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不死鳥

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第六章

「それをな」
「それで俺を選んでくれたんですね」
「それならわかるな」
「はい、その人達の為にも」
「御前は絶対に出す」
 王は盛田にこのことを約束した。
「その時は頼むぞ」
「わかりました」
 盛田も王の言葉に頷いて答える、そしてだった。
 その時は二度あった、王は札幌ドームと横浜スタジアムであった。
 盛田にだ、笑顔で声をかけた。
「行って来い」
「ここで、ですね」
「ファンの人達に見せてやるんだ」
 選手達には厳しい、そして何よりも自分自身に対して厳しい王が今は優しい笑顔で盛田に声をかけてきていた。
「今の御前をな」
「ここで、ですか」
「そうだ、ここでだ」
 盛田の故郷である北海道の球場、そして盛田の古巣である横浜ベイスターズの本拠地である横浜スタジアムでだというのだ。
「御前が投げる姿を見せてこい」
「そうしていいんですね」
「俺は嘘は言わん」
 王は言い切った。
「だから投げて来い、いいな」
「わかりました、それじゃあ」
「ああ、今からな」
 こうしたやり取りを経てだ、そうして。
 盛田は二つの球場のマウンドに上がった、するとだった。
 どの球場でもファン達は盛田を拍手で迎えた、まるで胴上げ投手の様に。
 そしてマウンドを降りる時もだ、やはり彼を万雷の拍手で送る。それは彼がこれまで受けたことがない程の、藤井寺の最後の試合で投げた時以上の拍手だった。
 ベンチに戻った彼をパリーグの選手達が温かい笑顔で迎える、そこには王もいてだった。
 王は笑顔で彼の肩を叩いて、こう言うのだった。
「よく投げてくれた」
「有り難うございます」
 投げさせてくれたこと、そのことへの感謝の言葉である。
「本当に」
「礼はいい、これが野球だ」
「野球ですか」
「そうだ、野球だ」
 まさにだというのだ。
「俺達がプレイするだけじゃない、観てくれるお客さん達もな」
「いるからですね」
「そのことはもうわかっていたな」
「はい」 
 それはだ、その通りだというのだ。
「ですがそれでも」
「それでもだな」
「こんなに温かいものだとは思いませんでした」
「野球は温かいんだ」
 王は盛田にこうも話した。
「戻って来た人間を笑顔で迎えてくれるものなんだ」
「それが野球ですね」
「そうだ、皆御前を待っていて迎えてくれたんだ」
 盛田、他ならぬ彼をだというのだ。
「そういうことだ、俺がやったことじゃない」
「野球がそうしてくれたんですね」
 盛田はそのことがわかった、それでだった。
 泣きそうになるがそれを堪えて笑顔になった、ベンチから観客席を見るとファン達は今も彼に拍手を送っていた。
 その彼に野球の神はもう一つの贈りものをした、それは。
 優勝だった、近鉄は劇的な優勝を成し遂げた。二年連続最下位からのまさに奇跡と言っていいものだった。
 代打逆転満塁ホームランを打ち優勝を決めた北川博敏をナインが総出で迎える、無論盛田もその中にいる。
 そこで歓喜の渦に包まれながらだった、彼は胴上げの後の梨田にこう言った。
「優勝まで出来たなんて」
「夢みたいやな」
「はい、本当に」
「これも野球やろな」
 梨田もだ、満面の笑みで盛田に言った。
「御前が復活出来てチームも優勝出来た」
「最下位から」
「そやから野球は面白いんや」
「そして素晴らしいものですね」
「止められへんものや」
 梨田はこう盛田に言った、盛田にとってこのシーズンは永遠に忘れられないものになった。
 もう盛田は引退して今では横浜スタジアムで球団職員、そして野球解説者として暮らしている。今も野球に関わっている。それで妻にもこう言うのだった。
「野球は止められないな」
「そうね、何があるからわからないから」
 細君も笑顔で盛田に言う。
「復活出来てしかも優勝まで出来て」
「だからな」
「あなたもこれからもね」
「ああ、野球をやっていきたいな」
 こう妻に言うのだった、盛田は今も野球をしている。一度は諦めかけた野球を。


不死鳥   完


                         2013・12・19 
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