漫画無頼
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3部分:第三章
第三章
「それがあるんだ」
「それをクリアーしているかどうかということ?」
「そのうえで」
また紅茶を飲んだ。
「まだ何かあると思うんだ、最近な」
「ここにある漫画はどうかしら」
ここで美恵子は机の上の雑誌達を指し示してきた。
「どうなの、これは」
「面白い漫画も多い」
その雑誌達を見下ろしてこう述べる。
「それは確かだ。しかし」
「何かが足りないの?」
「足りないのか、装飾が多いのか」
それすらもわからなくなってきている。峰岸の悩みはかなり複雑なものになっていた。迷路の中にいて道に完全に迷ってしまったようになってしまっていた。
「若しくはどちらでもないのか」
「全くわからないのね」
「そうだ」
彼は苦い声で頷く。
「俺は子供の頃は漫画を素直に読んでいたんだ」
買ってきた子供向けの雑誌を手にする。
「面白いってな。けれど今は」
「漫画そのものがわからなくなってきているのね」
「別にな。漫画そのものが面白くなくなったわけじゃないんだ」
彼の長所として前向きなところがある。何時でも悲観することなく前に向かって考えるのだ。だから今も世の中の漫画が面白くなくなったとは決して思わない。それどころか自分が漫画家と共に育ててきた漫画はどれも名作だという自負がある。それは編集長になった今でも変わりはしない。
「むしろどんどん面白くなっている」
「それでも駄目なの?」
「駄目なのかそれとも」
またわからなくなってきた。自分が漫画に何を求めているのかさえも。
「わからない。どういうことなのか」
「ねえ」
美恵子はそんな彼にまた声をかける。
「すぐに結論が出る話じゃないわよね」
「ああ」
また頷く。顔も同じであった。
「絶対にな。多分かなり時間がかかる」
「それでも出るかどうかわからないのね」
「何だろうな、本当に」
身体を起こしてぼやく。
「この悩みは。漫画っていうのは」
「今子供の時の話をしたじゃない」
美恵子はふと彼に声をかけてきた。
「ああ、したな」
「その時はどう思っていたのかしら」
じっと夫の目を見ての言葉であった。
「素直に面白いって思っていたの?どうなの」
「その時は素直だったさ。さっきも言ったよな」
「ええ。それは変わらないのね」
「変わらない」
はっきりと述べる。
「その時の俺は変わらないさ。変わったのは今の俺さ」
苦笑いになる。もう子供の時のあの時の自分じゃない。それはよく認識している。認識しているからこそ今こうして悩んでいるのだ。
「ずっとずっと漫画を読んできて」
子供の頃から大学生まで。就職して漫画の担当を直訴してまであらゆる漫画雑誌を回って漫画を読んできた。色々な漫画家と出会い一緒に漫画を作っていった。その中で彼はさらに漫画への想いを深くしていった。だからこそ余計にわからなくなってきているのかも知れないと思ってもいた。
「それで今の俺は」
「迷ったのね」
「何とかするさ」
こうは言う。
「それでも。わからないのは当分続くんだろうな」
「暫く漫画から離れてみたら?」
「いや」
しかしそれは首を横に振ってすぐに否定した。
「そのつもりはない。俺にとって漫画は」
「全てなのね」
「悪いな、何か無頼で」
「いいわよ。男ってそんなのだから」
美恵子はそんな夫を温かく包む言葉と笑みを送った。
「何かを見ていないと駄目なのよね。やっぱり」
「親父に言われたさ」
もう死んで随分経つ自分の父のことを思い出した。すると懐かしいような寂しいような気持ちになる。その気持ちの中で語るのだった。
「男はずっと夢を見ていろって。子供達にも言ってるしな」
「女は?」
「女もだ」
実際にそういう漫画を漫画家と一緒に作ってきた。その時主人公の友人のモデルにされた。それを単行本ではっきりと書かれて赤面したこともある。
「人間は夢を見ていないとな。やっぱり」
「そんなあなただからいいのよ」
少し臭い言葉なのかもと思ったがそれでも言った。
「私もね。後ろは任せて」
「済まないな」
「あなたはどんどん先に行く人だから。だからね」
「わかった。じゃあずっと前に行くさ」
しっかりとそれを見定めた。
「漫画って何かって見極める為にな」
「わかったわ。それで今夜はどうするの?」
「もう寝るさ。遅いしな」
時計はとうの昔に十二時を回っていた。もうかなりいい時間だった。
「これでな」
「そう。じゃあ寝ましょう」
「ああ。子供達はもう寝たよな」
「もう遅いわよ。当たり前よ」
「いや、最近はずっと起きてる子供もいるからな」
笑ってこう述べる。
「わからないぞ」
「それは街での話でしょ」
夫の言葉に苦笑いで返す。
「家の中と一緒にしないの。いいわね」
「ああ」
そんな話をしながら雑誌を片付けて休みに入る。次の日彼はスーツを着て出勤に向かう。その時駅のキヨスクで自分の雑誌をちらりと見た。
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