インフィニット・ストラトスの世界にうまれて
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心を開いて、妹さん その一
更識簪。
俺の所属する一年四組の女子生徒。
IS学園生徒会長の妹でもある。
セミロングの髪は姉と同じ水色で、裾にいくにしたがってふわりと広がった髪は内側にカールしている。
眼鏡をかけているが目が悪いわけではなく、それはISの簡易ディスプレイらしい。
原作の更識簪は空中投影型は高いとかなんとか言っていた気がするな。
よくできた姉を持ってしまったため、姉と自分を比べてしまいコンプレックスのようなものを感じているらしい。
その姉を越えたいと思っているのかは知らないが、少なくとも姉のようになりたいとは思っているだろう。
更識簪は性格が臆病ということもあり、クラスメイトとも距離を取りがち。
そんな性格だからなのか、自分を助けてくれる白馬に乗った王子さまを待ち望むことにも繋がっていると思われる。
趣味はアニメ鑑賞で、特に勧善懲悪のヒーローものが好きらしい。
能力的には姉に劣らず優秀。
演算能力、情報分析能力、空間認識能力、整備能力等は非常に高いということだ。
俺が一夏の次期ハーレム要員の一人である更識簪と同じ一年四組に所属しているなんて、誰かさんのよる何がしかの力が働いているのではないだろうか。
物凄く嫌な予感がするのだが。
俺がISの世界に転生しておいてこういうのはどうかと思うが、宿命論なんかを信じたくはない。
人智の及ばないなんらかの意思によって自分の人生が好き勝手されるのは、あまり気持ちのいい話ではないからな。
少し話がそれてしまったな、話を戻そう。
なんで冒頭に更識簪の紹介なんてことをしているのかというと、昨日の夜にこんなことがあったからだ。
昨日の夜。
夕食を終えた俺は、学生寮にある自室でイギリス本国から俺宛に送られてきた装備の目録に目を通していた。
公称ではISは世界に四百六十七機しか存在しないことになっている。
それはなぜかというと、ISの起動にはコアが必要なんだが、そのコアを作る技術が篠ノ之束にしかなく、しかも、これ以上作る気がないと宣言しているからだ。
だからその四百六十七個のコアが世界の国々に分配され、開発と試験が行われている。
だからISを遊ばせておく余裕など、どの国にもない。
イギリスだってそうだ。
テストのメインはセシリアだが、俺も国から専用機を与えられている以上、なにもしないわけにもいかないだろうと、以前とある提案をしていたのだ。
その提案をしたものの試作が終わり、それが俺のもとへと届いたというわけだ。
タッグマッチ戦を控えている――というか、そのときに起こるかもしれない事件に間に合ってよかったと俺は心の中で思いながら目録に目を通す。
明日から機体の整備と調整をしないとなあ、と考えているとドアを叩く音が聞こえた。
心の余裕を感じるような、幾分ゆっくりめの音が四回聞こえ、一夏は来るとはいってなかったし……誰だろうなと思いなからドアを開けた。
ドアの向こうにいた人物。
それは、俺が作った俺の部屋を訪れることはないだろう女子リストの中の一人で、生徒会長だった。
面倒ごとを持ち込まれるのはごめんだったが、取りあえず用事は何かと聞いてみた。
すると生徒会長は、俺の胸に両手を当てたかと思うと、俺を部屋の奥へと押しやり、何をするのかと思っていたらこんなことを言い出した。
「妹をお願いします」
生徒会長は両目を閉じると、両手を合わせ俺を拝むようか格好をしている。
えっとですね、俺は神でも、仏でも、一夏でもないですよ。
思わず、拝む相手をお間違えではありませんか? と言いそうになるが、何とかその言葉を飲み込んだ。
そして俺は、はぁという気のない返事を返す。
何でこうなった? わけがわからん。
原作では妹のことは一夏に頼んでいたろうに。
なぜ生徒会長はそうしないんだと疑問を感じつつ話始める。
「妹とは、もしかして……うちのクラスの更識簪さんですか?」
「そうそう」
笑顔の生徒会長は首を縦に振る。
「俺に何を頼むつもりか知りませんが、そういうのは一夏に頼みましょうよ。あいつのほうが上手くやると思いますよ」
俺はさらりと、さりげなく、こともなげに一夏を推薦してみるが、生徒会長の表情から察するに、ダメかもしれないと感じた。
「このIS学園に一夏くんしか男子がいなかったらそうしたかもしれないけど、キミがいるじゃない。しかも、うまい具合に簪ちゃんと同じクラスに」
うまい具合にと言うが、生徒会長の伝家の宝刀、生徒会長権限とやらでなにかをしたのではあるまいな。
「それに、簪ちゃんは一夏くんにあまり良いイメージをもっていないみたいなのよ」
一夏の専用機『白式』。
それを作るために日本代表候補生である更識簪の専用機を作ることが遅れている。
そのために更識簪は一夏対して、ケツを蹴り上げ空に浮かぶお月さまに飛ばしてやる! くらいは思っているかもしれない。
「生徒会長の言葉を聞くと、俺が一年四組にいるのは偶然などではなく、生徒会長の差し金のように聞こえますよ」
「あら、よく気がついたわね。キミのクラス替えの話が出たとき、コレ幸いと生徒会長権限で四組へと送りこんだのよ」
やっぱりか。
生徒会長は舌をぺろっと出すと、まるでイタズラがバレた子供のような笑顔を見せる。
俺が原作知識がなかったら、生徒会長が見せる小悪魔的な笑顔にコロッと騙されていたかもしれない。
それにしても。
それにしても、原作を読んだだけでもそれなりに学園に対して影響力があると思える生徒会長だが、クラス替えにまで口を出せるなんてな。
俺の目の前にいる生徒会長はいったいどれだけの影響力を学園に対してもっているんだろう。
俺の学園生活の良し悪しは、生徒会長次第なのかもしれない。
今年の暮れにでもお歳暮を送ったほうがいいか? などと考えつつ、
「で、生徒会長。俺は何をすればいいんですか?」
と訊いてみる。
「往生際がよくて助かるわ」
理解が早くて――じゃなくて、往生際なのか。
「今度行われる専用機持ちのイベント、全学年合同のタッグマッチ戦があるのは知っているよね? そのイベントで簪ちゃんと組んであげて」
そう来ると思ったよ。
全学年合同のタッグマッチ戦っていうのは、えっと……あれだ。
昨今、世界中でISの強奪事件が相次いでいて、このIS学園も例外ではない。
つい先日も一夏の『白式』が狙われていたしな。
そこで専用機持ちの操縦技術のレベルアップを図る目的として全学年合同のタッグマッチ戦が行われることになった。
「簪ちゃんは日本代表候補生なのだけれど、専用機を作るはずだった倉持技研が、一夏くんの専用機『白式』を優先しちゃって簪ちゃんの専用機が完成していないのよ」
生徒会長は再び俺を拝んでいる。
俺が更識簪の専用機の完成にも協力しろってことだよな。
だが、俺が手伝いますよと言ったところでこう言われるのがオチだ。
一人でできるから、と。
「ISの製作のお手伝いもしろってことですよね」
俺は生徒会長に確認をしながらしばらく考えるフリをする。
そして、姉から見た妹の性格はどんな感じなのかと訊いてみた。
「キミも知っているかもしれないけれど、内向的っていうか、暗い感じ……かな」
更識簪の姉である生徒会長がこう言うんだ、原作通りの性格ってことで間違いないのだろう。
「了解しました。妹さんの性格を考慮した上でアプローチをしてみます。でも、俺で無理なときは一夏に頼んで下さいよ?」
生徒会長はわかったと言ったが、自分が頼んだことをナイショにしてくれと言っていた。
姉妹の仲も微妙なのも原作と同じか。
俺は生徒会長との最後の会話でこう注意を促した。
誰に見られているかわからないし、俺の部屋に生徒会長が来ていたと妹さんが知れば、生徒会以外でも繋がりがあるのではないかと勘ぐられることもありえるからと。
だから、妹さんの状況を知りたければ生徒会室で報告をするようにしてもらった。
俺は生徒会長から話を聞いた次の日の朝、普段は挨拶程度しかしない更識簪にさっそく接触を試みた。
俺の一年四組での席は、窓際後方一番目。
そして問題の更識簪はというと、俺の前の席になる。
「更識さん」
と声をかけてみたが、俺のほうを見ることなく空中投影モニタを凝視し、ただひたすらキーボードを叩いている。
許可をとらずにモニタを覗き込むのはどうかと思ったが、たまたま見えてしまったのなら仕方がないだろうと俺は頭をずらしてみる。
するとモニタにはISらしきものが映っていた。
あれが更識簪の専用機の『打鉄弐式』か?
更識簪は俺のほうに身体の正面を向けることなく答える。
「なに? ベインズくん」
よかった。
名前は知ってくれているみたいだな。
自己紹介から始めなくて良さそうだ。
この更識簪の反応を見ると、原作の一夏が声をかけたときほどの拒否反応はないな。
俺がこのクラスに来て日が浅いとはいえ、一応クラスメイトだしな。
だからかもしれない。
ただやはり、更識さんとは呼ばれたくないみたいで速攻で呼び方を改めさせられた。
そんなに姉と同じ更識という苗字なのが重荷なのだろうか。
俺にも姉がいるが、まああの人は特殊すぎて比較対象しするには不向きだろう。
「更識さんって日本代表候補生なんだろ? だったら、今度行われるタッグマッチ戦で俺と一緒に出場してくれないか」
と誘ってみた。
簪さんは俺のほうに身体を向けることなくそのままの姿勢で、
「わたしの……専用機は、まだ完成していない。だから、他の人と組めばいい」
と、たどたどしく答えた。
「俺も、その専用機を完成させるのを手伝うからさ」
「一人で、できる」
そう言うだろうと思っていたよ。
しかしここで、生徒会長に頼まれたとは言えないしなあ。
さて、どうしたものか。
原作の一夏はどうしていたっけな。
最終的には簪さんのことを一夏に丸投げすることになるのだとしても、生徒会長に頼まれたのは俺だ。
簪さんが一夏と仲良く話せるようになるくらいにはしないとな。
この日から数日、俺と簪さんの関係に進展は見られない。
タッグマッチでペアを組もうと声をかけるたびに、『イヤ』『ダメ』『もうわたしに声をかけないで!』と取りつく島もない。
簪さんに拒絶され続けた俺のココロは、折れそうになっている。
周りからはどう見えているのだろうな。
どう考えても微笑ましい光景でないのは確かだろう。
ヘタをすればストーカー扱いだな。
俺が簪さんに声をかけまくるもんだから、
「今度のターゲットは簪さんなんだ」
「前々から狙ってたんじゃないかな。簪さんに熱い視線を向けてたみたいだし」
「タッグマッチ戦を切っ掛けにして仲良くなる作戦らしいけど、どうだろうね」
「あぁ、今日もダメみたいだよ」
「あと何日でベインズくんが諦めるか皆で予想しよっか」
俺の様子を興味深そうに眺めながらそんなことを言っている。
とある物語に『愛が深すぎて相手に逢うことを法律で禁止された女』みたいなキャッチフレーズをもつキャラクターが出てくるが、そこまではないにしても、そう遠くない未来にまたクラス替えなんて悲劇が起こるかもしれんな。
今日も俺は一年四組のドアをくぐる。
クラスメイトの女子たちに挨拶をしつつ自分の席に着く。
俺の前の席にはすでに簪さんが鎮座していた。
その簪さんに向かって俺は挨拶をしたあとこう言った。
「俺はたまにアニメを見るんだけどさ、簪さんはアニメは見る?」
何気に言った言葉だったが、どうやら当たりを引いたらしい。
初めて俺の席に身体を向けてたのだから。
これには驚いた。
今まで天岩戸のように固く閉ざしていたココロに隙間が生まれたのだから。
せっかくなので俺の識っているロボットもののタイトルを言ってみたが、知らなかったようだ。
だが、簪さんはショートホームルームが始まるまでの時間、自分の好きな作品のことを色々と話してくれた。
簪さんは好きなアニメついて話せるクラスメイトがいなかったんだろうな。
好きなアニメついて話す簪さんの姿はとても生き生きとしていた。
これでようやく話す切っ掛けを得た俺は、チャンスだとばかりに一緒に昼食を食べないかと簪さんを誘ってみた。
誘ったのは俺なのでご馳走するよと言ってある。
迷う様子を見せる簪さん。
ここが俺にとっての天王山なのか、もしくは関ケ原なのかは知らんが、踏ん張りどころなのは確かだろう。
ということで俺は、左手をのばすと簪さんの右手首を掴む。
そして簪さんを引っ張り立たせると、教室を出でて、食堂まで引っ張っていく。
最初は拒否されるかと内心ではドキドキしていたが、簪さんは意外と素直に引っ張られている。
俺は安堵のため息をついていた。
食堂に着いた俺たちはメニューを見つつ何を食べるのかを決める。
俺は鳥の唐揚げで、簪さんはうどんを頼んでいた。
カウンターで食事を受け取った俺たちは空いている席はないかと探す。
すると一夏がいつもの箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラの女子五人といるのが見え、俺は一夏たちに近づくと声をかけた。
「なあ、アーサー」
「なんだ?」
「隣いる女子は誰だ?」
「ああ、この娘は俺のクラスメイトの――」
「更識簪」
俺が紹介する前に自分で名前を言っていた。
しかも、嫌々言っているふうにも聞こえる。
「苗字が盾無さんと同じだし、もしかして……親戚か何かか?」
「一夏。簪さんは生徒会長の妹さんだよ」
「やっぱりな。雰囲気がなんとなく似ていると思ったよ。俺は、織斑一夏って言うんだ。よろしく」
「知っている」
笑顔の一夏と違い、簪さんの表情は暗い。
一夏の専用機を作るために自分の専用機ができていないのだから心情的には仕方がないとはいえ、それは一夏の専用機は本人が望んだわけではない。
周りが勝手に用意したものだ。
一夏だけを責めるのは酷というものだろう。
原作の簪さんもモノローグで同じようなことを言っていた気はするがな。
「ねえ、アーサー。アンタ、そんな大人しそうな女の子捕まえて何をするつもりよ」
鈴は俺にそう言ったかと思うと、今度は簪さんに向かって、
「そいつには気をつけなさいよ。偶然を装って変なことをするかもしれないから」
と言った。
おい、人聞きの悪いことを言うなよ。
簪さんが誤解をするだろ?
「そうですわね。普段、女性を連れ歩かないアーサーさんが、女性を連れ歩いているのですから鈴さんが心配なさるのも当然ですわ」
何もしないから安心してくれ、セシリア。
「アーサー、信用はしているが……誰かさんみたいに破廉恥極まりない行為はするなよ」
するわけがないだろう? っていうか、何気に俺のことを信用してないよな? 箒さん。
「誰かさんって、誰のことを言っているんだ?」
一夏のこの言葉に簪さんと一夏を除いた他の人間たちはこう思ったことだろう。
ことあるごとにエロいイベントを発生させているお前さんのことだよと。
「そのくらいにしてあげなよ。いくらなんでもアーサーだって人前ではそんなことはしないよ」
最初は俺をフォローしてくれる心優しき友人だと思っていたら、シャルロット……お前もか。
しかも、人前じゃなければ破廉恥行為をすると言わんばかりのところが酷い。
「そう言えば、男は何もしないからと言いながら、何かをしてしまう生き物だとクラリッサは言っていたな」
黒ウサギ隊の副隊長さん。
ラウラに妙な知識を植えつけないでくれ。
「ベインズくん。わたしに何かするつもりなの?」
と言った簪さんの表情には不安が見え隠れしていた。
「何もしないよ。ははは……」
俺の口からは乾いた笑いが漏れた。
一夏は今までの話をなにかの冗談だと思ったらしく、俺をフォローしてくれることはなかった。
「話は変わるんだけどさ、タッグマッチ戦のことは聞いているか?」
「専用機持ちばかりが出るやつだろ」
「そのタッグマッチ戦に男子同士で出ないか?」
この言葉を聞いた一夏周りの女子五人は、はっと息を吐くと、固唾を飲んで今後の展開を見守っている。
ここはなんと言えばいいものか。
少なくとも一夏が誰かとペアを組まないようにしないとな。
「そうしたいのは山々なんだが、俺にも色々と事情があってな、少し時間をくれないか?」
俺の言葉を聞いた女子五人は何も言うことなく俺を見ている。
とりあえず成り行きを見守るつもりらしい。
女子五人の表情を見れば、男子同士で組むのは仕方がないと思いながらも、諦め切れないといったふうにも感じる。
口には出さないが、自分こそが一夏とパートナーを組むべきだと思っているだろうしな。
一夏がここにいる女子五人の中からペアを決めようが、他の誰かとペアを組もうが、俺以外と組んだ時点で刃傷沙汰になるのは目に見えている。
恋しさあまって、憎さ百倍どころじゃないだろうしな。
「そうか、わかった。なるべく早めに頼むな。組むと決まればアリーナで一緒に練習もしたいしな」
「早めに連絡を入れるよ」
「ところで、アーサー。これからメシだろ? 一緒にどうだ?」
と一夏は誘ってくれたのだが、
「ベインズくん。あっちの席が空いている」
簪さんはこことは別の席を指差していた。
とりあえず第一段階の一夏と簪さんの顔繋ぎはできた。
簪さんの一夏に対する心情的なものもある。
まずはこれでいいだろう。
「悪いな一夏。今日はあっちの空いている席で食べるよ」
俺がすまなそうな顔をして言うと、
「そうか? まあ、二人で食べたいっていうのを邪魔するのもなんだしな。アーサー、次は一緒に昼飯食おうぜ」
一夏はあまり気にしていないように見える。
「了解」
一夏は俺たちの関係をちょっとばかし勘違いをしているように感じるが、誤解はそのうち解けばいいだろう。
俺と簪さんは一夏たちとは少し離れた席につく。
いただきますと言ってからナイフとフォークを手に取った俺は、鶏の唐揚げと格闘し始める。
俺は、箸の方が使いやすいんだが……とは思ったが、こっちのほうが使いなれているだろうからと、食堂のおばちゃんが用意してくれたもので使わないわけにはいかない。
フォークを鶏の唐揚げに豪快に突き刺し、ナイフを入れる。
「一夏たちとの話が長くて悪かったな。うどんがさめちゃただろう。新しいのを頼むか? 簪さん」
簪さんはうどんの丼を両手で抱えると、口元に近づけ、スープを一口含むと大丈夫と言ってくれた。
俺はその答えを聞いてから止まっていた手を再び動かし始める。
俺は切り分けにくいと思いながら鶏の唐揚げに悪戦苦闘していると、クスクスと笑い声が聞こえてくる。
俺が顔を上げたときには、簪さんは口元に手を当て、笑っていた。
どうして笑っているんだと訊いた俺に返ってきた答えは、
「ベインズくん。ナイフとフォークを使うのがヘタすぎ」
だそうだ。
まあ確かに俺はナイフとフォークを使うのがヘタだ。
俺はイギリスにいたときも箸を使っていたほうが多いほどだからな。
「本当にイギリスの人」
そう簪さんに問われた俺は、生まれも育ちもイギリスだと答えた。
でも中身は元日本人だけどな、とは言わなかったが。
ようやく半分に切り分けた鶏の唐揚げを簪さんの口元へと運ぶ。
「はい、あ~ん」
俺は一夏たちとの話で簪さんを待たせてしまったのでお詫びのつもりだったのだが、なぜこんなことをしているのかという説明を簪さんにしなかったために驚いたような表情をするだけだった。
「うまいぞ、鶏の唐揚げ。肉は嫌いか?」
「鶏は、大丈夫」
俺が簪さんが食べるまでフォークを引っ込めないぞと言うと観念したのか、おずおずと口を開け始める。
その小さく開いた口に俺はフォークに突き刺さった鶏の唐揚げを押し込んだ。
口が閉じたと確認した俺は、ゆっくりとフォークを引っこ抜く。
簪さんの口がもぐもぐと動き出し、やがて喉を落ちていくのが見えた。
俺はそれを見たあと、残り半分の鶏の唐揚げをフォークに突き刺し、自分の口元へと運ぶ。
「あっ、間接キ……」
最後のほうは聞こえなかったが、簪さんはそうボソッと呟いた。
「うん? 今、なにか言ったか?」
「えっ! ううん。なんでもない」
簪さんは少し赤らめた顔をふるふると左右に振った。
ここで俺は背中に殺気――というか、突き刺さるような視線を感じていた。
俺は辺りを見回し視線の主を探す。
どうやら視線の主は食堂の入り口に立ち、こちらを見つめているようだ。
誰かと思ったら山田先生のようで、しかも目はハイライトを失っている。
その目が俺に向けられ、まるで信じられないものを見たといった感じにも見える。
俺が山田先生に声をかけようと席を立ったときには、すでに俺に背を向けた山田先生は食堂を去ろうとしていた。
俺が突然席を立ったので簪さんは驚いていたみたいだが、その簪さんに俺はゴメン少し席を外すと言って席を離れ山田先生を追いかけ始める。
俺が簪さんにしたことは少しやり過ぎだとは思ったが、タッグマッチ戦まで時間がないのも確かで、しかも簪さんと仲良くなるには原作一夏がやっていた方法が有効だろうと思ったからだ。
それ以外に効率よく仲良くなる方法が思いつかないということもある。
タッグマッチ戦が行われるまでのわずかな時間に、俺は簪さんと仲良くなり、そして一夏とくっつける。
それが俺の基本方針だ。
俺が簪さんに嫌われることで一夏に役目を振るという選択肢もあるが、俺と簪さんは同じクラスで、しかも席が近い。
今後のことを考えればなるべくならそれは避けたいところだ。
それにこの計画がうまくいけば一夏は簪さんとタッグマッチ戦のペアを組むことになるだろう。
そうなるよう仕向けた俺のことを一夏周りにいる女子五人は許してくれるだろうか? いや、否だろう。
俺は若い身空でまだ死にたくはないが、最低でも五回は死ぬ覚悟をしたほうがいいのかもしれない。
今はそのことはいい。
まずは、山田先生のことをなんとかしないとな。
簪さんのことを生徒会長に頼まれたからだとあらかじめ山田先生には話しておくべきだったかと思う。
しかし、更識姉妹のプライベートなこともあるし、それに山田先生とはいえ、頼まれたことをベラベラと話すのはどうかと思って話さずにいたんだが、それが裏目に出たのかもしれん。
俺は食堂を飛び出すと山田先生を追いかけ始めた。
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