不可能男との約束
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
拳神現る……!
前書き
ス、ス、ストレス発散っ、楽しいな♪
でも許さない……!
配点(お前、それ剣神じゃねえよ!!)
"女王の盾符"であるベン・ジョンソンは色んな意味で筆舌し難い光景を目撃してしまっていた。
Oh……嘆きが……言葉も不要なほどの嘆きがダイレクトに……!
伝わってくる。
その方法は表情であり、仕草であり、雰囲気であった。
それら全てを持って伝わってくるこの悲壮感の何たる切なさか。
第三者である自分ですら胸が張り裂けそうという感情を抱きそうになるのだから、この嘆きを抱いている人物はどんな痛みを覚えているのか。
そしてジョンソンは隠れながらその件の人物───熱田・シュウの絶望表現を見ていた。
歓迎会という名の女王の盾府による相対戦……相対ロワイヤルとでも言うべきか。
それらを実行するのも、戦うのも問題はなかったのだが相手に一つ問題があった。
ずばり───剣神クラスの敵と相対するにはこちらが不利であるという事であった。
ただでさえ格としては妖精女王クラスの存在である。
何人かは敬遠するべきだという意見も出たのだが、放置して戦場を掻き乱されたら困るという考えがあったのでこうして自分が来ることになったのだが
……逆に言えば掻き乱されるという考えを持っていても放置すべきと言われたGod……
つまり最高ランクの人外と全員が認識し、つい妖精女王の方を見ると
「お? お? どうしたゴールデンタマ。私の膝に甘えてきて───ジョンソン、ハワード。何か買ってこい」
瞬間的なパシリにまさかハワードのブースト土下座に負け、アスリート詩人のプライドなどを全て砕かれた先日が懐かしい。
そのせいで罰ゲームとして剣神の相手をすることになったのだが流石にこの光景は予想だにしていなかった。
今も両手と両膝を地面につけながら
「初デート……悲劇で終わる、最悪だ……季語がねぇなぁ……」
謎の五七五調の詩に思わず詩情だ……! と内心で叫ぶ。
しかしその詩を聞く限りどうやら初デート中にシェイクスピアの術式によって恋人と離され絶望しているらしい。
流石に同情はするがむしろ好都合と取るべきだろう。
あらゆる行為というのは技術や体力、才能というのが当然物を言うのだがそれらはテンションというものが深く作用する。
ならばチャンスだと改めて剣神を見ようとすると
「───いない!?」
思考に意識を割いたのは一秒にも満たない時間のはずだ。
その一秒以下の時間で行動をしたという事自体に驚きはない。
術式含めて何らかの能力を使う副長クラスなら何もおかしくないのだから。
そう思い、ふと視界が下を映した瞬間、何処に居るか。どう対処するかと言う思考を全てかなぐり捨てて全力で後ろにジャンプした。
そうした理由はある。
何故なら
影が……!
そこに増えていたからという思考を言葉にするよりも早くにその影を潰すかのように上から踵落としが落下してきた。
生物的には人間というカテゴライズされている剣神の踵は、しかし大地に触れた瞬間、大地は耐えられないと叫ぶかのように破裂した。
「く……!」
破裂した大地を舗装していたコンクリートなどが飛来してくるが、それらは体を逸らしたり弾くことによって応対する。
そうしてようやく礫の嵐が終わった頃には武蔵副長が蹴り砕いた7mくらいの小規模だがそれでもクレーターとして作られた道が見れた。
最上位の暴風神とはいえ剣神のはずの武蔵副長のただの踵落としの攻撃がここまでの効果を出すのかは予測はできる。
例え剣がなくても彼の一挙一動が神の加護と格があるのだ。
ただの神の一撃なのだ、これが。だからこそただの道具や道、武器、そして人体は神の一撃に耐えられない。
つまり、剣がなくても十分な強さを発揮できる存在だ。
だが、別に驚くことはない。
妖精女王と同格の存在と言われる副長なのだ。この程度で驚いていても始まらない。
そして件の剣神はゆらり、とまるで幽鬼のようにクレーターの中心で揺れ
「運が良かったなぁ、アスリート詩人……近年稀にみる神様の鉄槌をその身で受け止めれるんだぜ? 感想は?」
「───まだまだ感想を吐き出すには盛り上がりが足りないと思うよYou?」
ほぅ? と剣神が愉快そうにこちらを見てくる。
中々、見応えのある獲物を見つけたという表情だ。
期待の感情にまるで色を塗る様に殺意を張り付けようとする。
まるで獣だとジョンソンは表情を変えないようにしながらそう思った。
「流石……流石は女王の盾符。それとも流石はベン・ジョンソンって言った方がいいかよ?」
「前者で頼むよGod」
Jud.と答えられる事にまるで理解を得たと思うのは錯覚だろうか、と思うが今は戦闘中だ。
無駄な思考は封じて頭の中でパターンを考えている自分に目の前の少年は語りかけてくる。
「まぁ、そんくらいの気概がなきゃあ速攻でぶっ潰していたし、何よりも今のこの何とも言い難い感情をぶつけられねえよなぁ……?」
話しやすい感じになったように思えるが燻っている感情が消えたわけではないことに今度こそ汗をたらりと流す。
「お前ら英国は幾つかミスをした……」
ゆらり、と揺れる。
「一つ、俺と智の初デートを邪魔したこと。二つ、予定である智とのイチャイチャ恋人繋ぎを邪魔したこと。三つ、更に予定である智と肩を抱いてラブラブブラスターを発生させること。四つ、それで密かに乳を愛でる時間を奪ったこと。五つぅ……色んな意味で興奮して溢れた涙を拭って俺が悶えることぉ……」
後半に口調が崩れ始めたことに明確な危機を抱いた瞬間、再び彼の姿が視界から消え、しかし
───とった!
という思いに反応するかのように
「───!?」
再びいきなり現れた剣神ががくりと膝を着きかねない勢いで両膝から力が抜けそうという光景が生まれた。
何だ……!?
唐突な脱力に流石に一瞬混乱状態に陥りそうになるが、直ぐに体を立て直そうと力を入れようとするのだがどうもおかしい。
何らかの攻撃を受けたのかと思ったが、その割には体に痛みや熱を覚える個所はない。
だが、力が入らない事もそうだが視界も定まっていない。ゆらゆらと眼球が揺れているかのように揺れている。
何だこりゃあ、と思考まで霞がかかったような感じになりそうになる。
この現象は何か、と思うが結構、まだガキの頃に似たような現象を体験した覚えがある。
「酔っぱらってんのか……?」
だが、そこにこの俺が? という思いがついてくる。
自慢でもなんでもないが熱田・シュウは剣神でしかも荒王の代理神である。
そして神道において神と酒の結びつきは強いし、奉納にも使われるものだ。
そしてその例に漏れずに個人的にもそうだが、加護的にも酒には強いほうなのだ。
まぁ、智に勝てるかと問われれば頷けないんだが……
俺の幼馴染の肝臓はどんな風に構成されているのか偶に気になる。
ともかく、自分はいきなり酔うような人間ではないしそもそも今日は酒を飲んでいない。
なのに何故唐突に酔うのかと思い、ふと足元を見るとよく見れば足元あたりに何やら赤いモノがあり、更にじっと見るとそれはまるで蔦のようでありそれらが足首に食い込んでいた。
「───」
咄嗟に条件反射で10mくらいバックジャンプをしようとするのだが体調のせいで5mに抑えられたショートジャンプだが、しかし絡まっていた植物が千切れ、その後も注意するが足元から生えてくる様子がない。
しかし、これではっきりとした。
植物が赤かったのは酒をこちらに入れるため。
そして血管から入れた酒はマジで直ぐに酔っぱらうという事らしいから、普通に飲むよりも遥かに簡単に酔っ払うだろう。
だがそれでも俺がここまで酔っぱらうのはおかしい……!
俺にかけるような術式なら加護が弾く。
となると、あるとすれば酒の方に何かを仕込まれたか。
そしてこんな術式を使ってくるのは英国では一人しかいない。
「女王の盾符の一人、海賊女王のグレイス・オマリか……!」
「喜んでもらえて光栄だよ。極東の荒くれ武者」
グレイスは二人の戦場からは離れたところにいた。
何故なら自分がこの場における支援はあれで終わりであり、最大だからだ。
そしてグレイスはそのまま接敵しないように、現場から離れるように歩き、そして手元の剣神に捧げた日本酒を見る。
「これが毒とか敵意を表したものなら加護で弾くことができたんだろうけど、ただの酒として振る舞われるものには奉納として加護も扱うみたいだね」
神への捧げものも弾いてしまったら神の狭量になるという事なのだろう。
神様も完全そうに見えて不完全なんだな、と思い再び酒を見る。
「IZUMOの暇人共が生み出した謳い文句は"これを飲めば誰でも天才から猿になれる!"で名前が……」
ラベルには神殺しの魔剣と書かれているのを見て深く溜息をつく。
絶対にこれ、名前決めるときにこれを飲んで酔っ払ってただろうに。
そして付けたネーミングの痛々しさに冷静になってルビを振ったのだろう。それでもどうかとは思うが。
「だが、まぁ効果としては謳い文句通りに本当に一口で酔っ払わせるくらいえげつないものだから耐性持ちの剣神でもちょいとふらつくだろうね───何せ酒精が入った一押しだ」
「おおぅ……」
くらりとマジで頭がぐらつく。
ここまでの酔いによる混迷は久々を通り越して初見である。
そして周りも基本、酒程度で倒れる柔な連中がいないからこういった場合の対処方法を余り知っていない。
足がまるで生まれたての小鹿のようにガクガクプルプルして格好悪いったらありゃしない。
おいおいおい、ここで酔っ払ってどうすんだよ俺。
この後、俺は華麗に奴をぶっ倒して恐らく不安そうにプルプル震えている智を救出してそこでこう、ギューッと、ギューッと抱きしめて! それで胸が俺の胸に当たって潰れる感触を味わって天国を予習してそしてその後に智のズドンを得て地獄を予感するんだぜ? やべぇ……! 余りにもリアルな未来学習に俺震撼したわ……! ───これはつまり、俺が智を完全に理解しているという事で誤解なんてこれっぽっちもないという事だな! 流石俺と智! 最早、以心伝心なんて言葉じゃ足りねえぜ! な!?
「あ……?」
そう思ってたら目の前に何やら汚い靴底があった。
直撃した。
数m単位で吹っ飛ぶ剣神を見て間違いなく手応え……ではなく足応え有りと判断できる衝撃が自分に返ってきたことを認めた。
だが、しかしそれと同時に応えとしては足りないものも感じていた。
……今の蹴撃なら骨の砕ける足応えがあるはずなのに……!
全くない。
あるのはただ肉を打ったという反動だけであった。
つまりは
「───加護を貫けてないなYou!?]
反応はそのまま立ち上がりの動作で帰ってきた。
どこにも慮っている様子がない。
無傷だ。
酒の影響で神の加護も緩んでいるはずなのにどんな防御力だ。
試に一度同格の妖精女王に飲んでもらって、結論だけを言わせてもらえば教導院が聖剣によって蜂の巣になりかけたというのに。
───よくよく考えれば弱体化していない気もするなMates
むしろ狂暴化させた気もするが相手は妖精女王と違い神だ。
ふざけた名称とはいえ神殺しの名の加護によって弱体化はしているはずなのだが。
効いている様子はない。あるとすれば酔って意識が混濁し、体に力が入っていないというくらいだろうか。
……だが、それだけで十分過ぎる成果!
それだけあればお釣りが来る。
副長クラスに対してこれ程好条件が揃って挑めるなら上出来であるという思考のまま体を前方に傾けようとしようとした時相手に動きがあった。
左の手を口元に持って行ったのだ。
最初に思いついたのは
「噛んで痛みで感覚を取り戻すつもりかねYou!?]
成程、もっとも単純且つ楽な方法かもしれない。
しかし、それは逆に自分の加護が邪魔をすると思われる。
加護は自傷にも効果を発揮する。
ただ噛むだけでは効果は薄いはずだ。
「その程度で振り払えるほど、私のMatesは甘くないぞGod!]
私の叫びに、しかし構わずに彼はそのまま噛んだ。
だからこちらも構わずに
『情熱こそが活力……! その活力を持って神に挑め……!』
術式を使用した地獄突き。
しかし、用途は喉を突くのではなく、貫く。
躊躇などすればそれは神を侮ったという事になる。
そしてそれは同格である妖精女王を侮ったという事になる。
「不敬を抱くような軽い一撃はしないともQueen……!」
吐き出す思いに詩情を思い行った。
良い一撃だと思う。
術式の作用も含め、空気の壁をぬるりと通り越すような感覚を突き破って行く足刀は常人なら捉えることも出来ないだろう。
必殺という言葉に専念したキック───だからこそいきなり額にぶつかったものを見逃した。
!? 何だね!?
当たったモノは小さいモノなのに如何な方法か。まるで石礫が当たった様なダメージが頭に浸透するのを実感する。
そして額に当たったそれが額から離れ目の前に落ちていくのを見る。
それは爪みたいな大きさであり、爪みたいな形であり、どう見ても爪であった。
それだけで理解は十分であった。
「肌を噛むのではなく爪を剥がしたのかねYou!?」
返答と同時にこちらのキックに合わせるかのようにこちらの足裏に同じ足裏が来た。
互いの蹴りの威力は、結果としてはこちらが勝り、そして相手に距離を離すことを許してしまった。
こちらの蹴りの反動で6mくらい離れていく彼を見て自身の不出来を納得した。
なまじ彼がハイスペックであるが故に見落としてしまっていた。
剣神で暴風神の代理であるから副長クラスなのだと。
しかし、違う。それは違うはずだ。
その程度の者が副長を
最強という単語を軽々しく背負うはずがない……!
思い出すのは三河争乱の時の彼の言葉であった。
彼は言った。
俺は世界最強だ、と。
最初はただの冗談と思っていたし、今までもそうであると思っていた。
しかし違った。
違ったのだ。
「───武蔵副長!」
「あ! 何だよ英国産の詩人!」
返ってきた返答にTes.と答え、彼に問うてみたいことを問うた。
「───君にとっての最強とは何かねGod!」
「そんな簡単な問題でいいのか!? じゃあ答えてやる───最後に勝つのが最強だ!」
「───見事……!」
最初から性能を頼りに勝つのは最強の流儀ではない。
それは無敵のつまらなさだ。
かかる困難に対して真っ向から挑んで、苦しみながらも最後に立って勝つこそが最強だと声高らかに叫ぶのが最強の流儀。
剣神だから強いのではなく。
暴風神だから最強なのではなく。
俺だからこそ最強なのだという自負。
素晴らしい……
思わず感嘆の吐息を戦場に出してしまいそうになる程であった。
先日のノリキという少年といい、武蔵はこんな人間か溢れているのかと思うと感情を封じれない。
武蔵はこんな詩情を持って世界に挑む集団なのかね……!
ならば、それは間違いなく現時点では英国の敵だ。
だからこそ
「ならば私に対しても最強を謳えるかねYou!」
「謳えねえと思ったか色黒詩人……!」
その言葉を互いの開始の合図とし、速度がぶつかり合った。
そこから先は連打の繰り返しであった。
「おお……!」
詩人の癖に吠えてくる相手は間違いなく手加減などしてこなかった。
左左左右右左右左左、とこちらの爪を剥がした左の方に攻撃を集中してくる。
こちらの弱い所を攻めることに躊躇いもなければ手加減もなかった。
いい空気吸ってるぜ……!
だからこそ、こちらも加減なぞしない。
フックが来たら肘で弾き、ストレートが来たら右にステップ、アッパーが来たら手で弾く。
逆にこちらの貫手は半身で逸らされ、フェイクと共に出される蹴りは膝で防がれ、殺る気満々のメスは本気のストレートで破壊される。
実にいい。
英国住民がこんな気質なのか。もしくは女王の盾符がこんな気質なのかは知らないが実に愉快だ。
勝負を捨ててこない。
昨今は歴史再現云々を語って負けても仕方がないじゃないかみたいな雰囲気があり、更には自分が剣神であるが故に大抵の存在は自分に対して畏怖と諦めを伝えてくるのにこいつらは気にせず神相手に拳を向ける。
「いい不遜だ……!」
そうだとも。
神様に対して不満やら傲慢を見せる相手でないとこちらもテンションが下がるというものだとフェイクを織り交ぜた貫手を躱しながら思う。
本気だ。
本気を持ってこちらに相対してくる。
いいな、と素直に思う。
剣神で最強の自分が思わず負けるかもしれないと頭の中で想定できるこの感覚が堪らなく愛おしいと同時に
「はン……」
殺意に塗れた笑顔を浮かべていることも自覚する。
負ける? この俺が? 最強の熱田・シュウが、と。
そしてその脳内の問いに答える言葉は何時も同じであった。
冗談じゃない。負けるはずがない。
何故なら、既に俺の敗北は捧げている。
唯一無二の敗北はもう不可能の王に捧げているのだ。
だからこそ、この身に敗北は与えられないし、与えられてはいけない。そして負けるはずがない。
だってこの世で俺に勝っていいのは───
俺に勝っていいのは……!
その後に続く言葉は内心でも無理矢理断ち切るようにして更に前進する。
何一つとして敗北する理由はないと証明する為に。
一歩、確かな一歩を大地に着ける。
それは敵に近付くためのものであり、こちらが勝つのだという示しだ。
だから、当然というように相手からは引け、という返事の拳が返ってくる。
ならこちらも返事に拳を返そうと思い、ぶつけるように拳をフック気味に相手に送る。
水蒸気爆発すら起こる拳に、しかし相手はインパクトの瞬間に拳を開き、こちらの腕を掴もうとする。
だからこちらも更に一歩進み、相手の膝裏に足を入れる。
「よっと……」
そしてまるで草刈りのように振るうと相手は綺麗に後ろに倒れようとする。
だからこちらも遠慮なく
「───」
追撃の拳を放った。
「がっ……!」
どうにかして拳に対して腕を合わせることによって直撃は避けたが数メートル以上飛ぶ威力をその身に受けて体がミシミシいうのが聞こえる。
だがそれ以上に
「今のは何かね……!?」
いきなり自分は後ろ側に転んだ。
確かにいきなり足裏に衝撃みたいなものは来た。
しかし衝撃を受けるようなものは何もなかったのだ。
なのに自分はまるで何かに引っかかったかのように転んだ。
だけど答えは半ば出ている。
何故ならこける前に相手の右足が急に消えたのを見たのだから。
「歩法……」
しかも体が消えるのではなく一部が消える限定的な死角移動。
攻撃の動作故に恐らく消える瞬間はそこまでは長くはないとは思うのだが
瞬間的にとはいえ攻撃が見えなくなるというのは……
背筋に汗が流れていくのが実感できる。
これからの流れが読めるが故に対処方法を考えるために知恵熱が生んだ汗だ。
恐ろしいと思う。
剣神であることがではない。
今、現状で追い詰められている事がではない。
一体、どれ程の修練と死を経験して来たのだね……!
ここまでの領域に来るにはただの修練では物足りない。
恐怖という意味の死を両手の指では物足りないレベルで体験し続けていないければこれ程の密度にはならない。
何が非武装で暫定支配を受けている極東を象徴する武蔵の総長連合だ。
質なら負けてはいないではない───
「───ぼざっとしていいのかよ?」
「……っ!」
今度は普通の歩法で知覚から失せた剣神は既に左のミドルキックを放っている最中だ。
……ならば!
先の先を取れないなら後の先を狙う。
襲い掛かってくる足の首を狙って両の手を絡ませる。
「とった!」
「じゃあ大事にしろよ?」
トン、とまるで階段を上るように地に残った足を大地から離す。
転びはしない。
何故ならこちらが絡め捕った左足を支えに使われているから。
咄嗟に手放し防御に腕を使う。
間に合う、と思ったところで
「───」
再び消えた右足が防御に構えた顔面ではなく胴体を捉え、今度こそ10m以上飛ぶ自分を知覚した。
そこから先が決着だろうと思い、だからこそ熱田は手を抜かなかった。
吹っ飛んでいくジョンソンに大地についた地面を一発蹴るようにして飛ぶ。
それだけで体はまるで木の葉のように舞う俺。
内心でヒャッハーと叫びながら着地し、クルリと回るとそこには飛んでくるアスリート詩人。
それに対して俺は奴に不安にならないように満面の笑みを浮かべる。
アスリート詩人はそれを見て何やら口が横に伸びているが気にせず両手を握りしめ
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!!」
ラッシュを放った。
肉を何度も打つ感触を堪能しながら、しかし相手が防御をした感触を手に入れ
「……っしゃぁ!」
ラッシュの勢いによる発射が生まれる前に伸ばした腕をそのままジョンソンの足に延ばし、
「ん……!」
そのまま腹筋と腕力頼みの
「秘技! 腕力頼みのジャーマンスープレックス……!」
反りに反った投げに近い叩き付けを敢行し、コンクリートが叩き割れるような衝撃がジーンと手に響くのをうむ、と納得しながら
「───あ。やべ、死んだか?」
つい、外道メンバーを相手にしていたようなテンションでラッシュやら何やらをしてしまったが大丈夫だろうか。責任は取るつもりはないが。
これで相手がトーリとか喜美ならば間違いなく生きているという確信を得れるのだが、他国の人間だと怪しい。
というかどうして芸人馬鹿よりの方が特務クラスよりも頑丈と思えるようになっているのだろうか。
武蔵の生態系がおかしいのかもしれんと思い、とりあえず確認するかと腰を曲げている今の状態で確認しようとして
「……む?」
いない。
手に持っているのは足首と思っていた靴の片っ方だけであった。
男の靴を持たされるとは……!
これが智の靴ならば狂喜乱舞してハードポイントに……いやいや頑張ってパンツの如く頭に被るしかあるまい。
バランスが大事だ、と頭の中でその場合のシチュエーションを立てながら
「あ? なんだぁ? この如何にもな爆発物らしいもんは?」
如何にもな爆発物はその期待に応えて爆発した。
「人罰覿面……!」
造語を発して起きる現象をジョンソンは見届けた。
というか生まれた爆発の規模に逆に驚いている最中であった。
貰ったものは妖精女王から直接貰ったもので暇つぶしに自分の精霊術で作って強化したらしい。
「いざという時はこれな、ジョンソン。何事も派手。いい言葉だろう?」
笑顔で告げられた言葉に真顔で周りを見回すと見ていた全員が視線を逸らしていた。
妖精女王が派手にといった時点で多少の予想はしていた。
しかし、まさかクレイモアクラスに小規模とはいえきのこ雲が生まれるような爆発が起きるとは思ってもいなかった。
「ぬぉ……!」
予想以上の威力ゆえに距離を取れてなかったことで自身も爆発の余波に巻き込まれる。
爆風に押し出される体がコンクリートに削られるが構わない。
その勢いを消さないまま手を着き、その手を支点に体を膝立ちにまで移行し
「……どうなったかね!?」
そうして爆心地を見ようと大地から上に見上げようとした時に上から何かが落ちてきた。
何だろうと思い、それを見ると簡単に理解できた。
靴だ。
それもジョンソンが身代わりとして剣神に掴まれて脱いだものである。
「───」
ただ爆風に吹っ飛んできたものという都合のいい解釈は既にない。
それは単純にこれから向き合うであろう未来に覚悟を持てていないというだけの怯えに近い予測だ。
だからそれは一番最初に捨てた。
そしてならこれは何故目の前に落ちてきたかというと実に解りやすい。
「忘れ物だぜ?」
本当に教導院で忘れ物をした友人に話しかけるかのように爆風を抜けて正面で相対する少年がいる。
無傷だ。
多少の傷や擦過はあるがどれもダメージと言える様なものではない。
「あれだけの爆発の中どうやっ───」
て、と言おうとして視界に光ったものがあった。
それは剣神の量の手の指の間に挟まっているもので破砕の結果を受けているものであった。
メスだ。
普段、剣神が牽制用に放っているただのメス。
だが、そのメスを握っているものが握っているものなだけに剣神の加護を得ている。
それで読み解けた。
「爆圧に対して剣圧を重ねる事で衝撃を相殺した……」
"……"という風に途中で自信が無くなって行くのを止める事が出来ない。
何故ならジョンソンをしてそんな事態に会ったことがないからだ。
いや、対処として似た事をされた事ならある。
例えば攻撃の代わりに音速の領域で発生するソニックブームで対処されたこともある。
術式や武装などを持って対処されることもある。
だが、あの如何にも不利な体勢で出される剣圧で爆圧を斬り抜けられるのは人生初という事態であった。
化け物かね? と思わず苦笑してしまいそうになる自分を戒める。
化け物と彼を扱うのは簡単だ。
恐れ敬うものとして視点を変えれば即座に私の彼への認識は化け物という扱いに代わるだろう。
だがそれこそ妖精女王に対しての不敬だ。
私は、いや私達は皆、あの場で女王に対してこう言ったのだ。
「Save you from anything」
剣神にもこれは聞かれないように小声で呟く。
その言葉を自分が言ったという事。それを忘れない事を忘れなければ
「違える事はないとも……!」
何やら小声で呟いていたベン・ジョンソンが無理矢理自分の体を糸で釣り上げるように自身の体を立ち上がらせる光景を見ていた。
見たところ相手も大きな傷はないようだが、常人なら隠せる程度で膝が震えているのを見るとダメージはあるみたいだ。
だからこそ無理矢理立ち上がったという事実を黙認し、とりあえず確認を取っておく
「続きやっか?」
「───いや、ここは私の敗北だYou」
Jud.と返答し、とりあえず潰れて使えないメスはそこらに捨ててお───こうとして何か智にポイ捨てですよと言われそうなのでポケットに突っ込んでおいた。
やれやれ、と頭で振りながらジョンソンの方に改めて視線を向ける。
「勝負は確かに俺の勝ちみてぇだが……目的は果たせたみたいだし、そっちも満足か」
「……Tes.これで君も他の相対に介入するのが難しくなった」
やはりと言うべきか。最初から女王の盾符の狙いはこれであったのだろう。
何故なら女王の盾符のメンバーははっきり言って俺と相対するには相性が悪すぎる。
文科系メンバーが固まっているのを悪いとは言わないし、きっと他の場所でうちの総長連合メンバーや生徒会メンバー相手にも渡り合っているとは思うが、俺クラスの突出したレベルになると中々難しい。
「やるならそっちの風紀委員長のF・ウオルシンガムか、ウオルター・ローリー辺りがベストなんだろうけど───まぁ、予想じゃあ二代とネイトん所かね」
「その通りだよYou.今頃どうなっているかは流石に予想はしてはいないが───英国の猟犬と侍は手強いよ?」
「奇遇だな。こっちの薄い銀狼と温室侍もまぁまぁやるぜ?」
「かなりとは言わないのかねYou.」
「あいつらはトーリとホライゾンの騎士と侍だぜ?」
それだけで成程と頷き引いてくれるので有難い。
期待値の上げ過ぎとは思わない。
それくらいになってくれないと世界征服に差し障るのだから。
なのに片方は真面目堅物わんわん騎士ですわでもう一人は温室御座る侍だかんなぁ……
キャラだけ濃くしてどうする。
親の顔……と思い思い返すとアレだった。だったら仕方がない。遺伝だろう。うん。そうに違いない。つまり救いはない。
何とかするべきだとは思ったのだが、そこになると人生経験が足りない自分に溜息が生まれてしまう。
喜美みたいな風に捉えるべきなのかもしれないが、そう考えている時点でまだ自分がガキなのだろうと考えてしまう。
もう少しオリオトライ先生を見習うべきなのかもしれないと思う。
「……まぁ、とりあえずこの場は俺の勝ち。それだけは譲れねえ結果だからな。ちょいと不完全燃焼だが」
「卑怯と言うかね?」
「お前に勝つ気が微塵もなく逃げ回ることしか考えていなかったならな」
酒やら爆弾やら投げてくる阿呆がチキンっていう賢い人間なわけがない。
時間稼ぎと自分の役割を決めていたくせに勝つ気満々。
この調子だと他の女王の盾符も楽しみになるが……俺が相対できるかと言われると難しいかもしれない。
特に妖精女王となんて相対出来ないだろう。
まぁ、相対したいのはバトルだけで個人的には余り関わり合いにはなりたくないんだよなぁ。
だからそこら辺は正純とかに任せたい所存である。決して逃げたわけではないから。適材適所適材適所。
「あ」
そういえば正純は確か古本巡りするとか言ってなかったっけ?
うちの外道共で恐らく鈴を除いたら唯一の非戦闘系な気がするがやばいかもしれない。
「……まぁ、でも俺と同じレベルの役職だから何とかすんだろ。俺なら何とかできるし」
ジョンソンが何か異様なものを見る目でこちらを見てきたが無視しておくことにした。
まぁ、真実そこで終わるような馬鹿は奇妙なことに梅組には多いのだから何とかするだろう。
なるじゃなくてするの所が俺達らしいが。
ともあれ
「よく考えたらこれってあの馬鹿のデートの妨害阻止作戦って事になるんだよなぁ……」
きっと結果は色々あったがなんとかなりました。めでたしめでたし方向になるんだろうけど俺と智のデートはこのままご破算の流れだろう。
何とも何時も通りだ。
かつてよく言われていた言葉をつい思い出してしまう。
他人からもそうだが親父からも言われていた気もするから何とも面倒な家系に生まれたものだと思ったこともあったものだ。
それは
「……望んだものは中々手に入らないねぇ」
よくある御言葉だ。
別に今となっては完全にどうでもいい言葉だし、気にするような性格ではなくなった。
そんな言葉で悩むような可愛い性格ではなくなったのだろう。
それに副長っていうのはこういうのも含めるのだろう。
ついでに剣神……いや暴風神にもそれは当て嵌まるのだろう。
風と雨というのは標準なら皆からありがたや~~とされる存在だが標準を超えたものは恵みから外れて恐怖にされる。
よくある話だ。
何時の間にかジョンソンの姿が消えていることを確認して頭を腕に組む。
「───ま、それも含めて俺の役割か」
手に入れる入れないは俺自身で決める。
どうでもいい言葉に集中するほど暇ではないのだ。
そういったネガティブの専門はトーリの担当だろう。
俺は馬鹿とはまた別系統の馬鹿の道を疾走する。
それだけだ。
後書き
はぁい! 皆さんお待たせしました!! え? 待ってない───寂しい事は言わないで下さいよ……!
今回はようやくどこぞの外道連中が言ってくる戦闘に入れたのですから!
剣神無双! 楽しいな!!
そして最近、感想が少なくなっていて作者としては辛いです! え? それはお前が更新遅いから? 何一つとして言い訳不能です───申し訳ありません……
と、とりあえず感想を! 感想をお願いします!! 出来れば外伝の方も!!
ページ上へ戻る