ソードアートオンライン 赤いプレイヤーの日常
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
五話~始動~
前書き
今回登場する新キャラさんの声ですが、今季のアニメで言う「メカクシティアクターズ」のハルカさん、あの人がスーパーハイテンションになってるのを想像できたらたぶんそんな感じ
眼前は神秘的な薄い青と果てしない白に染まり、身体は何とも言えない浮遊感と眩暈に似た感覚で包まれる。周りには人影一つなく、音も聞こえない。
慣れ親しみすぎてなんとも思わなくなったが、転移の感覚だ。もう何秒かすればこの感覚は消え去り、俺の足は転移先である二十一層転移門の石畳を踏んでいるだろう。
そういえば、二十一層はその上の二十二層と同様、大部分を木々に覆われていて、その酷似したフィールドのせいで攻略時には少なからずがっかりした覚えがある。そのくせレアアイテムだったり効率のいい狩場だったりがあるわけでもなく、今では中層プレイヤー達の活動帯からも離れてしまっているため、ほとんど無人の秘境――悪い意味で――と化してしまっているのだ。まあ、だからこそ今回のような『人に聞かれたくない話』をするのにはもってこいといえばそうなのだが。
と、不意に白の輝きが薄れ始めた。次いでどこからともなくおぼろげな何かの影が出現する。それらは徐々に数、質量を増してゆき――
ゆっくりとまばたきをすると、眼前には二十一層の主街区である、さびれた農村が広がっていた。
「うーん。やっぱり覚えてないなぁ。久しぶりって言ってもたった一年なんだけど……」
きょろきょろとあたりを見回しながら、右前のアスナが呟く。
「そうですね、ここに関しては私もあまり記憶がありません。主街区に着けば何か思い出すかと思ったのですが……不思議なものですね」
と、左隣のティーナ。少し離れたところに佇む長髪の騎士団ユニフォームは、相変わらず無言、無反応だが、やはりこの層の認知度は俺の想像通りなようだ。
「まあ、そりゃそうだよな。俺だってフロアボスくらいしか覚えてないし……ああ、そういえばそこの角にうまい酒場があったような」
「もう、キリトくんってば。さっき食べたばっかりじゃない。さすがにもう入らないわよ」
とか言いつつ、俺の視線の先の角をちらちらと気にし始めるアスナ。
いや、そこじゃないんだけどねと言いたいのを自重しつつ眺めていると、不意にアスナのチラ見が注視へと変わった。何か見つけたのかとその方向へ視線を向けると、農家らしい木造の家、ひさしの下にぽつんと一つ、フード付きの地味なこげ茶色のコート(オーバーコートだろうか)を纏った人影が目にとまった。
「あの人、プレイヤーよね。オーバーコートなんて着て、暑くないのかしら?……フードまで被ってるし」
なぜ俺がこげ茶フードを見ているとわかったのか、俺に背を向けているはずのアスナがそう呟いた。
ひとりごとという可能性もなきにしもあらずだったが、違っていた場合が怖いので素直に答える。
「寒がりなんじゃないのか?そういうやつもいるさ」
しかし、今は夏真っ盛りの九月。比較的薄めのコートを装備している俺でさえ、随分前からうちわと冷たい麦茶が所望なのだから、全身を覆う厚いコートと深いフードという格好はいくらなんでも暑いはずだ。にもかかわらずそれを除装しないのはよっぽどお気に入りなのか、やはり重度の寒がりなのか、はたまた全く別の理由なのか。
「あの方……じゃないでしょうか?」
突然、何か思案するようなティーナの声と羽織の裾が、実に無駄な考察にふける俺の視界の端ではねた。
そういえばティーナも結構厚着だよなと、思考の余韻を残しながらも一足遅れて彼女の言うところを理解した俺は、こげ茶フードの件で中腰になっていた腰を伸ばしつつ、声を押し出した。
「あの方って、あのこげ茶フードのことか?……ああ、もしかしてあいつが――」
「………!」
俺が比較的大きい声を出したからだろうか。いきなりこげ茶フードの頭が持ち上がり、中の眼がこちらを見据えた。
「……!!!」
その眼は見る見るうちに見開かれ、狂気もかくやといったところでようやく静止、硬直し、わずかに開いていた口元が引き締められていくと――それを合図にしたように、降りてきたフードの端によって隠れた。
――ボスモンスターとの対峙――
そんな単語がぴったり当てはまるような、殺気にも似た感覚。
一気に体がこわばった。
目はあの眼光に当てられて動こうとしなかったが、かろうじて動いた唇と喉で、アスナとティーナに合図を送ろうと試みた。
「……アスナ、ティーナ、念のために――」
「キリトさんはアスナさんの前に。走る準備もしておいてください」
後ろで構えておいてくれ。という合図の続きを、有無を言わさぬティーナの一声が押しのけた。やはり血盟騎士団の参謀ということなのか、その声は妙に説得力がある。
――と、俺がアスナの前に一歩踏み出した時、不意にこげ茶フードが首を垂れた。いや、影に紛れてわかりにくいが前傾姿勢を取ったのだ。
――くるか――
無意識のうちに背中に手が伸びそうになる俺と同じくそう考えているのか、ティーナの手もカタナの柄に触れていた。圏内であるし危惧すべき事態にはならないだろうが、この状況だ。慎重すぎるくらいがちょうどいい。
途端、こげ茶フードのフードがめくれあがり、こちらも同じくこげ茶色のくせ毛が飛び出した。と同時に滑るように突進してくるこげ茶フードにさらに緊張が走る。
コンマ数秒の内にすさまじい俊足で間を詰めてきたこげ茶フードは、数メートル手間でいきなり急ブレーキをかけ、靴底から火花を吹き出しながら再び止まった。ゆっくりと顔を上げ、そして――
「アスナさんじゃないですかあ!」
やたらとでかい男の声があたりに響いた。
「………」
一瞬にして空気が凍りつく。いや、凍りつくというだけならついさっきまでもそうだったのだが、この場合の凍りつくというのはなんというか、思考停止みたいな意味合いの凍りつくで……
「本物……アスナさん本物ですよね?いやーまさかこんな仕事してて会えるなんてなあ。感激ですよー。あ、そうだ!ボク、ずっとファンだったんですよ。サインとかお願いしても?」
拍子抜けして若干の現実逃避を楽しんでいる俺の右前方六十度で、こげ茶フード改めこげ茶天パが、俺の想像と百八十度違うテンションで、俺とほぼ同じくらいの年齢だと思われる、少年の気配が残った声を発している。
この精神状態では何か感覚がおかしくなりそうだ。
俺は、そんな雑念をはらおうと頭を一振りしてから、いまだやかましく騒ぎ立てるこげ茶天パに一つ咳払いをして見せた。
一瞬の静寂の後、こげ茶天パはどうやら俺の言いたいところを察してくれたようで、ばつの悪そうに笑った。
「あー、いやいや、すいません、つい興奮してしまって。まさか仕事でアスナさんにお会いできるなんて思いませんでしたから――あ、べ、別に怪しい者じゃないですよ!?ボク、トウラと言いまして、たぶんみなさん……というかそちらのティーナさんに呼ばれました情報屋でして――」
「カゲロウの通り名で呼ばれている方です。……はあ、やっぱりアスナさんのファンという噂は本当でしたね」
いつの間にか迫力の抜けてしまったティーナが、安堵なのか呆れなのか、そんなため息をつきつつ、俺とトウラの間に進み出た。
「アスナさんファンの噂はともかく、カゲロウっていうのは初耳なんですが……」と応じるトウラの、テンションに似合わないハスキーボイスを聞き流しながら、俺は、レストランでのティーナの言葉、「カノジョさんに何かあったらいやでしょう?」を思い出していた。
今思えば、アレの真意は俺が危惧していたこととは全く別のモノだったのかもしれない。少し前に、 最近ストーカー紛いのファンがいて困っているというアスナの愚痴を聞いたことがあったのだ。
トウラはそこまでアスナに心酔しているわけではなさそうだが、ティーナも色々と気を使っていたのだろう。アスナの護衛の件もそういう理由だったのだ。
「……そういうことで、キリトさんアスナさん。改めてご紹介する必要もないと思いますが、お聞きの通り、この方がトウラさん、私がお呼びした情報屋の方です」
「えー、どうも、どういった依頼なのかはまだ知りませんけど、お引き受けしたなら対象を見つけるまではお供しますので、どうぞよろしくです!アスナさんとキリトさん、それから……えーっと、あっちの方は?」
結局通り名の問題はどうなったのだろうかと頭の片隅で思いながら、俺は、わきでどこぞのモンスターような唸り声で自分の名を告げるクラディールに続いて、短く挨拶を交わした。さらに次いでよろしくを言ったアスナは少しばかり引いていたが、予想していたのかトウラはさして気にしていないようだった。
「――それではですけど」
挨拶が一通り終わると、突然ティーナが声を上げた。
「早速、トウラさんに依頼の方のご説明を――」
「あー、そうでした!それがわからないとボクもその依頼を受けるかどうかが」
「したいところですけど、すいません、もうお一人お呼びしているので、その方がいらっしゃってからお話ししますね」
はて、もう一人とな、と言いたげな顔をするトウラと一瞬同じことを思ったが、すぐにアルゴのことを思い出した。火急の要件だと予想したのだが、まだ来ないのだろうか。
――と、
なんともタイミングのいいことに、俺たちの背後、転移門に青い光球が出現した。
続いて光の中から見覚えのあるおヒゲと短い金褐色の巻き毛が飛び出る。言わずもがな、この人物は――
「おお、遅かったな、アルゴ」
「ン?ああ、キー坊……に血盟騎士団の女参謀サン?……それにアーちゃんっテ、何かあったのカ?」
夏の鋭い太陽光線を全身に受けながら、珍しい組み合わせだとアルゴが目を細める。
「ハハ、ボクは眼中にないって感じですかねぇ。アルゴは」
「……トウラ、何でここにいるんダ。ますますもってよくわからないゾ?」
その反応にトウラがますますもって残念そうに笑い、上げかけていた手を引っ込める。
どうやら二人とも元から知り合いだったようだ。トウラのことをどう説明しようかと思っていたが、これは都合がいい。俺はまだ状況が呑み込めていないのかだんまりを続けるティーナに代わり、数十分前を思い返しながらゆっくりと口を開いた。
「アルゴ、突然で悪いけど、聞きたいことがあるんだ」
「――ほう、それでそのレッドプレイヤーを探していると……しっかし、この人数でよくやろうと思えましたねえ、キリトさん。……そりゃあ、攻略組でもトップクラスの皆さんが相手するんだから、未知のスキルだとしても問題ないでしょうけど」
まだその未知のスキルどころかその所有者だった「リン」の名前すら出していないのだが、お構いなしにトウラがそう呟いた。少々しゃくだったがこの話の前に休憩をはさむくらいいいじゃないかと無理やり納得する。
「……まあな、でもこのまま放っておくこともできないし、俺たちで何とかするしかないんだよ。な、アスナ」
「ふぇっ?あ、うん。そうだね」
完全に油断しきっていたアスナの素っ頓狂な声が響く。
おいおい、お前が言ったんだろうと、雰囲気ぶち壊してもいいから突っ込みたい衝動に駆られるが、最近よく働いてくれる自制心のおかげで、俺はなんとか踏みとどまった。
「デ、そのレッドを探してるのはわかったケド、もうちょっと特徴とかないのカ?さすがのオイラでも最近暴れてるレッドってだけじゃ、どうしようもないゾ……」
そう言いながらも心当たりを探してくれているのか、思案するようにアルゴが腕を組む。やはり、なんやかんやでいいやつだ。
が、そう思うと、同時にもう一人の情報屋のほうの悪行が目についてしまう。
「わかってる。話の途中だったんだよ」
「そ、そんな怒らないでくださいよ、キリトさん。ほら、話の途中ってことは他にわかってることあるんでしょ?容姿とか、武装とか」
身近な人間にはまるで効かない俺の睨みだったが、トウラには効果があったようで、きちんと反応してくれたことを少しばかりうれしく思いつつ、俺は短く息を吐いた。
「ああ、それでなんだが……」
小声を出しながら、念のためとあたりを見回す。一つ間が空いたことで二人の情報屋にもスイッチが入ったのか、神妙な顔つきになったところで、俺はいよいよ、言った。
「二人とも、《死武王》と『リン』っていう名前に心当たりはないか?」
――トウラもアルゴも過去の記憶を参照しているのか固まって動かない。
数十秒の沈黙の後、トウラよりも早く解析を終えたらしいアルゴが、不服そうな顔をしながら何かを押し出すよう、切れ切れに言った。
「悪いけド……さっぱりわかんないナ……その両方とも」
「そうか……」
そりゃそうだ。今の今まで血盟騎士団のだれかが必死になって隠していたのだから、比較的有名な情報屋であるアルゴが知っているわけがない。知っていたならとうの昔に世間に露見しているだろう。それに、アルゴはこういった情報に疎い方がいい。
そんな最後の一言を第六感で聞き取ったわけではないだろうが、アルゴはいつの間にかいつものふてぶてしい鼠顔に戻り、ふふんと鼻を鳴らしてなぜか誇らしげに声を張り上げた。
「キー坊、専門外とはいえオイラの知らなイ情報を持ってくるなんテ、なかなかやるようになったナ!ヒジョーに頼もしいことだけド、オイラが知らないんじゃ他に知ってるヤツなんていないゾ?なア、トウ――」
「知ってますよ、ボク」
「……エ」
絶句したのは俺たちではなくアルゴ。情報屋としてのプライドが高いのは知っているが、相手の領分で負けたのがそんなに意外だったのだろうか。
いや、そんなことより
「ほ、ほんと!?知ってるの!?リンのこと!?」
唐突に、興奮気味のアスナが俺と情報屋二人の前に躍り出たかと思うと、閃光の二つ名に恥じぬ猛スピードでトウラに詰め寄った。
いかにアスナのファンと言えどこれはさすがにNGなのか、引け越しに引きつった笑顔を浮かべながら、トウラはまあまあと、目の前に迫ったアスナの顔を押しのけた。
「知ってるというか、死武王ってのを聞いたことがあるってだけなんですけど……スキルの名前、なんですよね?それも初めて知りましたし。まあ、なんとか探ってみますよ」
にいっと口元を引き上げ、まかせろとトウラが親指を立てる。
「よかった。それでは引き受けくださるんですね?」
「ええ、もちろん。その死武王とやらをお三か……お四方の前に引っ張り出してみせますよ」
ニコニコ顔のティーナに、ギリギリのところでクラディールを思い出したトウラがまたしても笑顔を濁す。
「あ……はは、そ、それじゃあボクは早速」
一瞬遅れてトウラの言いかけたことを理解したクラディールの威圧感に耐えかねたのか、そう言うとトウラは足早に転移門まで歩いていくと、どこか街の名前を叫び、青白い光球に包まれた。
「あ、そうだ!三時間ほどしたらボク戻りますんで、その時またここで――」
という捨て台詞の語尾を引きながら、トウラの姿は光の中に溶けていった。
「……三時間だってさ。その間どうする?」
門に僅かに残っていた光の粒がはじけて消えるのを見つめながら、俺は呟いた。
三時間、未踏破の迷宮を探索するにも、稼ぎのいい狩場へ行って経験値を稼ぐにも中途半端だ。せっかくいいメンツ(クラディールを除く)なのだから、オシャレなカフェでティータイムというのも悪くはなさそうだが、昼食を食べたばかりでというのは女子的にどうなのだろう。
が、悩む俺とは正反対に女子陣はあっさりとあてを見つけた。
「そうだ!アレしようよ!レストランの時のクエスト。たしかこの層に出るでしょ?クリア条件のモンスター」
「それはいいですね。お互いの剣も見ておいたほうがいいでしょうし」
クリア条件のモンスター。そうだっただろうか、思い出せない(思い出したくない)がアスナがそう言うのならそうなのだろう。
時間的にもちょうどよさそうだし、それに決まりだな。そう思い、口に出そうとした、その時、
「あ、そういえばアルゴ、すっかり忘れてたけど俺に話があるんじゃなかったか?」
クエストの内容ではないが思い出した。もともとアルゴは俺を訪ねてきたのではなかっただろうか。
「あ、アア。そうだけド……やっぱりいいヨ。また今度にスル」
まだショックを引きずっているらしく、いつものふてぶてしさが全くない。アルゴはその一言が合図だったのか俺たちに背を向けると、じゃあナと手を振り転移門の光に飲まれていった。
その去り際、彼女が何かを言いかけたのは気のせいだろうか。
後書き
鯔安(以下、と)「どうも、一か月ほど前、この『赤いプレイヤーの日常』が一周年を迎えていたようです。一年で五話しか進まないって……なんなんでしょうね。鯔安です」
トウラ(以下、とら)「ほんと、もうちょいやる気だせって感じですよねえ。あと、なんでボクの略称が『とら』になってんですか。あ、ども!はじめまして、トウラです」
と「いやだって……私たち二人とも最初の音が『と』なんですもん。どっちかわかるようにしないとでしょ?」
とら「基本交互にしゃべるんですし、もういっそ消せばいいんじゃないかなぁって思うんですけど……まあいいや、で、今回の舞台は二十一層、確かその一つ上の層にキリトさんとアスナさんの家が建ってるんでしたっけ?」
と「いえ、確かにそうなんですけど、正確には建ってるというか、建つ予定なんですよね。多分一か月後くらいに」
とら「ほう、だいぶ前に『時間軸がよくわからん』って言ってたのがようやくわかってきた感じですか」
と「ファントム・バレッドのおかげでようやくわかりましたよ!」
とら「リアルでも金欠ですねぇ」
と「な、なぜ私が某MMORPGで装備に失敗して一時期全財産が一万を下回ったことを知っている!?」
とら「……マジですか」
と「……え」
とら「……感想、アドバイス、過激でないだめだし等、ありましたらよろしくお願いします」
ページ上へ戻る