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ゴミの合法投棄場。

作者:Ardito
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奴隷に人権の無い世界

『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

ビリビリと空気を揺るがすような咆哮と共に、ブォンと音を立てて巨大な斧が振り下ろされる。 それを紙一重でかわし、俺は只管に魔力を練り上げ続けた。

敵は自分の三倍以上大きい化け物――オーガだ。 データによると、オーガのランクは『C』。 つまりCランクの冒険者が4人PTで討伐するのに適した強さを持っているということになる。 Cランクの冒険者となればベテランだ。 そのベテランが一体仕留めるのに4人かかる化け物を俺は一人で倒さなければならない。 いや、倒すだけなら楽勝だ。 楽勝なのだが――。

「チッ!くっそ……!」

斧を避けたことですぐ足元の地面が割れ、その欠片が風圧と衝撃により飛び散る。 悪態を付きつつもその欠片一つ一つを丁寧に避け、再び俺を真っ二つにしようと横なぎに迫り来る斧を身を屈めることで回避した。
オーガは巨体の割りに動きが早く、どんなに間合いをとろうともこの狭い闘技場ではすぐに詰められてしまう。 つまり、俺は常に至近距離でコイツと相対しなくてはならない。

滅茶苦茶に、しかし驚異的な速度で振り回される巨大な斧をしっかりと目で追い、間違ってもかする事の無い様に避けつつも、俺は発現させようとしている魔術に全魔力が練り込まれた事を確認した。

(よっし、これで――)

……いける、だろうか? ――いける、はずだ。 しかし――もしも、足りなかったら――
チャンスはこの一度きり。 もしも失敗すれば、機会は二度と無いのだ。
――後悔だけは、したくない。
至近距離でオーガをギリッと睨みつけ、俺は魔力だけでなく生命力も魔術に注ぎ込んだ。

そして、

「これでっ、駄目ならっ! それまでだっ……!《灼熱の龍よ!我が力を糧とし敵を滅せ!!》」

「――フレイムッ!ドラゴォオオン!!」

バックステップで瞬間的に間合いを取りつつ魔術の詠唱を叫ぶように唱えた。
本来ならば無詠唱で発現可能であったが、今回はより威力を高めるため詠唱もした。
やれることは全てやったと自信を持っていえる。 これで駄目ならば……それまでだ。
練りに練った膨大な魔力と生命力が勢い良く放出され、青白く色づいたかと思うと巨大な純白の炎龍へと姿を変えた。 その過程で凄まじい爆風生まれ、オーガが吹き飛ぶ。
勿論、この魔術によって起こる現象の全ては術者である俺に何の影響も及ぼさ無い。
まだ攻撃がふれてすら無いが、その圧倒的な熱量の爆風だけでオーガの半身は炭化していた。
どうやら、既に息絶えている様だが、白炎龍はそれを真っ直ぐ追いかけ飲み込むようにオーガに巻きつく。
ドンッという爆音と共に眩しい光が炸裂し巨大な炎の柱が空高くまで昇り――そして消えた。

後には巨大な黒い焦げ跡だけが残されていた。
完全にオーバーキルだが、それでも上下左右前後を見渡し確実にオーガを消滅させたことを確認する。 足がガクガクと震え膝を付きそうになるが、何とか踏ん張った。 膝をついて傷をおい失格、なんてことになったら笑い話にもならない。

《 S-01、最終試験――合格です 》

不意にそんなアナウンスが闘技場内に響いた。

(や……やった――)

「よ……よっしゃあぁあああああ!!」

両手を高々と挙げ叫んだ。 そのまま仰向けに倒れこむ。

(ああ……これで――)

ザッと地面を踏みしめる音が聞こえ、続いてパチパチという拍手が俺の耳を打った。
誰かが近づいてくるのを俺は仰向けになったままじっと待つ。

「合格条件その1。 オーガを、一切の傷を負わずに一撃で屠ること。 少々やりすぎだったが、完璧な闘いだったね。 最終試験合格おめでとう、S-01」

その声に、俺はようやく上半身を起こす。
見上げるとサラサラとした黒髪の男が穏やかに微笑んでいた。
何の特徴も無い凡庸な顔。
しかしその光を映さない漆黒の瞳は何処までも深い闇を孕んでいるように見える。
俺の唯一無二のマスター。 そんな彼のことが()はどうにも苦手だ。
それでも、抑えきれない期待と高揚に目を輝かせながら彼を見つめ、かみ締めるように口を開いた。

「……マスター。 これで俺は――」
「ああ、それ(・・)はもう良い」
「はい、マスター」

その言葉と共に()の瞳から、表情から、そして心からも一切の感情が抜け落ちる。
素早く体勢を変え、片膝を立ててマスターに跪く。

「合格条件その2。 人格を作り出して演じながら戦うこと。 戦士としても役者としても君は一流になれるな……。 全く、売り出したら幾らになることか。 惜しい商品を逃した。」

クスクスと楽しげに笑うマスターを無感動な瞳で見上げた。

「さあ、これからの事について話そう。 少し休んでから、私の部屋においで」
「かしこまりました、マスター」

抑揚の無い声で返事をするとマスターは満足気に頷き背を向けて歩き去っていった。
それを見送り私もふらりと立ち上がる。

もう一度、眩しいばかりの空を見上げると何故か涙が出てきた。
私は生まれた時から奴隷で、商品として育てられて、そして今日、奴隷の中で尤も優れた物『S-01』だけが受けられる最終試験を合格し――晴れて自由の身となった。

私はそっと涙を拭うとマスターの――おそらくは最後の命令に従うため自分の部屋へと歩きだす。

ああ、ああ、ああ――今日、これから、私は――人間になるのだ。 
 

 
後書き
12話くらいまで連載してた物のプロローグ。
どうにも展開が気に入らなくてお蔵入り……しかしプロローグだけはとても気に入っているのでいつか続きを書き直したい……。 
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