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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百二十六話 調印式



宇宙歴 796年 6月 15日  巡航艦オーロラ  ミハマ・サアヤ



宇宙歴七百九十六年六月十五日十四時三十分、自由惑星同盟捕虜交換使節団はイゼルローン要塞至近に到着しました。三隻に分かれて乗っていた使節団は巡航艦オーロラに集結、帝国の巡航艦エルベの先導に従い要塞内に向かっています。同盟の艦艇でイゼルローン要塞内に最初に入る栄誉は巡航艦オーロラのものです。

「イゼルローン要塞か、こうして間近に見るとやはり大きいな」
「難攻不落と言われるのも無理は無いね、攻めなかったのは正解だよ」
「私もそう思うよ、ホアン」
トリューニヒト議長とホアン・ルイ人的資源委員長がスクリーンに映る要塞を見ながら話しています。ヴァレンシュタイン委員長もレムシャイド伯と要塞を見ていました。

「ヴァレンシュタイン、卿はイゼルローン要塞に入るのは何度目かな」
「三度目ですね、最初は五年前、二度目は第六次イゼルローン要塞攻略戦の時ですから一年半程前の事でした。レムシャイド伯は如何なのです?」
「私は初めてだ、確かにトリューニヒト議長の言う通り、予想以上に大きい」
同感です、私も見る度に大きいと思います。

イゼルローン要塞の周囲には同盟、帝国の艦艇が集結しています。その数は大凡十万隻に近いでしょう。イゼルローン要塞を中心に睨み合うような形で向き合っています。巡航艦オーロラとエルベはその中をイゼルローン要塞に向かって行く。ちょっと壮観です。

イゼルローン要塞のメインポートが口を開きました。エルベが先に入りオーロラが続きました。要塞内に入った時には艦橋では歓声が上がりました。要塞からの指示に従ってオーロラは中をゆっくりと進みます。桟橋に接舷すると艦橋では大きな拍手が湧き上がりました。これって多分歴史に残るんだろうな。母さんとシェインにも教えなくっちゃ。

桟橋ではブラウンシュバイク公が私達を待っていました。吃驚です。
「ようこそ、トリューニヒト議長」
「ブラウンシュバイク公、お出迎え、痛み入ります」
「こうして卿と直接会う日が来ようとは思わなかった」
「私も思いませんでした」
「確かに」
二人とも感慨深げです。いいなあ、同盟、帝国の二大実力者が感慨深げにしている。渋いです、絵になります。

トリューニヒト議長がホアン・ルイ人的資源委員長とヴァレンシュタイン最高評議会諮問委員長を紹介しました。ブラウンシュバイク公は頷いていましたけどヴァレンシュタイン委員長を見る目は鋭かったと思います。その後、ブラウンシュバイク公がレムシャイド伯を労い挨拶は一通り終わりました。

「さて、では参ろうか。女帝陛下をお待たせする事は出来ん」
「そうですな、いかなる場合でも女性を待たせる事は得策ではありません。ましてそれがやんごとなき御方であれば」
ブラウンシュバイク公とトリューニヒト議長の遣り取りに笑い声が上がりました。良い雰囲気です。ちなみに議長と二人の委員長はモーニングコートを着た正装です。他の随行員も文官はスーツ、武官は礼装を纏っています。私も白の礼装を着ていますがこれを着るのは特設第一艦隊の結成式以来です。

ブラウンシュバイク公が先導しトリューニヒト議長、ホアン委員長、レムシャイド伯、ヴァレンシュタイン委員長が続きます。私達随行員はその後を歩きました。そして私達の周囲を帝国軍人が包囲するような形で警護しています。彼方此方から私達を見ている人間もいます、ヒソヒソ話している人間もいる。ちょっと怖いです、落ち着きません。

ヴァレンシュタイン委員長の傍に両側から挟むように二人の軍人が近付きました。危ない! そう思って割り込もうとすると“エーリッヒ”と話しかけるのが聞こえました。
「アントン、ギュンター、久しぶりだ」
アントン? ギュンター? 嬉しそうな声です、知り合い?

「本当に久しぶりだ。それにしても良く来たな、無謀だぞ」
「仕方ないさ、来る必要が有ったんだ」
「安心しろ、卿の安全は俺が命に代えても守る」
そう言うと左側の男性が委員長の肩を叩きました。

「ギュンター・キスリングにそう言って貰えるとは……、心強い限りだ」
「俺が今生きているのは卿の御蔭だ」
「イゼルローンで助けた卿に今度はそのイゼルローンで助けられるか、人生は面白いね」
「馬鹿、笑っている場合か」
そう言いながら笑っています。ようやく分かりました。ギュンター・キスリング、イゼルローンで負傷していた捕虜です。もう一人のアントンはアントン・フェルナーでしょう。二人とも委員長の親友です、ホッとしました。

「しかし、こうしてまた会えるとは思えなかった」
「そうだね、私も難しいと思っていた」
「ナイトハルトも会いたがっていた。残念だが奴は艦隊を率いる立場だからな」
「晩餐会には奴も参加する。そこで会えるさ」
「そうか、楽しみだね」
ナイトハルト・ミュラー准将、門閥貴族の残党を制圧した功績で少将に昇進したと聞いています。帝国軍の若手指揮官では結構有名なようです。ダンスをした事を思い出しました。なかなかの好男子だったと思います。

桟橋から通路に出て本当の意味で要塞内部に入りました。エスカレーターを使って階を移動します。厳戒態勢です、大勢の帝国軍人が警戒し指揮官らしい人物が厳しい目で周囲を睨んでいました。時折“ヴァレンシュタイン”、“ニーズホッグ”等という声が聞こえます。さらに通路を歩くと調印式が行われる大広間に到着しました。大勢の帝国人が私達を待っています。

私達が大広間に到着すると激しいフラッシュが焚かれました。要塞には同盟、帝国からマスコミが要塞に来ています。大広間の一角、調印式の場からは少し離れた所に彼らの居場所が有りました。但し要塞内の取材、撮影は大広間と臨時にあつらえたプレスルームを除けば厳禁です。

これを犯した場合はスパイ容疑で逮捕される事になります。この事は事前にマスコミには通知されていて同盟政府はこの件に関して一切マスコミに便宜を図らない、帝国政府に抗議するような事はしないと警告しています。つまり余計な事はするな、揉め事を起こすな、そういう事です。

ブラウンシュバイク公が“トリューニヒト議長、こちらへ”と言って議長を大広間の中央へ誘いました。中央には調印式で使用するテーブルと椅子が用意されています。その近くに正装した女性が居ました。銀河帝国皇帝アマーリエ陛下です。ブラウンシュバイク公と議長はそちらに歩いていきます。残りは私も含めて大広間の端の方に移動しました。

妙な配置です、女帝陛下を中心に正三角形を作るような形で同盟の随行員、帝国の随行員、マスコミが居ました。それぞれ一緒になると揉め事が起きかねないという事で分けたようです。もっともマスコミは同盟、帝国、フェザーン、皆一緒です。

ブラウンシュバイク公とトリューニヒト議長がアマーリエ陛下に近付きました。ブラウンシュバイク公が横にズレ道を譲るとトリューニヒト議長が前に進み女帝陛下の前で跪きました。“おお”という声とフラッシュが凄いです。跪くのは帝国風の最敬礼です。帝国では誰もが女帝陛下の前で跪きますが同盟ではそのような礼は有りません。トリューニヒト議長が帝国風の礼を取った事で同盟が帝国の権威を認めた、女帝陛下の権威を認めたという事になります。

女帝陛下がトリューニヒト議長に近付き議長の身体に手をかけ立たせました。またフラッシュが焚かれました。女帝陛下がトリューニヒト議長を自ら立たせたという事は議長は臣下ではない、そのような礼をする必要は無いという事の表明です。つまり今度は帝国が同盟の権威を認めた、最高評議会議長の権威を認めた事になるのです。

多寡が儀礼上の挨拶ですが一つ一つの行為に重い意味が有ります。そして今回の事例が前例となってこれ以降の帝国と同盟の儀礼になるのです、このあたりの手順はヴァレンシュタイン委員長とレムシャイド伯が事前に調整し両国の了解を取ったそうです。それを聞いた時にはあまりの面倒臭さに溜息が出ました。ヴァレンシュタイン委員長は苦笑していましたけど。

アマーリエ女帝陛下がトリューニヒト議長を調印式のテーブルに笑顔で誘います。議長も笑顔でそれに応えました。二人が並んで椅子に座ります。またフラッシュが焚かれました。銀河帝国皇帝と最高評議会議長が並んで座る、ここでも両者が対等の存在である事を表明しています。

テーブルの上には捕虜交換の帝国用、同盟用協定文書が置かれていました。それぞれ文書に署名すると二人が握手をします。またフラッシュが焚かれます、女帝陛下と議長はそれを気にする事無く使用したペンを交換するとにこやかに話し合っています。

この話し合いの内容も事前に決められています。
“こうして皇帝陛下に御会い出来た事を大変嬉しく思っております”
“私も同じ想いです。議長、良く来て下さいました”
“我々は捕虜交換において協力し合う事が出来ました。それ以外でも協力し合う事が出来るのではないかと考えています”
“その通りです。私達は人類の未来と繁栄について責任ある行動を執らなければなりません。もっと協力し合うべきだと思います”

調印式が終わるとトリューニヒト議長は記者会見ですが、そこではアマーリエ陛下との会話の内容が発表されます。分かると思いますが両国トップが同盟、帝国は人類の未来と繁栄について協力する事で合意したことになります。調印式は形式的なものですが明日以降行われる首脳会談はこの形式を踏まえた上で行われるのです。つまり首脳会談の内容は両国がどういう協力が出来るかを話し合うという事になります。和平という言葉は何処にも出ていません。そうです、和平は協力の中の一部でしかないのです。

二人が立ち上がりました。トリューニヒト議長が深々と頭を下げます、今度は跪きません。女帝陛下も軽く頷いて礼を受けました。そして別々にそれぞれの随行員の所に戻りました。次からは最高評議会議長は跪きません、頭を深く下げるだけです。但し他の人間は何者であろうと女帝陛下の前では跪く事が要求されます。つまりこの銀河で皇帝に跪かない唯一の存在が最高評議会議長なのです。

「御苦労様、疲れたかね?」
「ああ、予想以上に疲れたよ」
戻ってきたトリューニヒト議長をホアン委員長が労っています。
「これから記者会見だ。もうひと頑張りしてくれ」
「分かっている、記者会見が終われば晩餐会だ。それを楽しみに頑張るさ、さあ行こうか」
議長を先頭に大広間を出ると帝国の護衛兵が周囲を固めました。議長が“プレスルームへ”と言って場所を指定します。護衛兵達が歩き始めました。




帝国暦 487年 6月 16日  イゼルローン要塞    オットー・フォン・ブラウンシュバイク



イゼルローン要塞の一室に帝国、同盟の人間が集まっていた。中央のテーブルに六人、帝国からは統帥本部総長シュタインホフ元帥、財務尚書ゲルラッハ子爵、そして女帝夫君であるオットー・フォン・ブラウンシュバイク、つまりわしだ。同盟からはトリューニヒト議長、ホアン・ルイ人的資源委員長、エーリッヒ・ヴァレンシュタイン最高評議会諮問委員長が座った。

それぞれの後方には随行員が控えている。レムシャイド伯も後ろに居る。会議の雰囲気は悪くない。捕虜交換が無事終了したこと、そして昨夜の晩餐会が和やかな雰囲気の中で終わった事が影響している。だが何より大きいのは調印式が同盟側で好意的に受け取られている事だ。

トリューニヒト議長の記者会見が上手くいったらしい。議長はアマーリエに対する印象を好意的に語った。その事で同盟市民からのアマーリエに対する好感度は非常に高い。悪くないな、帝国内部でも好意的に見られている。アマーリエが自らイゼルローンに足を運んだ事は捕虜を戻すために皇帝が尽力していると平民達、軍人達から受け取られたようだ。アマーリエに調印を頼んだのは賭けだったが成功したと言って良いだろう。調印式は帝国、同盟両国で好意的に受け取られている。

調印式は上々の首尾だったが帝国と同盟の間にはまだまだ解決しなければならない問題が有る。フェザーンの独立問題、帝国の企業の株、帝国が発行した国債、和平条約の概要の確認と共同宣言の文言……、問題は山積みだ。今はフェザーンの独立問題を討議している。これには貴族連合が起こした暴行に対する損害賠償請求も絡んでいる。細心の注意が必要だ。

「フェザーンは独立させる、そういう事で宜しいのですな?」
「うむ、構わない。自治領と言っても形だけのものだ。独立させた方が紛れが無い、後々扱い易いだろうというそちらの意見に同意する」
わしがトリューニヒト議長に答えると席の後ろから息を吐く音が幾つか聞こえた。不満が有るらしい、だがわしが後ろを振り返ると顔を強張らせて姿勢を正した。

貴族連合軍が馬鹿をやってくれた。フェザーン人に対して乱暴狼藉だけに留まらずボルテックまで殺した。フェザーン人達は帝国に対して損害賠償をと騒いでいる。ペイワードが焚き付けているという可能性も有る。帝国に対して少しでも優位に立とうというのだろう。そんな油断のならない反帝国感情に溢れた二十億の住人など誰が欲しいか! 少し考えろ!

「それで、例の件は間違いないのかな?」
わしが問い掛けるとトリューニヒト議長が大きく頷いた。
「大丈夫です、我々がフェザーンに対してフェザーン企業の株を返却する。そしてフェザーンは帝国に対して貴族連合軍が行った蛮行に対する賠償の請求を放棄する。既にペイワード氏は同意しております」

「独立後、フェザーンが約束を破るという事は? ペイワードはともかく他のフェザーン人が納得しないという事も有ると思うが……」
ゲルラッハ財務尚書が質問するとトリューニヒト議長がヴァレンシュタインに視線を向けた。皆の視線がヴァレンシュタインに向かった。

「フェザーンの独立は同盟と帝国がそれを認めるという形を取ります。つまり条約を結ぶ事でフェザーンの独立を認める。条約には同盟がフェザーンに対して企業の株を返却する事、それに対してフェザーンが帝国への賠償請求を放棄する事が、帝国がフェザーンの独立を認める前提である事を明記する。フェザーンが帝国への賠償請求をすれば独立そのものが否定されます」
ゲルラッハがわしの顔を見た。

「なるほど、では具体的にはどういう事になるのかな」
わしが問い掛けるとヴァレンシュタインがにこやかな笑みを浮かべた。
「同盟はフェザーンの独立のために努力してきました。フェザーンがその努力を踏み躙る様な行為をするのであれば当然ですが同盟はフェザーンに対して報復する事になります」
「……」

「同盟は帝国に対してフェザーンへの共同出兵を提案します」
ヴァレンシュタインの答えにゲルラッハ、シュタインホフと顔を見合わせた。ここまでは想定内だ。
「出兵の後は如何する、占領するのか? 何かと面倒だと思うが……」
軍からは共同占領は新たな紛争の種になりかねないと警告が出ている。帝国対フェザーン、帝国対同盟、火種は有るのだ。

「占領はしません。フェザーン本土を直接叩くだけです。フェザーンが自らの口で賠償請求を放棄すると宣言しない限り何度でも攻撃を続けます」
「一般人にも被害が及ぶぞ、卿は分かっているのか?」
シュタインホフが顔を顰めながら問う、いや誹謗するとヴァレンシュタインは“已むを得ません”と言った。

「フェザーンは民主共和政を選ぶようです。つまり賠償請求はフェザーン市民の意思という事でしょう。ならばフェザーン市民に条約を破るという事がどういう事態を引き起こすか、理解させるべきだと思います」
「……」
トリューニヒト議長もホアン委員長も表情に変化は無い、同意見という事か。

「フェザーンの独立は帝国と同盟の支持が有って成り立つもの、それを失えば独立も失う、そういう事だな」
わしが問い掛けるとヴァレンシュタインが頷いた。なるほど、帝国と同盟が手を結んでいる限りフェザーンは何も出来ぬか。これまでのように両国の中間で漁夫の利を得るような事は許さぬという事だな。フェザーンも勝手が違うだろう。

ゲルラッハ、シュタインホフに視線を向けると二人とも軽く頷いた。悪い話ではない、帝国にとっては十分に利の有る話だ。
「良く分かった。疑念は晴れた。後はフェザーン回廊の出口にそれぞれ要塞を建設する事でフェザーン回廊の中立化を図る、そういう事だな」
「そうです、両国ともほぼ同じサイズの要塞を設置する。直径四十キロ、帝国に有るガイエスブルク要塞を参考にしたいと思います」

ヴァレンシュタインが答えると皆が頷いた。先ず一つ解決か。
「では次に同盟が所持している帝国企業の株について話し合いたい」
ゲルラッハが次の議題を提示した。溜息が出そうになったが慌てて堪えた。




 
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