不思議な味
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第七章
第七章
「あれかね」
「そう、あれじゃよ」
笑ってその親父に言うのであった。
「あるかのう」
「たっぷりとあるさ」
親父は笑ってこう言葉を返してきた。
「何であんただけだしな、使うのは」
「そうじゃろうな」
それは自分でもわかっているようであった。自覚して顔を崩して笑う。
「売り物でもないしな」
「あんなもの売れるもんかね」
親父は苦笑いと共にこう述べた。
「日本人も変なものをあんたに教えたもんだ」
「意外とこれがいいのじゃよ」
だが老人は親父のその苦笑いを笑い飛ばしてみせた。
「あっさりとしていてな。たまに食べるとな」
「わからないねえ。あんな味のないのが」
やはりこれに関してはこの親父も多くのタイ人と同じ考えであった。
「まあいいさ。ほら」
これ以上は言わず店の奥からあるものを出してきた。それは平たい濃い緑の乾物と白っぽい干からびたように見える小魚の集まりであった。
「それですね」
「そうですじゃ」
老人はその二つの乾物を手に取りながらアッサムの言葉に応えるのだった。
「この二つからそのだしを取りますじゃ」
「また随分と変わっていますね」
これもまたアッサムだけではなく多くのタイ人から見ればそうであった。
「こんなものからだしを取るとは」
「本当に変わってますよね」
親父は今度はアッサムに対して言ってきた。その顔は困惑したものも多分に混ざっている苦笑いであった。彼にしてもそうなのである。
「日本人はわかりません」
「私もそう思います。ですが」
作ることはもう決まっているのである。それは既にであった。
「他にも何か鰹節も使っていましたぞ」
「鰹節!?」
アッサムはそれを聞いて首を傾げた。これまたはじめて聞く言葉であった。
「何ですか、それは」
「何かよくわからないのですが魚から作るものだそうですじゃ」
「魚からですか」
これまたアッサムにとってはわからない話であった。日本人が魚を愛することはもうわかっているがそれでもわからない話であった。
「そうです、鰹という魚からですじゃ」
「どうやって作るのか」
アッサムにとってはこれもまた謎であった。考えても理解できないし想像もつかなかった。とにかく訳のわからない話であった。
しかしそれは置いておいて。話を続けるのであった。
「とにかくこれでうどんとそばが作れますね」
「そうですじゃ。これでな」
「はい。それでは戻りますか」
彼は今度ははっきりとした笑顔で老人に告げた。
「そしていよいよ」
「ええ。ただ」
「ただ?」
「食べるのは夕方になりますぞ」
こうアッサムに前置きしてきたのであった。
「夕方ですか」
「だしを取りますな」
まずはそれであった。
「何時間も煮てだしを取りますから」
「ああ、そうですね」
これは彼も麺を作りスープを作ってきたからわかることであった。考えてみれば日本のそれも同じ調理方法と考えて問題はないのだった。
「ではそれでですね」
「そうですじゃ。ここはタイの麺と同じですじゃ」
「わかりました。それでは」
「麺も寝かせまして」
これも今ではよくわかる話であった。タイのそれと同じなのだから。
「そうして作りましょうぞ」
「ええ。では夕方までにですね」
「何かされますのかのう」
「人を呼んできます」
こう老人に告げるのであった。
「人をですか」
「実はある娘と約束していまして」
「娘と」
「あっ、いや」
誤解を招いてしまったことを察知してすぐに詳しく説明する。それは言うまでもなくナンカについてのことであった。老人は彼女のことを聞くと顔を大いに崩して笑うのであった。
「それはいいことですじゃ。それではわしも」
「どうされますか?」
「孫達に御馳走しますじゃ」
それが彼が思いついたことであった。
「うどんとそばをな」
「そうですね。それが宜しいかと」
その考えにアッサムも同意して応えるのであった。それは確かにいいことであった。
「私達だけで食べるより皆と、しかも子供達と食べた方が」
「美味しいものですな」
「食べ物は大勢で食べた方が美味しいです」
これは彼の考えであった。また老人もそれに関しては同じであった。
「ですから。是非共そうしましょう」
「ですな。それではだしを取り終わったら」
「子供達を集めましょう」
またそれを言った。
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