インフィニット・ストラトスの世界に生まれて
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心を開いて、妹さん その三 最終回
――はぁ、はぁ、はぁ。
朝のグラウンド。
そこには俺が一定のリズムで刻む足音と、口から漏れる息づかいが響く。
俺の口は新鮮な空気を求める金魚のように開きっぱなしだ。
そばには自転車をこぐ山田先生の姿がある。
必要などないはずだが、なせがISスーツを身にまとっていた。
右手には黄色い色をしたメガホンを持ち、たまに声をかけてくる。
「アーサーくん。まだ十周目ですよっ。あと九十周頑張りましょう」
周りから見ればこの光景は、まるでスポ根マンガに出てくる一場面に見えるかもしれない。
何で俺がこんなことになっているかというと、一夏がゴーレムⅢ戦で負傷し医務室に運ばれた。
ゴーレム襲撃事件も解決し、折を見て一夏のお見舞いに行ったときのこと、
「――スマンな、一夏。私がそばにいながらお前に怪我をさせてしまった」
一夏が身体を横たえるベッドのそばに立ち、そんなことを言っている織斑先生の姿を俺は見た。
俺がベッドに視線を送ると、身体を起こした一夏は俺に右手を挙げ挨拶してくる。
あの怪我がこうもさっさりと治るなんて、やっぱり白式は凄いんだなあ――いやむしろ、主人公なのだから当然なのかとも思う。
「織斑先生も一夏のお見舞いですか? それにしても、今の織斑先生のセリフを聞いていると、冒険に一緒に出た仲間に自分のミスから怪我をさせてしまい後悔している少年マンガに出てくる主人公のように見えますよ?」
と言った俺に、
「誰が少年マンガに出てくる主人公か」
織斑先生は振り返ると胸の辺りで腕を組み、不敵な笑みを俺に見せる。
「ベインズ、お前には以前にこう言ってあるはずだな。私をからかうようなことを言ったらグラウンド百週だと。そんなにグラウンドを走りたいなら望み通り、思う存分走らせてやる。ただ走れとは言わん。お前がやる気の出そうなものは用意してやるから楽しみにしていろ」
と語った。
というわけで、俺は朝っぱらからグラウンドを走っているのだった。
織斑先生から日時指定がなく、すぐに沙汰がなかったことから、許してくれたのかと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
休日ということもあり、一度は目を覚ましたものの二度寝をし、惰眠を貪っていた俺を叩き起こしたのは山田先生だ。
あと五分寝かせて下さいというお約束ともいえる俺の言葉を笑顔で黙殺し、強引にベッドから引きずり出した。
そして、山田先生にグラウンドに連れてこられた俺は今に至っている。
グラウンドの端には竹刀を手に織斑先生が立ち、
「教師は休日でも色々と忙しいんだ。とっとと終わらせろ!」
高圧的な言葉を俺に対し発する。
リアルチート人間の織斑先生と一緒にしないで下さい。
俺は普通の人間なんです。
すぐには終わりませんよ?
そんなに忙しいならと俺はとある提案をしてみる。
「十週×十日のリボ払いでお願いします」
と交渉してみたのだが、そんなものはないと俺を一蹴。
日を延ばせば、一日につき元本に百パーセントの利息をつけるからなという有様だ。
どんだけ悪徳なんだよ。
つまり、一日に五十一週以上しないと、いつまでたっても終わらない計算になる。
要は今日中に終わらせろと織斑先生は言いたいのだろう。
ところで山田先生はなんでISスーツ姿なのかと訊いた俺に、
『アイツが浮気をしたのは、山田君の大人の魅力をまだ理解していないからだろう。ならば存分に見せつけてやればいい』
何てことを言ったそうだ。
織斑先生の言葉から察するに、どう考えても面白がっているとしか思えん。
普段はゆったりとした服を着用している山田先生だが、今は身体のラインにぴったりと張りついたISスーツ姿だ。
そのせいで、女性らしい丸みを帯びたボディラインを俺に見せてくれる。
年頃の男子ならば、こんな姿の山田先生を見れば、色んな意味でやる気を起こさせてくれるとは思うが、だからといってグラウンド百週をできるだけの体力になるわけじゃないからなあ。
どちらかといえば、体力を何とかして欲しかったと思うよ。
あと九十周もグラウンドを走らなければならないわけだか、モノローグであとなん周なんて言っていてもつまらんだろう。
そこで、あの日起こったゴーレム襲撃事件のことでも思い出してみようと思う。
俺は一歩一歩着実に足を進めながら、あの日に起こったことを記憶の中から掘り起こしにかかる。
あのときの俺は、目の前に広がる光景を見て立ち尽くしていた。
――何が、どうなっている?
タッグマッチ戦の対戦表が発表された開会式会場から出場選手の控え場所になるピットに来てみれば、俺の目の前には一夏の姿があった。
あった――のだが、一夏は身体を仰向けに横たえたままピクリとも動こうとしない。
身体のどこかに裂傷があるのだろう、ISスーツのあちこちに血が滲んでいるのが見て取れる。
俺のうしろには簪さんがいるが、一夏の姿をみたからだろう、悲鳴にも似た声を口から漏らした。
簪さんは俺が開会式が行われた会場からピットに来る途中の廊下でウロウロしていたのを見かけたので声をかけたんだが、一夏と簪さんがペアを組んだ経緯が原作とは違うことからうまくだろうと俺は思っていた。
だが実際は、そうでもなかったらしい。
二人の間に何があったのかは解らないが、簪さんの表情は明るいとはいえなかったし――しかも、一夏と一緒にいなかったことを鑑みればそれなりのことがあっただろうことは想像ができる。
何があったのかと理由を訊きたくはあるが、今はそうなった原因を簪さんに訊いている暇はない。
だってここには、一夏をこんな姿にしたのだろうヤツの姿があったからだ。
視線の先にいる――ヤツの、ゴーレムⅢの姿を俺はじっと見据えていた。
俺が一夏のことを頼もうとうしろに振り返ると、簪さんは両手を口に当て、ぺたりと地べたに座りこんでいた。
そんな状態の簪さんに俺は声をかける。
「俺がアイツをピットから押し出す。その隙に人を呼んででもいいから急いで一夏を医務室へと運んでくれ」
原作では白式の操縦者の怪我まで治すチート性能のおかげでなんとかなっていたが、ぐったりとして息もしているのかも怪しいこんな一夏の姿を見ていると、本当に一夏は回復できるのかと疑いたくもなる。
「わ、わたしも一緒に……」
か細い声で言う簪さんに、
「簪さんをここに来るまで見ていたけど、なにか迷いがあるように感じた。学内対戦ならそれでもいいかもしれないけれど、迷いを持ったまま実戦に出れば死ぬかもしれないぞ」
と警告をした。
俺には新型のビット兵器がある。
一対五なら有利に戦闘を進められるだろう。
この狭いピット内で戦闘なんて無謀と言えるだろうが、一旦ピット外に出てしまえば思う存分ビット兵器を動かすことができるだろう。
俺は待機状態にあるISに心の中で呼びかける。
――行こう、ブルーティアーズ。
俺は学園を守るだなんて言えないし、できるとも思えない。
それに、ヒーローじみたことをする柄でもない。
でも、このIS学園で数ヶ月を過ごしてきて好きな人も、友人もできた。
その人のために俺は戦おう。
こんなことを言うのは似合わないと自分でも自覚しているが、俺は心に言い聞かせ奮い立たせる。
今は見えるはずもないコアの人格。
あの金髪ロリ少女の笑顔が見えた気がした。
しかも、『今このときからベインズさんの伝説が始まります。さあ、ハーレム王を目指しましょう』と言わんばかりの表情にも見えた。
何が伝説だ! それに、ハーレム王なんか目指すわけがないだろうと、あの金髪ロリ少女には言ってやりたい。
ピットの外からは、爆発音のようなものが聞こえ、建物が軋む音と小刻みな振動が身体を揺らす。
俺がISを展開すると、女性のフォルムを持ち毒々しい色で翅のようなものを二枚持つゴーレムⅢは、俺に手をかざすようにゆっくりと左腕を持ち上げた。
その左手のひら部分は大きく膨らんでいて、四つの発射口らしきものが見える。
アニメではあそこから超高密度圧縮熱線が出ていたんだっけ? 漢字がやたらと繋がっているし、言っている内に舌を噛みそうだからビームでいいだろう――を、ガンガン放っていたが、今ここにいるコイツもそうなのかもしれない。
背中に二門、左肩にも一門ビーム砲があったと記憶している。
ゴーレムⅢって確か、絶対防御を無効化できる、対IS用ISだったか。
俺が準備できるまで攻撃してこないのはバトルマンガのお約束なのだろうが、それで俺たちは助かっているといえるだろう。
今俺のうしろには一夏と簪さんがいる。
たがらゴーレムⅢが攻撃してきたとしても俺は交わすことができない。
俺は右側のシールドに身を隠しゴーレムⅢに向かって突貫していく。
シールドには一応ビーム対策はしてあるはずだが、原作ではシャルロットのエネルギーシールド三重と物理シールド三重を突き抜ける威力を持っていたはずだ。
俺のISのシールドなんて無いよりはマシって程度だろう。
俺は左手から連続で放たれるビームを防ぎつつゴーレムⅢの元まで辿り着き、体当りをかます。
だがゴーレムⅢは、ジリジリと後退はしているもののピットから押し出すところまではいかない。
お前は土俵際のお相撲さんか! と思いながら心の中でクソって悪態をついた。
俺がゴーレムⅢをピットから押し出すためにビット兵器を使おうと意識をビット兵器に向けようとしていたとき、うしろから押されるような衝撃が伝わってくる。
ハイパーセンサーには簪さんのIS、打鉄二式が写っていた。
どうやら俺の背中を押しているらしい。
二機の推力でようやくピットからゴーレムⅢを押し出した。
「お、おい。簪さんは一夏を見ててくれって――」
俺はそう言ったのだが聞いてはくれない。
初めての実戦で脳ミソがハイにでもなっているのか? 簪さんさんは薙刀のような武器を呼び出すと戦闘を開始していた。
俺は一夏のことが心配になり、一旦ピットに戻ると状態を確かめる。
医者じゃないから詳しいことは解らんが、状態はほとんど変わっていないように思える。
だとしても見た目じゃ判断ができないこともあるだろう。
なるべく早く医務室に運んだほうがいいと思う。
だが、ピットのドアは固く閉じたまままったく開く気配がない。
ロックされているのか。
俺はドアから離れるとガトリングガンをピットの入り口近くの壁に向ける。
ドアでも良いのだが、金属製ということもあって銃弾を当てると超弾した挙句、一夏に当たる可能性がある。
今でも危ない状態かもしれないのに、俺が息の根を止めてしまってはシャレにならん。
俺は一夏を庇うように壁と一夏の間に立つと、壁の向こうに人がいないことをハイパーセンサーで確認し、引き金を引く。
高速で回転する銃身からはオレンジ色の火柱が飛び出し銃弾は壁に到達すると、壁を構成する物質を少しづつ吹き飛ばしていく。
ガガガという音とともに物凄い勢いで空薬莢を排出し地べたに落ちていった。
時間にして十秒ほどたった頃、俺は一旦撃つのをやめて壁の状態を確かめる。
ピットに立ち込めていた埃が晴れてくると、そこにはISでも通り抜けができそうな大穴が開いていた。
学園施設を故意に破壊した俺は、担任の先生からお叱りを受けそうな気がするが、今は緊急事態だ。
人助けのためなんだから許してもらおう。
俺はゆっくりと一夏を抱え上げると開いた大穴を通り中へと運んだ。
一夏をお姫さま抱っこするハメになるとはなあと、そんなことを思いつつ辺りを確認。
俺が壁をぶち抜いたからか騒ぎを聞きつけて来たのだろう女子が数名見えたので一夏を託すことにする。
女子たちに介抱される姿を眺めながら俺は無事を祈っていた。
俺は身体を翻すと再び外へと向かう。
ピットに四体並んで置いてあったビット兵器を引き連れてなのだが、思ったよりも脳ミソへの負荷が大きいように感じる。
男子より女子のほうが並列処理が得意だと聞いたことがあるが、脳ミソに対する負荷が大きいように感じるのは、それが原因かもしれない。
ビット兵器を引き連れ俺がピットの外に出た頃には、簪さんは地上にいて――しかも、仰向け状態のゴーレムⅢを踏みつける格好になっていた。
そんな簪さんの姿を見つつ俺は他のゴーレムⅢがいないか周囲を警戒する。
するとハイパーセンサーで地上に生命反応があることを発見した。
見れば、それは生徒会長で、学園施設の一部だったろう瓦礫の上に仰向けで倒れていた。
生徒会長は原作通り自爆攻撃でもしたのか、周りには火が燻っているのが見え、しかもISの部品らしきものも散乱しているようだ。
ところで生徒会長のペアだった箒はどこへ行ってるんだ? 近くにはいるんだろうが姿が見えない。
他のゴーレムⅢとやり合っているのかもしれんな。
ハイパーセンサーで辺りを見回し箒の行方を探していると、突然の爆発音。
簪さんが居たと思われる場所には、黒々とした爆煙が立ち上がり視界が悪くなっている。
次第に爆煙が晴れてくると、ゴーレムⅢの状態が明らかになった。
ゴーレムⅢの装甲は砕け散り、コアが露出しているのが見える。
ただ完全破壊には至っていないのか、簪さんに踏みつけられながら、まるでもがくかようにゆるゆると動いている。
簪さんはじっとしたまま動こうとしない。
もしかしてエネルギー切れか? だとしても、エネルギー切れさえなければゴーレムⅢを単独撃破も可能だったことを考えれば、ゴーレムⅢ相手に自爆攻撃をかました生徒会長の強さを越えているんじゃないか? この瞬間だけ見れば、簪さんが学園最強に感じるかもしれない。
まあここは、簪さんの見せ場であったわけだし多少強さを盛っている感は否めないがな。
俺はゴーレムⅢを破壊すべくビット兵器による制圧射撃を開始したかったのだが、簪さんは退いてくれそうにない。
そこで俺は、自分から簪さんの近くに降り立ち、うしろから抱え上げるとゴーレムⅢの元から引き離し空へと上がる。
ゴーレムⅢから離れると、上空からは無数の弾丸が降り注ぐ。
それは、ビット兵器四機のガトリングガン八門による一斉射撃で、一秒間に百六十発という数の弾丸が降り注いでいることを示していた。
約三十秒ほど一斉射撃し、その三十秒でゴーレムⅢは四千八百発の弾丸を浴びたことになる。
さっきまでゆるゆると動いていたゴーレムⅢだが、今ではコアが完全に破壊されただの金属の塊へと成り果てていた。
「……ベインズくん」
ようやく俺のことにきづいたのか?
「簪さんは知っているかもしれないけど、あっちに生徒会長が瓦礫の上に倒れている。今すぐ行ったほうがいい。状況が終了していると確認できないから俺はここで周囲を警戒するよ」
「う、うん」
頷いた簪さんは俺から離れ生徒会長の元へと向かった。
しばらくするとゴーレムⅢと戦闘をしつつこちらに向かってくるように見える赤いISが見える。
あれは紅椿……箒か?
ゴーレムⅢの左手から繰り出される攻撃を防御しているようだ。
俺はライフルを構えると機体を横に滑らせ箒が射線上に入らないように気を配る。
そして、ゴーレムⅢに狙いを定め三度引き金を引く。
俺の攻撃を交わしたゴーレムⅢは、箒から距離をとるような素振りを見せる。
箒からゴーレムⅢを引き離すことに成功した俺は、箒に近づくとこう言った。
「あいつのことは俺に任せて医務室に行ってくれ。一夏が怪我をしたから運ばれているはずだ」
「そ、それは、本当か?」
箒はそう言って下唇を噛む。
俺はゴーレムⅢにビット兵器四機による攻撃で、俺たちに近づかれないようにしながら、肯定の意味をこめて頷いた。
箒は少し迷うような表情を俺に見せると、
「し、しかし……お前一人ではアイツの相手は無理だろう」
と言ってくる。
「大丈夫だ」
と俺は簡潔に答えた。
本当に大丈夫なのかは解らないが、今はこう言ったほうがいただろう。
よほど一夏のことが心配なのだろう、ここは任せたと言った箒は俺の前から去って行った。
箒の姿を見送ったあと俺はライフルを構え直し、ゴーレムⅢに向かって加速を開始していた。
俺がゴーレムⅢと戦闘を開始してから数分が経つ。
簪さんはこれだけの動きをするゴーレムⅢをよくも半壊まで追いこんだものだと感心していた。
ただ考えもなく攻撃をしていては、こっちが先にエネルギーが尽きてしまいアウトだな。
ビット兵器を使いゴーレムⅢを半包囲し、動きを限定させつつ攻撃をしたほうがいただろうなと俺は思った。
――やってみるさ。
俺を中心にしてビット兵器を上下左右に配置し、ゴーレムⅢを包み込むように展開させる。
俺とビット兵器の攻撃を交わしつつ反撃までしてくるゴーレムⅢ。
原作ではISは人が乗ってこそ十全に動くことがてきる。
人が乗らない無人機ではISの性能をフルに発揮することはできない――みたいなことを言っていた気がするが、思ったよりも機動力がある――というか、むしろ良すぎるくらいだろう。
いったい何なんだよ、この機動力と攻撃力は。
この性能ならコアの問題さえクリアできれば、まったくの素人をISに乗せるよりよほどいいんじゃないか? エネルギーが切れるか壊れるかするまで動き続けるんだろうしな。
まるでIS版のターミネーターだ。
――そこ。
俺はライフルの引き金を引く。
ライフルから放たれたビームはビット兵器に誘導されてきたゴーレムⅢに命中する。
ようやく捉えたかと思ったのだが、ゴーレムⅢはダメージを喰らった様子がない。
何て装甲をしてるんだよ。
ゴーレムⅢは体勢を崩しつつ俺に攻撃をしてくる。
左肩から放たれたビームは体勢を崩していたこともあり狙いがそれたのか俺の右側シールドを吹き飛ばしていた。
後方からはシールド内に装備されたミサイルが誘爆したと思われる爆発音が聞こえ、爆発によって生み出された熱によって空気が急激に膨張、そのスピードは音速を超え衝撃波となって俺の身体に襲いかかってきた。
その衝撃波のせいで俺はバランスを崩す。
まったく、ゴーレムⅢとの数分の戦闘で俺のISはボロボロだよ。
右側のシールドは吹き飛び、左側のシールドは穴だらけで機能を失っている。
他にも損傷があるだろう。
ゴーレムⅢのヤツめ、ビット兵器には目もくれず俺ばっかり狙いやがって。
まあ、気持ちは解らんでもない。
俺さえ何とかしてしまえば俺の周りにいるビット兵器なんてあっというまにガラクタになるしな。
俺を狙うのは当たり前といえば当たり前か。
もう一撃とゴーレムⅢに狙いを定めていると、右斜め上空から光が降ってきた。
それはとても見覚えのある色をしていた。
「セシリアか?」
ビームはゴーレムⅢに見事命中。
やや間があって二度、三度目のビームが降ってくる。
俺はビームが降ってきた方向を見上げると――そこには、セシリアのISと鈴のISが浮かんでいた。
視線をゴーレムⅢに戻せば、俺よりもセシリアと鈴のほうを脅威度が高いと判断したのか、セシリアと鈴を気にしているように見える。
鈴は俺のそばに来て、
「アーサー、なにチンタラやってんのよ――っていうか、アンタのISもうボロボロじゃない。仕方ないわね、この私がアイツを倒してあげる」
と言うとゴーレムⅢに向かって突っ込んでいく。
「鈴さん、援護はお任せ下さい」
と俺のそばに来たセシリアは俺に視線をくれながらそう言っていた。
「俺も援護しようか?」
「いえ、無用ですわ。わたくしたちと連携訓練していないアーサーが入ると、かえって動きが制限されるかもしれません。ここはお任せ下さい」
もともと原作では俺ナシで解決できていた話だ。
自分たちでやると言っているんだ、任せてしまっても問題はないだろう。
何かあったら援護をすればいいか。
鈴のあとを追うセシリアの背中を見ながら俺はそう思っていた。
しっかし、さっきはゴーレムⅢと戦うのは好きな人のためだとか友人ためだとか思っていたが、今考えれば恥ずかしくなってくるな。
穴があったら入りたい気分だ。
実戦で脳ミソがハイになっていたのは俺のほうかもしれんな。
結局、セシリアと鈴がゴーレムⅢを破壊したが、それが最後の一機だったらしい。
一夏に重症を負わせ、学園施設に少なからず被害を出したゴーレムⅢ襲撃事件はこうして一先ず解決をみることになった。
俺から見たゴーレムⅢ襲撃事件ってのはこんな感じだったな。
回想も終了したことだし、時間を現在に戻すとしよう。
すでに太陽は地平線の彼方に姿を消し、グラウンドには照明がたかれている。
グラウンドの外は闇に包まれているだろう。
俺は両手両膝を地べたにつき、ぜいぜいと息をきらしていた。
俺の身体から滴り落ちた汗はグラウンドに染みを作り出している。
このペースだと今日中に百周なんて無理だと思う。 百周の半分も消化していないんじゃないか?
俺のもとに歩み寄ってきた織斑先生は、
「これに懲りて他の女子には色目を使わんことだな」
と言った。
え? えっと、どういうことでしょうか? 織斑先生。
簪さんのことを言っているだろうことは推察できるが、あの日のことはそうじゃないんだと言いたい。
言いたいところではあるが、それを言えないことに少しもどかしさを感じた。
グラウンドに身体を横たえた俺は、
「俺が、織斑先生をからかったから、こうして――罰を、受けているんじゃ、ないんですか?」
息も絶え絶え、ようやく口に出した言葉も途切れ途切れだった。
「そうだが――それはことのついでで、行きがけの駄賃だ。お前が山田先生といつまでたっても仲直りできそうにないと思ったから、私がこうして仲を取り持ってやっているのではないか。お前が会いたがっていた山田先生と会わせやったんだ感謝しろよ」
織斑先生の笑い声が聞こえる。
もう反論する気力も体力もない俺は、はいとだけ答えた。
織斑先生はもう帰っていいぞと言うと俺の前から去っていく。
今回はこれで許してくれるらしい。
立ち上がる体力もない俺は、グラウンドに大の字に転がると、ぼんやりとしか見えない星空を見上げた。
すると俺の目の前に影が差す。
見れば、そこには手のひらがあった。
俺に手を差し伸べたのは山田先生であるが、俺からは照明のせいでどんな表情をしているのかよくはみえない。
俺は手を伸ばし、山田先生の手を握る。
俺が立ち上がるとき、疲れのせいか足取りがおぼつかず、生まれたての仔鹿のように足がブルブルと振るえていた。
そんな俺に寄り添った山田先生は支えてくれる。
寮まで送りますよという山田先生の言葉に俺は甘えることにした。
山田先生の乗っていた自転車の荷台に腰を下ろすと、出発しますよという言葉が聞こえた。
荷台に横乗り状態の俺は走っている途中で自転車から落ちないようにと山田先生の腰のあたりに両腕を回ししがみつく。
自転車に女子と二人乗りをする――なんてシチュエーションに、俺は憧れてはいたが、何か俺と山田先生の位置関係が違う気がする。
今の俺が位置を入れ替えたとしても自転車のペダルはこげそうにないがな。
ちなみに山田先生が乗ってきた自転車はアシストつきらしいので、男子の俺が荷台に乗っていても問題はないそうだ。
山田先生に寮まで送ってもらった俺は、部屋に戻るとすぐに服を脱ぎ捨てシャワーを浴びる。
そのあと俺は、服を着ると疲れもあってかベットに潜り込むととっとと寝てしまった。
眠るまでの片時、山田先生との関係も修復できたし、これですべて丸く収まった――と思っていた。
俺は一つ重要なことをすっかり忘れていることを――とある日の朝、簪さんに言われた言葉で思い知ることになる。
「ベインズくんってアニメ見るんだよね? 今日の授業が終わったら一緒にどう、かな」
この簪さんの言葉を聞いて俺は固まっていた。
一夏と簪さんはまだ関係が修復してなかったのか。
俺は思考が止まっている脳ミソを無理矢理働かし考え始める。
とはいっても、簪さんと一緒にアニメ見るかどうかではない。
一夏と簪さんをどうしようかと考えているのだ。
考えた挙句、俺が出した答えは、俺が一夏と模擬戦をやって情けなく負けるところを簪さんに見せればいいんじゃないか? ということだった。
セシリアの例もあるし、一夏カッコいい! と簪さんが惚れるかもしれん。
思い立ったが吉日だ。
俺は制服のポケットから携帯電話を引っ張り出すと、さっそく一夏に連絡をとる。
一夏はすぐに電話に出たが、話を聞くとすぐには模擬戦はできないらしい。
なぜかと理由を訊くと、白式が二次移行したため織斑先生が色々調べたいらしい。
それを聞いた俺は、二次移行した白式の性能は原作と同じなのかと思う。
まあ、模擬戦をやってみれば解るだろがな。
一夏との会話を終了させた俺は再び考える。
模擬戦ができないとなれば別のアプローチをしないとな。
早く一夏と簪さんをくっつけてしまおう。
今の状況は自分が生み出した結果だから仕方かないと思うが、たまには平穏な学園生活を過ごしたいとも思う。
だか平穏な学園生活なんてかなうべくもないのだろうと俺は心のどこかで感じていた。
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