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第三章


第三章

「この人ね。何処をどう血迷ったんだかね」
「人が凧に乗るって?」
「それで空でも飛ぶつもりかよ」
「ちょっと考えてるんだよ」
 やはりここでも答える藤吉だった。
「ちょっとな。どうかって思ってよ」
「正気かい?あんた」
「そんなことできる訳ないだろうに」
「やっぱりそう思うよね」
 お鮎は苦笑いを浮かべて二人の言葉に応えるのだった。
「普通はね。そう思うのが道理だね」
「当たり前だよ、人が空を飛ぶってよ」
「烏や雀じゃあるめえし」
 彼等は空を飛べるのは鳥か虫だけだと思っていた。江戸時代ではこれは当然のことだった。
「絶対無理だって」
「それができたら仙人になれるさ」
「俺は雲は作れねえよ」
 しかし藤吉は真面目な顔でこう彼等に返すのだった。座って凧を作りながら。
「けれどな。凧と独楽は作れるんだよ」
「で、人が乗れる凧を作るのかい」
「やっぱり滅茶苦茶だよ」
 二人の言葉は変わらない。
「そんなことはよ。できるものかよ」
「できたら世話ないよ」
「かもな」
 一応二人の言葉には頷きはする藤吉だった。
「けれどよ。それでもよ、やってはみるさ」
「まあ博打とかそういう身を滅ぼすのじゃないからね」
 お鮎はここで亭主の今のおかしな行動に対して庇いはした。
「別にいいけれどね。仕事もちゃんとやってるし」
「仕事は忘れねえよ」
 それはしっかりとしている藤吉だった。
「けれどよ、それでもだよ」
「その凧は作るんだね」
「駄目は承知でやってみるさ」
 彼は本気だった。
「それでな。やってみるさ」
「まあこっちは凧と独楽さえよかったらいいからさ」
「好きにしな」
 主人も手代もこれ以上は言わなかった。
「じゃあそういうことでな」
「金はここに置いてくよ」
 彼等は独楽と凧を受け取ってそのうえで金を置いて藤吉の家を後にした。彼はその日も自分の仕事が終わるとそのばかでかい凧を作った。そうして暫くして遂にその凧ができたのだった。
「それでよ、御前さん」
「おうよ」
「その凧で飛ぶんだよね」
 こう亭主に対して尋ねるのだった。そのばかでかい凧を見ながら。
「その凧で」
「そうさ。ただ糸じゃなくよ」
 ここであるものを出すのだった。それは。
「この縄を使うんだよ」
「凧なのに糸じゃないのかい?」
「それにはでかいからよ。だから合わせたんだよ」
 こう女房に言うのだった。その白く四角い巨大な凧を見ながら。
「この凧によ」
「本当にこの凧飛ぶのかい?」
「俺の凧が飛ばなかったことがあったか?」
 このことには逆に聞き返すのだった。
「それはよ。あったか?」
「いいや」
 彼女が亭主の腕前はよくわかっていた。だからこそ否定できた。
「それはなかったよ、今までね」
「それで飛んでる時に壊れたこともなかっただろ」
 続いてこのことも問い返すのだった。
「そうだろ?それはよ」
「まあね。けれどさ」
 それはわかっていても言うお鮎だった。
「こんな大きな凧が本当に飛ぶのかい?」
「信じられねえってのかよ」
「そうだよ、幾ら何でもね」
 首を傾げてその目を顰めさせていた。
「普通の凧じゃないだろ?やっぱりさ」
「普通じゃなくても凧は凧だよ」
 しかし藤吉はあくまでこう言う。
 
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