絶対の正義
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第二十二章
第二十二章
「こいつです」
「そうですか。こいつですか」
「それが今度のターゲットですか」
「会社の前に行きます」
そうするというのである。
「会社は中規模の貿易会社でして」
「そこの跡継ぎってわけですね」
「親が社長ですか」
「将を射るにはまず馬を射よです」
岩清水の声は至極冷静であった。
「いつも通りですね」
「やっていきますか」
「今回も」
「はい。それでは皆さん」
車が右に通る六車線の車道の横の歩道を二十人程度で進んでいく。やがて目の前に住人程既に集まっているのが見える。もう抗議活動をしていた。
「出て来い国分博!」
「御前がやったことはわかっているんだ!」
「それでも白を切るのか!」
「卑怯者!」
プラカードや文字を見せて高らかに叫ぶ。五階建てのビルの前で。
「いじめをして人を自殺に追い込んだ奴が社長になるのか!」
「この会社は人殺しが社長になるのか!」
「そんな会社があるのか!」
こう口々に叫ぶ。警官達はここでもデモ隊の周りにいるだけで何もしない。彼等もいじめには悪感情を持っていたのと既に岩清水がリークして呼んだマスコミ達が来ているからだ。だから何もしないのであった。見て見ぬふりをあえてしているのだった。
「社長は何をしている!」
「そんな息子に何もしないのか!」
「質問に答えなさい!」
十人程度だったが充分にアグレッシブだった。その叫び声は高らかに響いていた。
岩清水はそこに同志達と共に到着した。そうしてその白いビルの前で中心になって叫ぶのであった。
「この筑紫商事の後継者である筑紫博君は!」
名前を堂々と呼ぶ。
「七年前に同じクラスの生徒をいじめ抜きそのうえで自殺に追いやりました!」
「そうだ!そうした!」
「人殺しだ!」
こう言うのである。
「そんな人間が社会的地位を満喫しようとしています。この世に正義はあるのでしょうか!」
「こんな奴がいてはない!」
「絶対にない!」
同志達がここでも叫ぶ。
「しかもだ!」
「学校の飼育用の兎まで殺していた!」
「罪のない命まで奪っていた!」
これを聞いていた聴衆と警官達の表情がさらに険しいものになった。いじめだけではないことがここでわかったからである。これは大きかった。
「そうした奴が許されるのか!」
「許すな!」
「悪人を叩き潰せ!」
「そうだ!」
ここで、であった。聴衆の一人が叫んだのだった。
「そんな奴を許すな!」
「こんな会社潰れてしまえ!」
「日本から消えてなくなれ!」
彼等も叫ぶ。それでデモ隊は実質百人を超えたのだった。
「許すな!出て来い筑紫博!」
「極悪人!」
「いじめっ子!」
「兎殺し!」
「皆さん!」
ここでまたしても岩清水がさらなるアジテーションの為に集まっている同志達と聴衆に向いた。そのうえでこう告げたのである。
「暴力はいけません」
「暴力はですか」
「しかしこのビルに隠れている奴がやったことは」
「暴力をすれば同じになります」
問い聞かせる言葉であった。それも理知的にだ。
「ですがそれはいけません。こうした人間と一緒になりたいのですか?」
「いえ、それは」
「なりたくはありません」
「絶対に」
彼等は口々に言う。これで彼等は理性を取り戻した様に見えた。だが実際は岩清水のその術中にかかっていたのである。誰一人としてそれに気付いてはいなかったが。
「そうですね。なりたくはないですよね」
「はい」
「そんな人間以下の奴には」
「それでは暴力は止めましょう」
穏やかな声も出してみせたのであった。
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