〉でさえ、学生の間ではアングラで、反政府組織のビラなどが回ってくる。
――次ハさいど7総合図書館、さいど7総合図書館。
 耳障りな合成音のアナウンスが流れる。
 ワザとそういう合成音にしているのだろう。
 ナチュラルな音よりも、気づきやすいことは確かだ。
 人気のまばらなプラットホームが近づいてくる。図書館などというところは、それほど人が集まる場所ではない。
 特に、調べ物ならネットで大概のことが済んでしまう時代にあって、図書館に意味があるのか?と考える人もいる。だが、ユイリィは、本と言う媒体が好きだった。
(忘れなきゃ……)
 だが、目の前で起きた事実をすぐに忘れられるほど、人は便利ではない。コンピュータのファイルを削除するように記憶は消せはしないのだ。だから、ユイリィは目の前のゼミの教授に提出するレポートに集中するしかなかった。 
 

 
後書き
 月甫です。
 プロット時は2100~2200文字程度だったのですが、小説に起こしなおすに際して倍以上の量になってしまいました(笑)

 章タイトルがカミーユなのに、のっけからファで始まっているのはご愛嬌(笑)
 章タイトルはその章のメインキャラということなんですが、第一章は、歴史を振り返る必要性があったため、ファに登場してもらい、一年戦争以前の宇宙世紀をレポートにまとめてもらいます。

 ファがレポートする宇宙世紀の歴史は、月甫が考察した宇宙世紀の歴史でもありまして、この作品の根幹ともなっています。 
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