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星の輝き

作者:霊亀
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第37局

 プロ試験の本戦は、1日1局、持ち時間は一人3時間、その後は1手1分、コミ5目半で行われる。日曜日、火曜日、土曜日の週3回、全出場者による総当たり戦だ。今年の出場者は28名。2ヶ月を超える長丁場となる。

 夏休みが終わり、2学期が始まると、海王中学でも塔矢アキラのプロ試験受験が話題に上がっていた。

「え、囲碁のプロ?囲碁にプロなんてあるんだ?」
「へぇー、中学生がプロの試験なんて受けれるんだー」
「プロ試験で学校サボれるのかー、なんかいいなぁ」
「すごぉーい、なんかかっこいいねぇー!」

 あまり囲碁のことを知らない面々は、主に上記のような反応がほとんどだった。しかし、囲碁部の面々となると、受け取り方が少し異なっていた。

「塔矢の事聞いたか?ついにプロ試験だってよ」
「やっぱり、それだけの力があったってことか…。すごい奴だったんだな…」
「で、結果は?」
「まだ始まったばかりだよ。1日1局で総当たり戦だからな、2ヶ月以上かかる。今日で3戦目だ」
「へぇ、お前詳しいじゃん」
「まぁ、気になるしな。日本棋院のホームページで、対局結果見れるんだよ。塔矢アキラは2連勝だ」
「うほっ!マジで強いんだ!」
「…でも、進藤は受けてないんだよな?」
「そうなんだよな。参加者に、進藤の名前はなかった」
「何で受けないんだろうな。塔矢と互角以上なのに」
「な、マジで勿体ねえよな」

 そう、塔矢アキラの実力がいよいよ確かなものとなってきたことで、改めてヒカルにも注目が集まっていたのだ。なにしろ、自分たちの目の前でヒカルは塔矢アキラを倒しているのだ。
 なぜ、塔矢アキラに勝つ力を持つ進藤ヒカルがプロにならないのか。ヒカルに対する囲碁部員たちの興味は高まっていた。







 緊張感漂う対局室の中で、相手が打った石を和谷は冷静に見つめた。劣勢な相手は明らかに無理な手を打ってきた。ここを的確にシノゲば、勝負はつく。

-ここをハネれば、マギレが出るかもしれない…。無理をするところじゃないな。俺が優勢なんだ。劣勢の相手の無茶に、こっちまで付き合う必要はない。

 和谷は落ち着いて、石を打つ。ノビだ。
 和谷の手を見た相手はうめき声を上げ、頭を抱えた。

-ここまできたら、もう逆転はないな。

 プロ試験6日目もすでに午後。けっこうな時間が過ぎていて、半数以上は対局を終えていた。和谷は盤面を再度確認した。

-うん。大丈夫。ここでハネてもキリで問題ない。ノビならハネこんでどちらから当てられても逃げれる。うん、問題なしだ。これで相手の左辺がつぶれたから地合は広がった。それに対して俺の大石は全部生きてる。取られる箇所はないな…、うん、ダメヅマリの箇所もない。大丈夫だ。
 
「…ありません」

 対局相手の力ない投了の声に、和谷は右手を握り締め、小さくガッツポーズを決めた。

「ありがとうございました」
「ありがとうございました」

 無事に勝ち星を拾った和谷は、大きく安堵していた。

-何とか連敗は免れたか…。ずるずると負けが込むのだけは避けたかったからな。これで一安心だ。


 和谷は、前回の5戦目の対局で、外来の辻岡相手に黒星を喫していた。かなりの強敵だった。院生上位の力があるのは間違いないだろうと思えた。やはり、本戦ともなると、強敵が多かった。

 プロ試験序盤での連敗が、後々で辛く響いてくることは、今までの経験から分かっていた。そのため、今日はなんとしても勝ちたかったのだ。
 石を片付けた後、対局結果の記入に向かった。勝敗の記録は勝った人間の仕事だった。


-えーと、ここに白星で相手に黒星っと。…6戦終わって、5勝1敗。まずまずかな。他のみんなの結果はと。…塔矢はあっさり6連勝か。やっぱり強いな。伊角さんも6連勝、と。本田さんはまだか。確か今日は本田さん、辻岡となんだよな。

「和谷、私のもつけてくれる」

 後ろからの声に振り向くと、笑顔の奈瀬がいた。

「あ、奈瀬も勝ったんだ」
「ええ。なんとかね4目半勝ちね」
「はいはいっと。…奈瀬も、6連勝か。ずいぶん調子いいんだな」
「まあねー。最近絶好調かもねー。このままうまく波に乗れればいいんだけどね。まだまだ強い相手は残ってるからね」

 奈瀬の声は明るかった。調子よい出足に、機嫌がいいようだ。

「あ、和谷、俺のもつけてくれ。中押し勝ちな」
「あ、本田君も勝ったんだ。おめでと」
「ありがとよ。…塔矢も奈瀬も伊角さんも勝ちか…」
「本田さんはと、ここか。本田さん、相手の外来どう思った?」
「辻岡さんな。なかなか強かった。和谷を倒しただけはあったな。何とか勝てたってとこだ。ここまでで6連勝は4人か…」
「ああ。塔矢、伊角さん、本田さん、奈瀬の4人が全勝。1敗が俺含めて4人…」
「やっぱり手強い外来は今年もいるわね…。ま、まだ始まったばかりだからねっ。お互いがんばっていきましょ」

 3人で話していたところに、同じ院生の真柴が通りかかった。

「お前らは調子よさそうでいいよなぁ…」
「真柴さんはしょっぱなから強い相手ばかりですもんね」

 真柴の言葉には力がない。和谷の言葉にも、元気なく頷いた。

「ホントだぜ。緒戦が噂の塔矢アキラで粘ったものの結局負け。2戦目が絶好調の奈瀬で見事につぶされて連敗スタートだぜ。ほんと、出だしから最悪って感じ。そこから何とか踏ん張って2連勝して星を五分に戻したと思ったら、5戦目が院生トップの伊角さんだぜ。それでやっぱり負けるし…。今日は何とか勝てたけどさぁ、6戦3勝3敗だぜ…。先は長いってのにさぁ」

「まぁまぁ、元気だしなよ。先は長いんだからさ!」
「そうだよ。結局総当りで全員対局するんだからさ。強い相手と早めに終わらせとくのもある意味よかったんじゃないか?」

 奈瀬と本田の慰めに、真柴は大きく伸びをすると深く息を吐いた。

「俺を負かした相手に言われてもなぁ…。ま、そうでも思わないとやってられないよなー。終わったもんは仕方ないか。何とか喰らいついていくしかないもんな。上位同士の対局もこれからだしな」

 そんなことを話していた院生たちに、院生師範の篠田も声をかけた。

「そうそう、連勝も良し悪しだよ。連勝してた子が1度負けた拍子にズルズルと連敗なんてのもよくあるしね。今は勝ち負けはあまり気にしないほうがいい。負けた碁を引きずらず、勝った碁におごらず、1局1局しっかりと自分の碁を打つことだ」

 篠田師範の言葉に、各自が頷いた。

 和谷は思った。

-そう、まだまだ始まったばかり。5勝1敗は決して悪くない。ここからだ。


 和谷の横で、真柴も篠田師範の言葉をかみ締めた。

-1局1局しっかりと…、か。ま、今はそうするしかないよな。引きずっても仕方ない。自分の碁を打つしかないんだもんな。気合を入れなおさないとな。


 本田もまた、対戦表を見ながら考えていた。

-…そうは言っても6連勝が4人しかいないのも事実だ。俺を含めたこの4人がトップ争いにかかわるのは間違いない…。塔矢と伊角さんは予想していたが、奈瀬がここまで調子いいとはな…。だが、俺だって6連勝、悪くない。




-今の私は間違いなく調子がいい。ヒカル君たちとの勉強の成果が、間違いなく出ている。外来の初めての人が相手でも、落ち着いて自分の碁を打てている。この調子だ。この調子でいけばいい。この調子でいければきっと…。


 昨年までは感じる事ができなかった確かな手ごたえを、奈瀬は掴んでいた。



 







  
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