鎮守府にガンダム(擬き)が配備されました。
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第1部
第3話 我、疲労困憊ス
前書き
遅れて申し訳ありません。
今回も短めですが、次回から日常回に入りたいとおもいます。
8月11日 鹿島
第1024鎮守府
8月、太陽が一際煌き輝く季節。
所謂、真夏である。
「……ッ………暑い……」
昨晩割り当てられた鎮守府寮棟の一室で、汗まみれになった身体を起こす。
外ではアブラゼミやミンミンゼミ、ツクツクボウシが大合唱し、灼熱の太陽光が部屋の窓から差し込んでいた。
部屋に設置された温度計は摂氏40℃を計測している。
熱帯雨林かここは。
「……う………うぅ、水…………」
水分を補給しなければ脱水症で死んでしまう。
ベッドから立ち上がり、部屋に備え付けられた冷蔵庫を開けた。
中には緑色のボトルに入った水色の液体が幾つかあり、その一つの口を開けてがぶ飲みした。
「ふぅ、死ぬかと思ったぜ……」
まるで〝バケツ一杯の水を頭から被った〟様な清々しい気分だ。
「丸々4年間位宇宙に居たからなぁ……流石に日本の夏は湿気が多くて厳しいか……」
愚痴を零しながらクローゼットを開け、中に掛かっている連邦将官制服を引っ張り出し、制服片手に部屋を出た。
時刻は朝の5時前。
鎮守府の起床時間まであと30分位ある。
その間に風呂に入って汗を流してしまいたい。
俺は気怠い身体に鞭を打ち、寮棟の一画にある風呂へ向かった。
◉◉◉
同時刻 第1024鎮守府
訓練棟 空母精錬場
やっと空が明るんできた頃、寮棟の隣に併設された訓練棟の一画、空母精錬場に、空を切る鋭い風切り音が響いていた。
薄い青色に染まり出した空の下に広がる弓道場の様な場所に、1人の女性が大弓を構え、鋭い眼光で離れた的を睨みつけていた。
ヒュッ、……ターンッ‼︎
「……ふぅ」
髪をサイドテールに縛り、青と白の道着に身を包んだ女性、正規空母加賀は、的の中心寄りの場所を撃ち抜いた矢を見て、静かに息を吐いた。
これが加賀の日課だ。
4時に目を覚まし、1時間精錬場で訓練する。
この第1024鎮守府に配属されてから1日も欠かさず行って来た習慣だった。
「……」
弓を構えて矢をつがえる。
息を殺して、的の中心に狙いを定めた。
雑念を捨て、唯当てる事だけを考えて、矢を引き絞った。
ヒュッ、……ターンッ‼︎
見事に中心を射抜いた矢を見ながら、加賀は満足そうに頷いた。
「相変わらず上手いね、姉さんは」
「……ッ⁉︎」
加賀が精錬場の入り口を素早く振り返ると、彼はそこに居た。
束ねた黒い長髪と異国の軍服に身を包んだ男。
この第1024鎮守府の提督、神宮司定晴中将の息子、神宮司一葉その人だった。
「おはよう、加賀姉さん」
「……おはよう」
死んだ筈の少年が立派な青年になり、つい十数時間前にひょっこり帰って来た。
その男性としての凛々しさの中にあどけなさの残る童顏は、間違いなく彼そのものだ。
だが、今だに信じられないのも事実だ。
「……何か用事?」
「いや、予想以上に暑くて汗かいたから、ちょっと風呂に行こうかと思って。
そしたら起床時間まで時間があるのに、ここから音が聞こえたから……」
「…………そう」
笑い方も、笑いながら後頭部を掻く仕草も、1年前までこの鎮守府に居た少年と全く同じ。
その様子が、更に加賀の混乱を増長させた。
「……私は、まだ貴方を信用して無いの」
「……」
「貴方への嫌疑も晴れたわけじゃ無いわ」
「分かってる。 俺自身、そんなにすんなりと信じて貰えるなんて思ってないから。
異世界の22年後から帰ってきました、何て言ったって……俺だって荒唐無稽な与太話だって相手にしないだろうし」
彼は……一葉は、そう言って自身の髪を縛る紐を解き、加賀に差し出した。
髪を結わえていたその紐には、《カ》と書かれた小さな飾りがついている。
「返すよ、こいつには何度も救って貰った。
けどもう、自分の身は自分で護れるから」
一葉の差し出した紐を、恐る恐る受け取った加賀は、目を僅かに見張って驚いた。
それは間違いなく、1年前に自身が少年の一葉に上げた、飛行甲板を削って作った髪留めだったからだ。
「今すぐ信じて欲しいなんて言わない。
けど、今度は……」
彼はそう言うと踵を返して入り口へ進んでいく。
「今度は、俺が護るから」
精錬場から出て行った彼の背中をずっと見つめるしか出来なかった加賀を正気に戻したのは、起床時間のラッパの音だった。
◉◉◉
6時間後
第1024鎮守府 第1講義場
夏場の灼熱に燃え盛る太陽が頭上に登る頃、第1024鎮守府のほぼ中心地に置かれた中央棟の一角、第1講義場。
この第1024鎮守府のほぼ全ての艦娘、約30隻の艦霊がひしめき合うこの講義場は、彼女達の雑談や憶測などで賑やかになっていた。
その内容と言うのも、専ら十数時間前に現れた自分達の弟分と、弟分が率いてきた未知の艦隊についてである。
「あの白い戦艦、火砲の大きさが異常よね」
「大きさも大和型の1.5倍らしいわよ? 300mはあるって乗組員の人が言ってたし」
「300m⁉︎」
「あのもびるすーつ、とやらも大きかったな…目測だが20mはあった」
「あの手の長いロボット、なんだか可愛いかったのです」
「そうかしら?」
ガヤガヤと騒ぐ艦娘達を、部屋の1番後ろの壁に寄りかかって見ている男が居た。
この鎮守府の主、神宮司定晴だ。
「なんとか間に合ったな」
「皆で手分けして準備しましたから、皆興味深気でしたし…」
「とは言え、良く資料を開示しようと思ったな、一葉の奴」
「彼等の常識程度、と言って居ましたし、持ちかけて来たのは〝あの子〟です。
問題はありませんよ」
定晴の隣に控えている秘書艦の鳳翔が、手にした書類の束を捲りながら言った。
「今日の講義項目と執務内容、それから妖精さん達からの報告書です」
「ああ、いつも悪いな」
「いいえ、私の仕事ですから」
「はは、本当によく出来た俺の…」
そこまで言いかけて、扉が開く音がしたので押し黙った。
艦娘達も一斉に黙って扉を見た。
「おいカズハッ‼︎ シャンとしろシャンとッ‼︎」
「もう、無理……死にそうだ……」
「何を言ってるんだお前はッ‼︎ たかが足の小指を自販機にぶつけただけだろうッ‼︎
私だって艦長としての仕事を棚上げして来ているんだッ‼︎
艦隊司令のお前がしっかりしなくてどうするッ⁉︎」
「だって……風呂入ってこようと思ったら赤城姉さん達が昨日からずっと入渠中でさ……。
結局風呂入れないし、飯もありつけなかったし……腹減った上に汗まみれで気持ち悪いし暑くて寝れなかったから寝不足だし……」
「だああぁぁぁああああッ‼︎ さっさと気合いを入れろッ‼︎
さもないとハイパーメガ粒子砲で消し飛ばすぞ貴様ッ‼︎
それともマリモの部屋に服を剥いで叩き込まれたいかッ‼︎」
「社会的にも生物学的にも死ぬじゃないですかやだー……」
入って来たのは、外国人の左官に襟首を掴まれ引きずられている一葉だった。
◉◉◉
数分後
「じゃあまず始めに連邦軍の事から説明しようか」
度重なる不幸に鬱になり始めて居た所をラトロワに肉体言語で矯正され、なんとか立ち直し、部屋に設置された黒板の前に立ち、講義を始めた。
「今俺が所属している連邦軍…正式名称地球連邦軍は、地球連邦政府の軍隊だ。
地球連邦政府の歴史自体はそんなに古くない。
西暦2009年、当時の日本を含めた諸外国が国家の枠組みを越えて創り上げた、新基軸の国家なんだ」
「あの……」
「ん? 電姉さん、何か質問?」
「その、地球連邦政府ってどの位大きい国なんですか?
アメリカよりおっきいですか?」
特Ⅲ型駆逐艦の電が、恐る恐る手を上げて聞いて来た。
他の艦娘達も気になって居た様で、彼方此方で手が上がり、同じ様な質問が飛んで来た。
「いい質問だね。
地球連邦政府は読んで字の如く、地球圏を丸々統治下に置いた国家なんだ。
地球上だけでなく、各サイド……スペースコロニーのあるラグランジェポイント、火星や月、木星圏まで影響力を持ってるんだ」
「木星⁉︎」
「そんなに広いなんて……」
驚くのも無理は無い。
この世界ではまだスペースシャトルや人工衛星の打ち上げなどが精一杯で、宇宙に人が住むなんて考えもつかないだろう。
「話を戻すね。
そんな感じで地球圏を統治下に置いたのはいいんだけど、そう上手くは行かなかったんだ。
地球連邦政府発足に反発した中東やアフリカ諸国が武装蜂起したり、ゲリラ活動やテロを起こしたんだ。
そもそも地球連邦政府の大元はアメリカ合衆国が中心になって行なっていたからって言うのもあるんだけど、1番大きい要因は宗教の対立だ。
地球連邦政府はキリスト教徒が殆どだったからね。
それらを反対勢力と判断した地球連邦政府が討伐を目的に編成した連合軍が、地球連邦軍の原型なんだ」
予想以上に重い話に、全員が黙り込んだ。
深海棲艦と戦う為に世界が一丸となって戦っているこの世界では考えられないだろう。
「結局、この問題は後の宇宙世紀初期まで続く事になる。
その代表的なのが〝ラプラス事件〟なんだ。
宇宙世紀改暦セレモニーを行っていた、衛星軌道上の首相官邸ラプラスが爆破されて、付近の宇宙空間に居た船舶を含む、多くの被害と死者を出したんだ。
この事件をきっかけに、さっき言った連合軍が編成されたんだ」
重い空気が流れる。
そんな中に、正午を告げるラッパの音が鳴り響く。
「…今日はここまでにしようか。
次回はジオン共和国の建国とジオン独立戦争について講義する」
「総員起立ッ‼︎ 敬礼ッ‼︎」
艦娘達に答礼し、俺はそそくさと部屋を後にした。
◉◉◉
1時間後 リンドヴルム MSデッキ
「あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜つ”がれ”だ〜〜〜〜〜……」
「どうしたんですか、提督」
「慣れない講義で精神を擦り減らした……赤城姉さんが風呂を未だに占拠しててな、汗も流せない上寝不足だから………あ〜、かったりぃ……」
「過労でぽっくりとか勘弁してくださいよ?
整備のしがいが無くなりますから」
「お前等残して死ねるかよ。
俺がくたばるとするなら、お前等ん中で1番最後だ」
リンドヴルムのMSデッキ。
その一角に鎮座する愛機、ヘイズル改の肩部アーマーの上にビニールシートを敷き、ジャガイモを薄くスライスしたスナック菓子、〝ザクっとポテト〟と、豆味のコーラ、〝マメッコーラ〟を食しながら自室から持ってきた枕に頭を乗せてくつろぐ。
その傍らでは、ヘイズル改の機付長であるサヤカ・クスモトこと、〝楠本さやか〟軍曹が、ヘイズル改のガンダムヘッドの整備をして居た。
長い髪を結え、帽子を被る彼女の顔は油に塗れている。
だが手伝おうとすると不機嫌になるので放っている。
楠本曰く、「整備班をもっと信用しろ」との事。
「……で、どうするんです?」
「んあ? なにが?」
「これからの事ですよ。
いつの間にか、私達異世界に来ちゃったわけじゃないですか?
孤立無援で彷徨うか、日本の指揮下に入るか、何処かに居を構えるか……。
何か御考えがあるんですか?」
「さぁてな、孤立無援で何処かに居を構えるってのはあれだが、日本の指揮下に入るってのは正直言って難しい。
恐らく先日の戦闘を何処かしらの国が衛星で見ていただろうから、もし俺たちが日本と先立って同盟を結んだり、指揮下に入ったりしたら、逆に日本の立場が危うくなる。
正直言って自ら火種になるような事はしたくない」
いつまで鎮守府に居れるか、全くわからない状態。
帰る方法が無い以上、この世界に居続けるしか無い。
俺は生まれ故郷だからいいが、部下達にとっては何の縁も無い異界。
正直、部下達に無理強いはしたくない。
帰れるなら帰してやりたい。
「あっちゃ〜〜……動力ノズルにひび入ってますよ。
まだ行けると思ってたのに……」
「ヘイズル改のガンダムヘッドは予備パーツ少ないしなぁ……しゃ〜ない、ジムクゥエルのヤツと互換性あったよな?
交換出来るか?」
「稼働効率が2%低下しますけど、なんとか。
おーい、3班修理よろしく〜〜」
楠本軍曹の掛け声と共に、MSデッキのガントリークレーンが動き出し、ヘイズル改のガンダムヘッドをアームで固定、取り外して、ヘイズル改の足元に集まって居た整備班の元に下ろした。
「暫くは試験稼働も無理か……」
「我慢してください」
「へいへい」
午後3時、今迄に無い平和な時間が過ぎて行った。
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