IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―
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第三十九話 それぞれの日常
ショッピングモール『レゾナンス』での目的である水着の購入は午前中で終わり、皆で昼食を食べながら雑談を交した後、そのままこの日は解散となった。
一部は引き続き買い物をするようだが、ショッピングに対する女子のパワーには付き合いきれなかったようで、一夏は約束があると言い残してその場を脱出することにした。
本来なら二人きりでくるつもりだった箒は彼のこの行動でさらに不機嫌になるかと思われたが、実は午前中に試着した水着をちゃっかり一夏に見せつけお褒めの言葉をいただきご満悦だったために意外にもあっさりと見逃していた。
こうして、ISの訓練とは違った意味で疲れ果てた一夏は中学からの友人でもある五反田弾の元へと向かうことにした。二人は親友と呼んで差し支えない間柄でもあり、一夏がIS学園に入学した後もこうして週末に遊ぶことが度々ある。
もちろん彼は一般人なので、ISが動かせるわけでもなく普通の高校に通っており……。
「で、今度はどんなラブコメイベントを展開してくれちゃったんだ? あ?」
このような感じで、自分の置かれているある意味『男の夢』ともいうべき環境をまったく理解していない朴念仁に対してやさぐれている。
もっとも、一夏の現状を正確に理解してなおそれを望むことができるかは微妙ではあるが。
「いや、無いからそんなの。あ、そういや鈴以外にも転入生が二人きたな」
中学からの友人であるが故に、弾も鈴のことはよく知っている。彼女が一夏のことをどう思っているかも。影ながら応援していたりはするのだが、彼には表だって応援できない理由がある。
「ほぉ? 衝撃的な出会いでフラグでも作ったか?」
「あ~、確かに衝撃的だったな。脳が揺さぶられて意識が飛びかけた」
「いや、自分で言っといてなんだが、何があったんだよ」
言うまでもなく、ラウラのことである。
「あと一人は男だぞ?」
「あぁ、二人目が見つかったって話題になってたなぁ。くぅ、なんで俺にはIS適正がないんだ! このリア充どもが! 俺に少しその幸せを分けやがれ!」
「うぉ、急に飛びかかってくるな! 痛、痛いから! どんだけ必死なんだよお前!」
目尻に涙すら浮かべながら弾が一夏に詰め寄る。
そのあまりの必死さに一夏は若干引きつつ、なんとか振り解こうとするうちにもつれ合ってしまう二人。
「お兄、うるさい! 騒ぐなら外……で。いいい一夏さん!?」
そこに突然の来訪者。
タンクトップにショートパンツという開放的な姿の女の子、弾の妹である蘭だ。
「よ、よぅ! お邪魔してるよ」
「は、はい! どどどうぞごゆっくり!」
焦った様子で挨拶もそこそこに、蘭は部屋を飛び出してしまった。
「あ、ちょっと! おい、弾まずいぞ! ごゆっくりって、この状態勘違いされたんじゃ!」
「ちげぇよ! 冗談でもそういう気持ち悪いこと言うなよ! ってかなんでそんな時だけ変に気がまわるんだよ!?」
彼らがいるのは、弾の部屋。そこで男二人が組んず解れつ……想像力豊かな学園の一部生徒が喜びそうな光景ではあるが、決して蘭がその仲間というわけではない。
数分後、デートにいくかのようにおめかしした蘭が戻ってきて雑談に加わる。
実は、このやり取りに近いことは一夏が五反田家に来るたびに繰り返されているのだが、いつまでたっても彼はその行動の意図を理解できていない。一方で気が利かないという理由で、哀れな兄は妹に理不尽な制裁受けている。
弾が鈴のことを表立って応援できないのは、この妹の存在である。あからさまに一夏に対して好意を示しているのだが、やはり彼は気付いていない。
それでも蘭は諦めず、健気にも翌年一夏のいるIS学園への入学を目指している。なにげに彼女はIS適正がAという期待の星なのだ。
弾としては、どんなに暴力的な妹であれ蘭のことは可愛く思っており、例え一夏であろうとそう簡単に渡したくはないと考えている。
だから一夏に対して学園でとっとと彼女でも作ってしまえと内心思っているのだが、一方でこの朴念仁に彼女が出来る姿が想像できず、もどかしい思いをしていた。
「なぁ、お前そんだけ女の子がいる場所にいて気になる子とかいないわけ?」
弾は隣から人を射殺せそうなほどの視線を感じるも、なんとか気付かないフリをして一夏に対して質問を投げかけた。
これは会う度に聞くものの、いつも芳しい反応はない。どうせ今回もそうだろうな、と弾は期待していなかったのだが……。
「え、あ~……今気になっている人はいるな」
「なに!?」
「え……嘘!?」
驚愕の声と悲鳴。
そんな馬鹿な、というのがこの兄妹の反応だった。彼の幼馴染たちや蘭がどれだけアピールしても気付かないこの男にまさかそんな相手がいたのか、と。
「だ、だ、だ、誰なんですか!?」
「うお! ど、どうしたんだ、蘭!?」
「いいから答えてください!」
あまりの剣幕に気圧されながらも、今日起きた出来事や今までのことを説明した。
西園寺紫音のことを。
「で、すっげぇ綺麗な人なんだけど滅茶苦茶強くてさ。それを鼻にかけることもないんだよ。今日も格好良かったなぁ……まさかあの人があんなこと言うなんて思わなかったし。まぁ、そのあと軽く説教されたんだけど正直ガツンときたよ。あの厳しさとか、まるで千冬姉みたいだったなぁ」
姉基準かよ! というツッコミが二人の心の中で行われたが、声に出されることはなかった。ハッキリ言って、微妙である。
話だけ聞けば一夏が千冬に対して抱いているある種の憧憬と同一のものではあるのだが、これが色恋沙汰に発展する可能性も彼らは否定できなかった。
そもそもこの男が気になると公言した存在自体が稀有なのだから。
このとき、すでに蘭はまだ見ぬ宿敵に闘志の炎を燃やしていた。
一方、知らぬ間に謂れのないライバル認定をされてしまった某男子は盛大なクシャミをしていたという。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……は?」
ドイツ国内軍施設にて訓練中だったIS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』にこの日、激震が走る。それは突如として舞い込んだ一つの通信が原因だった。
「い、今なんとおっしゃいましたか……?」
それを受けたのは、この隊の副隊長であるクラリッサ・ハルフォーフ大尉であった。隊内最年長であり、専用機『シュヴァルツェア・ツヴァイク』を所持する隊の『頼れるお姉様』である。
そんな彼女がこの通信には動揺を隠せずにいた。
「だ、だから気になる女がいる」
通信の相手は、『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊長でありながらその性格が災いしてしまい、隊内での人間関係が上手くいっていない、ハッキリ言えば浮いた存在であるラウラ・ボーデヴィッヒだった。
もちろん、クラリッサ達は隊での活動に私情など一切持ち込みはしないがそれでも扱いにくい相手ではあった。そんな微妙な相手からのプライベート通信だ。クラリッサは困惑しつつも応じたのだが、ラウラからの衝撃発言で今までの彼女に対する感情などすべて吹き飛んだ。
「……念のため確認しますがそれは織斑千冬教官のことでしょうか?」
「あ、いや、違う。確かに教官のことも気になるが……今回はべ、別の相手だ」
その言葉に、クラリッサはたまらず訓練中の全隊員に対してサインを送った。
【緊急事態発生、至急救援求む】
通信を受ける彼女の様子に、ただ事ではないと感じた隊員達はすぐさま周囲に集まり続く指示を固唾を呑んで待つ。
【隊長に恋の兆しあり】
続き、筆談で情報を隊員へと流す。隊員達はクラリッサに渡されたメモを廻し読みをし、全員がその内容に色めき立った。
あのラウラ・ボーデヴィッヒが、である。やはり彼女らもラウラのことは決して好ましくは思っていなかったが、こうなってしまえばただの女子である。その恋の応援をすることも吝かではないというのが隊全体の空気となった。
しかし、続いて渡されたメモを読んでそれ以上の衝撃を受けることになる。
【ただし、相手は女性の模様】
だが衝撃は一瞬、すぐにクラリッサを含むこの場にいる全隊員はアイコンタクトを取り合い隊の意思を統一する。その連携の早さたるや隊発足以来、最速だったとか。
『全力で隊長の恋を応援する』
それが彼女らの出した答えだ。
もはや泣く子も黙るIS配備特殊部隊の面影などそこにはなく、この空間は既に学生の修学旅行の夜のようなノリと化していた。
そもそも相手が女性でいいのかという問題だが、女尊男卑の世の中でありISの操縦者などをしていると自然と接するのは女性が多くなり、そういう関係になることも少なくない。
実際、この隊内でもカップルが存在するとかしないとか。
こうしたやり取りをしている間にも、クラリッサはラウラからその意中の相手のことを聞き出している。
出会いからISでの試合、自分を止めてくれたことから買い物に行ったこと。拙い言葉で照れくさそうに語るその姿は端から見れば間違いなく恋する乙女である。
「それでセシリアという女が教えてくれたんだが、真に認めた女には『お姉様』と言わなければいけないというのは本当か?」
「……なるほど、その者の言うことはもっともです。日本の女学院では上級生を『お姉様』と呼び、さらに年に一回『お姉様の中のお姉様』であるエルダーシスターを決める文化があると聞きます。きっとその方も『お姉様』と呼ぶにふさわしい方なのでしょう」
クラリッサ・ハルフォーフ、彼女こそはアニメやゲームといった間違った知識のみ豊富で、そのせいで日本を勘違いしている残念な人の典型である。
しかし悲しいかな、彼女の周囲は『さすが隊の頼れるお姉様、素晴らしい知識です』などと宣っており、その間違いを指摘する者は存在しなかった。
「そ、そうか。確かに私が真に認めた女など織斑教官以外には一人だけだ……わかった、情報感謝する」
「いえ! 隊長のご武運をお祈り致します!」
通信が切れると同時に、黄色い声があがりお祭り騒ぎと化した。
理由はともあれ、問題も多かった『シュヴァルツェ・ハーゼ』がこの瞬間、確かに一つになった。
さて、海の向こうの自分の隊の状況など知る由もないラウラはというと……。
「なるほど、セシリアの言うことは本当だったか……。な、なら私も西園寺のことを、お、お姉様と呼ばねばなるまい。うむ、なにせ私が認めた相手だからな。いや、待て。それなら織斑教官もか!? ち、千冬お姉様か……悪くはないな。なら西園寺は紫音お姉様だな。ん? 織斑教官がお姉様ならその弟は私の弟にもなるのか……! ふん、まぁいい。意外と骨はありそうだったが私の弟になるからには徹底的に鍛えてやろう!」
絶賛、勘違い中だった。
一夏とラウラは同級生のはずだが、なぜか彼女の中では一夏が弟になることが確定しているようだ。
こうして本人たちのあずかり知らぬところで新たな騒動の種がひっそりと蒔かれたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
紫苑はシャルは、レゾナンスで皆と別れたあとも行動を共にしていた。
というのも、一夏と二人で女に絡まれるという騒動に巻き込まれてから少し様子がおかしかったからだ。
「あれが今の社会の縮図なんですよ」
いま、二人はモール内のベンチに座っている。
少しうつむき加減のシャルに対して、紫苑は諭すように声をかける。
「……今まで、全然知りませんでした。いえ、知ろうともしませんでした。でも性別や立場が違うだけでこんなに世界が変わってしまうんですね」
もともとシャルは男性として扱われてきたわけではない。愛人の子として秘匿されていたのをいいことに、織斑一夏の出現に合わせて息子として発表し利用されたに過ぎない。
だから彼女は、今の世の中で男性がいかに不利な立場に追いやられているかをこのとき初めて目の当たりにしたのだ。
「彼女達はどうなるんですか?」
「あなたが証言すれば懲役にもできるかもしれませんね」
他国の代表候補生に不当に絡んだとはいえ、相当に重い罰。しかし、それがまかり通るほどにIS操縦者というのは特殊な存在なのだ。
「……いえ、それをしたら僕も彼女達と同じになってしまいますし望みません。そして、あなたが一夏に言ったように僕も力をつけます。せっかく今、男としてISを操縦できるんです……せめてあなたに代わって」
シャルは、あのときの紫苑の言葉から激しい憤りを感じ取っていた。彼が男であるがためにどれだけ酷い扱いを受けてきたのか、ましてや紫音という存在がそれをさらに複雑にしている。それを少なからずシャルは垣間見たのだ。
「ふふ、あなたらならそう言うと思っていました。大丈夫ですよ、おそらく学園にも連絡がいくでしょうが、千冬さんに予め便宜を図るように伝えておきましたから。それと……ありがとうございます」
紫苑はシャルの言葉に少し驚いた様子を見せるが、すぐに嬉しそうな表情に変わった。シャルがあの女性達に厳罰を望みはしないだろうとは彼も思っていた。だがまさか彼女が、一夏と話していたようなことまで決意するとは思いも寄らなかったからだ。
それと同時に紫苑は、その決意の裏にある優しさを感じることができて嬉しくなった。彼のこの立場を多少なりとも自分のことのように感じることができるのは、目の前の少女をおいて他にはいないのだから。
ところで、今彼らは二人きりなのに口調が戻っていないのはただ単に外だからという理由だけではない。二人をこっそりつけている三つの気配に気付いていたからである。
「お、お姉様……まさかシャルルさんと……! 確かに彼はいい方だと思いますし、それに万が一、一夏さんをお姉様と取り合うことを考えれば……いいえ、それでもやっぱり!」
「ちょっとセシリア、静かにしなさいよ、気付かれちゃうでしょ!」
「……はぁ、二人ともうるさい」
言わずもがな、セシリアと鈴と簪である。
もともと彼女らは買い物を続行するつもりだったのだが、二人きりで離れていく紫苑とシャルを見つけてしまい示し合わせたわけでもなく、自然とあとをつけていた。
セシリアは若干の紫苑に対する嫉妬を含めながら、鈴は純粋に野次馬根性で、そして簪は若干の興味はありつつもただ単に鈴の付き添いで、しかし三人の視線は一様に二人に釘付けだった。
「なんかいい雰囲気ね」
「そ、そうですわね」
「……いい笑顔」
しかし紫苑が急に見せた笑みを目の当たりにして、三人は毒気が抜かれてしまった。確かにいい雰囲気ではあるのだが、なぜか茶化してはいけないような気がしたのだ。
故に彼女らはそのまま立ち去ることにし、視線をゆっくりと二人から外した……。
「何をしているのですか?」
瞬間、目の前につい先ほどまで別の場所で見ていたはずの紫苑の姿があった。
「おおおお姉様!?」
「し、紫音! これはその、ね!?」
「は、はやい」
紫苑はISを部分展開しハイパーセンサーによる聴覚補正を使用して、気配察知だけでなく彼女らの会話まで聞いていた。自分とシャルが一緒にいることを邪推しているのは途中でわかった。シャルの心境も考えるとその行動は好ましいものではなかったので、少しお仕置きをしようと視線を外した瞬間にISを部分展開して瞬時に回り込んだのだ。
本来であればそこまではしないだろうし、ましてや部分展開などあり得なかっただろうが、どうやら先の一件でまだ少しだけ気が昂ぶっているようだ。もっとも、一番の理由は性別詐称という脛に傷を持った二人にとって下手に詮索されるのはよろしくないため、釘をさしておきたいというものなのだが……。
「ふふ、無粋な野次馬さんたちとは少しお話しなければいけませんね」
そう言う紫苑の笑顔は、先ほどシャルに見せたものに負けず劣らずいい笑顔だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本来であれば、楽しいデートになるはずだった。もっとも彼女自身はデートなどとは恥ずかしすぎて口が裂けても言えないが。
だが、あろうことかその相手は他の人間まで誘ってしまった。気付けば、デートの雰囲気など微塵も感じられない、ただの買い物となってしまった。
「はぁ……なぜこんなことに」
箒は皆と解散したあとに一人嘆息していた。
最初彼女は、買い物に集まったメンバーを見て憤りしか感じていなかった。
明らかに一夏を狙っていると思われるセシリアや鈴だけでなく、彼女がもっとも苦手としている存在までいたのだから。
しかしながら嫌なことばかりではなかった。ノリのいい鈴たちが主導して水着のファッションショーのようなものが始まってしまい、箒も半強制的に水着を試着させられたのだが、その中で一夏が彼女の水着を褒めたのだ。当然彼女はその水着を購入して、今も大事そうに抱えている。
だがしかし一夏が自主的にそんな気の利いたことができるはずもなく、反応が芳しくなかった彼に対して紫苑が少し呆れながらも諫言したというのが真相だ。実際、褒められたのは箒だけでなく全員が何らかの言葉を一夏から貰っているのだが、彼女の意識からは除外されているようだ。
そして表には出せないながらも箒が幸せな気分に浸っているうちにいつの間にか場は解散となり、一夏も既にその場を立ち去ってしまっていた。
買い物を続けるというセシリア達に誘われもしたのだが、先ほどまでの幸福な気分も冷めてしまったためそれは断り、彼女は一人帰ることにした。
それゆえの溜息である。本来であれば二人きりのはずだった買い物。少し褒められただけで浮かれてしまって、そのあと一夏とまともに話すことすらできなかった。
それどころか、思い起こせば途中から一夏が自分が苦手な相手のことをチラチラ見ていた気さえする。
自分にも専用機があれば。
それが彼女がこの数ヶ月で思い続けてきたことだ。
今回集まったメンバーの中で、彼女だけが専用機を持たない。
一夏達はそんなこと全く気にせずに接しているし、箒もそれを理解して嬉しくもあるのだが、やはりそれだけではどうしようもないコンプレックスを持ってしまうのは仕方の無いことだった。
「あと、あと少しで」
そんな彼女に訪れた、ISの開発者で姉でもある束からの、箒の専用機があるという一報。
彼女はそれに食い付き、今はただひたすらその日を待ち望む。
家族を崩壊させる原因となり嫌い、憎んですらいたはずの人間に今では希望を見いだしているという矛盾に気付かずに……。
自覚なしに持った強い力は、時としてその持ち主を傷つける。それを彼女は未だ知らない。
後書き
前話のあとがきにも追加しましたが、第三十三話が抜けてしまっていたため追加投稿しています。
混乱させてしまい、申し訳ありません。
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