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腐敗

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第一章


第一章

                      腐敗
 朝売新聞社は日本で最も売れている新聞社である。
『発行部数世界一』
 これがこの新聞の謳い文句だった。このことを誇りとさえしていた。
 新聞は出せば売れ金は無尽蔵に入ってきていた。政治家も官僚もこの新聞に悪く書かれればそれで終わりだった。世論に袋叩きにあうのだった。
「厚生大臣汚職か!?」
 例えばこう書かれる。事実がどうであっても。すると世論はこの大臣を批判し糾弾するというわけだ。
「辞めろ!」
「逮捕されろ!」
 罵声がその大臣に殺到する。これは官僚でも同じであり若しこの新聞に睨まれたならばそれで終わりであった。その省庁ごと書かれるのだった。
「財務省の末路」
「最早解体すべき」
 するとまたこの新聞を読んだ国民が激怒し糾弾する。それを受けて検察等も動きこの省庁は完全に権威を失う。事実で糾弾される場合もあれば捏造される場合もあった。
 だが国民は新聞が嘘を言うとは思っていなかった。だからこそ朝売新聞は正義であったのだ。
「新聞は正しい」
「新聞は正義だ」
 誰もがそう思っていた。そしてその社長も同じであった。
 井上恒雄。剣呑な目の光を放ちさながら魔女の様な顔をしたこの男は見事なスーツを着ていて葉巻を愛していた。彼はいつも言うのだった。
「政治家も官僚も新聞には逆らえないんだよ」
 自分のその豪奢な机にふんぞり返っての言葉である。
「何かあったらな、叩け」
 さながらヤクザ屋の如き言い草であった。
「何でもいいからな、叩け。いいな」
 こうして己の意にそぐわない者を次々と叩いていった。彼はそれを『筆誅』と呼んでいた。
 その『筆誅』により多くの政治家、官僚が失脚した。そしてそれは政界や官界に留まらず財界にまで及んだ。井上はこう称するのだった。
「企業家は政治家や官僚と完全に癒着している」
「はい、そうです」
「その通りです」
 すぐに彼の取り巻き達が諂いの言葉を述べる。
「全く以って許し難いことです」
「成敗せねばなりません」
「どんな些細な不正も見逃すな」
 井上はこう取り巻き達に命じた。
「いいな、なければな」
「ない場合は」
「いつものようにですね」
「そうだ。創れ」
 不正の記事を創れというのだ。これは捏造以外の何者でもない。あえてそれをして企業家達を攻撃しろと。はっきりと命じたのである。
「不正を創れ。いいな」
「はい、わかりました」
「そのように」
 取り巻き達は彼のその言葉に頷くばかりだ。だが社内にはその彼のこの捏造の指示に対して流石に意を唱える者もいた。
「社長、それは幾ら何でも」
「何か言いたいことはあるのか?」
「あります」
 彼は毅然として井上に言うのだった。豪奢な、机だけでどれだけの金がかかっているのかわからないその社長室の中において。彼は言うのだった。
「捏造をするなどとは」
「筆誅を加えるだけだ」
 井上はその彼に対して平然と返した。葉巻を傲慢な態度で吸いながら。
「それだけだが文句あるのか」
「ですから捏造ではないですか」
 彼は必死の顔でまた井上に告げたのだった。
「それは」
「捏造?それがどうした」
 井上は倣岸そのものであった。
「俺達はな。世論を報道するんじゃない」
「報道するのではない!?」
「世論を創るんだ」 
 そうだと言うのである。報道するのではなく創るのだと。こう言い切ったのだ。
「マスコミはな。この世で一番偉いんだぞ」
「権力者だというんですか」
「そうだ。そして俺達は常に正しい」 
 あまりにも傲慢な言葉はなおも続く。
「何をしても許されるんだよ」
「それは権力者だからですか」
「そうだ」
 だからだというのである。
 
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