戦国異伝
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第百六十八話 横ぎりその七
「徳川殿は武田の軍勢と対峙されているでしょう」
「そしてじゃな」
「負け申す」
これはもう避けられないというのだ。
「それもかなりの負けです」
「そうなるな。しかし武田信玄」
信玄のこともだ、信長は言うのだった。
「やはり只者ではないな」
「ですな。確かに」
「こうしてくるとは思わなんだ」
「軍師山本勘助の考えでしょうか」
「それを受けたのは武田信玄じゃ」
他ならぬ彼だというのだ。
「甲斐の虎じゃ」
「そしてその虎がですな」
「竹千代の前で顎を大きく開いておるわ」
それが現状だった。
「まさにな」
「では」
「うむ、竹千代が死なぬことを祈る」
今はそれしか出来なかった、信長にしても。
「まさにな」
「それしかありませぬか」
「飛騨者を送ってよかったか」
こうも言う信長だった。
「あえて」
「そうやも知れませぬ」
ここでこう言ったのは島だった。
「あの者達は一騎当千、ですから」
「万が一の時はな」
「はい、徳川殿のお力になります」
「そうじゃな、牛助のよい考えじゃった」
佐久間も褒めるのだった。
「ではな」
「それでは」
「急ぐぞ」
信長はあらためて全軍に告げた。
「三河までな」
「そうですな。殿ここは」
「竹千代が危ういわ。あ奴に万が一のことがあってはならぬ」
こう言ってなのだった、信長は全軍をさらに急がせるのだった。信長は報を聞き家康の危機をすぐに察した。
それは信長だけではなかった。この戦は相模の北条も見ていた。氏康は小太郎からその報を聞き険しい顔になってこう言った。
「徳川家康は出るべきではなかった」
「浜松城からですな」
「出るべきではなかったと」
「そうじゃ」
その通りだとだ、松田と大道寺に答えた。
「ここは籠城すべきじゃった」
「それでは武士の名折れでは」
北条綱成がこう氏康に言ってきた。
「それでもですか」
「確かに徳川の名は落ちる、しかしじゃ」
「それでもですか」
「それも生きておれはこそ」
家康の首が胴とつながっていればこそ、というのだ。
「それでこそじゃ」
「では」
「徳川は誤った」
家康は、というのだ。
「あそこは出るべきではなかった」
「籠城を続けるべきでしたか」
「どうせならな。どのみち織田と武田はぶつかる」
氏康はこのことを絶対と見ていた、実際に信長も信玄も互いの主力を向かわせている。衝突は必須だ。
「だからな」
「そこで、ですか」
「徳川は動くべきでしたか」
「何時出てもいいのじゃ」
城からというのだ。
「武田信玄は徳川を誘い出したのじゃ」
「その軍勢を叩く為に」
「あえて」
「そうじゃ、その為にな」
氏康もまた相模の獅子とまで言われた男だ、関東の覇者となりその信玄や謙信と争ってきた訳ではない。彼等に比肩する傑物なのだ。
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