幸せの色
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第二章
第二章
「私は黄色を描くわ」
「そうなんだ」
「貴方が青で幸せを描くのなら私は黄色で。それでいいわね」
「うん、じゃあ僕も青で描いていくよ」
達也もその言葉に刺激を受けた。
「競争ってやつかな」
「そうね。言われてみればそうかも」
諒子はその競争という言葉に微笑んだ。
「じゃあどちらが幸せを描くか」
「勝負だね」
笑みを浮かべ合う。それからまた描きはじめる。達也は青い絵を、諒子は黄色い絵を。二人はそれぞれの絵を描いていっていた。
もうどれだけの絵を描いただろうか。達也も絵も諒子の絵も結構な数になっていた。だが二人はそれでも毎日部室で黙々と描き続けていた。
「二人共いつも頑張ってるわね」
顧問の綾坂先生がそんな二人に声をかける。黒のロングヘアの大人の女性であった。
「いいことよ、それは」
「有り難うございます」
二人は顔を向けてそれに応える。相変わらず並んでキャンバスに向かっている。
「けれど同じ系列の色なのね」
これはもうすぐにわかることだった。
「中野君は青で井出さんは黄色で」
「ええ」
「中野君は前聞いたけれど」
それが幸せの色だから使っている。それは以前本人から聞いていたので知っていた。だからそれはよかった。
「けれど井出さんは」
「私も同じです」
諒子はにこりと笑って述べた。
「黄色が幸せの色だから」
「やっぱり」
それを聞いて実に頷くものがあった。
「それでなのね」
「はい。幸せっていったら黄色ですから」
「違うね、青だよ」
達也はそれを聞いて諒子をからかうようにして言った。
「幸せの青い鳥の」
「じゃあ私は幸せの黄色いリボンよ」
諒子も負けじと言い返す。
「黄色が幸せの色なんだから」
「だから青なんだって」
達也も負けてはいない。
「そうですよね、先生」
「ええ、確かにね」
先生はまずは達也の言葉に頷いてみせた。
「中野君の言う通りよ。青い色は幸せの色」
「ほらね」
「けれど黄色も幸せの色よ」
「えっ」
「そら見なさい」
達也は勝ち誇った様子がすぐに驚きになり諒子は歯噛みが瞬く間に勝利の笑みに変わる。
「どちらも幸せの色なのよ」
「どちらもですか?」
「そうよ」
先生は今度は二人に対して言った。
「そんな、幸せの色って一つじゃないんですか」
「だって。君達だって今それぞれ幸せの色って書いてるでしょ」
二人の絵に目をやって述べる。
「そういうことなのよ」
「そういうことって」
「どういうことなのかしら」
「難しく考えることはないのよ。言ったままだから」
そう言って包み込むような笑みを二人に向けてきた。それは彼等より多くのことを知っている年長者が教える笑みであった。
「青も黄色も幸せの色」
「はあ」
「そういうことなのよ」
「どちらも」
「そう、そして青や黄色の他にもね、幸せの色はあるのよ」
「そうなんですか」
二人はそれを聞いて首を傾げさせた。どうにも話がわからないのだ。
だが先生はそんな二人に対してまだ笑ったままだった。穏やかな笑みを向け続ける。
「考えてみるといいわ」
「けれど何が」
「考えてみるだけでなくて探してみるのもいいわよ」
「探すのですか?」
「きっと側にあるわよ。すぐ側にね」
「ううん」
達也にも諒子にも先生の話の意味が全くわからなかった。そんなことが有り得るのかとさえ思えるのだ。達也にとっては青、諒子にとっては黄色が幸せの色、そう思ってずっと描いてきたからだ。それが変わるのか。とてもそうは思えない。先生の話はまさに狐につままれたような話であった。
「描くなとは言わないから」10
先生はこう言い加えた。
「描きながら考えてみたら?」
「はあ」
「じゃあそうさせてもらいますね」
「できたら先生に見せて」
穏やかな笑みは変わらない。
「楽しみにしてるからね」
「わかりました」
二人は答えた。それからまた描いて描いて描いてであった。けれど達也の色は青いままで諒子の色は黄色いままだった。それが変わることはなかった。
二人にはどうしてもわからない。幸せの色は一つしかないとしか思えなかったのだ。達也も諒子も。どれだけ考えても悩んでも結論はそれである。それでも考え続けて描き続けているが。結論は変わりそうにもなかった。
「井出さん」
考えながら描き続ける中達也は諒子に声をかけた。学校の帰り道であった。
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