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【短編集】現実だってファンタジー

作者:海戦型
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俺に可愛い幼馴染がいるとでも思っていたのか? 後編

 
滞空時間は、早いようでゆっくりに思えた。体感時間というのは意識していない時に限ってスローモーションのように遅い。だが、落ちるだけの俺には・・・いや俺達にとっては、意味のないことだった。不思議と高所から落下するという恐怖も怪我に対する忌避も感じず、代わりに感じたのはたった今抱きしめている一人の少女の安否だけ。

そして、衝撃が襲う。

「かはッ!?」
「きゃっ・・・!」

体中に鈍い痛みが奔り、肺から空気が吐き出される。脳から内臓から、あらゆる体内の器官が重力落下に従う様に揺さぶられ、一瞬意識が遠くなる。続いて、衝撃を酸素不足と勘違いした脳が肺に酸素補給を促し、呼吸が激しく乱れる。
節々が痛い。骨は折れてないのだろうか?背中から落ちたらしいが、頭を強打することだけは避けられたようだ。ただ、背中を中心にじわり何かが俺を濡らしている。それだけが嫌にリアリティを持って感じられる。

いりこは―――

「・・・ひっく、ぐずっ・・・なんでっ・・・」

俺は綺麗に下敷きになったようだ。いりこはぐずっているが、それだけらしい。自分だけダメージを負ったという不条理も忘れ、ほっと息を吐く。そもそも、せっかく跳びだしてまで庇おうとしたんだ。これで怪我をさせては本格的に俺の行動が無意味になっている所だ。

いりこのしゃくりあげる震えが俺の身体を揺らす。何か言いたかったが、息切れがなかなか収まらなかった。体もふらふらいして力が入らない。暫く俺は、青い空だけを眺めた。余計な手間を取らせるなとここで吐き捨ててやるのが俺のキャラだが、今は素直にいりこが無事で良かったと思えてしまう。

―――それもいいか。俺が良かったと感じたんだ、それはきっと正しい。この得体のしれない自称幼馴染が無事であることを素直に祝福しよう。

俺の呼吸も大分納まってきた。漸く冷静さを取り戻して周りを見る。
俺達が落下した先には、偶然にも体育の授業で使う高跳びのマットがあったようだ。マットと言っても既に破れて廃棄する予定だったもので、雨ざらしにされていたため汚れていた。俺といりこを何とか受け止めるだけの弾力はあったようだが、上に溜まっていた雨水をまともに被って俺の制服は砂埃交じりの水に汚れてしまった。だが、怪我はない。運が良かったなと思う。

やがて、涙が納まったいりこのか細い声が耳に届いた。

「私・・・私、本当はずっと怖かった」
「・・・お前も怖がることがあんのか。新発見だ」
「怖いよ。本当は、ずっとさざめ君に鬱陶しい女だって思われてないか、不安だらけだった」
「・・・不安なのにあの活発さか。いや、空元気だったわけか?」
「うん・・・・・・だって、さざめ君に他に好きな子がいたら、私ってただ付き纏って邪魔してるだけじゃない。さざめ君と一緒に居たくていろいろ勇気出してアピールしても、全部棒に振ってるかもしれないじゃない。さざめ君、いつも私のこと悪く言うんだもん」

震える声に、どうしてか胸が締め付けられる。人間の感受性というのは不思議なもので、たとえそれが自分に向けられたものでなかったとしてもこうして胸は痛む。それとも、そうやって痛みを感じるのは俺が彼女の哀しみを自分のものとしてイメージするが故の錯覚なのだろうか。それを罪悪感と呼ぶのかどうかは分からないが、今度からは少しくらい態度を改めようとぼんやり決めた。

「一緒で楽しかったのに。いつだって困った時は嫌な顔しながら、でも手を貸してくれて、優しいなって一人で勝手に思ってて・・・でも、幾ら一緒に過ごしてもさざめ君が何考えてるのか分かんなかった。気味が悪いって言われたとき、足場が崩れて落ちちゃうような気分だったんだよ?」
「・・・お前を本気で追い払ったことはないだろ?それが答えの一端だと思うけどな」
「でも”お前は誰だ”なんて言われたら、私の心はかき乱された。そんなこと今までなかった。焦って、伝えたくて、でも怖かったからいつか言おうって・・・・・・今日、あんなところで言う気なんかなかったのに。何で上手くいかないのかなぁ?どうせ言うならもっと雰囲気があって、綺麗な場所で・・・・・・したかったのになぁ」
「人生は試行錯誤するもんだろ」
「私なんて、失敗が怖くて何も出来なかったのに。本当に私の事が嫌なんだって思って、一人で勘違いして・・・それでも試行錯誤の一言で済ませるの?それは、ずるいよ。ずるい・・・」

俺の胸元で震えるいりこは今まで見たことが無いほど小さくて脆い存在に見えた。親と離れて寂しがる子猫を抱いているような気分。彼女の涙が止まったかどうかは見えないが、しばらくはいりこのしたいようにさせておこうと自分を納得させた。泣かせた責任は、多分俺にあるから。

彼女の体温を感じながら、俺はさっき彼女が勘違いをするきっかけになった問答を思い出した。
自分のような女は嫌か、という質問に対して俺は嫌かそうではないかで物事を考えなかった。俺が彼女を避けようとしてしまう自分の心の方向性を一瞬見失ってしまったからだった。

だが、今になって思えば一つ分かることがあった。

「なぁ、いりこ」
「・・・・・・」

返答はないが、構わず続ける。

「お前が幼馴染かどうかって、重要なことじゃないんじゃないかな」
「え・・・?」
「お前、いっつも幼馴染だとかずっと一緒にいたとかそんな事ばかり言ってたろ。でも、考えてみれば人が恋をするのに理由なんて何でもいい。吊り橋効果でも一目惚れでも、きっかけは何だっていい。真実の恋とか本当の愛とかドラマでは言うけど、そんな格式ばったものである必要なんかないだろ?」
「でも・・・一緒にいた時間は絆だよ。たくさんさざめ君を好きになっていった道だよ。長くても短くても全部大切な思い出じゃない。それを否定されたら・・・」
「じゃ、俺は今日から記憶喪失だとしよう。お前は俺の事をすっぱり諦めろ。覚えてないなら肯定も否定もない」
「屁理屈だよそんなの!記憶がなくたって私の事覚えてなくたって、やっぱりさざめ君はさざめ君でしょ!?・・・・・・って、あれぇ?」

どうやらいりこは俺の無駄に遠回しな言い方が何を意味しているのかに気付いたようだ。
俺が勝手に作っていた認識の壁は、もし俺が本気でいりこの事を好きに思っている場合は意味が無い。言い訳しているだけで、その壁は本当はあっても無くても大して変わらないのだ。ガンマ線が殆どの物質を透過するように、愛という不確かなものはどんな壁でも防ぎようがない。

「俺からこんな事を言うのは可笑しいとも思うけど・・・お前が本気で好きなら幼馴染に拘る必要なんかなかったろ。俺はお前の事を嫌いじゃないし、可愛いとも一緒に居たいとも・・・まぁ、ちょっとは思ってるよ。ただ、あと一歩踏み込めてないだけだ。お前の想い人は結構なチキンだぜ」
「そっか・・・・・・そっかそっか、そうなんだ。私、可愛いんだ?」
「ちょっとばかし癪ではあるけどな」

そう言うと、いりこは嬉しそうに人の上でもぞもぞ動き始めた。顔は見えないが、縮こまってた腕が俺の胴に回っている。人が無駄に体を張って庇った上にいろいろと頭を絞って励ましてやったのだが、嫌われてないと分かった途端にこの反応かよ。なかなか現金な奴だ、こいつは。
上半身を起こしてその面を拝んでやろうとしたが、人の腹に顔をうずめているせいで見えなかった。まるで子供のような甘え方だ。子供は不合理な行動をとるから苦手なんだが。

「重い、そろそろどけ」
「やだ。さっき告白紛いのこと言った人のチキン加減に甘えてるもん」
「こ、こんにゃろう、いりこのくせに生意気な・・・・・・はぁ、今だけだぞ。いつ他の奴が探しに来るかも分かんないんだから、満足したらどけよ?」
「うんっ♪」

どかそうと振り上げた腕を、力なくゆっくりといりこの頭に降ろした。ぽん、と頭上に降ろされた腕を掴まれて、何故か頬ずりされる。頬の柔らかい感触がくすぐったかった。

―――ちくしょう、駄目だ。自分の正気もこいつの異常も疑っているのに、やっぱりこいつは嫌いになれない。だからこそ、こいつが”幼馴染としてしか寄ってこない”という事実に俺が苛立っていることは―――彼女が見ているのは自分ではないのかもしれないという意識は、自分を騙して心の底に放り込んで蓋をした。

やっぱり認識の壁って奴は、依然として存在しているようだ。この壁を自分で壊すか、向こうが壊すのを待つか。これがなかなか難し問題だな。もしこれを壊したいと思ったら―――いりこは手伝ってくれるだろうか?


 = =


あの後、私は先生にもさざめ君にも結構叱られてしまった。事故の一部始終を見られていたらしく、私に弁論や誤魔化しの余地は無し。最初から言い訳する気はなかったが、さざめ君のげんこつはとても痛かった。
でも、あの扉は鍵がかかってたのに、今になって思えば何で開いてたんだろう?その辺は分からずじまいだった。私の予想では口笛吹いてたさざめ君が怪しいような気もするけれど。

帰り道、学校側の備蓄している制服を借りてくたびれたように帰路につくさざめ君の隣を並んで歩く。夕日が眩しく町を照らし、見慣れた商店街が不思議な光彩に包まれる。ここを通り過ぎたらさざめくんの家で、その隣が私の家。

「ねぇ、何で幼馴染じゃないって意地悪言うの?」
「それはそれ、これはこれ。お前を幼馴染でないと考えているのは、俺の記憶に無いからだよ」
「無いって・・・まさか今日落ちたせいで記憶喪失になったなんて言わないよね?」
「さーどうだかな。自分で心当たりない?」

こうして他愛もない話をするのが、好き。この商店街がいっそ無限に続けば、ずっとおしゃべりも出来るんだけど・・・残念ながら道には終わりがある。赤道直下の地球一周高速道路なんかがあれば終わりが無くなるかもしれないけど、そう言う屁理屈を考えてしまうのは捻くれ者のさざめ君と一緒にいるせいだろうか?
見えてきたさざめくんの家の前で、今日の別れを告げる。電話で話したりも出来るけど、それじゃ直接会う時の満足が得られないから。

「明日は先に行ってていいぜー」

今日の終わりも彼は捻くれていた。意地悪だとも思い、でもその一言でさざめ君がいつも通りだ、今日も彼は変わっていないと認識する。

「じゃあ明日も待ってるねぇ~!」

さざめ君らしいやと笑いが込み上げた私は、精一杯手を振って背を向ける彼を見送った。


 = =


彼の前から逃げ出した時、私はさざめ君から逃げたのではない。

彼に対する後ろめたさに耐えられずに、自分から逃げ出したんだ。

きっと彼は私の事を気味悪がってるって、知っていた。馴れ馴れしくするたびに、心の隅で舌打ちをしている苛立たしげな彼を幻視していた。それでも彼は確かに私を追い払おうとはしなかったから、ずっとそれに甘えていたんだ。

”私も幼馴染なんていなかったから”、たとえごっこ遊びでも楽しかったんだ。
いつか決定的に崩壊するかもしれないってずっと恐れてた。でも引金を引くのは怖かったから、彼が引き絞るのを無意識に待ってたのかもしれない。
この関わり合いが楽しくて、引っ張ればついてきてくれる彼に気を良くしてからかって、それで調子に乗るな!って頬を引っ張られて。そんな中でも、彼に「気味が悪い」と本気で拒絶されるかもしれないと思うと、早く拒絶して欲しかった。そうすれば私だって諦めることが出来たのに。

『こんのぉぉぉーーーーーーッ!!』

『・・・お前を本気で追い払ったことはないだろ?』

『可愛いとも一緒に居たいとも・・・まぁ、ちょっとは思ってるよ』

はぁ、どうしてそうやって、希望を捨てさせてくれないのかなぁ?

やっぱりさざめ君はイジワルだ。


 = =


「ただいまー」

挨拶はするが、返事は返って来ない。それもその筈、両親は共働きなのでまだ帰ってきていないのだ。恐らくあと1時間もしないうちには帰ってくると思うが、さざめ君の家に遊びには行かない。やることがあるからだ。

自分の部屋に向かうため階段を上り、自分の名前が書いたネームプレートのぶら下がるドアのノブを捻る。年頃の女の子の部屋にしては飾りっ気が無いと言われる、簡素な部屋が視界に広がった。

「―――ふう」

―――部屋に入るなり、私の周囲を投影型ホロモニタが一斉に取り囲む。それぞれに違うデータが同時に表示され、多数の数値やグラフが矢継ぎ早に立ち上がる。彼女の持つ投影型コンピュータユニットによるものだった。その技術力は、明らかに現代コンピュータのそれと一線を画している。

ここからは、さざめ君の知るいりこではなく、もう一人のいりこ。
彼を騙して計画を進めている裏の顔。

「こちら認識№NDX188、いりこ。これより定期報告を行う。各員応答されたし」
『NDX105、準備良し』
『NDX007、準備オーライ!』
『NDX696、もとより』

ホロモニタの中で私の正面にある3つのモニタに、彼女の友達―――学校のではなく、”組織”の友達が映し出される。3人とも女友達で、”向こう”のスクールで男っ気の無い人生を歩んだ人たちである。定期報告とはいっても格式ばったものではなく、議題は単刀直入にざっくりだ。

『それで、例のカレは今日も”神秘術”による操作を受け付けなかったの?』
「うん、やっぱり全然効果なしだよ。催眠による刷り込みもあしらわれちゃった。かといって集団無意識に流されてくれるほど自我の希薄な人じゃない・・・耐性ありすぎ。多分攻撃系の神秘術も減退すると思うな」
『不味いですにぃ・・・もう計画の第一段階はカレの記憶操作を残すのみとなりつつありますにぃ・・・!』
『サクマ様は焦らなくとも良いと言ってますし・・・やはり彼を洗脳するのは諦めて『エレミア』に計画の細部変更を打診しては?彼自身、貴方を疑っているのでしょう?』
「それは・・・そうなんだけど。サクマ様はともかく『エレミア』にわざわざ通信を送るって言うのも・・・ね」

さざめにはいりこの記憶が無い―――当たり前だ。何故なら、彼の見た写真、記録、そして周囲の記憶の全てが、”本当に彼女の作りものだから”だ。証拠などいくら探しても見つからない。こちらの世界の技術力で痕跡を発見することは出来ない。
彼の危惧する「自分だけが正気なのではないか」という予測は、ある意味正しかった。彼の世界認識は大海原を彷徨う漂流者のように孤立しているのだ。

彼女たちは全員が、こことは違う『地球』・・・こことは違う可能性を辿った地球への「移民」の間に生まれた『地球移民2世』の世代。その世界では地球人類は彼女たちの上司にあたる「サクマ」を除いて滅びてしまったため、こちらの世界の尺度では―――『異星人』にあたる。

そう、彼女たちはいわばパラレルワールドからの異邦人、向こう側の地球から「ワールドゲート」と呼ばれる神秘術―――こちらの世界での魔法に当たる―――を使用してこの世界に侵入しているのだ。侵入している人間は彼女を含めて200人おり、この通信に出ている3人は日本国担当のメンバーである。

正体が公になることなど無い。そも、平和な日本に住む住民たちが、「並行世界の異星から来た地球移民の魔法使い」などという突っ込みどころ満載の存在がいるなど思いつきもしないだろう。おまけに平行世界間では数百年の時間軸のずれが存在するためこちらの地球人の尺度で見れば何と彼女たちは未来人でもある。さしものさざめも『全部盛り』だとは思いもよらなかっただろう。

(この事を考えると、何故かさざめ君に別の意味で申し訳ない気持ちになるなぁ・・・きっと本当のこと言っても信じてくれないよね?)

からかってんのか!と叫びながら自分の頬を引っ張るさざめの顔が目に浮かんだいりこは小さくため息を吐いた。
こんな事を大真面目に言ってもさざめは恐らく信じない。いや、こちらの世界の人間の尺度からすると荒唐無稽も甚だし過ぎるのだ。魔法で記憶を操作しました、でさえ信じてもらえるかは微妙だ。読心の神秘術を使えば向こうの心の声を読みながらの説得も出来るのだが、それが出来るならばとっくに洗脳は成功している。

(もう、さざめ君ったら何でそんなにヘンテコな体質なのかなぁ・・・)

延年冴鮫はこちらの世界では普通の体質だが、向こうの常識に照らし合わせると異常体質だ。神秘術の数列(じゅつしき)を解体してしまうのだ。
詳しく話すと長くなるが、その体質に名前を付けるとするならば『先天性神秘拡散症』。術の元となる魔力的存在「神秘」をどんどん拡散させてしまうという術師からしたらとんでもない体質である。地球上にこれと同じ体質の人間が彼を除いて他にいないことは確認済みだ。これが悩みの種なのだ。この体質の所為で計画がストップしている。

彼女たちの計画。それは、彼女たちの星に存在する『星の意志』が、この世界に自身と同じ存在がいる事を知ったことに端を発する。『星の意志』は、名前のままその惑星の意志その物。一度目覚めれば、地球にとって邪魔な存在である人類など一掃してしまえる力を秘め、その影響力は平行世界まで及ぶとされている。
だが本来、星の意志は自然災害以外の形で明確な形を取ることはない。しかし―――この世界では、それが生まれようとしているという。彼女たちの星で、一人の男が『星の意志』を形として定着させたように。故に自立型人類統括補助コンピュータ『エレミア』は地球の実質的指導者であるサクマにミッションプランを提出し、その計画の実行者として彼女たちが送り込まれたのだ。

『もし星の意志が暴れれば、我々の世界にどんな影響が出るか分かりません。元々この世界と我々の地球は、サクマ様という接点が存在し、互いにわずかながら干渉し合っているのです』
『だからとっとと計画を第2段階まで進めて、この星の意志がどう形を為そうとしているか探さにゃならんのですにぃ・・・』
『その為の記憶操作、そして潜入じゃん。まさかこっちの世界にそこまで神秘術に耐性のある人間がいるなんて予想外もいいとこだよねー』
「分かってるよ・・・だから『エレミア』のプランに可能な限り則って、私は『さざめ君の幼馴染』というポジションに収まらなきゃいけない・・・」

というか、向こうで最も高度なコンピュータであり自立意思も持っているエレミアもまた彼女の上司に近い立場にある。エレミアの処理するデータ量は膨大だ。その計算力はいっそのこと予知に近い事までやってのける。そのデータが、いりこはさざめの幼馴染というポジションに収まることが計画上最適である、と弾きだしたのだ。既に彼女を除く199人は術を駆使して所定のポジションへと納まっている。後は彼女がポジションに付けば計画の第2段階は始まるのだ。

今回の計画に彼の体質の事は一切考慮されていなかったことを考えると、彼一人だけという不確定要素の為にもう一度計画全てを練り直さなければいけない可能性がある。それを行うぐらいなら、エレミアはそれこそ「さざめという男を極秘裏に殺害しろ。イレギュラーだ」等と言いかねない。計画における彼の重要度などたかが知れているので、変更の通達を送る際にそれは止めてほしいと伝える事は出来ても、それが計画に反映されるかは分からないのだ。

「で、でも大丈夫だもん!データでは幼馴染というよりさざめ君と親しいというポジションこそ重要ってあったし!」

だが、その心配ももうすぐなくなる。いや、なくさなければならない。幸いにも今回の件で何を考えているか知れないさざめの本音を少しばかり聞くことが出来たのだ。これは貴重な第一歩なのである。少なくとも彼に嫌われてはいないという事実が、いりこの気をよくさせた。

「それに、さざめ君も私の事嫌いじゃないって言って・・・一緒に居たいって言ってくれたし、それに・・・」

いつも人の事をからかってばかりのさざめの真剣な所を見られた。
まるで作り物の記憶の中に設定された、いりこを守る騎士(ナイト)のように。

「護ってもらっちゃったし・・・えへへ♪」
『・・・・・・』
『・・・・・・』
『・・・・・・』
「・・・・・・あ、いや!あと一寸で行けそうだから態々変えるのは嫌なだけで、べべ、別にさざめ君と一緒に居たいから計画変更してないんじゃないんだから!」

その動揺が全てを物語っているんだけど、と3人は達観した目でいりこを見下ろした。元来隠し事が苦手ないりこはさざめと接するときは自分で自分に術をかけて一種のトランス状態になるのだ。まるで本当に昔さざめと一緒にいたように振る舞えるのも、この自身に掛けた神秘術があるが故である。
だが神秘術で記憶と態度を操れたからって、乙女心をコントロールできるわけではない。さざめの前で不安を隠せなかったのもニヤニヤしているのも、彼女の本心であることに間違いはなかった。付け加えると、さざめに直接触られると解けてしまうのでその都度張り直しが必要なのだが、階段からの落下直後は精神的な余裕の無さから解けたままだった。

任務遂行にあたって、別段惚れる必要は無かったのだが・・・一緒にいる内にいつのまにやら建前と本音は綺麗に入れ替わっていたわけだ。正にさざめのいう通り、きっかけは何でも良かったという言葉が全てを物語る。
彼女自身、”いつのまにか”等と曖昧な形で好きになったというのは言い辛いし、幼馴染の設定が消えたらどう接していいのかよく分からない。今までさざめと接してきた彼女の中には、「幼馴染ならこのくらいしても許される」という一種の免罪符があったのだ。失えば彼とのコミュニケーションの基盤が無くなってしまう。それなしに甘えるのは、彼女にとって非常に勇気のいる行動だった。

そのような諸事情あってさざめにはこれからも幼馴染でごり押しする気なのだが、それはさておき。いつのまにやら参加者3名のホロモニターは天井近くまで上昇し、3人が一人を見下す構図が出来上がっていた。彼女たちの心情を馬鹿正直に表現するこのインターフェイスの性能を内心でちょっぴり恨む。皆の目は据わっていた。

『いりこさん・・・貴方って人は・・・』
『いりこちゃん~・・・!』
『ホンット、信じられない・・・』
「う、うう・・・」

3人の目線がじと~っといりこをねめつける。非常に私的な理由で計画を延期させる存在などあり得ない。それも、このひょっとしたらこの星の人類の行く末が決まるかもしれない重大な計画の最中に行なっていい事では―――と皆の糾弾を覚悟したいりこは硬く目をつむる。

『『『先に言ってよ。好きになったんなら仕方ないじゃない・・・』』』

「・・・え?・・・・・・ええーーーーーーーーーーーー!!?」

満場一致で計画変更は見送られる事になり、私の緊張は一体・・・とへなへな崩れ落ちるいりこだった。


これは全く以て余談なのだが、彼女たちの上司にして向こう側の地球の最高責任者であるサクマという男は「愛・セイブ・フューチャー」と真顔で言える程度には愛の力を信じている男だったりする。つまり、愛は勝つ。向こうの地球人の認識は大体そんな感じである。


 = =


いりこが3人の仲間から理解を得ていたその頃、さざめは自室で悩んでいた。

「ちょっと、失敗だったか?これじゃ向こう側が俺の幼馴染というポジションを俺の認識の中で確立させる手伝いをしてしまったかもしれん」

自室のベッドに寝転がり寝返りを打つ。

「いやしかし、おれはいりこという人格を嫌っている訳ではなくて、向こうが何かを隠している態度が気に入らないのであって、あいつ自身を拒絶するのは違うか」

更に寝返りを打つ。敷いてあった毛布がずれて床に落ちたが気にしない。

「・・・待てよ。まだ俺が正気でない可能性といりこが異質である可能性が排除しきれていない。情報収集の為にいりこに近寄るべきか?それとももう数か月ほど向こうの出方を見極めるべきか?」

思考が加速するにつれてさざめの寝返りも加速していく。その速度は既にごろごろの域を超えてローリングに届こうとしていた。

「そういえばあいつ人の事を好きとかなんとか言ってたが、この関係はどこまで続くんだ?俺が真実を解き明かしても続くのか?それとも解き明かされたら終わるのか?」

ローリングがぴたりと止まる。

「・・・・・・様子見しよう。別にあいつがどこかに行くのは怖くないが、後味の悪い別れ方ってのは嫌だからな。事情があるかもしれないし、やられっぱなしで終わられても悔しいし」

居なくなって欲しくない、とは口が裂けても言わないのに自分への言い訳は幾らでも出てくる面倒くさいタイプの男。それが冴鮫という男だった。



(はぁ、幼馴染は嘘でしたって素直に言えない私の馬鹿ぁ・・・)

(はぁ、言い訳してないと女の子一人とも向き合えない己の情けなさよ・・・)



こうして、ちょっとばかり他人より偶然の重なりやすい少年の延年冴鮫(のぶとしさざめ)と、パラレル世界異星人魔術師エージェント田楽入子(でんがくいりこ)の―――世界と種族の枠を超え、そこはかとなく人類の存亡をかけたっぽい物語は、千日手という形でこれからも続く。・・・多分。 
 

 
後書き
オリジナルの話なんか書く能力ないんで、オチは最初からこれで考えてました。なんか真面目っぽい振りしてごめんなさい。一応ギリギリまで細かいところを調整したんですが、読者さんの暇つぶしになったら幸いです。

二次創作以外の小説って、思えば今まで殆ど書いてこなかったなと思って2,3日で書き上げました。内容荒いわ名ありキャラクターが5人しか出ないわでいろいろとアレですけど、例え出来が悪くとも経験は無駄にはならないので。続くとか書いてるけど内容が一発ネタなので、多分続きはありません、どうしてもという方は各自妄想で補ってください。

なお、いりこたちの設定は、未だ続きを書いていない小説の設定の一部を再利用。星の意志とかなんとかは多分ここの短編で明かされることはないと思います。それでは、ごきげんよう。 
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