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カウンターテナー

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第七章


第七章

「君がなるんだよ」
「あの、それは」
 去勢と言われてだった。流石にマクドネルも困惑した顔になった。
「幾ら何でも。去勢とかだけは」
「ああ、それはないから」
 オコンネルはそんな彼に笑って告げた。
「君に去勢してもらうってことはないよ」
「そうですか」
「もうカストラートは過去のものだよ」
 こう語る言葉は完全に昔を見ているものであった。もう今には決してなることのない過去をだ。それを見ての言葉なのであった。
「過去のね」
「今はそういう人はいませんよね」
「一人もいないよ」
 このことは確かに言うのだった。
「ヘンデルやグルックの時代だよ」
「っていうと十七世紀とか十八世紀ですね」
「そう、その頃だよ。モーツァルトもカストラートの為の曲を作曲している」
「そうだったんですか」
「こうした歴史は今度勉強してもらうけれど」
 このことも話してからさらに彼に言うのだった。
「とりあえずはね。もうカストラートはない」
「はい」
「しかしカストラートを復活させることはできる」
 オコンネルの目が光った。
「それはできるんだ」
「というとまさか」
「そのまさかさ。君はそれをできるんだ」
 こう述べながらマクドネルを見るのだった。
「君はそれができるんだ」
「僕のこの声がですか」
「カウンターテノールはただカウンターテノールであるだけじゃない」
 オコンネルの強い目の光と共の言葉が続けられる。
「過去の素晴らしい芸術を復活させることができるんだよ」
「それがカウンターテノールなんですか」
「そして君だ」
 彼自身だともいうのだ。
「君なんだよ。どうだい?やってみるかい?」
「僕にそのカストラートの復活を」
「そう、君ならできる」
 彼に対して言う。
「必ずね」
「僕はそれで何になれるんですか?」
「昔のオペラに出て来る神々や」
 この場合はギリシア神話の神々という意味である。
「そして英雄になれる」
「英雄にですか」
「そのカストラート達が演じた英雄や神々になれるんだ」
 明らかな誘いの言葉であった。それをあえて言ってみせたのである。
「君が。どうだい?」
「過去の芸術を復活させられてしかも神や英雄になれる」
「素晴らしいとは思わないから」
「そうですね。それじゃあ」
 話を聞いてであった。彼も自然に答えを出したのである。
 その答えは。これであった。
「英雄にさせて下さい」
「まずはそれだな」
「はい、神様の誰かにもなりたいですけれど」
 彼もまたその神がギリシア神話の神々であることはわかっていた。ここで神となるとそれはキリスト教の神になる、それはわかっているのだ。
「最初は英雄にさせて下さい」
「それならレッスンを本格的にはじめよう」
 マクドネルのその言葉を受けてであった。
「それでいいな」
「はい、じゃあ」
「ジュリアス=シーザーだ」
 オコンネルは言った。
「最初の舞台はそれだ」
「カエサルですか」
「そうだよ。ヘンデルのオペラだ」
 ユリウス=カエサルを英語読みにすればジュリアス=シーザーになるのだ。言うまでもなく欧州世界での最大の英雄の一人である。その魅力的な人生と業績、そして人間性は死して二〇〇〇年以上経つが世界の人々を惹き付けてやまない。そうした英雄である。
「それを歌ってもらうよ」
「わかりました。それじゃあ」
 こうして彼はそのジュリアス=シーザーになることが決まった。レッスンは厳しかったが彼はそれをそつなくこなしていった。バンドも並行して行いやがて。その舞台の初日となった。
 
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