無様な最期
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第二章
第二章
「若い人に」
「まだ若い人達を煽ってお金を儲けているのね」
彼女は田中の正体をすぐに見抜いた。
「つまりは」
「そうなりますか」
「なるわ。自分の国を貶めてお金儲けをする」
少なくとも品のいいことではない。誰かを貶めてそれにより利益を得るという行為そのものが卑しいものであり許し難いものであることは言うまでもない。そしてそれが自分のいる場所や国家に対して、そして自分以外のその構成員に対してそうするのはさらに卑しい。
「とんでもない男ね」
「ではどうされるんですか?」
「論戦よ」
一言であった。
「論戦をしてみたいわ」
「この人とですか」
「そうよ。そして勝ってみせて世の中に知らしめるわ」
これが彼女の決意であった。
「この人の間違いをね」
「じゃあ今度番組で共演しますか?」
マネージャーはあらためて彼女に対して言ってきた。
「宜しければ調整しますけれど」
「ええ。御願いするわ」
そして彼女もマネージャーのその言葉を受けた。
「それでね」
「わかりました。それじゃあ」
こうして彼女と田中の番組での共演が実現した。だが田中はそれを聞いても別にこれといって何とも思ってはいないのであった。
「ええと。櫻井美紀子?」
「知りませんか?」
「一応知ってるさ」
彼は自分のマネージャーに対して横柄に答えた。今彼等は自分達の事務所にいる。何かゴテゴテと下品な装飾で満ちている。金やら紫やらそういったもので一杯であり万年筆までとびきり上等なものであった。
彼はその中でマネージャーの話を聞いて。そのうえで答えたのである。
「名前はな」
「そうですか」
「あれだ。保守ババアだ」
また下品な感じで言うのであった。
「南京大虐殺や従軍慰安婦がなかったとかそんなことを言っているババアだよ」
「それは事実じゃないんですか?」
「事実なんてどうでもいいんだよ」
田中は傲慢に葉巻を吸いながら言い切った。
「事実なんてな。いつも言ってるだろ?」
「問題はそれが金になるかどうかですか」
「そうだよ。それだよ」
それこそが重要だというのである。
「いいか。世の中は馬鹿が多いんだよ」
「はい」
自分はそう思っていない、考えていない人間の言葉であった。
「その馬鹿はな。過激な言葉に弱いんだよ」
「あれですよね」
ここでマネージャーも応えて言う。
「馬鹿は嘘に騙され易い」
「ああ、それだよ」
「そして馬鹿を騙すには大袈裟な嘘がよりいいんですよね」
「その通りだよ。騙される奴が悪いんだよ」
彼は葉巻の煙を口から吐きながら述べた。
「結局な。俺は何も悪いことはしてねえぜ」
「それどころか世の中を啓蒙してますよね」
「そうだよ」
またしても傲慢に言い切る田中であった。
「その通りだよ。外国のいい部分を教えてやってな」
「それに引き換え日本や日本人はこうだと」
「そうだよ。事実を言ってはいるぜ」
ただしその国の悪い部分と日本のいい部分は一切言わない。見てはいてもあえて隠してそのうえで若者に吹聴しているのだ。完全なダブルスタンダードである。
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