IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―
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第四十話 騒がしき日々
「西園寺、ちょっと来い」
レゾナンスで買い物をした翌日。
あと数日で臨海学校ということもあり、浮ついた雰囲気ではあったけれど授業も無事終わった。そして放課後になり、生徒会へと顔を出そうと支度をしていると何故か教室に千冬さんがきており、そのまま僕は彼女に呼び出された。
「はい、なんでしょう」
正直呼び出される理由は……あぁ、たくさんある気はするけど今更だし、予想できない。でも、なんとなく不機嫌そうなオーラを出しているから行きたくないなぁ。
とはいえ拒否する権利など最初からないので、素直に千冬さんのもとに行く。
いつも通りどこかの部屋で話すのかと思ったら、千冬さんは教室を出てすぐのところで僕に向き合った。ということは、紫苑ではなく紫音に対して用があるということだろう。ますますもって、僕には理由がわからなくなった。
「あの?」
「お前は……お前はラウラに何を吹き込んだ?」
「……はい?」
全く意味がわからなかった。
しかしその声はやや震えており、恐る恐る顔を見上げてみると引き攣った笑顔がそこにあった。でも、明らかにその目は笑っていない……って怖っ!
「あ、あのちふ……織斑先生? な、何のことだか私にはさっぱりわからないんですが」
「では誰が……!」
「千冬お姉様に……紫音お姉様!」
……は? どういうこと? というか誰?
そう思い、声のする方を見るとそこには何故かボーデヴィッヒさんがいた。
「えぇい、ラウラ! 私はお前の姉ではないと何度言えば!」
このとき、僕は全てを悟った。
彼女が元凶だ、と。
どういう経緯かは分からないけど、千冬さん……と何故か僕のことをお姉様と呼んでいる。まぁ、悲しいかな僕は呼ばれ慣れてきてしまったからショックはそれほどでもないけど、千冬さんは相当慌てているな。普段学内ではボーデヴィッヒって呼ぶのにラウラになってるし。
とはいえ、千冬さんのことをお姉様呼ばわりしている人は実は結構な数がいたと思うよ? ただ面と向かって言う勇気のある人がいなかっただけで。その捌け口が僕にきてるんだけどね! あれ、そう考えると目の前の状況はちょっとおもしろ……ごめんなさい、そんな睨まないでください、今助け船を出しますから!
「ボ、ボーデヴィッヒさん? どうしてここに? それにその呼び方は……」
「そんな、他人行儀ではないか。私のことはラウラと呼んでくれ!」
「えっと、あの、ボーデヴィッヒさん?」
「ラウラだ」
だ、だめだ。なんか少しだけデジャヴを感じる。あ、本音さんのときか。きっとこの子も名前で呼ぶまで反応してくれない気がする、もう仕方ないか。
「……ラウラさん?」
「なんだ? 紫音お姉様」
ボーデヴィッヒさん……もといラウラさんは、口調は普段通りぶっきらぼうではあるものの、僕に名前を呼ばれた途端に目を輝かせた。それはもう、尻尾があったらブンブン振り回しているくらいの勢いだ。
な、なんかちょっと可愛い……じゃなくて! いや、ホント何があったの!?
確かに誤解がなくなって多少は仲良くなれた気はしたけどこの豹変ぶりはちょっとおかしい。それにこの様子だと千冬さんへの態度も変化しているみたいだし。
「あの、なぜ私や織斑先生をお姉様と呼ぶのですか?」
「む? セシリアが言っていたぞ。自分が認めた女に対しては敬意を払ってお姉様と呼ぶのだと。それに日本に詳しい部下にも確認したから間違いないはずだが」
オルコットさぁん! そしてその自称日本に詳しい部下さん、何吹き込んだの!?
そういえば昨日、彼女に連行された後に少し様子が変だった。それでも一緒にいる間は特に何もなかったから気にしないことにしたのに。ってことはトドメさしたのはその部下さんだよね、はぁ。
「で、できればお姉様と言うのはやめていただきたいのですが?」
「なぜだ? セシリアも呼んでいるではないか」
ぐ、それを言われると厳しい。正直、勢いで押し切られて許してしまったのを後悔している。クラスの子たちならともかく、オルコットさんはいたるところで僕のことをそう呼ぶから学園全体に認知されつつあるし。
だからもう今更な気もするし、だんだん悲しげな顔になるラウラさんを見ていると別にいいかな、と思ってきてしまうんだけど……すぐ近くから感じる殺気が許してくれないんだよね。
僕が折れてしまえば、必然的に千冬さんもそう呼ばれるようになるだろう。つまり、この僕に向けられた殺気は絶対にそれを阻止しろという圧力、というかもう脅迫だよね、これ。
「ちょっと誤解がありますよ、ラウラさん。確かに敬意を払うために姉と呼ぶこともあるのかもしれませんが、それでは一方的ではないですか。私も、あの模擬戦で自分を乗り越えたラウラさんのことを認めているんですよ。ですから、お互い名前を呼び合うことにしましょう?」
なんかちょっと無理矢理な気がするけど、納得するかな?
「わ、私のことを認めてくれるのか……?」
ん、思いのほか好感触だ。
もしかして、あまり人に評価されることが無かったのかな……以前の僕みたいに。なんだかそれを利用するのは気が引けるけど、彼女のことを少なからず認めているのは本当のことだ。
「えぇ、もちろん。それは織斑先生も同じはずですよ?」
「ほ、本当ですか!?」
僕の言葉に、凄まじい勢いで千冬さんの方を向くラウラさん。あまりの剣幕に少し千冬さんも引いている。
「あ、あぁ。そ、そうだな、まだまだ未熟ではあるが、な」
僕の意図を読み取ってくれたのか、千冬さんも僕に賛同する。若干棒読みなのは気になるけど。というかこれだけ余裕がない千冬さんも珍しいな。
「ち、千冬お姉様……」
千冬さんの言葉に感動している様子のラウラさんだけど、今の一言でまた千冬さんの機嫌が急降下したよ!?
「織斑先生だ」
「で、では千冬さ」
「織斑先生……だ」
「ヤ、ヤヴォール!」
おぉ、まるで見本のようなキレイな敬礼だ。
あの状態のラウラさんを軍人に戻すとはさすが千冬さん。
「では、私も……そうですね。紫音とお呼びください」
僕も便乗して今まで通り、『西園寺』と呼んでもらおうとしたら先読みしたのか物凄く悲しい顔をされたので仕方なく『紫音』で妥協する。
やっぱり『紫音』と呼ばれるのは今でもあまりいい気はしないんだけどね……まぁ、それこそ今更か。
「むぅ、わかった……紫音」
完全に納得しているわけではないようだけれど、なんとかお姉様呼ばわりされるのは避けられたようだ。
「……ずるい」
「え?」
一仕事終えてホッとしていると、急に背後から声がした。
ラウラさんのことで周囲に全く気をまわしていなかった僕は、急に現れた誰かに驚き慌てて振り返ると、そこには頬を膨らませた簪さんがいた。
どうやら教室を出てすぐの廊下で話をしていたため、帰るために同じく出てきた簪さんが通りがかったようだ。でも、ちょっと不機嫌な理由と何がずるいのかよくわからない。
「か、簪さん?」
「私だって、西園寺さんのことを名前で呼びたいのに」
確かにそうだった。僕のわがままもあって、彼女には名前で呼んでもらうのは遠慮してもらっていたけれど、こうなると彼女だけ拒否するのはおかしい、どころか傷つけてしまうんじゃないだろうか。
それに、最近わかってきたことがある。
確かに僕は『紫音』じゃないし、その名前を呼ばれるのは抵抗があるけれどみんなが見てくれているのは僕自身なんだ。
演技をしていて完全な『紫苑』ではないのかもしれないけど、それを通して僕を見てくれている人がここにはいる。
デュノアさんや楯無さんを見て、僕はそう思えるようになってきた。
だから、もう変に拘るのはやめよう。
「ごめんなさい」
「……あ」
僕の都合を押し付けてしまっていた簪さんに対して、自然と謝罪の言葉が漏れた。
それを、彼女は拒絶と勘違いしたのか悲しそうな顔になる。
「あ、そうではなくて……これからは簪さんも私のことは紫音と呼んでくれますか?」
「はい……はい、紫音さん!」
そう言いながら嬉しそうに微笑む簪さんは、とても眩しく見えた。
まだ少し罪悪感は残るけど、彼女の笑顔を見て少しだけ許された気がする。
何はともあれ、一時はどうなるかと思ったけれどようやく一段落……そう思った矢先。
「お姉様!」
今度はなに……! そう思って声の方を見ると、何故か少し俯いてプルプル震えているオルコットさんがいた。
「オ、オルコットさん?」
「なぜ……なぜわたくしはファーストネームで呼んで下さらないのですか!? わたくしは……わたくしはまだお姉様に認めていただけてはいないということですか!?」
あぁもう、なんかいろいろと面倒になってきたよ! っていうか、何でここにいるんだろう。しかもこの様子じゃラウラさんとの会話を確実に聞いていたよね、この子!? もしかして、いつも僕の後ろをこっそりついてきていたりしないよね?
「い、いえ。そんなことはないのですが呼び方を変える機会がなく……」
「でしたら、今がその機会です! さぁ、セシリアとお呼び下さい!」
よくわからないけど興奮しすぎだよ……ちょっと心配になる。大丈夫なのだろうか、この子は。
「で、でしたら私のことも名前で呼んでいただきたいのですが」
「そんな、お姉様のお名前を直接お呼びするなんて恐れ多いですわ!」
えー。彼女の中で僕ってどんな存在になっているんだろう。聞きたいけどちょっと怖くて聞けない。
「はぁ……わかりました。セシリアさん。私の呼び方はそのまま構いませんよ……」
正直、どうでもよくなってきた。というか、今まで悩んでいたのが馬鹿らしくなってきたというか。僕は余計なことに気を使って自分で壁を作っていたのかな。
「まて、それならやはり私も紫音お姉様と……」
「……紫音お姉ちゃん?」
いやちょっと!? ラウラさんはさっき渋々とはいえ一応は納得したんじゃなかったの!? それになんで簪さんまで便乗して……しかもちょっと嬉しそうなの? その笑顔で楯無さんにお姉ちゃんって言ってあげればすぐ仲直りできるよ!
あぁもう、千冬さん助けて……っていないし!? 僕に押し付けて逃げたな!
その後、なんとかラウラさんと簪さんをなんとか説得して名前で呼んでもらうに留まった。セシリアさんはまぁ、無理だったけど。
そういえば、織斑君は授業の中で行われた模擬戦でラウラさんにボロボロにされたらしい。なんでも私の弟になるからには、とかどうとか……僕のせいじゃないよね?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「う・み・だー!」
トンネルを抜け、車窓に綺麗な海が見えるようになると周りのクラスメイトのテンションが一気に振り切れた。気持ちは分かる……僕もガラにもなくちょっと気持ちが弾んできた。もっとも、水着のことを考えるとすぐにそれも萎えるんだけど。
ふと隣の席を見ると、簪さんもチラチラ窓の外に目をやっている。心なしかソワソワしているようにも見えるので、なんだかんだで彼女も楽しみにしているのかもしれない。
結局先日のラウラさんの騒動は、落ち着いてみれば簪さん達との距離も縮まったようで得るものは多かった。もっともそれ以上に精神的に疲れたんだけど。
簪さんはあれから表情が明るくなった気がする……裏を返せば今までが僕のせいでもあったということだけど。ともかく、今までより積極的に話をするようになったし、そのおかげでクラスメイトとの仲も改善されてきている。何故か、楯無さんとはまだ上手く話せないみたいだけど……二人ともいい加減素直になればいいのにね。
クラスメイトの喧噪は冷めぬまま、ようやくバスが旅館へとたどり着いた。
大人の雰囲気あふれる女将へと全員で挨拶したあと、一旦それぞれの部屋へと荷物を置きに行く。このとき初めて、部屋割を知らされる。今まで何も言われていなかったからてっきり寮での組み合わせと一緒なのかと思っていたけれど違うようだ。
……あれ? 僕の部屋がないんだけど。
配られた部屋割を見て、クラスメイトは荷物を持って旅館へと入っていく。でも、その部屋割に僕の名前は見つからなかった。
「あぁ、西園寺。お前はこっちだ」
「織斑先生?」
困っている僕に声をかけてきたのは、自分のクラスの担任ではなくなぜか1組の担任である千冬さんだった。困惑しつつも彼女について行くと、クラスメイト達の部屋とは少し離れた場所にある一室にたどり着く。
「教員室?」
そこには、『教員室』と書かれた紙がドアに貼り付けられている。よく見ると、周辺の数部屋にも同じように紙が貼られている。
「あぁ、お前は私と同室だ」
「……えぇ!?」
いや、確かに女子と同室なのは問題だとおもうけど寮のこともあるし今更じゃ……でもまぁ、せっかくの海だし避けられるなら避けた方がゆっくりできると思うけど。だったら個室にしてほしかったなぁ、千冬さんと一緒じゃ別の意味で気が休まらないような。
「……いろいろ言いたいことはあるがとにかく入れ」
考えていることが読まれたのかちょっと怒気を含ませながら千冬さんが僕に部屋へ入るように促す。
「は、はい」
どちらにしろ、拒否権はないので大人しく入る。とりあえず荷物を置き、室内を見渡してみると二人部屋としては広々としており、外の海も一望できるかなりいい部屋だった。
「さて、予想はついているとは思うがお前を女子と同室にするのは問題があるからな」
千冬さんも僕に続いて入ってきて、すぐにそう切り出した。
彼女がこういう話を出すということは、僕も素で話しても大丈夫ということ。
「できれば個室がよかったんだけど?」
「あぁ、そうする予定だったんだがな。デュノアの件があって部屋が足りなくなった」
「デュノアさん?」
「……さすがに一夏と同室にする訳にはいかんだろう。寮ならともかくこういう場では気が大きくなって間違いが起きないとも限らん。だからお前用の部屋をデュノアへとまわした。一夏とデュノアは教員用のエリアにそれぞれ個室を割り当てている。一般生徒の部屋の近くだとどうなるか目に見えているからな」
なるほど。ならそれも仕方ない……のかな? いや、それなら織斑君と千冬さんが同室になればいいんじゃ。
「わざわざ一夏を私と同室にして、お前を個室にする理由が弱くてな。一応今回お前は臨海学校の間は教員の手伝いをするという名目になっている。そのためには教員と同室のほうがいいだろう、とそういうことにした。まぁ、それなら本来4組の担任であるミュラー先生と同室になるのが筋だろうが、それだとお前の貞操が危ないと言ったら全員納得した」
なるほど……って、ミュラー先生どういうことですか。たまに変な目で見られている気はしていたけど実は僕の貞操の危機だったの!?
「はぁ……とりあえずありがとう? でいいのかな。でも僕と同室でよかったの? 一応僕も……ねぇ」
「くく、お前が私をどうこうできるとでも? まぁ、本当に私を組み伏せられたら好きにして構わんぞ?」
「な……! もう、からかわないでよ!」
「ふ、どちらにしろこの部屋にいるときは多少気楽にいろ。いくら慣れたとはいえ寮では気も休まらんだろう」
千冬さんなりに気を遣ってくれたのかな。
なんか男扱いされていないのが気になるけど。いや、最近僕自身ですら自分のことを男扱いできなくなってきているんだけどね……。
それが嬉しくも、先ほどの発言もあり気恥ずかしくなった僕は千冬さんから視線を外した……ところで部屋に違和感があることに気付いた。
「……どうした?」
僕の様子に訝しげに声をかけてくる千冬さん。それには答えず、僕は必死にその違和感の正体を探る。
それでも、明確な回答は得られない。僕はただ自分の勘に従って虚空へと手を伸ばし……たところで何か柔らかいものが手に当たった。
「あんっ」
「!?」
「誰だ!」
いきなり、女性の声のようなものが室内に響き渡る。
すぐに僕と千冬さんが警戒する。僕らにとって致命的な単語は避けつつ会話していたとはいえ、聞かれてはまずいことに違いはない。思わず、手に力が入る……いまだ触れている柔らかいものを掴みながら。
「あぅ、しーちゃん久しぶりに会ったと思ったら積極的だね……」
この声は……というか僕をこう呼ぶってことは。
「束さん!?」
「はろはろ~、お久しぶりだね。ちーちゃんも!」
「た、束か?」
姿は見えない。けれど、その声は確実に僕の正面から聞こえてくる。
「あ、ごめんごめん。ステルス切り忘れてたよ。え~と、ほいっ」
気の抜けた声とともに、突如として僕の目の前に束さんが現れた。いや、その言い方は正確じゃないかもしれない。彼女の言うことを信じるなら、ずっとそこにいた上で姿が見えなかったんだろう。
「てへ、新開発のステルススーツの実験がてら、驚かそうと思って。どう? どう? 驚いた?」
なんて非常識な……というか僕と千冬さんに気配すら悟らせないとかどれだけ高性能なんだ……。
「ところで、しーちゃん。束さんとしては吝かじゃないんだけど、まだお昼だよ?」
「……へ?」
ちょっと顔を赤らめた束さんが、視線を落としながらそう切り出した。何のことかとその視線を追うと、そこには束さんの豊満な胸を鷲づかみにしている僕の手があった。
「わぁ! ごごご、ごめんなさい!」
あ、あの柔らかい感触は束さんの胸だったのか……!?
「別にいいよ~、でも続きは夜にね」
いや、夜ならいいって訳でもないと思うけど!?
「あれ? ちーちゃん? せっかくの感動の再会だと思ったんだけどずっと黙ってどうしたの……って、なんでちーちゃんは無言で束さんの頭を掴んでいるのかな? あれ? ちーちゃん? いたたたっ!?」
「お前という奴は、そうやっていつもいつも人を振り回しおって! お前の行動に関しては何を言っても聞かんのは理解しているが、せめて来るなら来るで事前に連絡の一つぐらいできんのか! そもそも教師の前で不純異性交遊か? お前から昼がだめだとか比較的常識的な言葉が出たことは驚きだが、そもそもがおかしいだろう!」
「いたっ、ちーちゃん、何怒ってるの!? 私としーちゃんが仲いいから? もう、ちーちゃんもいい加減彼氏の一人くらいあいたたた! 出る、なんか飛び出ちゃう!?」
なんだろう、この状況……。
結局、二人が落ち着いて話ができる状態になったのはそれから10分ほど経ってからだった。
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