ソードアート・オンライン~ニ人目の双剣使い~
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洞窟の死闘
生きるということは不便なものである。食事、睡眠、呼吸……etc.
欠かしてはならない行動が多すぎる。今いる世界はゲームの世界なので必要なものは現実よりも少ないが、やはり必要なものは存在する。
特に敵地において最も危険なのは睡眠だろう。死に一番近いと言われる睡眠は特殊な修行を積まなければ完全に無防備だ。俺もそんな修行はしていないため無防備になってしまう。
まあ、ユウキがいるので交互に寝ればいいのだが。
……今のユウキに睡眠が必要かどうかは首を傾げざるをえない。
「……ダークテリトリーの脱出を目指す……と言ってもどこに行ったらいいのかわからんな」
代わり映えのしない埃っぽい土の壁を見ながら歩くこと早一時間程。手に持った松明の炎がユラユラと揺らめく以外景色が変わらないのはなかなかに堪える。
「マッピングもないしねー。まあ、目の錯覚を利用した無限ループトラップみたいなのはないし、このまま歩き続ければどこかに出ると思うよ?」
「……こんなことならさっきのゴブリン達を怒りに任せて殺すんじゃなかったな。情報を聞き出すべきだった」
思った以上にリアルで、詩乃を見る新川恭二を思い出し、歯止めが効かなかったんだよな。反省しよう。
「あはは……確かにそうだね。でもボクのために怒ってくれて嬉しかったよ?」
「結構恥ずかしいことを叫んでいたがな」
俺以外に身体を許す気はない云々。俺も男だし、嬉しいといえば嬉しいのだが……叫ばないで欲しかった。
顔には出てないが単純に恥ずかしいし。
「そ、それは言わないで! 売り言葉に買い言葉で出た言葉で……あっ、別に嫌ってわけじゃないからね!?リンが望めばいつだって……いやいや、何を言ってるのボク!?あう……」
墓穴を掘った上にその中で盛大に自爆したようなユウキは恥ずかしそうな声を出して黙り込む。
残念ながら剣になっているため表情はわからないが、人型を取っていたら真っ赤だっただろう。
「少しは落ち……聴こえたか?」
苦笑しながらユウキを正気に戻すためそう言いかけたその時、絹を裂くような悲鳴が閉塞的な空間である洞窟内を反響して消えていった。
どこか弛緩した(最低限の警戒はもちろんしている)空気が吹き飛び、俺もユウキも一瞬でおちゃらけた気配を消す。
「うん。反響してわかりにくいけど……次の十字路を左に曲がったところから!」
電子世界の住人になったからかユウキの空間把握能力や立体的な計算能力は俺よりも高い。
現に俺は前方から音がするといった漠然とした情報しか聞き取れなかったのに対し、ユウキは完全に位置まで特定してみせた。
本当に頼もしい……と悲鳴の聴こえた方へ走りながらそう思った。
ユウキに言われた通り、片手に剣、片手に松明を構えながら十字路を左に曲がると、そこにはゴブリンが四匹、悲鳴の主と思われる女性が一人居た。
ゴブリン達が俺達のことを白(・・・) イウムと呼んでいたから察していたが、こんなに早く出会うとは思わなかった。
そう、ゴブリン達に襲われているその女性の肌は黒かったのだ。
言うならば黒イウムってところだな。
まあ、そんなくだらないことはさておき床に短剣が転がっていることから多少の抵抗はしたんだろうな、と考えながら角から一番近くに居て、こちらに背を向けていたゴブリンの首を一つ斬り落とした。
続いて次に近い、ゴブリン達の中でも装備のグレードが高そうな一匹に斬り掛かるが、ゴブリンが手に持っていた蛮刀で上方に容易く弾かれる。
返す刃で飛んできた蛮刀の袈裟斬りを左手の剣で受け流すと、右手の剣で単発片手剣ソードスキル【スラント】を発動させた。
「ぐぅっ!?」
ゴブリンは左手に嵌めたバックラーでスラントを受け止めるが、その予想外の重さに目を丸くして、そのまま後ろに吹き飛ぶ。
予想外の出来事に女性の装備を剥いでいたゴブリン二匹は飛んできたゴブリンに対応しきれず、その巨体に弾き飛ばされボーリングのピンの様に地面を転がった。
……軌道はなんの捻りもなく、速度と威力と正確さのみを追求した一撃だったとはいえ、あそこまで容易くかわされるとは思わなかったな。
「下がれ」
「す、すまない……」
女性に声をかけると、とりあえず俺を仲間だと判断することにしたのか、地面に落ちていた短剣を拾い、俺の後ろまで下がった。
「おお、痛ぇ、痛ぇ。俺様を吹っ飛ばすとは……やるじゃねぇか、小僧」
のっそりと立ち上がって来たゴブリンはそう言うと黄ばんだ歯を見せながらニヤリと笑う。
他の二匹のゴブリンとは明らかに格の違うそのゴブリンは、騒ぐ二匹のゴブリンを黙らせると再び口を開いた。
「白イウムか。どこから迷い込んだかは知らねぇが感謝するぜぇ。俺様の周りのやつらは弱っちくてなぁ……。久しぶりに骨のある相手と戦えるぜぇ!」
テンションが上がったのか、手に持った蛮刀をブンブンと振り回すゴブリン。
完全なる戦闘中毒者(バトルジャンキー)だ。俺も多少その気があるのは自覚しているが、それよりも重度の。
「おっと、いけねぇいけねぇ……テンション上がって自己紹介を忘れてたわ。俺様は族長殺しのゲラルド。お前ぇの名は?」
「……リンだ」
「そうか、リン。お前は俺様に生の喜びを感じさせてくれるかぁ?……お前らは手ぇ出すなよ?そっちの黒イウムもだ!」
ビリビリとした威圧感と共に張り上げた声に萎縮したように二匹のゴブリンが数歩下がる。背後で誰かが倒れたような音がしたので、恐らく腰を抜かしたか気をやったかどちらかだろうな。
さてと……鋼糸なし、投げナイフなし、仕込み武器なし……ないないないの三拍子だが、何とかするか。
「じゃあ、行くぜぇ?」
「いつでも来い」
松明を地面に投げだし、鞘に納めてあった剣に手をかける。そして、松明が地面に落ちるのを合図にゲラルドがこちらに向かって吶喊してきた。
「さあ、生を感じさせてくれぇぇぇ!」
質量のある踏み込みとともに大質量の蛮刀による振り下ろしが飛んでくる。
敵を斬る。その意識のみが込められたその一撃は生半可なガードでは、その上から叩き潰せるほどの威力を秘めていた。……もっとも、受け流したのにも関わらずその上からダメージを与えてきたアインクラッド75層のボス、骸骨の刈り手くらいの威力がなければ、どんな攻撃も大差ないのだが。
右手に持った剣で軽く後ろに流すと左手に持った剣で喉元を狙った突きを放つ。
だが、それは寸でのところで割り込んだバックラーによって受け止められる。
硬質な音が辺りに響き渡るが、その頃にはもうゲラルドと俺は次の行動へと移っていた。
引き戻された蛮刀が鈍い風音を立てて死角から襲ってくるが、剣を背中に回して体勢を低くすることで流して回避。
蛮刀はそのままゲラルドの首へと向かうが、ゲラルドは人外染みた……というか人外の力で強引に蛮刀を止めると、そのまま返す刃で喉を狙って放っていた俺の横斬りを打ち落とした。
不利だな。ゲラルドの金属鎧はしっかりしていて、こちらの剣が通る場所は限られている。ソードスキルを使ったり、徹しを使えば別だが、なかなか使える隙は見せてくれない。具体的に言えば首か足だがゲラルドもわかっているのかそこを重点的に意識しているように思える。
対してこちらはどこに当たろうがゲームオーバーだ。
無駄に現実要素が混じっている分、鎧の上からのダメージで削り切るってのができないから辛い。
防御に集中しつつ、これまでの情報からゲラルドを倒すためのシュミレーションを脳内で組み立てる。
少しのブレもない強力な蛮刀の一撃を左右の剣で流しつつ、僅かな隙をついて突きを放つも、それはバックラーによって防がれる。
身長も相手の方が高く、蛮刀の長さも俺の持っている剣よりも長いため、リーチはあっちのほうが上だ。懐に潜り込もうともダメだろう。バックラーがあるため超近距離は分がさらに悪い。
鋼糸があれば……と思ってしまう。……無い物ねだりはダメか。
「この高揚感! リン、いいぞぉ、俺様は今生きていると実感している! ガハハッ、もっと、もっとだ! もっと感じさせてくれ!」
ゲラルドは満面の笑顔を浮かべてさらにギアをあげる。剣速がさらにあがり、俺が攻撃する暇がなくなってきた。
だが、そんな状態になっても周りに金属音が響くことはない。なぜならば完全に攻撃を見切っていて、なおかつ完璧に逸らしているからだ。
そのことにゲラルドも気づき、少しずつ、少しずつ蛮刀に焦りが乗ってきていた。
強力な力というのは確かに恐ろしい。人の目につきやすく、さらに誰が見ても脅威だと感じることができる。
だが……そういった目に見える力よりも恐ろしいのは得体の知れないモノ、だ。
認識できないもの、理解できないものは古来より恐怖の対象とされた。呪いや妖怪、幽霊、神など目に見えないものをそういった言葉に置き換え、恐れた。
ゲラルドの気持ちはまさにそれだ。自分は全力で攻めている。端から見ても有利に見えるだろう。現に彼の部下である二匹のゴブリンは歓声をあげている。
だが、ゲラルドの顔には焦りの色が見えた。
なまじ実力があったために手応えから完全に受け流されているのが理解できていたのがゲラルドの不幸だったのだろう。
俺のポーカーフェイスもその不幸を助長する要因になったことは想像に難くない。
俺と戦っているやつらが口を揃えて言うのは、なにをしてくるか分からないから怖いという言葉だ。
もちろん言った連中は〆ておいたが……。
どうやら俺が受けていると遊ばれていると思うらしい。
ゲラルドもその状態だろう。攻撃は速く、鋭くなっているが、最初の頃の実戦削りを思わせる読みにくい剣筋はなりを潜めている。
鋼糸もない今、狙うはゲラルドが我慢できなくなり勝負に出たとき、ということだ。
「強いなぁ! 俺様の攻撃を受けてここまで耐えたやつなんて初めてだぜぇ!」
空を斬る蛮刀が辺りに撒き散らす風斬り音のみが響く中、ゲラルドは自身を奮い立てるかのように大声を張り上げる。
風圧により地面に転がっている松明の炎が揺らめき、薄暗い洞窟の壁を照らしている中での戦い、すでに完全に俺がコントロールしていた。
そしてついにゲラルドが現状を打破せんと勝負に出る……つまり俺が狙っているチャンスがやってくる。
「がぁぁぁぁ!」
凶悪な叫び声とともに少し下がったゲラルドがこちらに盾を構えながら蛮刀の切っ先を下に下げたまま跳びこんできた。
一撃だけの攻撃では俺に通用しないことはゲラルドもわかりきっているだろう。
にも関わらずこうして斬撃を放とうとしているということはやはり囮……ということだな。
本命はシールドバッシュか。
受けてたつと言いたいところだが、蛮刀を流した後の状態では難しい。面での攻撃を一刀の状態で受けるのはできないとは言わないが相当な神経を使う。
そうなれば隙を晒すことになるから却下だ。
となるとやはり一旦下がって返す刃で斬り捨てる。
俺はそう決めると剣をクロスさせ下からえぐりこむように振るわれた蛮刀を受け止めた。
斜め上方向への衝撃を受けた俺は運動量の保存則に従い、斜め上に打ち出される。
そして俺は空中で体勢を立て直すと洞窟の壁に足を揃えて着地。着地の際の衝撃とを足ですべて吸収し、壁を蹴ってその衝撃をすべて運動エネルギーに変換する。
「なにっ!?」
そのまま剣を構えてゲラルドへと突き進む。着地地点はゲラルドの少し前方。直接攻撃してくると思っていたのか、驚きの声をあげる。
しかし、そこはさすがに実戦慣れしているゲラルド。
驚きながらもしっかりと迎撃の体勢に入る。
僅かな対空時間を経て地面に着地した俺は、水平方向のベクトルをそのままに垂直方向のベクトルを下方から上方へと向きを変えた。
さらに地面を蹴ることでさらに加速。着地する際に発生した衝撃と合わせ、そのエネルギーを剣を持つ腕へと伝える。
とある世界では断空という名前がついた技術に、ダメ押しとばかりにソードスキルを発動させた。
突撃系単発ソードスキル【ソニック・リープ】
俺の剣が淡い緑色のオーラを纏い、システム的な補助を受けてさらにスピードが加速し、威力が増大する。
すでに迎撃の体勢に入っているゲラルドに回避という選択肢は存在しない。そして今までの戦闘経験からその威力が到底バックラーで受けきれるようなものではないと見抜いた。
「……ガハハッ、なら受けて立とうじゃねぇかぁ! さあ、終いにしようぜぇぇぇ!!」
そこで思い切りがいいのは流石と言うかなんというか……。
ゲラルドの振り上げていた蛮刀に紫がかった黒い光が集まっていく。それは間違いなくソードスキルの光。
そして剣と蛮刀が激突した。
交錯は一瞬。凄まじい爆音と、なにかの金属が砕ける破砕音が辺りに響き渡る。
そして互いの位置が入れ替わり、糸が切れたようにゲラルドは倒れ、ポリゴンとなって砕け散った。
「……悪いな。俺の武器は双剣なんだ」
システム外スキル【シンフォニー】
ゲラルドの目をわざわざ(・・・)くぎ付けにするように左手の剣ごと左半身を前に出し、右手に持った剣を身体で隠していたのだ。
そう、システム外スキルでソニック・リープと同時に発動させたもう一つのソードスキルを。
突撃系単発ソードスキル【ストレート・インパクト】
「……さて」
後ろで唖然としている黒イウムの女性、次いで前方にいる驚愕の表情を顔に貼り付けて固まっているゴブリン二匹に目を移す。
情報は女性から聞くとしてゴブリン達を生かしておく理由が無くなった。
増援を呼ばれても面倒だし、さっさと仕留める。
ここまで考えて剣を再び構え直す。その剣の切っ先が自分達に向いていることをゴブリン達は理解すると、驚愕にともなう硬直を解除し、踵を反して逃亡しようとする。
……手遅れだが。
「……これで落ち着いて話ができるな」
ゴブリン二匹をポリゴン片へと変えると、剣を鞘に戻して振り返る
すると、その女性は腰を抜かしてガタガタと震えていた。
「ちょっといいか?」
そう言葉をかけると一層強くガタガタと震えだす。
「……」
「……」
そして再び沈黙の帳が降りる。女性は涙目でプルプル震えているだけだし、俺は残念ながらそんな女性にかける言葉は持ち合わせていない。
暗がりで見つめ合う謎の男女という光景は果てしなくシュールだった。
「リン……」
どこか批難するような声をあげるユウキ(双剣モード)
……俺が悪いのか?
「け、剣が喋っ……」
ユウキが喋ったことが追い討ちとなり、どうやら意識を保てる許容範囲を越えたらしく、その女性は気絶してしまった。
引き金を引いたのは間違いなくユウキだな、うん。
「ユウキ……」
「……なんかごめんなさい」
……俺らは何も悪くないはずなのだが、なんだこの罪悪感は。
後書き
ゴブリンじゃなくてオークかなにかにすればいいと後悔しました。
蕾姫です。
中ボス戦でした。キリト君の戦ったあの蜥蜴殺しさんよりは二、三段くらい上の実力の持ち主です。まあ、リンは二剣だったわけで……サブ武器はないけど。
ユウキの武器形態、銘を決めてないんですよねー。使わないと思いますが。あの武器ですが、ユウキのレベルが上昇するにつれて強くなります。剣モードでも経験値が入るから……?
厨二御用達の進化する武器ですね、ナニソレコワイ。
そろそろこの小説にも絵が欲しいとです。誰か書いてくれないですか?
シノンと一緒に書いてくれるとなおよし!よろしくお願いします。
感想その他、絵も含めてお待ちしていますね。
ではでは
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