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能面

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第五章


第五章

「勿論よ。だから」
「ケーキ。食べたいわ」
 無邪気にこう話す佳代子だった。
「ケーキ。駄目かしら」
「いいわ」
 その無理をしているのは声にも出ていた。だが何とか娘には悟られずに言うことができた。彼女もまた必死だったのだ。仮面を被ることに。能面の顔になるのに。
「それじゃあ。それを用意しておくから」
「御願い。それで皆で美味しいもの食べて御祝いしましょう」
「佳代子、その時はな」 
 次に言ったのは市五郎だった。彼は父程上手くはなく母程強張ってはいないがそれでも能面を着けることはしていた。その面で語るのだった。
「皆一緒だからな」
「うん、一緒だよね」
「だから今は病気を治すんだ」
 優しい声を妹にかけるのだった。
「よくな。わかったわ」
「そうね。まずはそれからだからね」
「その為にも栄養をつけるんだ」
「はい、これ」
 母が出した次のものはメロンだった。それを娘の前に差し出したのである。
「食べなさい。メロンも大好きだったわね」
「凄く大きい・・・・・・」
 そのメロンを見てまずは驚く佳代子だった。そのメロンは彼女が見たメロンの中でも最も大きなものであったのだ。値が張ることも予想されるものだった。
「こんな大きなメロン・・・・・・」
「お兄ちゃんが買ってくれたのよ」
「お兄ちゃん、またなの」
 母の言葉を受けて兄に顔を向けるのだった。
「また買ってくれたの」
「嫌か?」
「ううん」
 やはり微笑んで首を横に振る佳代子だった。
「有り難う」 
 そして兄に礼を述べた。
「いつも。買ってくれて」
「退院へ向けて体力をつけておかないといけないからな」
 こう言う市五郎だった。
「だからだよ」
「そうなの。そんなに体力使うの」
「病気を治すにはまず体力だろう?」
「うん」
 これはいつも言われているので頷くことができた佳代子だった。兄の言葉がその心の中に静かに入りそのまま宿っていくのがわかる。
「そうよね。けれど」
「けれど。どうしたんだ?」
「有り難う」
 また礼を述べるのだった。
「本当に有り難う。いつもいつも」
「いいさ」
 だが彼は微笑んでこう返すのだった。
「いいのさ。これでな」
「いいの?本当に」
「御前は僕の妹だろ?」
 微笑みで妹と言ってみせた。
「一人だけの。だから」
「いいのね」
「そうさ。だから」
「わかったわ。それじゃあ」
「食べて。体力をつけるんだ」
「うん」
 今度は素直に、そして静かに兄の言葉に頷く佳代子だった。
「わかったわ。それじゃあ」
「じゃあ。また明日にでも来るな」
「わしもだ」
「その時まで待っていてね」
 父も母も彼女に告げた。
「また。来るからな」
「いいわね」
「うん。待ってるわ」
 何も知らないかのような、あどけない顔で応える佳代子だった。
「またね。待ってるわ」
「ああ、またな」
「それではな」
 こうして三人は佳代子に別れを告げ部屋を後にした。部屋を出るととりわけ母親の小夜が崩れ落ちそうになってしまう。だがそれを白峰と市五郎が支えるのだった。
「母さん、まだな」
「気を確かにね」
「ええ・・・・・・」
 涙を流している。もう耐えられなかったのだ。その彼女を二人で支えたのである。
「そうね。まだ佳代子は」
「また来ようよ」
「明日にでもな」
 市五郎と白峰が彼女に対して声をかける。こう言って彼女を必死に支えるのだった。
 そうして二人で一人を支え病院を後にするのだった。それはこの日だけでなく次の日も、そのまた次の日も同じだった。そして遂に。その日は来たのだった。
「そうですか」
「静かにですか」
「はい、起きていればでした」
 医師が三人に告げていた。その顔は穏やかで彼の側にはベッドが置かれている。
 そのベッドに彼女がいた。微笑むようにしてそこに眠っている。だが目は覚めない。静かにそこに目を閉じている。ただそれだけだった。
「ここに看護士が来た時にはもう」
「苦しまなかったのですね」
「はい」
 医師は市五郎に対して答えた。
「そうです。何も」
「そうですか」
 彼はそれを聞いてまずは安堵した顔を見せた。
「それが。せめて」
「はい。ところで」
 ここで医師は三人に対して告げてきた。
「後のことは」
「わかっています」
 また市五郎が彼に答えた。
「それはもうこちらで」
「左様ですか」
「話はしています」
 こう医師に伝えるのだった。
 
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