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トワノクウ

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トワノクウ
  第二十五夜 風花散る (二)

 
前書き
 すれちがってきた 心 を 

 
 梵天の眼下で黒と紫の少女たちの戦いが始まった。

 くうが揮う大鎌を、陰陽寮の少女は鉄に覆われた腕で受ける。
 リーチではくうが勝るが、懐に入られれば紫の少女の特攻力には勝てない。

「止めぬのか、梵!?」
「俺は子供の喧嘩に口を挟むほど物好きじゃないよ」

 そう、これはただの少女たちによる少女らしい諍い。子供のケンカに親は口を挟まないのは常識だ。

(親、ね。我ながら女々しいな)

 なりたいと願っているのだろうか。くうの絶対的な庇護者に。

 是だとしたらそれは、修羅の巷に引きずり込み、犠牲にした先代の彼岸人たちへの清算だ。

 六合鴇時。篠ノ女紺。――千歳萌黄。
 この世の理でさんざ彼らを翻弄し、この世の存続を願って彼女を天より引き摺り下ろした上で、鴇時を目論み通り帝天の座に据えた。

 何もかもが最初の目論見通りに行ったのに、梵天は釈然としなかった。

 いつのまにか梵天自身が、心を許してしまった。六合鴇時に、千歳萌黄に。

 気づいた時には、何もかもが手遅れだった。彼女は彼岸へ帰り、彼は帝天として醒めない夢を見続ける身。

 そして、くうは萌黄の娘であり、鴇時はくうの師範である。

(二人にしてやれなかったことを、くうにしている、か。俺も殊勝になったものだ)







 くうの背中に衝撃が走り、息が詰まる。薫が凍鉄の両腕で背中を強打したのだ。

「か――は」
「いつだってあたしにできないこと、あんたはあっさりやってのけた。あんたといると、あたしは自分にないものばっか気付かされてイヤだった。苦しかった。目の前であたしができないことをやるあんたが憎かった」

 二度目の凍鉄の拳を受ける前に、くうは大鎌を薙いで薫を遠ざけようとした。だが薫は恐れも見せず、軽々と大鎌を躱して、くうの脇腹を蹴りつけた。

「あたしが何日もかけて理解する授業もあんたは次の日にはできてる。体育の時もあんたのいるチームのほうがまとまりがある。委員の仕事だって型通りじゃなくて新しいこと提案するし。あたしは決められたことやるので精一杯なのに。クラスでもあたしが話しかけるの迷ってる間にあんたはとっととグループに入ってて。あたしが怖いこと、あんたは怖がらない。あたしが嫌なこと、あんたは嫌がらない」

 一言ごとに一撃。一撃ごとに一心。薫はくうに今までの苦悩を叩き込んでくる。

「いつだってあんたはあたしより一歩先を行ってた。全部持ってるあんたが憎いよ! 憎い、憎い! あんたがいなきゃ、あたしは自分がこんな最低人間なんだって気付かずにすんだんだ!」

 全身で受けていて気付いた。薫が気持ちを吐き出すごとに凍鉄の硬度が上がっている。

 菖蒲の解説を思い出す――妖は人の心の闇から生まれる。
 薫が昏い感情を深めるほどに身に憑いた妖も強くなる。

(妖憑きって、朽葉さんみたく家系じゃないのは、自分自身の弱さや傷をバケモノに変えて飼ってる人のことなのかも)

 精神を妖に移植されただけのくうには分からない感覚だけれど、一つ分かった。薫の凍鉄のように、妖は人の見たくない部分を可視化したモノだ。

 自分の醜さ汚さ浅ましさなんて見たくないから、妖は普通の人には視えないように出来ている。
 自分の醜さ汚さ浅ましさなんて晒したくないから、妖を退治する。
 人間の業が巡り人間に返る世界。それが、あまつきか。

 ならば――くうはザッと地に足を付け、薫を見据えて大鎌を下ろした。

「何のつもりよ」

 やはり薫に意図は通じた。薫も凍鉄の両腕を下ろした。

「私は薫ちゃんが思ってるような子じゃないよ」

 今までは、誰に何を言っても傷つける気がして言葉を噤んできた。だが、今は違う。
 たくさんのことを知って、それをいまだに処理しきれないままの篠ノ女空。
 でも、他でもない友達のことなら、いくらだって言える。この世の誰より、篠ノ女空が何かを言える場面だ。

「私だって迷うし怖いこともあるし嫌なことだって考えるよ。宿題やり忘れて朝早起きしてやったこともあるし、予習復習まともにしたことないし、やらなきゃって思ってても怠けてばっか。捨てられた動物の前は素通りする。募金もしない。電車で席譲ったことも一度もない。学校で新しいことしたいと思っても、成功したこと一度もないんだよ? 全部粗だらけだから却下されて。先生に手伝えって言われたって指名されるまで黙ってた。ずるい子なんだよ、私も」
「そんなわけないでしょ!」

 薫は駄々っ子のように反論する。

「あんたは優等生で、いい子で、天使で、成績はチートでゲームやりまくっててプロ級で! 一個もいいとこも特徴もないあたしなんかとは比べ物になんない!」
「なるよ」

 くうは柔らかく微笑む。

「薫ちゃんは美人だし、楽研で一番歌が上手いよ。それにいつだって私と潤君とのこと、真剣に考えてくれたじゃない」
「そんなこと……だって、あんたが、あんたは……!」
「薫ちゃん。私も、ずるくてひどい、中身がドロドロのサナギみたいな、ただの高一の女の子なのよ? 薫ちゃんが羨ましかったのは私のほう。いつだって自分に妥協せず、大事な人にでもきちんと怒ることができる薫ちゃん。いつだって羨ましくて悲しくて……悔しかった」
「嘘よっ!!」

 薫は否定しないと己が壊れるとばかりに首を振る。

「覚えてる? 楽研に勧誘されたときのこと。菜月ちゃんは『ボーカルを探してる』って言ったわ。あれね、最初、菜月ちゃんは私を誘いに来たんだと思ったの」

 小学校には通わず自宅学習で、同世代の子が驚くような資格もたくさん持っていたくうには、どの分野においても自身が一番であることを疑う要素がなかった。

「でもボーカルになったのは薫ちゃんだった。あの時初めて、自分がどれだけつまんない人間だったか分かった。名前の通り、篠ノ女空はカラッポだったって気づいてしまったの。ひどいでしょう? いっつも薫ちゃんに大好きって言いながら、こんな最低なこと考えてたんだよ」

 薫は愕然としたようにその場にへたり込んでしまう。

「……だったら」

 くうは薫の前に座り込み、信じられないという表情の薫を真正面から見た。

「あたし……あたし今まで、ずっと、何を恨んで……?」

 薫はひゅっと息を飲むや、猛然と立ち上がって駆け出した。
「薫ちゃん!?」 
 

 
後書き
 友達でも、友達だからこそ、嫉妬はただの他人よりずっと強く抱くもの。
 だって、誰よりも相手を知っているのですから。

 それでも、くうも薫も「はじめての友達」を手放したくなくて、ずっと黙っていたんです。 
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