僧正の弟子達
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第三章
第三章
「頼もう」
「どなた様ですか?」
「織田家の前田慶次でござる」
堂々と自身の名を名乗った。
「えっ、あの」
寺の中から驚きの声があがった。
「前田様ですか」
「そうじゃ。わしじゃ」
「あの、ここには酒も女もありませぬが。当然武芸者も」
「待て待て」
寺の中からの言葉に思わず苦笑いになる。
「わしとて何もいつも遊んでいるわけではないぞ」
「茶と菓子ならありますが」
「おうよ、それを所望じゃ」
「ちょっと慶次様」
また悪ふざけをはじめた慶次を供の者が嗜める。
「ですからそれは」
「わかっておるわ。実は今のは冗談じゃ」
「そうでしたか」
「うむ。実はのう」
「はい」
「何用でしょうか」
声が複数になった。すると寺の中から六人の僧達が出て来たのであった。僧正の六人の弟子達である。それぞれ異形の姿を法衣に包んでいた。
「むっ、その方達だけか」
「はい、そうです」
彼等を代表して白子の永生が答えてきた。
「僧正様は今用事で寺を空けておられます。私達が留守番です」
「そうであったか。これは残念」
「僧正様に何か御用で」
「実はな。話を聞きたいと思ってな」
そう永生に答えた。
「僧正殿にな」
「そうだったのですか」
「なら仕方がない」
慶次の屈託のない笑いはここでも変わらない。
「御主等に話を聞くとしよう」
「私共にですか」
「左様、それでよいか」
そう永生に問うのであった。
「六人おったと思うが皆おるか」
「ええ。それは」
永遠生きるは静かに彼に答えてきた。
「皆揃っております」
「ならよい。では一杯やりながら」
「あのですね」
永生は酒という言葉には眉を少し顰めさせてきた。
「ここは寺ですので。酒は」
「何じゃ、真面目じゃのう」
慶次はそう言われて感心半分残念半分の顔を見せたのであった。
「坊さんも結構飲むものじゃがな」
「少なくともこの寺ではそうではありません」
永生は真面目な顔のままで答えてきたのだった。
「それは御了承下さい」
「わかった。では真面目な話をしようぞ」
「ええ。それではこちらへ」
寺の茶の間に案内される。供の者も一緒だ。茶の間は質素で穏やかな内装であった。何も派手なところはない。畳も白くその風情を際立たせている。中央の茶釜は黒く使い込んでいる感じがしている。慶次はその茶の間の中においてその供の者と並んで正座して待っているとやがて間に六人の僧達が狭い入り口から入って来たのであった。静かな物腰で一人ずつ部屋に入って来たのであった。
「お待たせしました」
永生が六人を代表して彼に挨拶をしてきた。
「いえ、全く」
「ではお話しましょう」
「うむ。それでは」
茶と菓子がまず出される。慶次はその茶と菓子を静かな物腰で飲み食いしていく。大柄で派手な外観からは思いも寄らぬ繊細な動きであった。
「結構なお味で」
「お見事です」
その彼の動きを一部始終見ていた永全が言ってきた。
「風流人とは聞いていましたが」
「何、まだ茶の道に入っているところまでも行っておりません」
慶次は穏やかな笑みを浮かべてそう永全に答えてきた。
「風流も。まだまだです」
「まだまだですか」
「その通りです。まだ千殿や長益様の域には」
千利休は言わずと知れた茶道の創設者だ。彼は信長のブレーンでもあり慶次はその関係で彼と知り合っていたのだ。長益とは信長の弟で茶三昧の日々を過ごしていることで知られている。後に有楽斎としての名が知られるようになっていく人物である。
「いえ、中々」
「そうお世辞を言われると困ってしまいます」
慶次は顔を崩して笑ってきた。照れ臭いのである。
「拙者なぞに対して」
「左様ですか」
「ええ。ですからお褒め頂くのはこれ位にされてくれれば」
「わかりました。それではこれで」
「はい」
これで茶の話は終わった。話は本題に入るのであった。
「それでですね」
「お師匠様のことですね」
「そうです」
慶次は永生の言葉に答えた。
「素晴らしい方だとは聞いていますが」
「はい。それは私達が最もよく知っていることです」
今度は永明が答えてきた。
「私は。御覧の通り」
ここで慶次に自分の手を見せる。あまりにも長いその両手を。
「化け物の様に長い手を持っています。この手により化物と言われ蔑まれてきました」
「そうだったのですか」
「生まれてすぐに捨てられ」
「私もです」
永明の隣に座っている永遠が口を開いてきた。
「足の長さを嫌われ親に捨てられ。それからは見世物に出されていました」
「見世物に」
「辛い日々でした」
彼は語る。己の過去を。
「蔑まれ哂われ。石を投げられ棒で打たれることもありました」
「その姿故にですか」
「左様です」
今度は永光が言ってきた。どうやら彼も二人と同じような生い立ちを経てきているようである。
「私も。行く先々で哂われ化け物だ人ではないと言われてきました」
「人とは。惨いものです」
慶次は表情を消して淡々とした調子で述べるのであった。
「己とは違うものを恐れ蔑み罵る。そうした面もあります」
「その通りです」
永久が答えてきた。今度は彼であった。
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