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戦国異伝

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第百六十三話 紀伊での戦その九

「ここであ奴を討てば」
「我等の敵が一つ減る」
「しかも最大の敵がな」
「だからこそ」
 何としてもというものだった、まさに。
「倒さねばな」
「追いつけ、何としても」
「徳川家康もおる」
「だからこそな」
 追いつこうとしていた、だが。
 彼等は自分達の右手には気付いていなかった、そこには織田家と徳川家の大軍がそれぞれ木々の中に身を潜めていたのだ。
 前田もその中にいる、彼等は門徒達を見ながら奥村に言った。
「気付いておらぬな」
「はい、あの者達は」
 奥村も前田と共に敵を見ている、門徒達はどう見ても山に潜んでいる彼等には気付いていない、ただ一心に信長達を追っている。
 その彼等を見つつだ、奥村も前田に言う。
「敵の最後列が権六殿の率いられる軍勢の前を通り過ぎられれば」
「その時にじゃな」
「はい、権六殿が法螺貝を吹かれます」
 彼が率いる軍勢からだというのだ。
「そしてです」
「殿からもじゃな」
「法螺貝を吹かれ」
 お互いにそうしてだというのだ。
「殿が率いられる本軍の法螺貝を合図としてです」
「我等が攻めるのじゃな」
「一気に山を降り攻めます」
 今彼等の目の前にいる門徒達をだというのだ、彼等は道を大きく伸びて進んでいる。右手は山で左手は少し開けている。
 その敵を見てだ、奥村は前田にこうも言った。
「あの者達を叩けばです」
「紀伊もまた織田家のものじゃな」
「この国が手に入れば近畿とその周りは織田家のものとなります」
 まさにだ、そう言ってもいいまでになるというのだ。
「まさに」
「そうじゃな。ではな」
「今は隠れることです」
 山の木々の間にだ、息を潜めてだ。
「そうしていましょうぞ」
「見つかっては元も子もない」
「例え相手がただ前を進んでいても」
 迂闊なことは出来なかった、今は。
「ですから」
「そういうことじゃな。ではな」
「それでは」
「さて、こうした時にはな」
 前田は己の隣も見た、そこには前野がいる。彼はその前野にも声をかけた。
「緊張するのう」
「そうじゃな、しかし御主はな」
「うむ、こうした時こそな」
 まさにだとだ、前田は楽しげに笑ってこう言った。
「面白いわ」
「相変わらず血の気が多いのう」
「これでも随分とましになったと思うが」
「いやいや、今でもな」
「傾いておるというのじゃな」
「全くじゃ、やはり御主はな」
 傾奇者だというのだ。
「その辺りは隠せぬわ」
「わしは生粋の傾奇者か」
「慶次と同じくな」
 見れば近くに慶次もいる、彼は彼で朱槍を磨きそのうえで攻める時を今か今かと楽しげに待っている。前野はその彼も見て言うのだ。
「前田家は傾奇の家じゃな」
「ふん、なら傾いてやるわ」
「何処までもか」
「そうじゃ、そうしてやるわ」
 まさにだと返す前田だった。 
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