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トワノクウ

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トワノクウ
  第二十六夜 芹摘み、露分け衣 (一)

 
前書き
 奇跡 を くれた 人 

 
 拝啓、私の尊敬する先生

 わたくし篠ノ女空、つい先日はじめて友達とケンカしました。

 ケンカってお父さんとお母さんもたまに夜中にするんですけど、痛くて辛くて悲しくて、私は絶対にやらないと決めていたのに、よりによって一番の親友とやらかしてしまいました。

 でもふしぎ。なんだか前よりずっとすっきりした気持ちで薫ちゃんと付き合える予感がするんです。
 これって、私達がお互いにホントウの気持ちを見せずに過ごしてたってことなんでしょうか? 「友達」なのに超えなかった一線があったんでしょうか?

 先生はケンカしないどころか、大声を出すこともない方ですもんね。
 それでもお父さんとすごーくすごーく深い友達なのは、やっぱり一緒に異世界に行った仲だからですか?

 今の生活は充実してます。朝起きて、借りた着物に着替えて、朝ごはんを作る。塔の掃除をしては妖関係の品を発掘して、梵天さんに由来を聞きに行ったり。夕ごはんを作って食べて、片付け。あとはゆっくりして寝る。こんな感じです。

 寺でお手伝いさんをしていた頃ほどではありませんがちゃんと仕事がありつつ、ゆっくりもできています。退屈に過ぎれば空五倍子さんや露草さんが、花札や歌留多で遊んでくれます。

 ゆるやかに流れる優しい毎日。だからこそ、くうを襲った不安は必然のものでした。







 露草の目覚め。菖蒲との対話。薫との決闘。
 一度にたくさんのことを終えてから、くうの時間はぽっかりと空いた。くうは過ぎる日々をのったりのったり過ごしていた。

(今日もいいお天気ですねー。お布団でも干しましょうか)

 塔の入口の階段に腰かけ、夏に萌える若草の爽やかな香気を楽しんでいたくうは、ふと思いつき、借り物の水色の小袖を翻して塔の中に戻った。こうしてやるべきことを発見できると気持ちが落ち着く。

 ある一室に露草と空五倍子が揃っていた。ちょうどいいと、くうは二人の部屋に入る許可を貰った。

「別にいいぜ。梵の奴は昼寝中だから無理だぞ。起こすんなら相当の覚悟してけよ」
「謹んで辞退申し上げます」

 残念ながら干せる布団は三組となった。




「梵天さんてよくお休みになるほうなんですか?」

 くうは、手伝いを申し出てくれた空五倍子に聞いてみた。くうでは背が届かない物干し竿に、空五倍子が布団を干す。そしてくうが棒で布団を叩く。

「一度寝つくと、てこでも起きん。一日で起きることもあれば一週間あのままのこともある。まちまちであるな」
「一週間!? ひょっとしてご病気とか?」
「いいや。あれは〝梵天〟の地位にいるゆえの副作用だと梵は言った」

 くうは布団を叩くのをやめて傾聴の姿勢をとった。

「〝梵天〟というのは元は位を表す通り名なのである。このあまつきには四天という天に最も近い四人がいる。帝天、告天、梵天、暁天。この内『高みの見識』を意味する〝梵天〟が梵を指す」
「他の御三方の通り名にも意味があるのですか」
「うむ。梵によると、暁天は『暁を願う者』、告天は『運命を宣告する天子』、帝天は『この世の支配者』である」

 〝梵天〟の意味が意味だけにもう少しひねるかと思いきや、意外と字が体を現している。

「梵は四天の中で唯一帝天と〝面会〟する特権を持つ。ただし帝天の坐す空間、すなわち〝天〟に入るには眠って(しん)を切り離さねばならないのだ。それゆえ梵が眠っている間は〝天〟にいるということなのである」
「じゃあ、梵天さんは今、鴇先生にお逢いしてるってことですか!?」

 朽葉をはじめ、六年前の事変に関わった人間は、全員が鴇時と会えないはずだ。それを容易く叶えられる者がいた。朽葉が知れば何を思うだろう。

「いや、梵の申すところによれば、梵も白沢には逢えておらぬらしいのである。近くまで行けはするが、白沢のいる場に入る前に拒まれてそれ以上は進めぬらしい」
「鴇先生が来てほしくないって思ってらっしゃる、ってことですか……」

 くうは鴇時が梵天を拒む理由を分かりあぐねた。せめて元気な姿なり声なり見せれば、梵天も安心できるし、梵天から朽葉に話が伝われば、朽葉も喜ぶのに(天座と朽葉の仲がどうかはこの際考えない)。

「うむ。それでも梵は幾度となく面会のため眠りにつく。その間は無防備になるにも関わらず、だ。白沢も応えてくれればよいものを」

 明らかに梵天寄りの台詞だ。くうはつい笑った。

「空五倍子さんは梵天さん想いですね。素敵です」

 空五倍子は相変わらずの表情で一言。

「まあ我の場合、腐っても梵は、親のようなものであるからな」

 ―――――ん?

「親ぁ!?」
「うむ」

 まさか梵天くらい格の高い妖になると卵くらい生めて当然とかいうオチ!?

「何を考えておるのか予想はつくが、違うのである」
「よ、よかったです」

 くうは複雑ながら安心した。

「我のこの身はいわば空の器。その中身はおそらく妖のカスのようなものだったはず。梵はそのような物を寄せ集め、妖鳥の骨に詰め込んだ。そして己の翼とした。それが我だ」

 布団を全て干し終えて、塔の中に戻ってお茶にすることになった。

 茶器は空五倍子が用意してくれた。空五倍子が器用に茶を淹れる様子を見ながら、くうは話題の続きを口にした。

「他の妖も空五倍子さんみたいに梵天さんが作ったですか?」
「いや違う。梵にできることは『失われるであろうものを留めておく』ことだけ。新しく創り出せるとしたら、それは帝天だけだ」

 空五倍子が湯呑みを鉤爪で摘むようにしてくうに差し出す。どうもです、とくうは湯呑みを受け取った。

(たい)を失い消えゆくのみだった我々に梵は(たい)を与えた。妖が天座を尊ぶ理由がそれである。だが白沢は我々に新しい(たい)を一から創った。力を失ってただのしゃべる鳥となっていた我は再び翼を得た。露草とてそうだ。あれは我より不安定で消えかけていた妖であったのだが、白沢が創った空の器によって命を繋いだ」
「――鴇先生が皆さんに慕われる訳が理解できました」

 鴇時の行為は真実の救いだったのだ。それは例えば、全知全能の神様が恵んでやる奇跡の切れ端などではなく、鴇時自身が汗と泥と血に塗れてなお絞り出した救済のはずだ。
 それに感じ入らないほど、露草も空五倍子も心ない妖ではない。

「貴重なお話をありがとうございました」

 くうは心から微笑んだ。大好きな先生である鴇時の一面を、新しく知ることができたから。



 Continue… 
 

 
後書き
 この辺は7巻時点での構想と現時点で明らかになっている事実を複合しております。
 混乱を招きますこと、誠に申し訳ありません。
 これが木崎版あまつきの設定です。 
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