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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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閑話 賢い息子


 ロイド・マクワイルドは、後悔していた。
 それは初めての子供のことだ。
 その息子は明らかに周りの子供よりも成長が早かった。

 立つのも早ければ、言葉を話すのも早い。
 それも意味のない言葉ではなく、こちらの言葉を理解しているようだった。
 最初はロイドも、そして妻もこの聡明な子供に喜んだ。

 将来は学者か弁護士か。
 いずれにしても、幸多き人生を歩む事になるだろうと。
 だが、息子は聡明すぎた。

 公園で遊ぶよりも、本を読む事を好み。
 テレビでもアニメには目向きをせずに、ニュース番組や情報番組を好んだ。
 子供であるのに、まさに生き急ぐような生き方だった。

 人は異質な人間を排除する。
 それがましてや子供であれば、当然のことなのだろう。
 そんなアレスに友達はおらず、むしろ同年代からは格好の苛められる対象となった。

 もっとも聡明な息子にとっては、子供の浅知恵に屈するわけもなく、適当にいなしていたようだったが。
 だからこそ、私もどこかで安心したのだと思う。
 子供に友達が少ないのは問題だが、周囲が大人になれば友達も出来るだろうと。
 苛めと言う問題もあるが、本人にとっては何ら問題のないこと。

 時間が解決すると、問題を棚上げしてしまったのかもしれない。
 確かに、息子――アレス・マクワイルドは大丈夫だった。
 問題だったのは妻だった。当初は喜んでいた妻も、この異質な息子に違和感を感じ――ましてや、同年代の母親から少しずつ距離をおかれる事になって、深く傷ついた。

 日中は仕事に向かう私とは違い、四六時中顔を合わせているという事を、この時の私は気づいていなかった。
 それが決定的になったのは、妹が生まれてから。
 アレスとは年が十一も離れた子供だった。
 その妹はアレスと比べれば、遥かに出来が悪く――しかし、子供としては当然であった。

 妹はアレスに懐いていたが、その違いに耐えきれなくなって妻はある提案をした。
 アレスを祖母の家におきたいと。
 何を馬鹿なと思ったが、妻は本気らしく――そして、アレスもそれに同意する。
 答えを求められて、

『アレスは私の子供だ。子供らしくなくても、子供だ』
 と、私は答えを出した。
 ただその言葉で母親は娘を連れて出ていき、私はアレスと二人暮らしになった。
 私が妻を嫌いになったわけでもない。

 おそらくは妻も私を――そして、アレスを嫌いになったわけでもない。
 ただ一緒には暮らせなかった。
 ただ距離をおきたかっただけなのだと。
 そして、私は後悔している。
 アレスを子供だと言った言葉ではない。

 聡明な息子を産んだことでもない。
 妻の悩みを無視し、何ら家庭を顧みなかったことだ。
 もっと妻の言葉を聞いておけば。

 + + +

「士官学校?」
「ああ、士官学校に合格したよ。四月からは寮生活になる」
 確定したと言わんばかりの息子の言葉に、ロイドは耳を疑った。
 確かに士官学校を受験すると言う話は聞いていた。
 だが、成績で言うならば士官学校に行かずとも同盟有数の高等学校に進級できる。
 その後、国立自治大学などの大学に進める。

 少し考えて、ロイドはアレスを見つめた。
「私の事は気にしなくてもいいぞ」
 全寮制、それも士官学校にもなれば、こちらに帰ってくることは少ない。
 そして、卒業すれば士官として各地に飛んでいく。
 いわば、齢十五にして自立する道。

 それを相談もせずに決定した事は面白くないが、何よりも自分と母の事を考えている。
 彼がいなければ、再び妻とも近づけると。
 気付かないほどに、耄碌しているわけでもない。
 真っ直ぐと息子を見て、ロイドは言葉を飲み込んだ。
 いま反対の言葉を口にしたところで、アレスが入学を取りやめることはない。

 金を出さないと言ったところで、給料が支給される士官学校では何ら意味のないこと。
 だから、ロイドはアレスに問いかけた。
「なぜ生き急ぐ?」
 言葉に対して、アレスは少し驚いたように片眉をあげた。
 しばらく迷い、自問するように首を振れば、

「さあ、わからない」
「入学するのにか?」
「ああ」
 頷いて苦笑を一つすれば、アレスはその足で台所からオレンジジュースを取り出した。
 グラスに注ぎながら、言葉を探す。
「なぜ死地に向かうのか、ましてや負け戦にね」

「負けるか」
 注ぎ終えたグラスを手にして、何事もないような言葉にロイドは顔をしかめた。
 ロイドは軍属ではなく、ただの同盟市民だ。
 簡単に負けるという言葉は信じられず、もし息子以外が口にしたのならば鼻で笑っただろう。テレビのニュースは互角の戦況を伝えており、帝国を打倒する事が同盟市民の夢だ。 

 だが、ロイドは息子の言葉を信じられた。
 顔をしかめて、
「ならば、そんな場所になおさら息子を送りたくはないな」
「だろうね。でも、俺は行きたいと思っている」

「なぜだ」
「理由を探すなら、父さんや母さん、それにマウアを守りたいからかな」
「アレスが行くことで、負ける事がなくなるのか」
「そこまで自信過剰ではないけどね。ただ行動しているという自己満足は得られる」
「そのためだけに?」
「表向きはね」

 呟いてジュースを飲み干す様子に、ロイドは目を丸くする。
「正直なところは、その理由がなくても、きっと士官学校には行っていたと思う」
「なぜ。いや、その理由が……わからないか」
「言葉が見つからなくてね」
「理由がなくて、親を納得させようとはな」

 ロイドは息を吐き、そして小さく笑った。
「わかった。行ってくるといい――だが、アレス。死ぬな。私も、そしてきっと母さんもお前を待っている」
「自殺志願者ではないつもりだよ」

 アレスもまた小さく笑って、しっかりと頷いた。

 + + +

 片田舎の小さな喫茶店。
 時代を無視するようにシンプルな内装に、何十年のミュージック。
 片隅におかれた古ぼけた液晶モニターがニュースを映し出している。
 そんな片隅で、ロイド・マクワイルドは二人の女性を正面にしていた。

 片や間もなく十歳に満たぬ少女であり、もう一方はウェーブのかかった髪の女性。
 離婚後の定期的な娘との面会の時間。
 だが、その雰囲気はとても離婚したとは思えず、暖かな家族の空間であった。
 誰が見ても仲良い親子の団欒に見えただろう。
 娘は楽しげに学校の様子を語り、母親はロイドの近況を尋ねる。

 笑いがあり、会話が弾み、注文したアイスコーヒーの氷が溶けた。
 カランと小さな音が鳴って、気付けば時間は二時間を超えている。
 店員を呼び、追加の注文をすれば、一瞬の静かな時間が流れる。
 追加注文が来る間に、手持無沙汰となってアイスコーヒーをストローでかき始めた母親――エレン・マクワイルドは小さく視線を娘に向けた。
 
 はしゃぎ過ぎたのか、小さく寝息をたて始めている。
 そんな様子に穏やかに笑んで、視線をロイドへと向けた。
 戸惑っているような、迷っているような。
 そんな雰囲気を察して、ロイドは先に口を開いた。

「アレスは元気だよ」
 その言葉に、エレンは明らかにほっとしたようだった。
 息を吐いて、そうと小さく嬉しげに呟く。
「あの子は恨んでいるでしょうね」
「まさか。君もあいつの事は良く知っているだろう。あの時に祖母の家に行くことに賛成したのは、誰よりもあいつだった」

「ええ、そうね。あの子は賢かった――だから」
 ストローを回す手を止めて、エレンは悲しげに唇を噛んだ。
「私は、恐かった」
「すまなかった」
「謝るのは私の方よ。耐えられなかった、私が弱かったの」

「違う、それは」
「違わないわ」
 ロイドの言葉は、悲鳴に似たエレンの言葉にかき消された。
 唇を噛んで、そして気付いたように娘を見る。
 一瞬の身じろぎを見せて、すぐに娘――マウア・ローマンは再び寝息をたて始めた。
「たまにね。この子寝言でお兄ちゃんっていうのよ。覚えているわけないのにね」
「懐いていたからな」

「ええ、あなたより子供の扱いが上手かったわね。あの時は、この子まで奪われる気がした。そんな事ないのにね」
 エレンが苦笑を見せれば、追加のコーヒーが届いた。
 シロップを入れて、かき混ぜる。
「あの子はいまどこにいるの」
「カプチェランカという惑星だ」
 そう呟いて、ロイドは一瞬迷う。

 しかし、すぐに作り笑いを浮かべれば、
「田舎で何もない場所だと嘆いていたよ」
 からからと笑ったロイドを、エレンの強い視線が止めた。
 表情に怯えを見せて、言葉を出した。
「相変わらず嘘が下手ね、ロイド。前線なのね」
「ああ。最前線だ」

「そう……ごめんなさい」
 震える声で、エレンは謝罪を口にした。
「君が謝ることはない」
「あの子の事は良く知っているわ。私が出ていったから、あの子は」
「それは違うぞ、エレン」

 次にエレンの言葉を塞いだのは、ロイドの言葉だ。
 力強い言葉とともに、震える両手を握りしめてロイドはもう一度違うと言葉にした。
「あいつは例え君がいても士官学校に入っただろう。入学する前に、そう私は聞いた」
「なぜ?」
「それがわからないそうだ。あいつにも分からない事があるらしいな」

 冗談めかして笑うロイドに、エレンの震えがおさまった。
 笑うロイドに、エレンの表情も崩れて、笑った。
 泣き笑いとも言える表情だったが、確かに二人は笑いあった。
『続いてのニュースです。自由惑星同盟軍の発表では、惑星カプチェランカにおいて、銀河帝国軍の侵攻を受け、多くの死傷者が発生したようです。この戦いでの死者は――』

 二人の笑顔が凍りついた。
 
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