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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十二章 妖精達の休日
  プロローグ 混迷の食堂

 
前書き
 『第十二章 妖精達の休日』が始まります。
 えっと、これ多分結構短いと思いますが、よろしくお願いします。 

 
 太陽が中天に位置する時間。
 つまりはお昼の時間。
 唐突ではあるが、トリステイン魔法学院には食堂がある。
 アルヴィーズの食堂と言われるそこで貴族の生徒と職員は、毎日朝昼晩と食事をとっている。一応それが習わしと言うことになってはいるのだが、実の所、魔法学院の付近に他に食べに行くような所がないので食堂で取っているわけではあるのだが……まあ、貴族の通う魔法学院であると言うこともあり、料理の質は高いため、幸いにも問題になることはなかった。
 さて、先程も説明した通り、アルヴィーズの食堂では魔法学院に通う全生徒・職員が食事をとるため、決して狭いとは言えない食堂であるのだが、それにも関わらず何故か毎回食事の時間は騒がしいものとなる。
 貴族が通う食堂と聞けば、優雅で物静かな食事風景が浮かぶものであるが、どうもこの世界ではテーブルマナーと呼ばれるものはまだまだ未熟なようであり、人によっては手づかみで料理を食べている者もいる始末であった。そのためか、朝昼晩の食事の時間アルヴィーズの食堂では、どこぞの場末の食堂かと言いたいような騒ぎとなっている。酷い時では隣りに座る人との会話も覚束無いこともざらにあった。
 そして今日、と言うよりも最近は特にそんな騒ぎが酷かった。
 少し違うのは、食堂全体がうるさいと言うのではなく、とある一角が騒がしいと言うところである。
 アルヴィーズの食堂には、入り口を正面に長いテーブルが三つ並んでいる。その食堂に置かれたテーブルは、正面に向かって左から順に、三年生、二年生、一年生用のテーブルとなっているのであるが、最近の騒ぎの中心となっているのは、その一番右のテーブル。つまり一年生のテーブルであった。更に正確に言うならば、一年生用のテーブルの真ん中に座る二名の女生徒を中心に、である。
 さて、ところで話がガラリと変わるが、アンリエッタの命令によりアルビオンからティファニアたちをトリステインへ連れて来てから今日で一週間が経つ。
 一緒に連れて来た小さな孤児たちは、首都であるトリスタニアにある大きな孤児院に入ることになったのだが、それ以外の二人は別の所に入ることになった。
 その別の所と言うのが―――。

「ふ~む。今日も彼女たちの人気は凄いな」

 目の前に座るギーシュが喉を鳴らし口の中のものを飲み込むと、一年生のテーブルの一角を眺めて感心したような声を上げた。

「まあ、うん……そうだな。それぞれ男女の別はあるようだが」

 頷いた士郎は、ギーシュの視線の先にある一年生のテーブルの一角。とある二人の女生徒を取り囲む一団を苦笑いを浮かべた顔で見る。そこでは二人の女生徒が自分たちを取り囲む集団に戸惑った様子を見せていた。いや、正確には一人は戸惑った顔を取り囲む男子生徒たちに向け、もう一人は自分を取り囲む女生徒たちを無視してテーブルの上に山と積まれた料理をもぐもぐと食べて―――否喰らっていた。
 それぞれ男子女子と違うが、集団にぐるりと囲まれている二人の女子生徒。
 二人共どちらも極めて美しい少女である。
 同じく金の髪を持つ二人の女生徒ではあるが、それ以外は全く正反対であった。
 一人は他を圧倒する程の悩ましげな肉体と輝かんばかりの美貌を持つ深く帽子を被った少女。
 もう一人はスラリとしたスタイルと凛々しく涼やかな美貌を持つ少女。
 どちらも類い希な美貌を持つ少女であるが、その方向性は違っていた。例えるなら、帽子を被った少女は太陽で、帽子を被っていない少女は月と言った感じである。そして太陽を取り囲むのが男子生徒であり、月を取り囲むのが女子生徒であった。
 トリステイン魔法学院に三日前、突如として降臨した太陽と月。
 その正体は―――。

「しかしティファニア嬢が男に人気があるのは分かるんだが、どうしてアルトリア嬢があんなに女子に人気があるんだ?」

 ティファニアとセイバーの二人であった。
 つまり―――。
 太陽―――ティファニア。
 月―――アルトリア(セイバー)
 ―――と言うことである。 

 士郎はセイバーたちから視線を外すと、ギーシュの横に座り首を傾げるギムリに顔を向けた。

「まあ、セイバーは格好良いからな」
「うん、と、言うか中性的な所がありますよね彼女は。別に男らしいと言うわけじゃないんですが……見るからに華奢ですし、見た感じだと深窓のお姫様と言った所なんですが、何故かそう、雰囲気とでも言えばいいのか……」

 そのギムリの横で、レイナールが眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げながら首を傾げた。
 
「あ~、そう言えばこの前彼女が階段から落ちてきた女生徒をお姫様抱っこで助けてたよ。その助けられたってのがほら、新入生にいるだろ、気の強いあの噂のお姫さま。この前ぼくがお茶に誘ったら物凄い冷たい目で『豚が話しかけるな』ってっ、ふ、ぶひ、ふひひ……な、中々見所のある子だったんだけど、それが真っ赤な顔してまるで王子様でも見るかのような顔してたんだよ。もう一目でメロメロって感じだったね。しかも彼女だけじゃなく周りにいた他の女子たちもだよ。まいったよあれは」

 ギムリの逆側、ギーシュの隣で指に付いた油を舐めながらマリコルヌが鼻息を荒くする。そのマリコルヌの話を聞いたレイナールがうんうんと頷く。

「何処が見所があるかはあえて聞かないけど、まあ、そう言う所がいいんだろうね。王子様って言うのは言い得て妙かもしれないよ。何か身体に一本の芯があるって言うか、ああ、そう、やっぱり隊長の言う通り格好良いんだよね彼女。でも、男っぽいってわけでもないんだよね。その証拠にティファニア嬢と違ってアルトリア嬢は女子生徒以外にも結構男子生徒にもファンがいるようだし」
「まあ、その男のファンは女子が怖くて近づけないようだけど」
「って、言うかマリコルヌ。あの子に声かけたのか? 度胸があると言うか、無謀と言うか……色々な意味で漢だな」

 女生徒に囲まれるセイバーをチラチラと見る男子生徒の姿をチラリと見たギムリが肩を竦める。
 特に注視していなくとも、テーブルに座る男子の一部が、セイバーを取り巻く女子の壁の隙間から何とか見ようと先程から何度もチラチラと見ているのが分かった。
 男子生徒に崇拝のような目で見られるティファニア。
 女生徒に憧れの目で見られるセイバー。
 そんな二人がトリステイン魔法学院に入学したのは今から三日前のことである。
 アンリエッタの口利きにより、突如として一ヶ月遅れで一年生のクラスに編入したセイバーとティファニアの二人は、瞬く間に学院中の話題を攫った。二人同時に入学と言ったことではなく、二人のある種現実離れした美しさがその原因である。
 ティファニアはハーフエルフの証である長い耳を隠すため、耳を覆うほどの大きな帽子を被っており、授業中も食事中も外すことはなかったが、それが話題になることはすくなかった。何故ならば、二人が入学して直ぐにアンリエッタから事情を聞き、彼女たちの後見人となったオスマン氏により『肌が特別に弱く、窓から差す太陽光でも肌を痛めてしまう』との説明が全職員と生徒にしており、特例として屋内でも帽子の着用が認められていたからである。普通は誰も信じないような話ではあるが、ティファニアの雪のように白く透けるような肌を見れば、この子ならばありうると感じたため、疑惑の声が上がることは幸いにしてなかった。
 夜明けの朝霧のように儚い印象とは真逆の圧倒的と言うよりも破壊的な肢体を持ち、美の女神もかくやとばかりの美貌に加え、突如アルビオンから遅れての入学と言うワケあり感満載のミステリアスを持ったティファニアは、もはやチートと言うべき魅力を手に入れたため、学院中の男子生徒たちはこの三日ですっかりメロメロになってしまっていた。
 そしてそれはティファニアだけではない。
 同じく入学したセイバーもそうである。
 神の手を持つ職人が魂を込め銀細工で作り上げた特級品の人形のような近寄りがたい美貌。触れれば切れてしまいそうなほどの鋭さを感じる程の凛々しさ。涼しげな目元と凛と立つその姿は、女子生徒の服を身に纏っていながらも、まるで神に仕える聖なる騎士を幻視してしまうほどで。しかし、その姿は紛れもない少女。それも触れれば折れてしまいそうなほどの華奢な身体の少女である。
 そんな妖精のようでありながら聖騎士の如き趣が混ざり合ったため、明らかに美しく可憐な少女であるにも関わらず、中性的な雰囲気が香りたち、その芳香が学院中の女子生徒たちを引き寄せ魅了したのであった。
 とは言え、セイバーがこうまで女生徒に人気が出たのはそれ以外にも理由がある。セイバーが入学して三日。この短い間にセイバーはどこぞのギャルゲの主人公かと言いたいほど女生徒のトラブルに巻き込まれ、それを解決してきたのだ。ある時は階段から落ちてきた女生徒を抱きとめ、またある時は上級生の男子生徒から強引に誘われる女生徒を華麗に助け出しだし、またまたある時は木の上に登って降りれなくなった猫を救い出したりと……その度に無数のフラグを乱立してきたためである。
 結果、入学して三日と言う僅かな期間でありながら、セイバーには親衛隊とも言うべき存在が出来ていたのであった。
 ……これもカリスマBランクの実力だと言えばいいのか。
 騒ぎは時間が経つにつれ落ち着くどころかますます酷くなっていた。
 しかし、取り囲む女生徒に全く動じず食事に専念するセイバーはともかくとして、目の色をピンクに染め上げた男子生徒に囲まれあわあわと慌て食事も満足にできないティファニアはそろそろ限界だろう。
 士郎は泣きそうな顔で隣りに座るセイバーに助けを求めるティファニアの姿を見て内心で大きく溜め息を吐いた。
 ティファニアに助けを求められているセイバーは薄情なことに食事に夢中で助けを求める視線に全くと言っていいほど気づいていいないようである。一見して優雅な食事に見えるが、その量を知れば見惚れた顔が引きつってしまう程だ。しかし、恋は盲目と言えばいいのか、セイバーを取り囲む少女たちは、あの小さな身体の一体何処に入るのかと真剣に研究してもたくなるほどの料理を胃の中に収めていく姿を見て顔を引きつらせるどころか頬を赤らめ陶然としていた。少女たちの隙間からかろうじて見える変わらぬスピードで料理に手を伸ばすセイバーの様子からして、まだ暫くは食事が終わらないだろうと予想くた士郎は、そろそろ助けに行こうかと足に力を込めるが、

「―――だけど隊長も大概だよね」
「―――は?」

 セイバーたちから視線を外し、士郎に顔を向けたレイナールから発せられた呆れた声に出足を挫かれた。
 戸惑った顔を前に向けると、レイナールだけではなくギーシュやマリコルヌ、ギムリも同じく士郎に顔を向けていた。士郎に向けられる顔はどれも死んだような暗い目をしている。異様な圧力を感じた士郎は、頬を引きつらせると、誤魔化すように笑みを浮かべた。しかし、その笑みは明らかに歪であった。

「一体何のことだ?」
「「「「はぁ? それ、本気で言ってる?」」」」
 
 巻き舌で低く唸るような声を上げ、下から睨みつけてくる水精霊騎士隊の隊員の姿に、士郎はびくりと身体を震わせた。

「だ、だから何の―――」

 士郎が戸惑い疑問の声を上げようとし、

「「「「このクソッタレハーレム野郎がッ!!?」」」」

 一気に上から叩きつけられた。 
 喉を詰まらせたように息を飲む、そんな士郎の周りには、

「これ美味しいわよ。ほら、シロウあ~んして」
「……あ~ん」
「ちょっとキュルケっ! 何シロウの横に座ってるのよっ! て言うかタバサも何時の間にっ?! シロウの隣はわたしの席でしょっ! ほらっ、ちょ、もうっ! どきなさいってばっ!!」
「あらあら大変ね。あ、シロウさん。この後時間ありますか? 食後に丁度いいお茶が手に入ったんです。食事が終わったらわたしの部屋でどうです?」
「あら? カトレアがお昼を取るなら……そうね、わたしは夜をもらおうかしら? ねえシロウ。いいチーズと年代物のワインが入ったんだけど、どう? 今夜わたしの部屋で一杯やらない? ふふ……勿論メインディッシュもあるわよ。明日の朝までゆっくりねっとり味合わない?」
「ええっ! ちょ、ミス・ロングビルそれはずるくない? 一昨日もシロウを独り占めしてたでしょ。今日ぐらいあたしに譲ってよ」
「ああっ、何やってるのよジェシカっ!? 給仕をさぼってっ! っと、そうだ。ねぇ、シロウさん。マルトーさんが新しい料理を考えたから食べてみてくれないかって言ってたんですが、それで、あの、この後大丈夫ですか? その、実はわたしも一緒に試食してくれないかと頼まれていまして、で、あの、どうです?」
「ぶぅ、シエスタも人のこと言えないじゃない」

 七人の女性が士郎を取り囲み、奪い合うように身体をすり寄せ引っ張っていた。その中心にいる士郎はされるがまま、流されるままにしている。しかも、先程からキュルケやらルイズ等から服を引っ張られガクガクと身体が揺れているにもかかわらず、普通に食事を取ったり話をしていたのだ。その余りにも慣れた様子に、ギーシュたちはムカツクよりも先に呆れてしまっていたのだが、流石に色々と限界が突破してしまったのか、ドロドロとした嫉妬に燃える瞳を士郎に向けたのである。それはギーシュたちだけではなく、周囲にいる他の男子生徒たちも同じであった。ギリギリと歯を鳴らし、嫉妬の炎に身を焦がし士郎を睨みつけていた。
 士郎はそんな周りを見渡し―――。

「……なんでさ」

 力なく肩を落とした。


 
 

 
後書き
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