やはりぼっちが商人でSAOを生き残るのはまちがっている。
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彼と彼女の朝は早い。
前書き
息抜きの筈が割としっかりした分量に……
商人の朝は早い。
特に最前線で戦う"攻略組"相手に商売する場合、それは顕著だ。
朝早くーー日が登り始めた頃に起き出し、フィールドに出て素材集めに勤しむ。それをある程度続け、攻略組の起き出す頃には街に戻る。
そこからは、攻略に乗り出すため準備を始める彼らに手に入れた品を売りつける。ここまでは大多数の商人(と言っても極少数であるが)が全く同様の動きをすると言っていい。
よってここでの売り上げはどこの商人もさして変わらない。
ウチは小町が売り子をしてくれるお陰で他よりも少し客の入りが良いが。女性プレイヤーの少ないSAOで、さらに容姿も良いとなると相当に貴重なのである。
まあ、それは特殊な例であり、本来なら売り上げに差がつくのはここからだ。
すなわち、攻略組の出払った後の過ごし方である。
最前線の一歩手前、中盤くらいのフィールドで素材の収集を行う者もいれば、街にこもって外部からの助けを待つプレイヤー達相手に商売する者もいる。
商人でありながら攻略にも参加するプレイヤーがいるという話も聞いたことが有るが、それはまあイレギュラー中のイレギュラーだ。<ストレージ拡張>などの商売必須スキルにスキルスロットが圧迫される商人は、本来戦闘には向かない。
その中で俺たちが選択したのは行商だ。
何の捻りも無く、適当にそこらのプレイヤーに声を掛けるアレである。
生き残ることが第一である以上、特別な事はいらない。売り上げにこだわる必要も無い。
素材集めの際にモンスターとの戦闘が必要になるのは予想外ではあったが、基本的にはそこそこの業績を上げる堅実な商人なのだ、俺たちは。
まあ、そんな俺たちにも商人としての"売り"はある。
まず一つが小町。
持ち前のあざとさと人当たりの良さを活かして名物売り子として活躍している。
小町目当ての客層も結構いるので、金にある程度余裕のある攻略組を相手にする場合、少し高めの値段をふっかけても売れる場合が多い。
でも、売り上げが伸びれば伸びるほど、お兄ちゃんとしては妹の事が心配になるのです。
で、もう一つ。
これは、街にこもったりして金の無いプレイヤーに有効なのだがーー
「サリドの実なら、五個で260コルですねー。どうしますかー?」
三歩離れたところから、すっかり商談にも慣れた様子の小町を見守る。
相手の男は初期の服、シャツとズボンだけを身に纏っている。おそらく、武器も防具も生活のために売り払ってしまったのだろう。260コルとは、そのことも勘定に入れた、割と良心的な値段である。
「じょ、情報払いで頼む……」
「はい、良いですよー。ではでは、どんな情報を?」
そう、情報とアイテムとの交換である。
これは鼠と呼ばれる情報屋に習った手法なのだが、生き残る上で情報ほど大事なものはないというのは確かに言えることだ。
現に、過去の間違った情報を過信したβテスター達の死亡率は、一般プレイヤーのそれよりも高い。
だから、より多くの情報を得、多角的な視点から正しい情報を判断する。そのためのサービスだ。
「じゃ、じゃあ……"始まりの街"に生えている、食べられる実のなる木の位置で……」
「……お兄ちゃん、持ってたっけ? それ」
んー? と小町がこちらに目を向けてくる。ふむ……
「……かれこれ三人から聞いてるぞ、それ。ちょっとくらい覚えとけ」
「いやーごめんごめん。でも、どうせお兄ちゃんが覚えててくれてるでしょ?」
小町は悪びれもせずそう言うと、男の方へ向き直る。
「……すいません、その情報は充分に持っちゃってるんですよー。他の情報か、260コルでお願いできますか?」
「じゃあ…………」
男が口を開く。
「いやー、まさかヨーグルトクリームのクエストなんて情報が手に入るとはねー」
小町と連れ添い、草原のフィールドをあるく。向かう先はとっている宿のある街。
未だ日は高い位置にあるが、攻略組が街に帰ってくるタイミングに街にいるためにはこのくらいでちょうど良い。
「でも、フレンジーボアの毛皮を3つもおまけして良かったの?」
「良いんだよ。だってお前、食材だぞ? それもヨーグルトクリームなんて割とまともな部類の。美味いもんの少ないSAOじゃ相当高値で売れんだろ。情報も、現物も」
「あ、そっか」
林の近くを通りかかった時だった。
「…………ん? ……小町」
少しだけ上げている<索敵>スキルが反応し、俺は小町に注意を促す。
次の瞬間、木々の影から5人の男たちが飛び出してきて、俺たちを囲む。
「へへへ……運が悪かったな、兄ちゃんたち」
「持ってるもん、全部置いてってもらおうか」
いわゆる、盗賊的な奴らである。
防具もつけていないTシャツ姿にお守りみたいな短剣。
この手のやからは大抵がそうだ。
金がほしい。かといってモンスターと戦う勇気もない。そんな奴らの成れの果て。
5対2。
劣勢というやつである。
「さぁ早くしなぁ、兄ちゃんたち」
「何なら、嬢ちゃんを置いていってくれても良いんだぜ」
男たちがじりじりと間合いを詰めてくる。
ふう、と息を吐き、小町にそっと目をやる。
目が合った。
お互い頷く。
「…………っ!」
「ひ、ひぃっ………!」
小さく悲鳴を上げる。
俺たちが、ではない。男たちの方だ。
アイコンタクトから数瞬。
小町は背後の男に槍を、俺は正面の男の首筋に後方から拘束しつつ短剣を突き付けていた。
これでも毎朝の戦闘でそこそこ鍛えられている。戦いもせず、盗賊もどきに成り下がるしかなかった男たちになど遅れはとらない。
「次からは、相手の装備を見てケンカを売るんだな」
大方、子供二人とみて油断したんだろうが……
「うっせえガキが! 勝ったと思ってんじゃねぇよ!」
俺の言葉を侮辱ととったか、逆上男が俺の拘束の中で暴れ回る。
それを抑えきれずに拘束が解けてしまう。
典型的な敏捷重視である俺の弱点、筋力でのごり押しを偶然つかれた形になる。
「おおおっ!」
それをチャンスと見たか、片手剣を持った別の男が走り込んできた。
メチャクチャに振り回された剣。
俺は何とか大勢を立て直し回避を図ったが、その剣先が軽く腕をかすめる。
男のプレイヤーカーソルがオレンジに染まる。
後ろ飛びで間合いをとる。
見ると、小町は二人の男を相手に善戦していた。
元から適性があったのか知らんが、小町の槍捌きは正確だ。才能あるんじゃないかなー、と身内の贔屓目抜きにも思えるくらいだし。
そうでなくとも、俺たちは攻略組最底辺くらいのレベルはある。
まあ素人二人くらいどうにかなるだろう。見た感じ、こいつらソードスキルも使えないようだし。
本来なら俺が撹乱し小町がトドメ、というのがモンスター戦の基本戦術なのだが……
「まあ、仕方ないか」
敏捷極振りの力、見せてやろうじゃないか。
「寝るぞー、小町」
「うん……」
SAOでは夜になるとできることがあまり無いので、自然と就寝時間が早くなる。
そこそこ値のはる風呂付き宿の、俺用のベッドに入ると、続いて小町も潜り込んできた。
「おやすみ……お兄ちゃん」
「……おう」
小町が俺の布団に潜り込んで来る様になったのは、始まりの日以来ずっとだ。
そもそもが一人用のベッドな訳で、二人入ると結構狭い。
相手が小町だから、間違える、なんてことは万が一にも無いが、これが別の女子だったら絶対寝れないだろうなと思う今日この頃だ。
まあ、仕方ないことだとは思う。
昼間は明るく振る舞っているが、内心不安なはずだ。
デスゲーム開始から一ヶ月、既に二千人のプレイヤーが死亡した。
次は自分かもしれない。
誰も彼もがそう神経をすり減らしていた。
「お兄ちゃん……」
「……何だ?」
その声のか細さは、無視できる様なものではなかった。
「お父さんもお母さんも……どうしてるかな……?」
「…………」
どう答えて良いか分からず言葉に詰まる。
こちらから現実の様子を知る方法は、全くと言っていいほどなかった。
「…………んなもん、心配してくれてんだろ。多分」
散々まよって、結局無難な言葉を選んだ。
「そう、だよね……ふふっ」
「……何だよ」
「……ううん、素直に励ましてくれるの、珍しいなーって」
「うっせ」
たまにはそういう気分になるんだよ。
「ま、もうじき状況も変わんだろ」
「…………?」
疑問符を浮かべた小町に説明してやる。
「第一回ボス攻略会議。明日あるんだよ」
「あ……聞いたことある」
「第一層を攻略しちまえば、おそらく今後の攻略ペースも上がる。人間、前例があるのとないのとじゃ全く別物だからな」
若干希望的観測も混じっているが、あながち間違いでもないだろう。
だが、それでも小町は不安げな表情を浮かべた。
「お兄ちゃんは……会議、でるの……?」
「…………ああ」
「…………っ。そっか……」
明らかに顔を歪めた小町の頭をコツンと叩く。
「何勘違いしてんだ。ボス戦には出ねぇよ」
「え…………?」
あのなあ……俺がそんな勇者一行様的集団に馴染める訳ないだろうが。
「明日行くのは、単純に情報収集と売り込みだ。攻略組が四十人も集まるんだ。商人として見逃せる訳ないだろ」
「そっか……そっか」
小町は何度か頷いて、そして今度は上目遣いに聞いてくる。
「でもでもー。お兄ちゃんのコミュ力じゃ情報収集も売り込みも無理だと小町思うな〜」
うわ、あざとい。
しかもこいつ、絶対俺の口から言わせる気だ。
ニヤニヤとこちらを見つめる小町に押される様に口を開く。
「まあ、明日もいつも通り攻略組のムサい男共を籠絡してくれ」
「むー。それは小町的にポイント低い」
不満顔で、一緒に来てくれーとか売り子は任せたーとかは無いのかなーこのお兄ちゃんは、なんて呟いている。
俺に何を期待してんだっての。
そんな事を思っていると。
「ーーま、いっか」
小町はそんな風にニパリと笑った。
後書き
何かヒッキーっぽく無い……
雑談を排したせいかな……?
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