ロウきゅーぶ ~Shiny-Frappe・真夏に咲く大輪の花~
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Ten・Till The Day Can See Again
「お、すばるんじゃないか」
「真帆……意外だな」
町の中心にそびえ立ちその加護により町中を守護する神の社。慣れない浴衣にパカパカ音のする下駄を履きならし、暗闇を裂くほどに急いでこの待ち合わせの場所に来てみれば、そこに待ち受けていたのは我らが名コーチ、長谷川昴。男用の浴衣を粋に着こなし、爽やかな汗が髪を濡らしていた。
今日はこの神社一帯を中心に行われる慧心の祭りの日。硯谷のメンバーも誘ったが、彼女らはそちらの祭りに参加しており来られないとのことだった。
少し遅れての到着だったのだが、目を丸くして驚いているすばるん。何というか、これは怒るべきところなのだろうか。
「意外ってなんだよ、私がもっと遅れると思ったってことか?」
「いやいや……真帆が待ち合わせの10分も前に来るなんて、柄じゃないなと思って」
10分前っ!? と驚くと同時に携帯を見る。メールに記されていた時間はやはり18:45(ちなみにこれを回したのは几帳面なサキである。6;45はもう昼の時点では遙か過去だっての)だった。
「もしかしてすばるん、七時集合って言われてた?」
「ん、違うのか? だから15分前に着くように来たんだけど」
これはどういうことなのか。考えられるのは自分にだけ早い時間を伝えてたのか……うん、それだろうな。何か私が遅れること前提で話が進んでたのがむかつくけど。
日が落ちて間もない丘に涼しい風が吹く。ほのかトウモロコシの香ばしい香りと綿菓子の甘ったるい匂いが共に駆け抜け、祭りの中であることを強く印象づけられる。
「そっか、じゃあ七時まで暇だな~」
「ははっ、そうだな……真帆」
「んっ?」
「その……浴衣、似合ってる」
少し恥ずかしそうに言うすばるんが何だか不自然で、気恥ずかしさよりも先に笑みがこぼれる。
「んだよ、今更恥ずかしがるなっての。あの頃は自覚なしにあおいっちやナツヒが唖然とする言葉吐きまくってたくせに」
「い、いやあれは無自覚だからであって……何というか、その……」
「ま、それくらい私が可愛く魅力的になったということで」
「それは無いな」
「即答かよっ!!?」
キリッ、と言う擬音がもっともしっくり来る程のドヤ顔に、オトナゲなく詰め寄ってしまう。結構詰め寄って……途中で止めた。
「そういやすばるんってさぁ……」
「ん、どした?」
「絶対的ロリコンなのか? それとも相対的なロリコンなのか?」
「ちょっと待て、ロリコン前提で話が進んでないか?」
「だってそうだろうよ。ナツヒが常日頃から言ってたぞその辺。ただまあ、さっきのリアクションからして……さてはすばるん、絶対的ロリコンだな!!?」
「だから違うって!!!」
必死に弁明するすばるんが妙に可愛らしい。だからみーたんはあんなにも執拗にすばるんを虐げるんだな~……
「……なあ、すばるん」
「ん、どうした?」
「あの時さ……小学生と高校生ってすっごい遠く感じたんだ。だけど……4歳差って、こんなにも近い」
「……考えたこともなかったけど、そうだな」
別に特別すばるんが幼いのでもないし、私が急速に大人になったのでも無い。ただ同じ時を刻んだだけ。
結局社会の枠に縛られて勝手に距離を作っていただけだったけれど、そんな物は今となっては些細なこと。別にすばるんをロリコンだの何だのと批判するつもりはさらさら無いし、世間もそのような目で見ることはないだろう。
今は先生と教え子が結婚する時代だしな~……と、話が逸れた。
「すばるん、アメリカ行ってどうだった?」
「いや、もう全然。ステータス的にはまるで歯が立たないし、試合の組み立て方とかも俺が知らない引き出しをたくさんみんな持っててさ。改めて自分の未熟さを思い知らされたよ」
「彼女とか出来た?」
「そう言うの、スゴくガキっぽい質問な気がするんだが……」
「バカだな~すばるん、ちゃんと統計も出てんだぜ。『知人の恋愛事情に敏感な女性100人に聞きました、かつての男友達に彼女が出来てるか気になる?』の質問にはほぼ100%の回答率で気になるってのg」
「ただの出来レースじゃねぇか!!!」
にゃはは、とみーたんぽく笑う(すばるんが青ざめて拒否反応を示したのを見逃さなかった、いつもお疲れ様です)と、山の頂より荘厳な鐘の音が鳴り響いた。七時か……みんな遅いな、サキなんかはとっくに来てそうなもんだけど。
「にしても遅いな……っと、ごめんめっちゃ電話来てた」
「あ、私もだ」
これは非常にまずい。二人の代表としてすばるんがサキに電話をかけてくれた。
「あ、もしもしサキ? ごめんっ着信気付かなくて……」
『いえ、少し予定に変更がありまして……マホもそちらですか?』
「ああ、うん……俺達はどうすればいい?」
『長谷川さんのお母さんが営業してる屋台にみんな居ますので、そこに来ていただけますか?』
「わかった、場所もだいたいわかってるし……すぐいく」
会話の内容を傍から聞いていた私は、すばるんが色々回りくどく説明する前に『さっさと行こうぜ』で切り捨て、草を刈り込んだだけのあぜ道を歩いていく。
下駄の音がかっぽかっぽと響き小気味良く、独特のリズムに歩くのも楽しくなる。
「……あんまり聞きたくないけどさ、いつ頃アメリカに帰るんだ?」
「……ごめん、明日の朝に飛行機で帰らなきゃいけないんだ」
「そっか……忙しいんだな、日本代表は」
「まあ俺はまだまだ下っ端だからな、色々やらないといけないことも多くて」
「まあいいさ……また、ちゃんと戻ってきてくれるなら。私はいつまでも待ってるよ」
今回は自然と言えた。淋しさは以前よりも大きいが、それよりも次また会える喜びを考えて妥協することにしたのだ。
「……またみんなに言うよ。もう、黙っていなくなるのは悪いから」
「……っと、ついたみたいだぜ」
「あっ、兄ぃ達だ。兄ぃ~っ!!!」
「気分はどうだお兄ちゃん? まああいつはあいつでナツヒの彼女に身を堕としたがな」
「気分も何もあるかよ……葵、これはそのあの……」
「今更知ったこっちゃ無いわよ」
「……ぬう」
むすくれるあおいっちに最大限の配慮をし(すばるんも罪な男よ)、二人はみんなの元へ寄っていく。
そこにはいつものバスケメンバーと前述の通りあおいっちと、みーたん。すばるんの母親の七夕さん(流石に『なゆっち』とは呼びづらい)、そして……うげぇ羽多野先生だよ何で来やがった。
ちなみにみんなの中心にあったのはあったのは特大の……パフェ、か?
「あっ、昴君に真帆ちゃん。遅かったわね~」
「おうおう、これは何だい一体全体?」
「マホ、落ち着きなさい。私達の為に七夕さんが作ってくれたフラッペ、私達全員を表してるんだってさ」
サキが説明してくれた。確かに、パフェの器に贅沢に盛られたフラッペは色とりどりの細工がされていた。
「そう、底の地盤を固めるのはブルーハワイのかき氷、これは常に広い視野で私らを根本から支える『氷の絶対女王政』(アイス・エイジ)、永塚紗季よっ」
「その上はボクが作った。桃のゼリーに食紅を少し混ぜて、見た目も味も桃色と言うわけだ」
「桃色の甘美な誘惑、『無垢なる魔性』(イノセント・チャーム)、袴田ひなたっ!!!」
「先生」
「どうしたのマホちゃんっ!?」
「うっせぇ」
「……はい」
先生を冷淡に黙らせると、また皿の上に視線を移す。
「えへへ、『七色彩蕾』(プリズマティックバド)の名にふさわしい、極彩色のゼリーを散りばめてみました」
「アイリーン、先生のノリに無理に合わせること無いぞ?」
「べっ、別に羽多野先生は関係ないもん!!」
「それで……次は私だよ」
『雨上がりに咲く花(シャイニー・ギフト)』、誰が呼んだかその二つ名(注:羽多野先生に決まってるけど)、その名に相応しい完熟パインの輝くステージ。あまりの熟具合に果汁が弾けんばかりにキラキラと輝いている。
すげぇ……私が目をキラキラさせながらその造形物に目を奪われていると、右手にひんやりとした感覚が。視線を移すと、その手には半分に切られた、真っ赤に熟したグレープフルーツが。
「これ、『打ち上げ花火』(ファイアーワークス)だよ。マホっ」
「もっかん……うん、ありがとなっ!!!」
「そして……ほら、お前の分だロリコン」
「ミホ姉……ああ、任せろ」
すばるんは袋に入った物をフラッペにぱらぱらとふりかけていく。色とりどりのカラースプレー、それは夜天の空からこぼれ落ちた星くずの欠片達のようだ。
「いつだって君は、あの子達をいつも輝かせてくれた……そんな貴方に、『輝ける壱番星』(トゥインクルスター)の称号を送らせてもらうわ」
「先生……みんな……」
何の誇張もない。私達全員が集まって一つの作品でチームなんだ。
「どうしたんだ、こんな所に呼び出して」
時間は九時前。神社の御前に私はすばるんを呼び出した。
「用があったんならさっきでも……」
「いや、ほらあれじゃん。さっきはいつ他の奴らが来るか分からなかったし。何つーの、何か勢い任せでって言うかさ……」
う~ん、客観的に自分を見たら相当滑稽に違いない。無理してる、ダイブン。
顔から火が噴きだしてもおかしくないし、逆に青ざめて昇天するのも致し方無いことだ。
それでも、自分のけじめだ。別にこれで何が変わるわけでもない。
「また、この町を離れて、私らなんかが想像もつかないような辛い思いをいっぱいして、それでも大好きなバスケに打ち込んで、いつかそのプレーを観てくれるみんなを幸せにするんだろ? だからさ……言わせてよ」
「すばるん、大好きだよ」
言えた。客観的に見ても全然問題ないはずだ、練習した饒舌な台詞がちゃんと出せたかな……
私はすばるんに背を向け、あははと乾いた笑いを漏らす。
「わざわざ呼び出してごめんな、でも次言えるのはいつか分かんないし。ああでも別にそんな深く考えなくても良いからさ、別にそんなんじゃ……」
「真帆」
何だよすばるん、行かせてくれよ。別に大した話、じゃ……
振り返った瞬間、私の視界は遮られ優しい温もりに包まれた。
「すぐ戻ってくるから……絶対に、もう悲しませたりしないから」
「だっ、だからいってんじゃん! そんな意味でいっだんじゃ、な゛いっで……んぅっ、んぐっ……」
大人になりたかった。子供の自分が嫌だった。だから必死で強くなろうとしていたんだ。
だけど、彼の前でなら。
少しの間、子供の自分を愛せる気がしたんだ。
「うぅううぅうあぁああぁぁぁああああぁああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
笑顔で送り出そうと思っていたけど、全部台無しだ。でもまあ良いか。
泣くだけ泣いてすっきりさせると、居直り強盗のように身を引き歯をにまっと見せる。
「べっ、別に悲しくなんかないんだからねっ!!!!」
「あーはいはい、分かりましたとも」
「信じてない、信じてないよこの人はっ。……頑張って来いよ、いつだって待ってるから。んで、活躍の噂をこの町まで届かせてくれ」
「……任せろ」
ヒューーーー……………パァァアアン!!!
花火だ。祭りの最大の目玉にしてその終演を告げる華やかで儚い、黒いキャンバスを飾る大輪の花。
あの花のように、私も咲き誇れるかな……
「出来るさ」
「……っと、口に出してた?」
「どうせ、あの花みたいに、とか思ってたんだろ。『打ち上げ花火』(ファイアーワークス)、三沢真帆」
「……うっせえ」
やられっぱなしは癪なので、私は切れ味鋭いスティールを決めるがごとく入り込み、少しばかり背伸びをして……
……………
「いただきっ!!」
「ちょ、おまえな……」
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