SAO ~冷厳なる槍使い~
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SAO編
第一章 冒険者生活
12.ビーター暗殺
相手ボスの主な攻撃方法は三つ。
片手用直剣スキル《ホリゾンタル》、《バーチカル》、そして《投剣スキル》。
だが、ボス自身は全長六メートルを超える巨体だ。故にただのホリゾンタルと言えど半径四メートル近い扇状重範囲攻撃となり、バーチカルは例え避けたとしても地面に叩き付けられた衝撃は半径六メートル以内に居る者を約十秒間もの一時行動不能状態とする。
上記二つのソードスキルを数回繰り返した後、ボスは左腕を首に巻きつけるようにして振り上げる。――そう、かの《アイ●ンのポーズ》のように。しかして、それは《投剣スキル》の合図である。此方もただの投剣と侮る無かれ、その腕を振り払った瞬間に放たれる小刀ほどのそれは正に無数。数えることすら憚られるほどの量だ。イメージとしては、昔の攻城戦などで城壁の上から放たれる矢の雨。ボスから見て扇状四十度前方は何処に居てもその範囲に入っていると思っていいだろう。
これだけを見るとかなりの強敵のように思える。
実際、強敵なのだが付け入る隙が無いわけでも無い。
前述した通り、ボスは相当の巨体、それぞれの動きは鈍重だ。システムアシストがかかるソードスキルを発動するまでの動作がゆっくりな為、次にくる攻撃パターンは解り易い。各技の攻撃力も重装甲+盾装備ならば難なく耐えられるだろう。しかしバーチカル――上空からの振り下ろし攻撃だけはまともに受けるのは推奨しない。他の技に比べてもプレモーションが遅いので、範囲内から離れるのが最善だろう。
以上三つの攻撃パターンに関する細かな点、発動までの時間などは別項目《ボスの行動一覧》を参照。
ボスのHPバーは全部で五本。三本目までは、ボスの攻撃を壁部隊が耐えて、支援部隊が隙を広げ、攻撃部隊がHPを削るというテンプレート戦法で対応可能。しかし、そのHPバーが残り二本となる瞬間、ボスはその動きを止める。硬化して防御力は増しているが、二分間の無防備状態は総攻撃の好機。だがここで功を焦って深入りをし過ぎると、もれなく《確実な死ゲームオーバー》が待っている。時間が経つにつれ膨張するボスの体は二分後、体の至る所からガスを噴出する。勿論、毒ガスである。視界が利かなくなるほどの高濃度の毒ガスを広範囲に撒き散らし、毒ガス内はレベル1の継続ダメージ毒効果を及ぼす。ただしガス内に居ると解毒ポーションを飲んでも無意味なので注意。更にガス内ではボスが無差別攻撃を絶え間無く行っている。つまり、一度ガス内に取り残されると脱出は困難。高確率で死に至ると思っていい。しかし引き時を間違えなければ、そうそう危険に陥ることも無いボスでもある。
毒ガス広範囲散布についての詳細、消えるまでの時間などは別項目《ボスの行動一覧》を参照。
――以上、【大丈夫。アルゴの攻略本だよ。】の表紙が目印、《アルゴの攻略本・第三層ボス編》から抽出。尚、情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性がありますので注意されるべし。
「――という展開になると予想される! いいな、各自号令係の合図はしっかりと守るように!」
ペクタを出発し第三層迷宮区に到着した俺たちは、その後も特に問題無く最上階のボス部屋の扉の前まで辿り着いた。
第三層の迷宮区は、巨大な樹木が立ち並ぶ三層の中でも一際巨大な……いや、巨大という形容詞すら生温いほど壮大ともいうべき大木の形状をしている。一層二層のような迷宮区をなしている巨塔が、そのまま木の形になったような出で立ちだ。家が数軒すっぽりと入るほどの幅を持つ太い太い幹が四層のプレート底辺まで伸び、見上げれば山頂を覆う雲のように緑色の広大な傘が掛かっている。
それを見て、誰かが言った。
「まるで世界樹だ」と。
その言葉の元が何かは解らなかったが、何故か違和感無くすんなりとはまった気がした。
大樹の根元の入口から中に入ると、迷宮内は複雑に入り組んだ空洞となっていた。一層二層の通路のような床と壁、天井がはっきりとした四角形の筒状になっている構造ではなく、円筒状の通路となっている。円筒状故、中央が凹み端は傾斜になっている床の構造なので、大勢が列になって進むと、端の方の者は歩きにくい。
だが流石と言うべきか、例え迷宮区の、他より強力なモンスターが現れたとしても、九十七というプレイヤーたちの物量攻撃によりすぐさま殲滅される。HPが削られても即交替出来る。同じ目的を持ち行動する大勢のプレイヤーに、改めて《数》の凄さを感じさせられた。
隊列の中心よりも少し後ろに位置する俺たち四人は、一度も戦う事無く、ただ人の流れに身を任せて歩くだけだった。
「――文末に書かれている通り、このボスの情報は絶対ではない! 常に全員、即座に撤退出来るよう心構えだけはしておくように! 攻略も大事だが、一人として犠牲を出させない、それが一番重要だと心に刻んでくれ!」
鎧を纏ったプレイヤーたちがつくる壁で、先頭で叫ぶ人物の顔は見えないが、その声はここまでよく届いていた。
現在は、ボスの部屋と思わしき大きな両開きの扉の前、九十人以上がやっと入るくらいの拓けた場所で、休憩を兼ねた最後の作戦会議を行っていた。作戦は、アルゴの攻略本・第三層ボス編の内容が中心だった。この場所まで来る途中で、戦った者もそうでない者も、全員がそれに目を通している。故に、全員が成すべきことは解っていた。
それほどまでにアルゴの攻略本は微に入り細にわたった。
ボスの大まかな行動の種類、各行動の初動とそれに対する此方の行動、更には何処にベータ版と正式版の差異が起こりうるかの考察も書かれていた。いつ何時それが来るかもしれい、ということを頭に入れておけば、咄嗟の状況に対して少しでも早く動きだすことが出来るというものだ。
「――各部隊、二~三パーティずつのローテーションでボスに攻撃を与える! 壁部隊だけは、攻撃部隊と支援部隊の二つを対応して貰うので、少し忙しくなるかもしれないが、よろしく頼む!」
腕の太さほどの長い長い幾千幾万もの枝々が重なり合って出来ているような床と壁、そして扉。二木の部屋にあった大きなパソコンの後ろから伸びているいくつものケーブルが纏まっているのを思い出す。大きさも量も比較にならないが、太く織り重なったケーブルの上を歩いてるような感覚だ。
全てが木製、というより木そのものだからか、一層や二層の迷宮区のような燃え盛る松明は無い。その代わり、其処彼処に微かに輝く苔のようなものがあった。決して明るいとは言えないが、それでも不自由しない程度の明るさはあった。
「ボスの攻撃を壁部隊が凌いだら直ぐに攻撃部隊、支援部隊とスイッチ! 次の動作が始まるまでの硬直に、スイッチを重ねて思いっきり攻撃を叩きこめ! 支援部隊は少しでも長く攻撃時間を稼ぐために、行動遅延系や系の援護攻撃をしてくれ! だが、号令には従えよ!? 長く攻撃をし過ぎてもボスの憎悪値を取ってしまうことになるからな! 壁部隊はスイッチと同時にヘイトスキルを使用、ボスのタゲを他へ漏らすな!」
先頭にいる数人が、ボス戦での注意事項を叫んでいる。
流石にこの場面で私語を話す輩は居ないようだ。
ルネリーたち三人も、真剣な顔でそれを聞いていた。
しかし、俺はと言うと――
『……と、結論から言えばバリーモッド、彼は《黒》ダ。確かにビーター……今回の場合ならば《黒コートの少年プレイヤー》に対しテ、何らかの行動を起こすことを友人との酒の席で何度も言っていたらシイ。そして、彼……バリーモッドに関して言えば、行動を起こすちゃんとした動機もあるにはアル。だがそれは八つ当たり、もっと言えば被害妄想に近い理由によるものダ。《ビーター》というのはネ、ひとりを指す言葉ではなく、本当はベータテスト経験者であり、更にMMO系ネットゲームというものに深くハマっている者、つまりは《ベータ時の情報を効率良く扱う知識を持ったプレイヤー》のことダ。当然、ただ単にベータ経験者だったのとかSAO初心者よりも利を得ることに優れてイル。そして、それゆえに一般プレイヤーたちから嫉妬その他を受け易イ。…………今現在、顔が割れているビーターは少ナイ。だから、確実にビーターだと判明しているプレイヤーにその全てが向けられるんダ。……そう、あの黒コートの少年に、ネ』
ルネリーたちの後ろで、ボス戦の注意事項に耳を傾けつつ、アルゴから送られてきたメッセージを確認する。どうやら、予想は嫌な方が当たったらしい。これで俺は決断を迫られることになった。ビーターを助けるために行動するのか、それとも自分には関係ないと放置するのかを。
――しかし、何処かアルゴの書き方は、ビーター寄りな意見に感じるな……。
少なくとも、中立には見えない。
ビーターという利己的な人物、そのビーターに危害を加えようとする人物、他人に迷惑をかけるという意味なら、確かに後者なのだろうが。
優柔不断と知りつつ迷う俺。
「…………」
だが、メッセージの後半を読み進むことで、俺の心は決まった。
「――では、ボス部屋に入る! 壁部隊から順に入ってくれ! 入ってすぐにボスの攻撃を受ける訳じゃないから、みんな焦らずに進んでくれ!」
一層強い声が、その場に響いた。
今からは俺にとって、二つの意味で厳しい戦いとなるだろう。
「キリュウさん、行きましょうっ」
「やってやるッスよー!」
「全力で、みんなを援護します」
俺を振り向いて声をかけてくる三人。
――守りたい。
否。
――絶対に、守る……!
三人に応え、俺は右手に持った槍を強く握りしめた。
「…………行くぞ」
◆
――ズンッ……ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
いくつもの鉄製ヘルメット越しに、あたしはボスの部屋に通じる大きな扉が開くのを見た。
開いた扉の向こうは暗くて見えない。ごくり、と唾を飲み込む音が近くから聞こえた気がした。
「ゴーゴー! 進め進め!」
「行くぞーお前らぁ!」
「ぱらりらぱらりら~!!」
プレイヤーたちが前から順に扉の向こうになだれ込む。
あたしたちも、人の流れに飲まれないように、しっかりと地に足を付けて進み出した。
扉を潜くぐると、突如、真っ暗だった中に光の線がいくつも生まれた。
その光が照らし出したのは、先ほどまで会議をしていた場所の数倍は広いドーム状の空間。
蔦が絡まり合ったような壁には、いつの間に出来たのか、等間隔に幾つもの穴が開いていた。まるで、蔦を避けて出来た窓のように外から光が入りこんでいるみたいだった。
光は、ドームの側面にある無数の窓から中心に向けて集束していた。
だんだんとドーム内部の暗闇も晴れてくる。
「みんな、まだ近づくなよ。索敵にはかからないが……見えるだろう? 《アレ》がボスだ……!」
光と、プレイヤーたちの視線の集まる先、そこには、一本の木があった。
その木は、落雷に当たってしまったかのように、太い幹の上半分が無かった。刃物を使ったわけでもなく、鈍器を使ったわけでもなく、ただ有り得ないほどの膂力を以って引き千切られた、という印象。
「…………」
あの木が、この第三層のフロアボスだという。
森で遭遇した《トレント・サプリング》というモンスターと同じように、ただの木に扮している間は索敵スキルにかからないそうだ。
バキ……バキバキ――。
「!?」
全部隊がボスの部屋に入った瞬間、目の前の木が軋みだした。
バキバキ、バキバキバキバキ……ッ
木板を連続して割るような音がドーム内に響き渡り――――そして、それは現れる。
「ボスが動き出すぞー! 壁部隊は前に、前に出ろ――ッ!!」
地面が盛り上がり、と地中からボコッと腕が出てくる。
――腕……じゃない!? 根っこ? 手の形をした根っこ、なの……!?
腕だけじゃない。地面からぼこりぼこりと出てきた体、足、その全てが大小の根が何重編みにもなって作られていた。まるで理科室で見た人体模型の筋肉繊維まる見えの体だ。
そして、最初から見えていた幹の部分が顔の位置にあった。
言うなれば、顔だけ残して地面に埋まっていた人が、ごそごそと這い出て来る。そんな感じ。
バキ……バキビキビキバキャアアッ――――!!
最後に、ボスの顔と思われる幹の部分、その表面が、上下に裂けた。
それは、ハロウィンのカボチャのような、ギザギザの口に見えた。
「ゥゥゥ…………ボォオオオオオオオ!!」
空のペットボトルの飲み口を横から吹くと鳴るような、しかしそれとは桁違いのお腹に響く重低音を、その裂けて出来た空洞くちから噴き出すボス。
「……あ」
目の前の光景に見入っていたあたしは、いつの間にかボスの頭上に生まれたカーソルに気付いた。
既にアルゴさんの攻略本で確認していたのに、いざ名前を見た時、あたしは思わず息を呑んでしまった。
荒れ狂う古樹の精《Riot The Ancient Treant》。
焦げたツンツン頭が特徴的な、根っこで出来た身体を持つ巨人が、そこに居た。
「おっ、きぃー……」
意図せずに出るその言葉。誰もがきっと、目の前の木の巨人を見て、同じ事を考えたと思う。
アルゴさんの情報通りならば、ボスの身長は六メートル以上だという。
一般的に背が高いと言われる人間の、更に三倍以上の高さ。
身長が三倍だと、縦も横も三倍になるから、えーと三×三×三で、二十七倍の体積となるって聞いたことがある。
つまりは――――
「壁っ、壁ェ!! 早く前出てくれ! 他の奴は下がれぇ――っ!」
「来る、来るって! ちょ、早く早くぅ!」
「うわああああ!!」
圧倒的とも言える質量を持つ攻撃が、あたしたちを襲った。
最初、古樹の巨人は右腕を前に出した。
地面に水平に伸ばした右腕の先端、太い根がてのひらを模している所に、変化が現れる。
腕の先端の何本もの根が、今度は地面と垂直に伸びていく。
伸びて、伸びて、重なって、先端が纏まって、尖る。
――剣……?
鋭い刃は無い。どちらかと言えば棍棒に近いと思う。
だけど巨人のそのシルエットは、《剣を握った人》に見えた。
そして、みしみし、と根の身体を軋ませ、巨人はゆっくりと剣を振りかぶる。
――あ、見たことある。
ううん。見たどころか、つい最近、自分も使った。
右足と右肩を前に出して剣を左後ろへ振りかぶるあの初動作は――
「――重範囲攻撃、来るぞー!! おいそこの盾無し! もっと下がれよっ!!」
「ボスの後ろ側に回れー! まだ間に合うから!」
叫びと共に、プレイヤーたちの流れに押される。
「キャッ!?」
「うおーッス!?」
「レイア! チマ!」
「……ボスの動きよりも、俺たちは味方側の動きを意識していた方が良いようだな」
「あ……キリュウさん!」
まるで満員電車で急ブレーキがかかったときのような人波に、レイアとチマが流されそうになったけど、すかさずキリュウさんが防波堤になってくれた。
キリュウさんの言うとおり、確かにこんなプレイヤーの人たちに囲まれた状況だったら、ボスの一挙手一投足よりも身近のプレイヤーたちの動きを見ていた方が良いかもしれない。急に押されるのは危ないしね。
「支援部隊はボスの側面に移動します! 最初の攻撃を凌いだら最前列のPTから攻撃を開始して下さい! 威力よりも硬直の少ない単発系でスイッチを重ねます! 僕が合図しますんで攻撃後は左右に下がって後続とスイッチして下さい!」
号令役の《ポスキム》さんが、支援部隊全員に向けて叫んだ。
壁部隊の後ろを移動しつつ、ボスのホリゾンタルの範囲外まで逃げる。あたしは普段から歩くのが速いほうだから、団体移動特有の遅々とした歩みに内心じれったい思いをした。
そして、ちょうどあたしたちが目的の場所に移動した瞬間、ボスは動いた。
「ボッ、ボッ……ボォオオオオオオオ!!」
水色に発光した人の胴よりも太い丸太のような剣。キラキラとその光を軌跡に残し、巨人はそれを思い切り水平に薙ぐ。
直後、大気をうねらして、一列に並べられたヒーターシールドの壁にそれはぶつかった。
「うごっ、お、押されるー!」「効っくぅ~~っ」「叫ぶな! 号令が聞こえねえっつの!」
ガンガンガン、と盾を弾く音が連続で響き渡り、当たった場所に火花を散らしたようなライトエフェクトをばら撒きながら巨人は剣を振り切った。
「――今だあああ!! 壁役タンクは攻撃役アタッカー、支援役サポートとスイッチ! どんどん攻撃しろー!!」
相手ボスがソードスキルを放ち終わり、技後硬直に陥った瞬間、先頭に立つプレイヤーの一人が怒号した。
「攻撃アタ――ック! 攻撃アタック! 攻撃アタック!!」
「出来るだけタイミングは揃えろよ! ブレイク狙ってけ!!」
「壁部隊タンク! 《ヘイトスキル》頼む!」
「スイッチ! 次の列、準備ィ! ……行くぞ、スイッチ!」
そして爆発するプレイヤー。
連続で放たれるソードスキルの、そしてそれがヒットしたときの幾つものライトエフェクトで視界が埋まりそうになる。
「《ウオオオオ!!》」
「《コッチだあああ!!》」
「《実は壁イヤだったんだあああ!!》」
壁部隊の方から独特なエコーのかかった叫び声が上がった。
あれは、あたしも持っている《威嚇スキル》により、相手のヘイトを上昇させ、攻撃部隊や支援部隊にボスがターゲットしないようにしているのだ。
あたしも最近覚えたんだけど、盾職にも色々あって、全身重装甲でモンスターの攻撃を受け切るタイプと、あたしみたいに比較的軽装備で、フットワークを活かしてモンスターの攻撃を逸らす、受け流すというタイプなどがいる。1パーティーだったらどちらのタイプでも壁の役割をすることが出来るけど、大規模戦闘みたいな大多数を守る戦いの場合は、やはり前者――攻撃を受け切るタイプの盾役の方が後ろのいるプレイヤーたちからすれば頼もしい。
――でも、今、最前線でボスの攻撃を受けている壁役の人達はどう思ってるんだろう?
あの人たちは、初めから自分が一番危険な場所に飛び込もうと考えて盾を持ったのだろうか?
たぶんだけど、望んで壁役になった人は少ないんじゃないかなと思う。
第一層が攻略された時点で、約二千人のプレイヤーがSAOの仮想世界から消えた。
更にもうすぐ二ヶ月が経つというのに外からの連絡は全く無い。
つまりは茅場明彦って人が言っていたこと――《デスゲームは本当だということ》を、あたしたち全員がようやく認識してきた頃だと思う。
誰だって死にたくない。この世界で死ねば本当に死ぬかどうかは、正直まだほとんどの人が実感が湧いていないと思うけど、それを試そうとすると思う人もいないと思う。
だったら、この危険極まりない世界で少しでも安全を得ようと考えて、重く堅い鎧を身に着け、盾を持った人は多いんじゃないだろうか。先日会ったバートさんもそうだったけど、初心者やプレイヤースキルに自信のない人は特に。
……だけど、レベルが上がれば上がるほど、先に進めば進むほど、彼らはその防御力を見込まれて壁役という最もモンスターの攻撃に晒されるポジションを任されることも増えると思う。
最も命が脅かされる危険地帯に立たなきゃいけない状況が増える。――これから先、きっと。
誰よりも堅い鎧に身を包み、誰よりもHPが減り難いからこそ、誰よりも危険な場所にいなきゃならない。己の命を懸けて仲間を守らなくちゃいけない。
――それが、壁役。……あたしの目指す役割。
早く、どんな状況でもみんなを守れるような壁役になりたい。あの立ち位置は、敵の真正面だからすごく怖そうだけど、でもそれを乗り越えられたならきっと……。
「スイッチ! はい、次のパーティーは準備して下さい!」
「――っ!」
すぐ近くで聞こえたポスキムさんの号令。いけない、別の場所を眺めてる場合じゃなかった。
「スイッチ! はい、次!」
声と、ボスのシルエットがだんだんと近づいて来る。
あたしたちは今、二パーティーずつ横に並んで、ボスに向かって列を作っていた。まるで体育祭のレースで自分がスタートするのを待ってるような状況。でも、緊張感はその数倍じゃきかない。スイッチという掛け声が上がるたびに、自分があの強大なボスに攻撃する順番が迫ってくるのだ。
「行動遅延ディレイっていうと、わたしの場合は《スタッブ・チャージ》とかッスかね」
「鞭系は結構その手のソードスキルは多いけど……」
「……済まないが、俺は通常攻撃のみにさせて貰う。その代わり、ボスの動きは見ておく。お前たちは攻撃を当てることだけに集中していろ」
「はいっ、了解です!」
支援部隊のあたしたちは、ボスの左脇から行動阻害系スキルで、攻撃部隊の為の隙を広げる。
あたしは片手用直剣スキルを使ってるから……うん、アレにしよう。
「スイッチ!」
その声と同時に、前にいたプレイヤーの人たちが居なくなった。
次が、あたしたちの番だ。
ほんの数メートル先では、ボスの巨体を取り囲んだプレイヤーたちが色とりどりのソードスキルを放っていた。
横に立つポスキムさんが、ボスと、現在攻撃をしているパーティーを睨んで交代のタイミングを見計らっている。
そして、ポスキムさんが片手を上げた。
「次、行きます! ……今っ、スイッ――」
「待て! ソードスキル……《バーチカル》来るぞー! 正面の奴は退避しろー!」
別の声が割って入り、攻撃は一時中断。ボスの垂直振下技バーチカルは強力で、重装甲の壁部隊でも防御はキツイ。しかも攻撃着弾地点から半径六メートルは、地面叩きつけの衝撃で約十秒間の行動不能状態となる。ジャンピング回避とかは出来るみたいだけど、流石にそんなことをしようとする猛者は居ない、と思う。
「下がれ下がれー!!」
ボスがゆっくりと丸太のような剣を頭上に掲げ、ギシギシとその身を唸らせた後、光を帯びたそれを、思いっきり振り下ろした。
「――――ッ!!!?」
同時、範囲外にいるあたしたちですら身を竦めてしまうほどの衝撃が走った。
プレイヤーには当たらなかったみたいだけど、六メートルの巨体が繰り出す強烈な振り下ろし攻撃に、特殊効果とは関係なく体が硬直してしまいそうになる。
特に、今のあたしたちは部隊の誰よりも前にいる、ボスの巨体の近くにいるのだ。
想像してみてほしい。目の前で、自分の体よりも数倍大きい生き物が動いているというそれだけで足がすくみそうになるのに、更にその生き物に攻撃を加えるという。
この《ソードアート・オンラインの仮想世界》に来てからというもの、現実とかけ離れた出来事ばかりだったけど、古樹の巨人はまさに規格外だ。現実の常識で考えれば、あたしたちが勝てる可能性なんてほとんどない。
――でも、ここは現実じゃない。
まるで魔法の言葉だ。それだけで、自分はいつもとは違う力を出せる。
それはモンスターに立ち向かう勇気だったり、未知の恐怖を克服する意思だったり。なんていうか、強気になれるって言えばいいのかな。
だから……。
「今度こそ行きます! ――スイッチ!!」
その掛け声を合図に、あたしたち四人は一斉にボスへ駆けだした。
「せああああ!!」
「……はいっ!!」
チマは、ショルダータックルみたいな格好で剣を地面と水平に構えて突き刺すような突進をボスの腰に向けて繰り出した。
その後ろにいるレイアは赤い鞭を真横に振り、払うような一閃をボスの右肩目掛けて放つ。
「やああああ!!」
チマの横を駆けるあたしは、体の前に構えた剣を、腕を返して穂先を下に向け、内側にねじった腕を上げながら後ろに引く。そのまま左足を軸に一回転し、斜め下からバックハンドで振り上げる剣撃、片手用直剣行動阻害系重単発技《ムーブ・ワイプ》で相手の硬直時間を延ばす。
「……っ!!」
そして、キリュウさんがあたしたちの攻撃の隙間を埋める様に、細かい突きを連続して出していた。
この時あたしが考えていたのは、ただただ、攻撃しなきゃ、ということのみ。待っている間は色々なことを考えていたけど、いざ攻撃をするときになると、それだけだった。
「……硬直が解けたら左側に後退だ。合図を聞き洩らすな」
キリュウさんがあたしたちに注意を促してくる。
攻撃を当てて後方に戻るまでは気を抜くのは危険。解ってはいたけど、ちゃんと攻撃を当てることが出来てほっとしそうになるのをなんとか踏み止まる。
「次、行きますよー! スイッチ!!」
ポスキムさんの合図が聞こえた。ちょうどソードスキルの技後硬直が解けたときだった。
「下がるぞ……!」
キリュウさんの言葉に押されてあたしたちは左に、そして隣に居た別のパーティーは右に別れて後退する。後退と共にあたしたちの代わりに後ろに居たプレイヤーたちが前に詰めた。
こうして、あたしたちのフロアボスへの《最初の一撃ファースト・アタック》は、無事に終わった。
ボスのHPバーの残りは、四本と半分ちょっと。
まだまだ、戦いは始まったばかりだった。
◆
『ビー、ター……? 聞かない用語だな、どんな意味なんだそりゃ?』
俺がその単語を聞いたのは、第一層攻略から一日後の事だった。
はじまりの街で仲間を見つけ、ゆっくりと安全にレベル上げをしていた俺は、ステータスが心許なくて行かなかったフロアボス戦に参加した知り合いから話を聞いていた。
『ああ、なんでも、ベータテスターにしてMMOのコアゲーマーのこと、らしいぜ?』
『……は、ぁ?』
ドキッとした。何の冗談だ、と現実逃避しそうになる。
『とは言っても、今、顔が解ってるビーターは中学生くらいの少年プレイヤーだけらしいけどな』
『……なんで、そいつはビーターなんて呼ばれ始めたんだ……?』
『あー、それはなー……』
知り合いの話によると、ボス戦終盤にボスが、事前情報には無かったスキル――《カタナのソードスキル》を使い始め、その混乱でレイドのリーダーが死亡した。そのとき、一人だけ未知数のソードスキルの軌道を正確に読み、崩れた戦線を立て直したというのが件のプレイヤーらしい。戦いのあと、何でレイドのリーダーを見殺しにしたのか、なんで誰も知らなかったソードスキルを知っていたのかとレイドメンバーに追及され、そのプレイヤーがベータテスト経験者と判明した。
だが、ベータ時のボスの情報が書いてあったはずのアルゴの攻略本にも無かったスキルなのに、いくらベータテスターだからって持っている情報は同じのはずだ、なんで彼はそのスキルを知っていたのか、と混乱するレイドメンバーに対して、そのプレイヤーは言ったという。
『俺はベータテスト中に、他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスのカタナスキルを知ってたのは、ずっと上の層でカタナを使うMobと散々戦ったからだ。他にも色々知ってるぜ、アルゴなんか問題にならないくらいな』
そして、告げた。
『俺はビーターだ』と。
『あの一層ボス戦参加者は、だいたいみんな思ったんじゃね? ――マジかよ、ズリぃな。って』
初心者の知らないクローズドベータテストの情報を知り、その恩恵を他者を押し退けて受ける者。
それが《ビーター》。
『……そ、そういう奴って、ムカつく、よな……』
知り合いに悟られないように軽い口調でそう言ったが、俺は今すぐそいつをなんとかしてやりたいという思いを抱いていた。
『ん? まー、ムカつくって言えばムカつくよな。アルゴって奴の攻略本とか、めっちゃ助かってるけどさ、でも情報の全てが書いてあるってわけじゃないだろうし。俺らの知らない情報とか、ひとり占めしてる可能性もなくはない。自己中なベータテスターなら尚更だろうな。MMOはリソースの奪い合いってのは解ってるけどさ、こんな状況なんだから、みんなで持ってる情報を共有させればいいのにな』
懼れていたことが現実になりそうになっている。
――マズイ、マズイ、マズイマズイマズイ……!
このままじゃ、俺は居場所を失う。そいつのせいで、今まで必死にやってきたことが崩れ去る。
それは、イヤだ。
どうする、どうすればいい?
――《そいつ》さえ、居なくなれば……!
『そのビーターってさ、どんな奴なんだ?』
俺はそいつの情報を集めた。知り合いに訊いたり、ボス戦に参加した他のプレイヤーに訊いた。そして、第二層のフロアボス戦で初めてそいつを見た。
そいつは、まだ幼さすら残る少年だった。
――こんなガキが、そうだってのか……!?
俺の今までの苦労が、こんなガキひとりのために無に帰す。それだけでもブチ切れそうだったが、もうひとつの要素が、そいつを殺したいという俺の思いに拍車をかけた。
『お、女連れ……だとぉ!?』
しかも、フードからちらりと見えたその顔は、超が付くほどの美少女だった。
――おい、待て。
俺ですら、今年二十一になる俺ですらカノジョなんて持ったことすらねぇってのに。
――待て、待てって。
お前も同じなんだろ? 俺と同じで暇があったらネトゲしてる廃人だろ? ビーターって言われるぐらいなんだからよ!?
これでも仲間内では一番まともな容姿だと思うし! 筋肉質ってわけじゃないけど太ってないし! ヒゲ剃ってるし!
――なんでお前の傍にそんな可愛い娘が居るんだよ!? おかしいだろ!
《ビーター》は、嫌われる存在。そうでなくてはならない。
だから俺は行動した。ビーターを、《そいつ個人の呼称》とするために。
ビーターという名称と、そいつの容姿を同時に噂にして流す。更にビーターの悪い噂も流す。
《ビーターといえばそいつ》と誰もが思い、《ビーターは忌むべき者》という認識をプレイヤーたちに広めるようにするのだ。
その上で、もうひとつ。俺はノリの軽いプレイヤーたちを探した。
俺と同じ思いを抱き、真剣にビーターを殺そうとするプレイヤーは稀だろう。
だが、まだ多いはずだ。この仮想世界を、まだ遊びゲームと同じノリでプレイしている者たちは……。
そいつらに面白可笑しく話し、ひとつの《イベント》と思わせる。皆の悪であるビーターを倒すというイベント、とな。
そして準備は整った。今回のボスは、どさくさに紛れて行動を起こすにはちょうど良い。
協力者も揃った。実際にビーターに何かをするのは俺だと言えば、軽い奴はたいてい協力してくれる。自分ではなく、他人おれが行動することで責任の意識は薄れ、反してイベントへの興味が強くなるからだと思う。
――それに、最近の俺はツイている!
ちょっと年下だけど、すっごく可愛い女の子たちに声かけられたし。
驚いてその場は別れちまったけど、次の日にまた会えたしっ。
フレンド登録は出来なかったけど自己紹介したし!
――なんか変なのも付いてやがったけど……。
金髪ツインテールの元気っ娘。銀髪ストレートロングヘアの清楚っ娘。茶髪セミロングの「~ッス」っ娘。
いいね。いいよね。でも俺としては特に金髪ツインテの娘がツボだよね!
アニメじゃない現実顔リアルフェイスであそこまで金髪ツインテが似合う娘も珍しい。
金髪ツインテ=ツンデレは王道だけど…………元気っ娘も、良いよね!
――俺、第三層ボス戦が無事に終わったら、もう一度あの娘に……ルネリーちゃんに会いに行くんだ……!
そしてそのためにも、目的をは達成しなければ。邪魔者を排除しなければいけない。
「みんなー、もうそろそろだ! もうすぐ、《アレ》が来るぞォ――!!」
俺は攻撃部隊に配属されている。勿論そうなるように仕組んだ。
そして、あのビーターも今回は攻撃部隊に配属されているようだ。プレイヤーたちの除け者であるビーターの癖にどうして花形の攻撃部隊に、とは思うが今回は別に良い。
確認出来る位置に居てくれさえいれば、それで良い。
「ボスのHPバーが二本を切る……! 硬直入るぞー! 全員、一斉攻撃の準備ィ――!!」
もうすぐ、ボス――エンシェント・トレントの五本あったHPバーが二本を切る。そうするとボスは全 身を硬化させて動きを止める、全方向広範囲毒ガス散布の準備に入るのだ。
「ボオオオオオォォ…………ォォォ」
片膝を着いて頭を抱えるような格好をする古樹の巨人。
それが、合図だった。
「いまだぁ――――ッ!! 一斉攻撃フルアタ――ック!!!!」
「攻撃部隊、ボスを囲めぇ――!!」
「うおおおお!!」
「やったれー!!」
「ガンホー! ガンホー! ガンフォ――ウッ!!」
「スイッチ! スイッチ! スイッチぃ!! 止まるな止まるなぁ!!」
先ほどまでとは違い、ボスの動きを気にせずに全方位から攻撃が出来るので、攻撃部隊が中心となって全員でボスを囲い、各々、使用可能な全ソードスキルが冷却クーリングタイムに入るまで攻撃を叩きこむ。与えたダメージ量によって戦闘終了後の獲得経験値も変わってくるので、攻撃部隊はもとより支援部隊や壁部隊まで狂うように攻撃に参加していた。
……しかし、俺はというと、人ごみに紛れながらも攻撃には参加せず、じっとタイミングを窺っていた。
――この時こそ、俺が求めていた好機……!
目当てのアイツは案の定、ボスの近くに陣取ってソードスキルを放っている。
今、この時だけは、この場に居る全てのプレイヤーはボスに気を取られていた。
それもそのはず、第四層への門を守護するこのボスを倒すのが今回のレイドの目的だ。
誰も、それ以外の目的があってこの戦いに参加したなんて思わないだろう。
…………俺(と協力者)、以外はな!
「ボスの体が膨らみ始めた……! 毒ガスまでもう少しだ! 全員、ドームの壁際まで退く準備をしておけ!!」
少し後、そんな大声が聞こえた。
プレイヤーたちは少しでも多く攻撃を当てようと躍起になっている。
これだ。この混沌を待っていた。
俺は大剣を両手で握りしめ、ボスに――――アイツに近づく。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
人ゴミを掻き分け、前に、前に。
すぐに黒コートを纏った少年プレイヤーの後ろ姿が、俺の間合いに入った。
憎たらしいことに、隣には栗色の髪の美少女も居る。
――だが、これでお前も終わりだよ……!
あとは簡単だ。毒ガスの範囲から逃げる直前に、背後から奴の片足にソードスキルで切りつけ、部位欠損を起こす。俺の両手剣なら、ボスドロだという黒コートに守られていない足なんて問題なく斬り落とせるだろうし、背後からの奇襲という優位もある。そして拙速な退避が求められる場面で、片足が部位欠損状態ならば確実に逃げそびれるだろう。つまりは毒ガス内に取り残される。視界の効かない広範囲のガス、しかもガス内ではボスの無差別な攻撃があるという。
――待っているのは確実な…………《死》だ。
こんなプレイヤーの多い場所でPKプレイヤーキルを試みるなんて、普通は誰も思わないだろう。それもそのはず、圏外でプレイヤーに攻撃を仕掛ければ頭上のカーソルは犯罪者カラーになる。緑色カーソルの中に、ひとりオレンジカーソルは目立つだろう。そうなったら言い訳は出来ない。
――だけど、例外もあるにはある。
作成者である茅場晶彦にどんな思惑があるのかは知らないが、この《ソードアート・オンライン》のゲームシステムには幾つかの抜け道、《穴》がある。
まるでPKや犯罪を助長しているかのように。
その《穴》のひとつを、俺はある人に教えてもらった。
通常、混戦で味方に武器が当たってしまったとしても、それは《偶発ヒット》として障害物接触と同様の扱いになる。ダメージは受けないし、攻撃してしまったプレイヤーも犯罪者オレンジにはならない。
しかし、これには条件がある。まず、双方はパーティーまたはレイドパーティーを組まなくてはいけないし、且つ攻撃者のターゲットカーソルが別の対象に向けられている必要がある。
普通にビーターをターゲッティングして攻撃すればダメージは与えられるが、いくらレイドパーティーを組んでいても故意と認識される。故にこれは駄目だ。
ターゲットカーソルをボスに向け、なんとかビーターをソードスキルの軌道上に捉えても、レイドパーティーを組んでいるから偶発ヒットと認識されてダメージは与えられず、攻撃をした者も受けた者も全行動がキャンセルされて動きが急停止してしまう。部位欠損もさせられないから毒ガス内に取り残せるかも微妙だ。というか俺も危険に晒される可能性があるから、これも却下だ。
普通に考えれば無理。
だが、普通にプレイしているだけじゃ気付かない方法ってのがある。
一匹のモンスターに対して複数人で戦う際、パーティーを組んでないという場合はまず無い。パーティーも組まずにソロプレイヤー同士で《同じ一匹のモブ》に攻撃を加えるなんてことは、他のMMOならともかく、SAOではほぼありえない。
パーティーの場合も同じだ。複数のパーティーでたった一匹を狩る、例えばフィールドボスなんかだろうか。この場合もよほどのことがない限り、各パーティーで勝手に戦うということはない。レイドを組んで当たるのが普通だろう。
殲滅スローター
系クエのモブの取り合いにしても、最初のタゲをとった早い者順といった感じで、まったく同じモンスターに他人が割り込んで攻撃を仕掛けてくるなんてことは無い。
要はマナーの問題だ。顔の出るSAOでそんな非マナー行為をする奴は非常に稀と言っていい。
――だから、気付かない。
ここに、《システムの穴》があるということに。
プレイヤーにダメージを与え、且つ自分は犯罪者オレンジにならない方法。
それは、《別の対象をターゲットしているのに、パーティーも組んでいない関係無いプレイヤーに攻撃を当ててしまった場合》だ。
このSAOのゲームシステムというのは、中途半端に現実に似せて造られている。
例えば、圏外で転んでしまっただけでも少量だがダメージを食らう。受け身を取ることでダメージはゼロになるが。
上記の方法は、恐らくそういった《不慮の事故》と同じようにシステムに認識されるのだろう。ダメージは受ける、しかしターゲットにはなっていなかったので故意ではない、と。
ベータ時でも結構な数のPK方法が考えられてきたらしいけど、これもそのひとつなのかもしれない。
「やばいな……。これ以上は危険だ! 後列からドーム壁際まで順に下がれ!」
この時にはもう、ボスは最初の三倍近くにまで膨張していた。根で作られている体が膨らみ、内側から押されるように全体に細かい亀裂が出来あがっている。
「……スナ、もうすぐ俺たちも後退しよう!」
「ええ、わかったわ!」
ビーターが最後に一撃入れようとソードスキルのモーションに入った。
――今だ……っ!!
あらかじめ協力者であるパーティーメンバーに言って、俺はレイドからもパーティーからも抜けている。この場で唯一人の何にも属していないプレイヤーになったのだ。
この状態で、ターゲットカーソルを不細工に膨れたボスの巨体へと固定する。
あとは、ビーターの足が巧く攻撃軌道上に来るように、ボス目掛けてソードスキルを放つだけだ。
――さあ、だぁれも悪くない不慮の事故…………を起こそうか……!!
「うおおおおお!!」
「おらああああ!!」
俺とビーターとの声が被り、同時にソードスキルを放つ。
しかし俺の攻撃は、ボスを目指しながらも確実にビーターに近付いていく。
――喰らえぇ!!
攻撃の間合いが一.五倍になる効果を持つ野球のスイングのような軌道をとるソードスキル。
両手用直剣重単発技《フロウ・スプリット》。
ライトグリーンの斬光が、ビーターの足に直撃した。
直撃した、ように見えたのだが。
「な…………ななな、なにぃっ!!?」
ギャリーン!! と肉を斬った音にはありえない金属同士の衝突音が聞こえたのと同時に、システムアシストが中断されて俺の動きが止まった。
否、止められた。
無論、ビーターは未だ無傷だ。
ゆるいU字を描いて今まさに斬りかかろうとしていた俺の大剣は、ビーターの片足があった場所の直前で《一本の槍》にその行く手を遮られていた。
反射的に俺は、その長い槍をたどって持ち主を見る。
そこには――。
「て、テメェは……」
「…………」
どこかで見た、深い青色の髪と眼をした無愛想野郎が居た。
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