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SAO ~冷厳なる槍使い~

作者:禍原
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SAO編
第二章  曇天の霹靂
  6.狂気との邂逅

「パラリラは……――――死んだ」

『!?』

 苦渋の表情でノリダーさんが言ったその言葉の衝撃に、ルネリーたち三人は絶句した。
 俺は最悪の予想が当たってしまったことに苦虫を噛んだ気持ちになる。

「夕方まで、おれたちは何事もなく狩りをしてたんだ……」

 ぽつぽつと、まるで懺悔をしているかのように語り始めるノリダーさん。
 強敵のマザー・ハルピュイアも仲間との連携が巧くハマって楽に倒すことができ、運の良いことに卵も手に入れることが出来た。

 十分な戦果を持っての帰り道。下山の途中にある険しい崖に約二十メートル程、足場が無い場所がある。
 此処では主街区で買ったロープを突起した岩に座標固定して命綱とする。
 朝は普通に通ってきた道だった。――だった、のに。

「計算ではまだ耐久値には十分余裕があるはずだったんだ。なのに……殿だったパラリラが最後にその綱で渡っている最中に急に切れて――」

 ――崖の下に落ちてしまった。

 唖然とする一同だったが、視界端に映るPTメンバーのHPバーの一つが消え去り、名前がグレーアウトしたことで事態を把握した。

「……大丈夫だろうと高を括ってロープの耐久値を確認しなかった、おれのミスっ、おれの責任だ……うぅ」
「ノリさんだけの責任じゃないって!」
「そうだよ……わたしらだってロープが切れるなんて考えていなかったんだ……」
「…………」

 顔を覆って膝をつくノリダーさんに、コンペッドさんとラピリアさんが声をかける。フードで表情の見えないポーさんは無言でノリダーさんの肩にそっと手を置いて慰めていた。

『…………』

 ルネリーたち三人は声をかけることすら出来なかった。
 ついさっきまでの団欒が急激に変転した事実に、今朝話をした人にもう二度と会えないという現実に、今まではかろうじて無かった知り合いの死というものの前に、恐らく彼女たちの心も傷付いているのだ。
 俺自身も少なからぬ衝撃を受けてはいるが、悲哀に嘆くと言うほどでもない。
 それよりも今後をどうするか。その犠牲を無駄にしないために自分が行うべきこと、出来ることは何かと考えてしまう。

 ――きっと冷たい人間なのだろう、俺は……。

 自己嫌悪に顔を顰めながら、俺はノリダーさんたちに向けて口を開く。
 このままではどうしようもない。場の雰囲気を切り替えるきっかけが必要だ。

「……パラリラさんが亡くなったことは、まだ付き合いの浅い俺たちも残念に思います。上手く言葉が見つかりませんが、どうか元気を出して下さい」

 PTを代表してノリダーさんたちに御悔みを申し上げる。
 が、これは前置き。本題は次だ。

「……皆さん、かなりの疲労が見受けられます。色々と想うところはあると思いますが、今日は休みませんか?」

 仲間の死を悲しむことは当然だし、それを悪く言うつもりもないが、このまま泣き続けるわけにもいかないだろう。
 それに、この状態のノリダーさんたちの傍に、あまり長くルネリーたちを居させたくはなかった。感受性の強い彼女たちのことだ、しばらくはこの事を引き摺る可能性が高い。他人のために心を痛めることが出来るというのは美徳だと思うが、この世界では一概にそうとも言えない。
 戦闘中に他のことを考えるのはそれだけで命取りになる。SAOはそういう世界なのだ。

 ――俺にはこの三人を護る義務がある。

 感情は伝染する。仲間が亡くなったばかりで悲哀の只中に居るノリダーさんたちの近くにいれば、ルネリーたちも悲しみに囚われてしまう恐れがある。
 故に、一旦時間を置く事でノリダーさんたちには冷静になってもらう。

 そういった意図を持った提案だった。

「…………そう、だな。そうしようか……」

 弱々しく頷くノリダーさん。
 項垂れる彼を支えながら、四人は個別スペースの寝室へと入って行った。
 後に残るは俺と沈黙したままの三人。

「……俺たちも、今日はもう休もう」

 俺はルネリーたちにそう促した。
 彼女たちにも感情を整理する休息が必要だろう。

「キリュウさん」

 ルネリーが、レイアが、チマが、俺を見上げてくる。
 無言だが、言いたいことは何となく解る気がする。

「……次に似たような機会が在った時、俺たちは同じ過ちを起こさない。それが俺たちに出来る、唯一のパラリラさんへの弔いだ」

 ――自分には何が出来るのか?

 パラリラさんの死に対して、恐らくこう考えているだろうルネリーたちに俺は応えた。
 冷たい言い方に感じられたかもしれないが、たったの一、二時間話した程度の関係である俺たちには仲間であるノリダーさんたちの気持ちを推し量ることは出来ないだろう。
 ならば、せめて彼の死を無断にしないようにすることが俺たちに出来る精一杯だと思う。

「…………はい」

 視線を落として頷いたルネリー。
 これ以上は俺も何も言えず、再度彼女たちを促して俺たちはそれぞれの寝室へと入って行った。






 翌朝。

 目を覚ました俺は居間へと移動する。
 俺が一番だったようで、しばらくするとルネリーたち三人が起きてきた。

「……お早う」

 一晩経ったが彼女たちの様子はどうだろうか。
 三人の様子を見ながら挨拶をした。

「おはよう、ございます」

 ――昨日よりは幾分かほどマシ、といったところか。

 いつもの元気な彼女らではないが、それでも昨日に比べると格段に顔色は良くなったと言えるだろう。後はノリダーさんたちが少しでも気持ちが整理できていれば……。

 そう考えていると、奥の通路から複数の足音が。
 彼らが来たのだろうと顔を向ける。

「…………?」

 ――何だ?

 居間に入ってきたのはラピリアさんを先頭としてコンペッドさん、ポーさん。PTリーダーのノリダーさんの姿がない。
 そして、彼らに漂う明らかに昨日よりも重い雰囲気。
 一晩時間を置けば少しは気持ちの整理が出来ると考えたが、逆効果だったか?
 彼らの病的なまでに暗い表情と雰囲気に、俺もルネリーたちも挨拶できずに居ると、ぽつりとラピリアさんが呟いた。







「…………リーダーが、死んだ」

『な!?』







 ――なん、だって……?

「朝、わたしたちが起きたら姿がなくて……リストの名前は、グレーアウトしてた……っ」

 俺にもその言葉の意味を正確に理解するのに数秒を要した。
 だが、それでも意味が解らない。主街区と迷宮区最寄りの町以外に町村が存在しないこの二十六層では、各地に点在するログハウスは共通して犯罪禁止コードに護られた区画のはずだ。

 このログハウス内ではプレイヤーはダメージを受けない。それがこの世界の法則だ。

「……ノリダーさんは昨日の夜、あれから外に出かけたのでしょうか」

 つまり、このログハウス内で死んだのではなく、外に出て何らかの理由で死んだ、ということになる。
 思いつくのは、仲間を見殺しにしてしまった自責の念に駆られての自殺。昨日の彼のあの悲しみようを見れば可能性もなくはないと思う。
 俺はノリダーさんの死因について探るべく、出来るだけ直接的にならないように訊いた。

「そんなはずはない!」

 しかし、昨日の朝までのおちゃらけた雰囲気からは想像もつかないほど激昂したコンペッドさんの否定が入る。

「オレはっ、オレたちはノリさんが眠るのをちゃんと確認してから寝た……そうだよなっ、ポー!?」
「……」

 その言葉にこくりと無言でポーさんが頷く。
 訊けば、同室のコンペッドさんたちもノリダーさんをゆっくり休ませようと、彼のアラーム設定を朝八時に設定したのを確認し、その後泣き疲れたように眠るのを見届けてから就寝についた。
 極度の精神的疲労を感じていただろうノリダーさんはちょっとやそっとの刺激では目を覚まさないぐらいの深い眠りについていたという。
 コンペッドさんたちは一応早めに起床アラームを設定していたのだが、彼らが起きた時には既に姿は無かった。

 SAOでは肉体的な疲労が無い分、精神的な疲労が睡眠時間に――脳の休息に多大な影響を及ぼす。
 何らかの外的要因がなければ、ノリダーさんが起きることは考えられない。
 そしてその外的要因に近くで寝ていた自分たちが気付かないのは考えられない。
 だからこそコンラッドさんたちも頭を抱えている。何故なんだ、どうしてなんだと。

「……ですが、本当にノリダーさんが亡くなったのなら、その原因があるはずです。何か心当たりはありませんか?」

 彼らの言う通り、もしノリダーさんがログハウスから出ていないとしたら、それはそれで問題が出る。

 ――《圏内》で死人が出た。

 他人事ではない。そんなことを見過ごすわけにはいかない。
 ルネリーたちに及びそうな危険は可能な限り排除しなくては。
 そんな想いで質問した俺だったのだが。

 しかし、彼らから返ってきた思わぬ答えに、動揺は隠せなかった。




「――なんだよ……オレたちのどっちかが殺したって言いたいのかよ!?」
「……え」




 いきなりコンペッドさんに胸倉を掴まれる。
 そんなことはいいのだが、彼の言っている意味がよく解らなかった。

「圏内で死ぬはずがない。ログハウスからも出てない。でもノリさんを最後に見て一緒にいたのは同室のオレたちだ! だからオレたちが怪しいと、お前は言ってるんだろ!?」

 ――彼は、何を言っている……?

 誰もそんな意図で発言をしていない。
 ただ俺は、冷静にノリダーさんの死因を確かめようと――

「オレじゃない……オレじゃねぇんだっ! オレはノリさんを殺してない! なのに、なのに――――そんな《冷たい眼》で、オレを見るんじゃねぇよっ!」

 ガン、と。
 頭を打たれたような衝撃が走った。
 実際に殴られたわけじゃない。
 ただ、彼が言った《冷たい眼》という言葉が俺の過去を少し思い出させた、それだけのこと。








 俺には友達が居なかった。

 祖父との稽古のために遊びは全て断っていたというのも勿論理由のひとつだが、それ以上に問題だったのがどのような時でも変化のない俺の《表情》だった。

『常に冷静であれ』

 それは物事を常に客観的に捉え、感情に左右されずに選択するということ。
 幼き頃より祖父のその言葉を忠実に実践してきたが故に、感情を殺していた俺は周りから何を考えているか解らない不気味な奴と噂された。
 いつだったか、直そうと思ったこともある。しかし、まるで顔に張り付いた能面の如くその無表情は一向にとれることはなかった。

 感情を見せず、遊びにも付いてこない。
 そんな俺と友達になろうというモノ好きは、中学三年になって出来た唯一の友人、二木だけだった。

 ――俺のこの顔が、また他人を傷付けた。

 自分自身への自己嫌悪。
 しかしそれも客観的に自分を見ているということ。冷静に己を見つめているということ。
 それが俺の無表情を、この眼付きの悪い顔をより冷酷に見せる結果となる。

「なんとかっ、言えよ……!」

 たいていの者は俺と距離と取るか逆に喧嘩を売ってくるかのどちらか。
 コンペッドさんは引っ込みがつかなくなったのだろう。
 遣る瀬無さをぶつけるかのように、彼は拳を振り上げた。

 ――それもまた構わない。

 誰かに鬱憤をぶつけることで少しは彼が冷静になれるのだったら、殴られ役になることにも否はない。

「――やめなって! コン、落ち着いて!!」
「は、放してくれっ、ラピリアさん!」

 だが、コンペッドさんの拳が振り下ろされる直前、ラピリアさんが止めに入った。

「誰もあんたのことを疑ってないから! あんたがリーダーを殺したなんて思ってないから! そうだよね、キリュウくん!?」
「……はい。勘違いさせてしまい申し訳ありません」
「ほら、ね? 彼も謝ってるんだし、あんたも落ち着きなさい」
「……くっ」

 ラピリアさんの説得に、突き飛ばすようにしてコンペッドさんは俺から離れた。

「ごめんね、キリュウくん」
「……いえ」

 背を向くコンペッドさんに寄り添いながら俺に謝罪してくるラピリアさんに首を振る。
 彼だって恐らく混乱している。そして俺にも彼が怒った原因はある。
 俺がコンペッドさんを責める謂われはない。

「わたしたちね、一旦主街区に戻ろうと思うの。この調子じゃあまともに戦闘なんて出来そうにないし――」
「あ、あの! だったらあたしたち、街まで送りますよ!」

 今後の予定を疲れたように言うラピリアさんに、今まで黙っていたルネリーが口を開いた。
 確かに、戦力も減り、精神状態も十全とは言えない彼らではまともに戦えない可能性は高い。主街区までは一時間近くかかるし、出来れば付いて行ったほうが良いのは確実だろう。
 しかし。

「ありがとう、ルネリーちゃん。でも……ごめん。それはいいよ」
「え? ど、どうしてですか?」

 苦笑しながらのラピリアの拒否。
 ルネリーは反射的にその理由を聞いた。

「世話をかけるのは悪いから、というのがひとつ」
「そ、そんなの!」
「もうひとつはね……わたしも、コンの気持ちが少し解るから……」
「?」

 どういう意味か。
 四人が疑問に口を閉ざしたままでいると、ちらりと俺を見たラピリアさんは眼を伏せてから口を開いた。

「その、ね。ワザとじゃないって解ってるし、そんなつもりもないことも解ってるんだけどね……キリュウくんのその顔を、その瞳見ていると、なんだか自分たちが責められているような気がして、ね……」

 ――!?

「解ってる! ルネリーちゃんたちが信頼を置いているキミがそんな人じゃないのは解ってるんだけど…………でも、ごめん」

 しばらくは、その顔を見るのが辛い。
 そう言われた俺たちは――俺は、彼ら三人がログハウスから出ていくのをただ立ち尽くして見ているしか出来なかった。












「あの、あまり気を落とさないで下さい。ラピリアさんたちも、言いたくて言ったことじゃないと思うので……」
「……ああ。解っている。有難う」

 それから十分程が経った。
 俺たち四人は茫然と無言の時を過ごしていた。
 思考を止めてぼーっとしたいと思ったのはいつ以来だろうか。
 彼女たちの言葉に、少なからず俺の心も傷付いていたようだ。
 俺を心配するレイアの言葉に感謝の述べた。
 そして次に、未だ暗い表情の彼女たちに提案する。

「……すまないが、今日は狩りを中止にしてもいいだろうか?」
「そうですね、仕方ないと思います」
「色々ありましたからね……」
「そぉッスね。寝て曜日があっても問題ないと思うッスよ」

 各々肯定の返事を言ってくる。
 チマの言う通り、俺も今日は寝て過ごすのも悪くないかもしれない。

 ――だが……。

 頭の隅に残った、ノリダーさんの死因についての疑問が消えない。
 コンペッドさんの証言通り、昨晩ノリダーさんは部屋から出ていないのだとすれば、圏内で死人が出たということになる。
 明日は我が身、とならないためにも彼の死因だけでも確かめておきたい。

 そう考えた俺は、在る人物にメッセージを送った。
 プレイヤーの死因は全て、第一層主街区《はじまりの街》の中央に建つ黒鉄宮にある、全プレイヤーの名前が刻まれた《生命の碑》に記載される。
 ノリダーさんが死んだというのなら、彼の名前に横線が敷かれ、その下に死因が追記されているだろう。
 それが解れば、在る程度の予測と対策を考えられるはずだ。

 しかし、自分でそれを確認しにいくのは、今の俺の精神状態では辛いものがあった。
 出来ることなら、今日はこのまま動きたくない。
 などと自分らしくもないことを考えていると。

 ポーン

 メッセージの着信音が鳴った。
 まだ送ってから五分と経っていないというのに相変わらず早い仕事だと思いながら、俺はメッセージウインドウを開いた。




「……………ッ!?」




「キリュウさん? どうかしましたか」

 居間に置いてあるソファーから突然立ち上がった俺にルネリーが声をかけてくる。
 だが、それに丁寧に応えている余裕はこの時の俺にはなかった。

「……済まない。やはりラピリアさんたちにもう一度謝ってくる」
「え……あ、じゃあ、あたしたちもっ」
「いや。俺ひとりで行かせてくれ。頼む」
『……』

 恐らく初めてとなるだろう俺の頭を下げての頼み。
 それに何を感じたのだろうか、三人は不承不承にだが了承してくれた。
 俺は彼女たちに礼を言って即座にログハウスを出た。
 ラピリアさんたちは主街区に向かうと言っていた。此処から主街区に向かうには木々に覆われた緩い山脈を越える必要がある。当然モンスターも出現するが、索敵スキルを鍛えている俺はまばらに存在する敵の反応圏の網の目を縫うように走り抜けて一直線にラピリアさんたちの後を追った。

「……ッ」

 俺の心にあるのは焦り。
 あのメッセージを見てから、ノリダーさんの死因について俺の中ではいくつかの推論が挙がった。
 しかし、どう考えてもそんなことはあり得ない。

 ――あり得ないと、信じたい……!

 それを確認するためにも、もう一度彼らと会う必要があると感じた。
 ルネリーたちを置いてきたのは、また今朝のような雰囲気になる可能性も高いからだ。彼女たちの心にこれ以上の負担を強いるのは避けたかった。

「……!」

 山の頂上を越えた辺りだった。索敵スキルに反応があった。
 緑色のカーソル――プレイヤーの反応が三つ。ラピリアさんたちに間違いは無いだろう。
 けれど、反応はそれだけではなかった。

 ――モンスターに囲まれている!?

 十や二十ではきかない。四十をも超える敵を表わす赤いカーソルが、彼らを包囲していた。
 何故、と思った。
 この辺りのフィールドにアラームトラップの存在は確認されていない。少なくともアルゴからの情報にはなかった。

「――カァッ!!」

 更なる疑問が浮かび上がり混乱しそうになる頭に喝を入れ、俺はラピリアさんたちとの合流を最優先事項と決め、駆ける脚により強く力を籠めた。

「くそっ、くそおおおお!!」
「なんで……いやっ、やめてぇぇ!」

 反応があってしばらく。前方から悲鳴に近い二人の男女の声が聞こえてきた。
 もう彼らは目の前だ。
 敵戦力の分析をしている時間はないが、一点突破を仕掛ければ勝機はある。
 そう考えた俺が踏み込もうとした時。




「くっくっくっくっ……」



 ラピリアさんたちから少しだけ離れた木の上から、この場に似つかわしくない静かな笑い声が降りてきた。










『――《ノリダー》というプレイヤーの死因は、《決闘による敗北》ダ』

 俺が、第一層主街区《はじまりの街》にある《生命の碑》の確認を依頼したアルゴからは、そう返信が来た。
 しかし決闘だと? HPがゼロになれば実際に死ぬこの世界で、いまや《完全決着モード》で決闘を行う者はほとんど居ないはずだ。例え申し込まれたとして、ノリダーさんが受諾することもないと思うが……。

『くれぐれも気を付けた方がいいゾ、キリュウ。もしノリダーが圏内であるログハウスからも、個別スペースのPTメンバー以外入れない寝室からも出ていないのだとしたラ……犯人は《PTの中の誰か》の可能性が高イ』

 その可能性は俺も考えていたが、あのように明るい笑顔を振りまく人たちに疑いをかけるなんで出来ないと思った。
 アルゴからのメッセージは続く。

『SAOのシステム上、他人のシステム窓は触れないが《見える》ことは既に確認されている事実ダ。例えば、AとBというプレイヤーが居たとしよウ。AがBに対して決闘を申し込み、AがBの指を動かしてシステム窓のYESに触れさせて受諾すル。ということも原理上可能ということにナル。熟睡しているプレイヤーの指を勝手に動かして受諾させ、後は静かに刺剣などを突き刺して《貫通継続ダメージ》でHPを削れば文字通り寝首を掻くことも出来ル。なんせSAOには――――《痛みが無い》からナ。衝撃の発生する攻撃でもなければ対象も起きなイ。……いやはや、まったく厄介なPK技を考えてくれたものダナ。周知するのは簡単だが、このPK技を知って疑心暗鬼に陥るプレイヤーも少なくはないだろウ。臨時PTで組んだ者と休んでて殺される……なんてこともありえるようになったということだからナ。――もしかしたら、今までに決闘が死因で死んだプレイヤーの何割かはこれが理由かもしれナイ』

 このメッセージを見て、俺はあり得ないと思った。
 何故ならこれは、《人間(プレイヤー)人間(プレイヤー)を殺す》ということが前提の話だったからだ。
 人殺しは犯罪。子供の頃からそう教えられてきている日本で、誰かに刃を向けることを躊躇わない人間が居るとでもいうのか?

 ――確かに、ビーターに危害を加えようとした者は居た。

 しかしそれは被害妄想の拡大、もっと言えばまともな精神状態ではなかった故だと俺は考えている。でなかったら去り際にあのような辛そうな顔はしていなかったと思う。
 それに、あまり知人が多いわけでもないが、俺たちの周りではPK(プレイヤーキル)などの話が挙がったことは殆どない。
 だからこのデスゲームとなったSAOでPKをする者が居るなんて考えなかった。

 ――否、そんな人間は居ないと……命の係っている状況で他者を貶めるような人間は居ないと信じたかった。

「…………なのに」

 一層のエウリア村でのレイドで出会ったリックさん、クラウドさん、ジョーストさん。
 今まで様々な情報をやり取りした協力関係にある情報屋、鼠のアルゴ。
 三層主街区で知り合った縫製職人アシュレイさんとその相方バートさん。
 他にもクエスト関係で色々なプレイヤーに出会ったが、誰もが気の良い人達だった。

「なのに……っ」

 一万人ものプレイヤーたちが閉じ込められた理由は、一万人全員が協力してSAOを攻略するためだと、協力しなければ出来ないと思っていた。

 ――なのに、どうして……っ。

「どうして貴方は、そんな所で笑っているんだッ……







                        ――――《ポー》さん!!」


「くっくっ…………ぁあん?」




 木の枝の上で身を屈めて含み笑いをしていた人影。
 頭を覆うフードから微かに覗く昏い瞳が俺へと向く。

「ああ……貴様か」

 ノリダーさんのPTへ一時的に加入したという人物。
 黒のローブを纏い、フードを深くかぶっていたため顔をまともに見れた試しはない。
 どんなに話しかけても常に無言、無表情を崩さなかった彼――ポーさんが。
 木の上から身軽に降り立ち、今、俺の目の前で冷酷な笑みを浮かべていた。

「……何故、貴方は……」

 思わず口をつくが、俺はもう解っている。解ってしまっている。
 アルゴのメッセージにあった《熟睡しているプレイヤーを殺す方法》と《一時的PT加入プレイヤーの危険性》。
 これを見た時に、俺は思い当った。
 極度の精神的疲労を受けて熟睡していただろうノリダーさんを殺せる可能性が有る人は三人。
 そのうち、もっとも可能性が高いのが同室だったコンペッドさんとポーさん。
 しかし彼らがノリダーさんを慰めているのを見た俺としては、彼らを疑うことはしたくなかった。

 ――だが。

 一人だけ、彼らと関係の浅い人物がいる。知り合いに頼まれてこのレベリングに急遽加えることになったというその人物。
 それはあまりにも、時期が合い過ぎている気がする。

 ――しかしそれもただの可能性。根拠の無い推測に過ぎない。

 だからそれを確かめるために、俺はラピリアさんたちの後を追ったのだったが……

「……ポーさん。やはり、ノリダーさんを殺したのは貴方だったの――」
「ポーポー、ポーポーと……貴様はいったい誰の事を言っているんだ?」
「?」

 唐突に言葉を遮られ、訳の解らない問いに一瞬思考が停止してしまった。
 眼前の男の眼が、その頭を覆うフードの端から微かに覗く。

「まったく、アルファベットも読めない奴が多くていけねぇ……くく」

 此方を覗く鈍色の瞳。
 それは、このプログラムで造られた仮想体(アバター)の中でも、全くと言っていいほど《情》を感じない双眸だった。



良く聞け(Get this),俺の名は(My name is)――――」



 ぞわりと、首筋に悪寒が走る。

 俺の心の中で、この得体のしれない男に対して警戒の鐘が五月蠅くなっていく。

 口端を歪めた男が、息をゆっくりと吐き出すように、その名を告げた。



「―――――――――――――――――――――――《PoH(プー)》……――――」 
 

 
後書き
最狂の男、参上。 
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