ちょっと違うZEROの使い魔の世界で貴族?生活します
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本編
第46話 王都の休日? 休んでないのに休日?
こんにちは。ギルバートです。魅惑の妖精亭で今後の事を、ファビオ+いつもの護衛2人と話しています。父上に報告書の原案作成を押し付けられた所為で、王都にしばらく足止めされてしまいました。領の方が如何なっているか心配なのに……。いや、それよりも魔法の道具袋の中身が気になります。如何しよう。
しかし悩んでいても何の解決にもなりません。
とにかく目の前の作業に集中して、手早くかた……
「ギルバート様。報告書の原案は私が作成しますので、お休みになっていてください」
あれ? それは如何言う事ですか? 人が考え事をしている間に、何故ファビオがそのような事を……。と言うか、クリフとドナも何故頷いているのですか?
「アズロック様に、ギルバート様に無理をさせない様に言い付かっております」
「父上~~~~!!」
なんでそんな事をするのですか!?
「ギルバート様は領に戻って仕事をする気でしょう。それを見越したアズロック様が、王都に止めて仕事をさせないように。との事です」
……逃げてやる。
「ちなみに逃亡の際は、シルフィア様のお仕置きフルコースを覚悟しておいてください」
クリフが割って入ってきました。って、なんじゃそりゃ~~~~!!
「領には網が張ってあるので、秘密裏に帰っても、すぐに捕縛されますよ」
何得意げになっているのですか? ドナ。私は犯罪者ですか!? 思わず頭を抱えてうずくまると、更にファビオが追い打ちを掛けてきました。
「ギルバート様を見ていると、ワーカーホリックの親不孝者の末路を見た気がします」
お願いします。みんな揃って、憐れむような目で見ないでください。ため息まで吐かれると、物凄く惨めです。泣きますよ。
そう思っていると、私の足にティア(ぬこver)がスリスリして慰めてくれました。
「私の味方は、ティアだけですか……」
私はティアを抱き上げ部屋へ逃げ帰りました。おぼえてろ。
何もやらせてもらえず4日が経ちました。私は暇でしょうがありません。現代知識がある私は、王都で見て回る様な所なんてもうありませんし。剣術の訓練も何故か“無理するな”と止められました。……隠れて他にも色々してますが、そっちは幸運な事にばれて無いようです。
私が何をしていても、時間が経てば今回の事件の結果報告が上がってきます。
叩き潰した奴隷市から、奴隷達を解放する事に成功しました。領内の行方不明者の内、83名を発見し救出する事が出来ました。しかし残りの14名は、逃亡の失敗や反抗的な態度を理由に(見せしめとして)殺されてしまったそうです。生きていた者達も、口が裂けても無事とは言えない状態でした。彼等の今後の生活の援助や補償も考えなければなりません。
一緒に見つかった奴隷達の処遇は、ドリュアス家が受け持つ事にしました。何と言ってもドリュアス家は、1人でも多く領民を増やしたいのが本音だからです。帰る場所がある人には無理強いできませんが、大半の人はドリュアス領に来る事になるでしょう。帰る場所がある人にも、ドリュアス領への移民を勧めておきます。
奴隷に身を落とした貧乏貴族の受け入れは、リスクも大きいですがリターンも大きいです。奴隷に落ちた大抵の貴族は、貴族生活が抜けきらないボンクラだからです。しかしまともな人材が居れば、メイジを補充できるのです。この魅力はでかいです。明らかに問題がある人物は最初から除外するとして、当分は見張りを付け様子見です。馬鹿をやったら即座に領から退場ですね。
ロマリアンマフィアと協力していた貴族派の捕縛も順調で、そこから出て来た証拠を元に商人や神官の検挙も進んでいます。同時にゲルマニアが、今回の証拠を元に神官の断罪を求めつつ、ロマリアに対してネガティブキャンペーンを仕掛けました。
続けて二度もスキャンダル(神官が関わる大規模犯罪)が続いた事に加え、アルブレヒト3世は引き際を誤るような人ではないので、ロマリアの威光を叩き潰す事が出来るでしょう。
大抵の問題は上手く行っていますが、その中で大きな問題になっている案件がありました。それはクルデンホルフが保有していた資金の行方についてです。証拠として押収された書類上の総額は、約2200万エキューとあったのです。当然、大公家もトリステイン王家も黙っていられる金額ではありません。
更にその内の約800万エキューが、投資の名目で集められた資金でした。これほどの大金ともなると、今のクルデンホルフでは返金は不可能です。そこで陛下は投資関係の書類を、証拠として押収する手に出ました。恨みを買ってしまいますが、犯罪者に投資したと言う事で諦めてもらうしかないでしょう。更にトリステイン貴族の借金返済(実際は王家が肩代わり。事件に関与した貴族派の財産を没収し借金の返済にあてた)と王家・ヴァリエール家・ドリュアス家の三家から資金援助を受けて、ようやく公国の運営に支障は出さずに済むそうです。
破産や没落は回避できたものの、お金が無くなったクルデンホルフ大公家の発言力低下も懸念されました。クルデンホルフは独立国ですが完全な王家派です。下手をすれば、貴族派の発言力を高めてしまう結果になりかねません。
しかし、それも杞憂に終わりました。
クルデンホルフには外部協力者が居た様で、隠し財産を利用し傘下商会の流出を防ぎました。それどころか、この混乱を利用して神官と癒着があった商会を乗っ取り、逆に勢力の拡大を図ったのです。マギ商会も勢力拡大を目指して動きましたが、相手がクルデンホルフでは手も足も出ません。クルデンホルフの収入は、むしろ増えたと言って良いでしょう。当然発言力低下も最小限で済みますし、私を含め一部の者達にはその恐ろしさを見せつけた形になりました。
……マギ商会の勢力拡大は成りませんでしたが、神官と癒着を行っている商会を掃除出来ただけで良しとしておきましょう。
トリステイン王国とクルデンホルフ大公国は、怪盗フーケは実在しないという見解に達しました。証言や状況から“短時間で大量の資金を持ち出すのは不可能”と判断されたからです。代わりに出された結論は“以前からロマリアンマフィアが資金を少しずつ運び出していた”でした。
要するに怪盗フーケの正体は、ロマリアンマフィアの偽装工作であると判断したのです。資金回収と言う明確な目的が出来たトリステイン王国は、犯罪者達の捕縛に必死になり捕縛効率は一気に上がりました。また、投資をしていた一部の貴族派も同じ見解に達した様で、神官と貴族派の関係に亀裂が出来たのは幸運でした。
……怪盗フーケの正体が私であると、とても言い出せない状態になってしまいました。本当に道具袋の中身どうしましょう?
暇な私はベットに腰かけ、ティア(猫ver)を弄びながらそんな事ばかり考えていました。
---- SIDE ティア ----
最近主の元気が無い。正直今の状態の主を見ているのは、精神衛生上よろしくないのじゃ。
……原因は分かっておる。
「主」
「なんですか?」
「疲れておる様じゃから、主は休んだ方が良いじゃろう」
仕事を貰えない主は、持て余した時間を剣の訓練につぎ込んだのじゃ。ボロボロになるまで訓練をし疲れ果てた主は、暗くなると泥のように眠っておった。我等が「体を酷使しすぎじゃ」と窘めると、今度は夜中もこっそり起き出して何かやっておる。
主は少し考えるようなそぶりを見せてから「そうですね。分かりました」と答え、寝台に横になったのじゃ。
吾は主の事を誰かに相談したかったが、すぐに思いついたのはカトレアじゃった。主の事を相談するにも、流石に目の前に本人が居ては相談出来ぬのじゃ。そう思った吾は、この部屋から出る事にした。
「吾は小腹がすいたのじゃ」
「私は食欲がありませんので、このまま横になっています。ジェシカを呼びますか?」
「いや、人に化けて下で食べて来るのじゃ。人として食事をしないと、てーぶるまなーを忘れてしまいそうじゃしの」
言い訳を言ってしまったが、主は吾が人の食事が好きなのは主も知っておる。(正確には主と同じ食卓に着くのが好きなのじゃが)主は何も言わずに、魔法の道具袋を放って来たのじゃ。
「すまぬの。……我をまといし風よ、我の姿を変えよ」
吾が人の姿(全裸)になると、主は既に背を向けておった。普段は喜々として吾の体を弄っておるのに、人型に化けた途端これじゃ。本来なら吾を押さえつけ、手篭めにするくらいの気概を見せて欲しい物じゃ。
いっそ、吾の方から襲うか……等と考えてしまった吾は悪くないのじゃ。
道具袋から服を取り出し着替えると、最後に吾用の財布を取り出す。主から毎月10エキューのお小遣いをもらっているのじゃ。
「主よ。行って来るぞ」
「はい。絡まれないように気を付けてくださいね」
「魅惑の妖精亭を出る心算はないのじゃ。ファビオ達も居るはずじゃし問題無かろう」
主は「そうですね」と答えたっきり、黙ってしまったのじゃ。普段の主なら一緒に食事を取るか、食事を取らぬまでも同じテーブルに着こうとしたはずじゃ。その事に落胆しつつ部屋を出る。
(……横になった所で、主は全然眠れないじゃろうな)
吾は部屋から出ると、カトレアへ念話とつなげる。我からは全員につなげられるが、主、カトレア、レンは吾にしか念話をつなげられない。《共鳴》が無ければ、主に念話を聞かれる心配は無いのじゃ。そして主に《共鳴》の発動権が無い事が、今日ほど幸運に思った事も無いのじゃ。
(カトレア。聞こえておるか?)
(如何したの?)
(主が相当まいっておる様じゃ)
あっ。カトレアがため息を吐いたのが分かったのじゃ。
(酷いの?)
(かなりの。原因は……)
(この前の襲撃事件で人を殺した事ね。……話は分かったわ)
襲撃事件の事を聞いて予想しておったのじゃろう。我が原因を語る前に言い当てられてしまったのじゃ。悔しいが主の一番の理解者はカトレアじゃな。
(……ギルは最近考え込む事が多くなって無い? 注意力や思考力が落ちてると感じた事は? 睡眠はちゃんととれてる?)
身に覚えがあり過ぎじゃ。今までは気を張っていたから平気そうじゃったが、今回の作戦が終了してから明らかに溜息が増えたのじゃ。ちょっと前に(頭をからっぽにする為に)無茶な訓練もしておったし、思考パターンもかなりネガティブになっておる様じゃ。
(……やっぱり、重傷ね)
吾の沈黙から肯定の返事を察したか。
(明後日が虚無の曜日だから、明日夜に合流する心算だったけど……。今すぐそちらに向かうわ)
(頼むのじゃ)
念話を切ると同時に酒場に到着する。食事をすると言った手前、少し時間を潰さねばならぬじゃろう。
周りの男共から視線を感じるが、構わずジェシカにスゥ銀貨を渡し適当に何か持って来るように頼む。そして、そのまま店の奥のテーブルに着く。そこにファビオ+護衛2人(クリフ+ドナ)は既におったが構う事は無い。と言うか、杖を持ったメイジ(クリフ+ドナ)を虫除けに利用する為じゃ。
「相席するぞ」
事後承諾じゃが、この程度なら問題無かろう。
「ど どうぞ!!」
上ずった声で了承したのはクリフじゃ。ドナも緊張した様子でコクコクと頷いておる。ファビオは小さく一度頷いただけじゃった。吾の正体を知っているのはファビオだけじゃが、クリフとドナも別荘で顔を会わせたので人間時の吾の事は知っておる。
しかし、クリフとドナは先程から落ち着かない様子じゃ。何故じゃろう?
「美人が相手だからって、2人とも緊張しすぎですよ」
そう言う事か。と言うか、ファビオがとても良い笑顔で2人を諌めたな。……あの顔は楽しんでおるな。この2人がファビオの玩具にならない様に、釘をさして……いや、ここで正体を明かしておくのも良いか。この2人には主から許可が下りておるし。
信頼出来る者以外に絶対に正体を明かすなと言われておるが、主が認めた人間に関しては吾の裁量で正体(韻竜である事と主の使い魔である事)を明かしても良いとも言われておる。今までは必要無いと思っておったが、ファビオに正体を知られてからは、協力者の重要性と言う物を知ったのじゃ。
……少し考えてから、吾はクリフとドナに正体を明かす事にしたのじゃ。特に主以外から求愛されても煩わしいだけじゃしの。話を邪魔されてもなんじゃし始めに断っておくか。
「残念ながら吾は主一筋じゃ。他の男にはなびかぬぞ」
クリフとドナが唖然としておるのじゃ。そして何故かファビオが凄く良い笑顔で、聞き耳防止用マジックアイテムの起動を指示しておる。何故じゃ? ひょっとしたら、吾がこの2人に正体を明かす気になったのに気付いたのか。……いくらなんでも鋭すぎじゃろう。
「あ あの。……あの人の何処が良いのでしょう か?」
ドナが変な質問をして来たのじゃ。それと同時に場に微妙な圧迫感が生まれたのじゃ。聞き耳防止用マジックアイテムが起動したのじゃろう。
「全部じゃ。我には主以外ありえん」
胸を張って言いきってやったわ。少し気分が良いの。
「いやいやいやいや。それは駄目でしょう」
と、クリフ。ドナも頷いておる。ファビオだけは1人でニヤニヤしておるが。
「何故じゃ?」
少しイライラしながら問い返す。カトレアも許してくれておるので(妾と言う身分は気に入らないが)問題ないと思うのじゃが。
「だって相手は妻がいるし……」
ピシッ。改めて指摘されると腹が立つのじゃ。
「こど……」
「そんなこと関係なかろう!!」
「「「……ッ!!」」」
つい怒鳴ってしまい、料理を運んで来たジェシカを驚かせてしまったのじゃ。その事に吾は冷静になる。
「ん。すまぬのジェシカ。驚かせてしまったのじゃ」
そうか。考えてみれば、同性の協力者は増やしておいた方が良かろう。主以外の男に肌を晒す趣味も無いし。カトレアばかりに迷惑はかけられぬので、この際ジェシカにも正体をばらすか? 主もジェシカになら良いと言っていたような気がするしのう。
※注
本当はダメと言われています。スカロンにはOKを出していますが、ジェシカは条件付き(15歳位になったら)で良いと言ってます。その時一切ばらす心算が無く、ギルの話を聞き流していた弊害が出ました。
「じゃあ、あたしはこの辺で……」
そそくさと退散しようとするジェシカを、吾は捕獲し隣のテーブルの椅子を引き寄せ座らせる。
「まあ、本妻公認なのじゃからその件はもう良いじゃろう。それよ……」
「「シルフィア様公認!!」」
クリフとドナの声が重なったのじゃ。2人は呆然としながら「ありえない」とか「シルフィア様が壊れた」とか言っておるし。何故かファビオがテーブルに顔から突っ伏して痙攣しておる。それより何故ここに主の母上の名前が出て来るのじゃ?
そして今までの会話を整理してみると……
吾の認識(主 = ギルバート 本妻 = カトレア)
周りの認識(主 = アズロック 本妻 = シルフィア)
ファビオ(面白そうだから黙ってよう♪)
「!! ~~~~ッ!! ファビオ!! 貴様!!」
ファビオは突っ伏した体を起こすと、両手を前に出して“落ち着いて”とジェスチャーする。状況がつかめないクリフ、ドナ、ジェシカは、困惑するばかりじゃ。
「彼女が言っている主とはギルバート様の事で、本妻とはカトレア様の事ですよ。詳しく話すと……」
ファビオはクリフとドナに、これまでの誤解を解くよう説明して行く。吾の正体をぼかしながら、カトレアの事を含め上手く説明して行く様は流石じゃ。そして説明役を買って出る事により、吾の怒るタイミングを外しおった。……口惜しい。
「……と、言う訳です」
ファビオの説明が一通り終わると、クリフとドナは吾を一度見て溜息を吐いたのじゃ。
クリフとドナは「ギルバート様の年で……」とか「黒髪の人は黒髪じゃないとダメなのでしょうか? しかも本妻公認って」とか好き放題に言っておる。それからジェシカ。この状況から「あたしも黒髪だから気をつけた方が良いのかな?」とか言い出す気持ちは分かるが安心せよ。主は女関係基本ヘタレじゃし、カトレアが怖くて吾(+レン)以外の女には手を出せぬのじゃ。(※ もの間違いじゃないか? と言う突っ込みは受け付けぬのじゃ)
「まあ、ファビオの言う通りじゃ。それから吾は、人では無いので人の倫理を言われてもな……」
そう言いながら、吾はジェシカが運んできた料理を口に運ぶ。
「……………ハム。モグモグ」
全員フリーズしていて反応が無いのう。
「……バリッ。モキュモキュ」
静まり返った場に、吾が食事をする音だけが響くのじゃ。ん? この牛フィレ煮込みのハシバミ包み、甘辛く煮込んだ肉にハシバミ草の苦みがアクセントとなっていて美味いのう。
「あの。それってばらしちゃ不味いんじゃなかったのですか?」
一番最初に復帰したのは、ファビオじゃった。
「主からは信頼出来る者には話して良いと言われておるぞ」
世間話のように気軽に言ってやった吾に、ファビオが頷いて見せたのじゃ。
「偶発的に知ってしまった私は除外するとして、クリストフ様、ドナルド様、ジェシカの3人は信頼できる協力者と認められたと言う事ですね」
吾はモキュモキュと肉を頬張りながら頷く。そして口の中の物を呑みこむと
「これまでは協力者の必要性を感じなかったので、だれにも打ち明けなかったが汝と言う協力者を得て、必要に応じ吾の正体を明かす事にしたのじゃ」
と、そこでいったん言葉を切りフォークを置き口を拭くと続ける。
「普段は主の近くでティアと言う黒ネコの姿をしておる」
「あなたの正体は、……獣人なのですか?」
クリフが確認して来るがその答えは外れじゃ。
「いや、韻竜で今は使い魔の身じゃ。主に召喚されたのは、塩田設置の終わりの方じゃったな。汝等も覚えておるのではないか? 主が黒猫を抱いて年相応に笑って居た時じゃ」
クリフは呆然とし、ジェシカは良く分かっていないのかキョトンとしておる。そして、ドナは……。
「ああ。あの時ですか。って、何か聞き捨てならない事を聞いた様な……」
「韻竜じゃ」
我が念を押すと、フラフラと机に突っ伏しおった。失礼な奴じゃのう。
「ジェシカ。牛フィレ煮込みハシバミ包みを追加じゃ。それから適当に飲み物もな」
「あっ……はい。ただ今お持ちいたします」
そう返事してフラフラと料理を取りに行くジェシカに、改めて口止めが必要かのと考えたのじゃった。
---- SIDE ティア END ----
---- SIDE カトレア ----
ティアから連絡を受けて、私は急いで魅惑の妖精亭へ行く準備を行っていた。
連絡中は冷静を装っていたが、内心では心配でたまらなかったのだ。
「予想はしていたけど……」
財布や着替え小物を確認しトランクに詰める。急用で明日休む事は、既に先生に伝えてある。レンに風竜に《変化》してもらう様にお願いもした。間もなく部屋の前に来てくれるだろう。
「心配する側の気持ちも分かってほしいわ」
愚痴を言いながらトランクを閉じロックをかける。窓を確認すると、まだレンは来ていない様なので身だしなみの最終確認をする。風竜に乗ってしまえば、風圧でセットが乱れてしまうので意味が無いのだが、ギルに会いに行くとなると気になってしょうがない。
しばらく鏡の前で悪戦苦闘していると、窓が風でガタガタと言いだした。窓を見ると風竜が私の部屋を覗き込んでいた。
「レン。今行くわ」
トランクを持ち腰からミスリル製の扇を引き抜く。(この扇はギルからプレゼントしてもらった物で、即刻杖に追加工して契約した。魔法金属製なので、杖としての性能は非常に高い)窓を開けフライ《飛行》を発動すると、外に出てレンの背中に乗る。そしてロック《施錠》で窓を施錠すれば準備完了だ。
「レン。出発よ」
「応」
レンの威勢の良い返事と共に、私達は学院を飛び立った。
王都の入口前に降り、正面の門から王都へ入る手続きをする。レンとはいったん別れ、小動物(小鳥や猫)に化けてもらい後で合流する事になる。
学院に入学してから良くお父様に会いに行っているので、衛兵達も私がヴァリエール家の人間である事を知っている。
「ミス・ヴァリエール。風竜を使うなど何かあったのですか?」
いつもは乗馬の訓練も兼ねて馬を足にしている私が、風竜で来た事に何かあったかと不安に思ったのだろう。加えて今は普段私が通過する時間帯と違う。(いつもは別邸に宿泊する為、虚無の曜日の前日か暗くなる前に学院へ戻れる時間帯に通過する)
急ぎたいが、心配してくれているなら無碍にする事も無いだろう。
「婚約者が王都へ来ているので、今から会いに行く所ですわ。風竜を使ったのは、王都の閉門に間に合わなくなってしまいますから」
私は沈みかけた夕陽を見ながら答えた。
「こ 婚約者……。そうですか」
何やらショックを受けている様だ。他にも似たような反応をしている衛兵が何人かいる。私も自分の容姿は自覚している心算だし、元々平民を蔑視するような性格ではないので、人当たりも良い方だと思う。だから一部の人達に人気があるのは自覚はしていた。
心境としては“応援していたアイドルに恋人が居た事が発覚した”と、言ったところだろう。ギル以外に告白されても煩わしいだけだし丁度良いか。学院内では既に有名な話(群がる男が煩わしくて即刻ばらした)だから今更隠す必要もない。
「ええ。私が学院生の身であるせいで、お会いできる機会が減ってしまって……。久しぶりにお会い出来るので楽しみですわ」
これは紛れもない私の本心だ。ギルの精神状態は心配だが、久しぶりに会えると思うと少し嬉しくなる。
「お お気をつけて……」
「はい」
衛兵に返事をして、そのまま門をくぐる。後ろで衛兵が“今夜は魅惑の妖精亭にヤケ酒しに行こう”と話しているのが聞こえたが、おそらく私もそこに居るので部屋から出ない様にしてあげようと思った。
はやる気持ちを抑え、速足で歩いていると直ぐに魅惑の妖精亭に着いた。
中に入り店内を見渡すと店の奥にティアの黒髪を見つけた。声をかけようと思ったが、ティア周囲の感覚からサイレントか聞き耳防止用のマジックアイテムが機能している様なので、そのまま近づく。
「ティア。ギルは如何したの?」
私が声をかけると、ティアが振り向く。
「カトレアか。ずいぶん早かったの」
「ギルが心配だから急いだのよ。それよりギルは?」
「そう急くでない。主は部屋で横になっておるのじゃ」
「……そう」
私は自分が思っているほど冷静では無かった様だ。ティアを確認した途端自制が効かなくなっていた。落ち着いて周りを見ると、ティアと同じテーブルにクリフ、ドナ、ファビオ、そして何故かジェシカも居る事に今更気付いた。
「状況を教えてくれる?」
私がそう聞き席に着くと、ティアは「応」と答え説明してくれた。……で、|状況《それ)を聞いて溜息が出てしまった私は悪くないと思う。
「ティア。ジェシカには“15歳になるまで話しては駄目”と、言われているはずだけど……」
あっ……。ティアの顔がみるみる青くなって行く。
「カ カトレア……」
「大丈夫よ。ちょっと怒られる位だから」
……そんな泣きそうな顔で見ないでほしい。まるで私が苛めているみたいじゃない。
そのまま訪れた沈黙に、最初に耐えられなくなったのはジェシカだった。
「ティアさんは、カトレア様の使い魔でもあるのでしょう? だったら……」
「そんな事まで話したの!?」
しかしフォローを入れる心算が、逆に止めを刺したのは皮肉な話だと思う。ティアはうつむき縮こまってしまった。
私はこの状況に大きく溜息を吐く。ジェシカが言った事が正論だからだ。それにギルの場合、そのちょっとが洒落にならない時があるのだ。
「分かったわ。私の方からもギルにフォローを入れておくから」
私がそう答えると、ティアは泣きながら私の胸に飛び込んで来た。体格的にティアの方が大きいから、椅子ごと倒れそうになったが何とか持ちこたえる。
「ちょ ティア。危ないじゃない」
「うぅ~~~~。カトレア。恩に着るのじゃ」
「危ない」と怒ろうかとも思ったが、半泣きで必死に抱きついて来るティアを見ると、その気は失せてしまった。逆に頭を優しく撫でて慰めている私は甘いかもしれない。
……外野から色々聞こえて来たが「あたしもお姉ちゃんか妹ほしいな~」は、良いとして「非生産的な……」とか「イイ」とか「百合の花が……」とか言っている奴らは、報復をしておいた方が良いのだろうか? 同じ様な視線を店中から感じる。どうやらティアが抱きつく時の床の振動で気付かれたか、隣接するテーブルのガードが声を上げたのかもしれない。
「早速ギルの所へ行くわ。ギルの部屋は……」
流石に恥ずかしくなったので、私はギルの部屋に撤退する事にした。
「一番の部屋よ」
答えてくれたのはジェシカだった。ティアは未だに泣きべそをかいているが、男共は私の胸元を凝視していた。
「分かったわ。ティア。もう直ぐレンが来るから、少ししたらティアもレンを連れて上がって来て」
「分かったのじゃ」
ティアの返事を確認すると、一応レンにも念話で連絡入れるように指示しておく。こう言う時、レンと直接念話出来ないのは不便に思う。
私は人目を避けるように2階に上がり、一通り身だしなみをチェックすると、ギルの部屋に着くとそっと扉を開けた。ノックしなかったのは、ギルが眠っている事を考慮に入れたからだったのだけど……。
「ふふふふふふふ。これをこうすれば……」
ギルは笑いながら何かの作業をしていた。
……これは無いと思う。
「ギル。何をしているの?」
「っ!! か かとれあ!! ど どう して」
思ったより元気そうなギルが居た。心配した私の立場って……。
---- SIDE カトレア END ----
作業中に突然カトレアが部屋に踏み込んで来ました。なんだかよく分からないですが、怒っている事だけは分かります。
(私は悪い事をしていないと思うのは気のせいでしょうか?)
しかしそんな私の思考を感じたのか、カトレアの目がつり上がりました。その顔は原作のルイズそっくりです。胸以外。
「もう一度聞くわ。ギル。何してるの?」
……怖いです。
「これです。これを作っていました」
私は先程まで作っていた物をカトレアに差し出します。
「何これ? 綺麗ね。ひょっとして材料は宝石? って、これどういう仕組みになっているの?」
「いえ、ドリュアス領で採れたガラスです」
私が出したのはガラスの塊です。と言っても、ただのガラスではありません。巨大な宝石(直径12サント位)の様にカッティングした立方体で、中に白い立体の様な物が入っている俗に言う“3Dクリスタル”と言う奴です。
「えっ!! でも…… それに中の白いのって」
カトレアは私が出したガラスに光を当てて、光沢や反射具合を確かめ始めました。
「酸化鉛を多く配合して、屈折率を高くしました。そのおかげで、まるで宝石……は言いすぎですが、ガラスとは思えないでしょう。青みがかった方が美しく見えるので、あえて僅かに青みを残しています。ガラスの中にごく微小な傷の点を作って、複数の傷を使い立体や絵を見せるのです。今カトレアが見ているのは、王家献上用に作っている百合の花ですよ。……作りかけですが」
カトレアが、作りかけの3Dクリスタルとモデルの百合の花を交互に見ました。完成度は7~8割と言ったところでしょう。
「ひょっとして、一個の傷を作るのに一回《錬金》をしているの?」
呆れたように声を出すカトレアですが、私もそこまで非効率な事は出来ません。
「なれれば傷を複数同時に作れますよ。《錬金》を使えば楽に修正出来ますし、結構気軽に出来ます。使用精神力が少なく《錬金》の精密操作が必要なので、魔法の練習と暇つぶしに最適です」
本来なら大掛りな3Dレーザー彫刻機器が必要なのですが、それは《錬金》凄いと言う事で納得してもらうしかないです。最初はプチプチを作って暇つぶしをする心算だったのに、いつの間にかこんな事になっている自分の思考回路は如何なっているのでしょうか?(経緯が思い出せない)
「それからカトレア。これをもう一度渡しておきます」
私は魔法の道具袋から以前受け取ってもらえなかった杖を取り出しました。
「で でも。これは……」
「暇だったので、王家用の王錫も作りましたよ」
そう言って取り出したのは、ジェラルミンケースです。アルミニウム・亜鉛・マグネシウム・銅の比率を研究するのに時間がかかりました。しかし、《錬金》や《硬化》《固定化》があるので、硬度や強度のみを追求すれば良いのは楽です。
中身はカトレアの物と同じミスリル製の杖で、トリステイン王国の色とも言える青を出すのにサファイアを贅沢に使っています。青1色だけと言うのも難なので、エメラルド(緑)・インペリアルトパーズ(黄)・ルビー(赤)の3色をアクセント程度に取り入れました。握り部分はシンプルにストレートにし、杖先には直径10サント程のサファイアの百合細工をダイヤモンドに閉じ込め球状にした物を使っています。
現状の私が出来る最高の作品なのですが、材料は《錬金》で作るか自前調達なのでお金は殆どかかっていなかったりします。まあ、作るのは洒落にならない位に大変でしたが……。
「……凄い」
「カトレアの杖と比べても性能も負けていませんが、カトレアが使う分にはかなり見劣りしますよ。病巣とは言えカトレアの一部を使用していますから、当たり前と言えば当たり前なのですが」
私が苦笑しながら言うと、カトレアは大きく頷きました。
「でも、これだけの品を献上したら、製作者を追及されてしまうわ」
「そこは父上達に苦労してもらいましょう。いざとなれば、製作者はマギ(故人)と言えば良いですし」
私が笑顔で答えると、カトレアはあきれた様な顔をしました。
「それでカトレアは何故ここに居るのですか? 虚無の曜日は明後日だったと記憶していますが……」
「ギルが心配だったからよ」
「私が心配?」
私の心底不思議そうな態度に、カトレアはため息をつきます。そして心を落ち着けるように少し間を取ると、急に真剣な表情になりました。
「……ギル」
何か嫌な予感がしますね。
「人を殺したんですってね」
ドクン
カトレアは私をまっすぐ見つめながら言いました。
「今回が初めてでは無いですよ」
ドクン ドクン
先程から何か五月蠅いと思ったら、自分の心臓の音でした。
「確かアルノーと言ったかしら」
ドグン
心臓が跳ねたのが分かった。訳が分からなくなり、まともな思考も出来なくなる。
「ギル」
「カトレ……うっ」
気がついたらカトレアに抱き締められていました。
「ギルが責任を感じることなんてないのよ」
「……でも」
「でもじゃない。ギルは人を殺す事に罪悪感を覚えすぎよ。
……ギルは自分の存在が、不幸な人を作るかもしれない事を恐れているのでしょう。
でもそれは違う。ギルは人を守っているの。
ギルは神様じゃないから全ての人間は救えない。如何してもその手からこぼれおちてしまう人が居る。
ギルはそれが許せないのでしょう。
両手からこぼれてしまった物ばかり見て、その手に残った物にさえ責任を感じていたら潰れてしまうわ」
どっかの赤い弓兵みたいな事を言われました。
「ギル。私は真面目な話をしているのよ」
カトレアの抗議に、私はカトレアを抱き締める事で答えました。
「ちょ ギル」
「心配をかけてしまいましたね」
カトレアの言いたい事は良く分かります。今回私が手にかけたのは、アルノーさんと違い自らの意思で外道な事を行ったのです。そしてその矛先が、私が守るべき領民達に向けられたなら、守るのは至極当たり前の事です。
よく言われますが“奪うなら奪われる覚悟を、殺すなら殺される覚悟をしなければならない”と言います。
殺した後に罪悪感に苛まれるのは、この覚悟が出来ていない証拠と言えるでしょう。
そして恐らくカトレアは、私の歪みを指摘しないように気を使っていますね。その証拠に、私の前世について一切触れようとしていません。
先程の理不尽な怒りも、心配の裏返しなら逆にありがたい位です。
「本当にカトレアにはかなわないですね」
「当たり前でしょう。私は誰よりもギルの事見てるのだから」
まだ完全に心の整理はつきませんが、少しずつ折り合いをつけて行こうと思います。
自分を理解し支えてくれる人が居るって、本当に幸せなことなのだと思いました。
あの後カトレアと良い雰囲気になって、あわやという所でティアとレンが乱入して来ました。
おかげ様で、まだ私とカトレアは清い身です。ティアとレンが「ズルイのじゃ ズルイのじゃ」と大合唱していました。
王都に居る間に、カトレアとデートをする事にしました。久々のデートと言う事で、私とカトレアのテンションはかなり高いです。
「何処かに良いデートスポットって知らないですか?」
流石に数回しか来た事が無い私より、近くの学院に在籍しているカトレアの方が色々と詳しいでしょう。そう思って素直に聞いたのですが、まさかそれを後悔する羽目になるとは思いませんでした。
「えっ……と。先ず王都には劇場があるわね」
そう言いながらカトレアは顔を曇らせました。ちなみに私は、既に原作でサイトが退屈を言っていた訳を身をもって体験済みです。カトレアも私の知識から、似たような感想を持つのは目に見えています。
「美味しいお店とかは……」
私がフォローの心算で聞きましたが、逆にカトレアの顔はますます曇ってしまいました。
「王都での外食は、魅惑の妖精亭だけね。他のお店でも食べたけど、どこもイマイチよ」
貴族用の高級店に行けば味は保証してくれるのでしょうが、そんな所は私とカトレアの趣味ではありません。私は乾いた笑いしか浮かびませんでした。
「露店でアクセサリーとか……」
「ギルが作ってくれた物の方が良いわ」
「私もデザインの参考になりますし、ウィンドウショッピングの心算で見て回るのも良いのではないですか?」
私のフォローに、カトレアは一応頷いてくれました。確かに私の作品を見慣れていては、目を引く様な作品はなかなか無いでしょう。
「何らかの催し物があれば……」
私がそう呟くと、カトレアは小さく首を横に振りました。つまり祭り等の催し物も無いと。
「遠出や遠乗りは、お父様達に『治安が落ち着くまで控えろ』と言われてるから後は散歩くらいしか……」
先程まで高かったカトレアのテンションが、一気に下がってしまいました。散歩や散策と言っても、私達には新しい発見など皆無と言って良いでしょう。景観もドリュアス領の方が数段上です。
「ま まあ、2人で歩けばそれなりに楽しいですって」
私はフォローを入れることしか出来ませんでした。
次の日デートから帰って来たカトレアは、やたら不機嫌でした。
最初の内は、何だかんだ言ってカトレアも楽しんでいました。2人で歩いて買い食いするだけでも楽しかったのです。売ってるアクセサリー類は、今後の参考にカトレアと意見を交換しながら見て回りました。
気をつけなければならないのは、スリは引ったくりだけと思っていました。
「美しいあなたの名前を、ぜひ教えていただけませんか?」
これで何人目でしょう。こんなにカトレアの美貌にひかれた勇者が来るとは思いませんでした。カトレアも最初の数人は丁重にお断りしていましたが、私との時間を削られるのが気に入らないのか、だんだん対応がぞんざいになって来ています。
私がもう2~3年早く生まれていれば、男避けとして十分になるのにと悔しく思います。
それにしても、今回の羽虫は本当にしつこいです。ゆっくり食事も出来ません。
「先程から何度も言っているだろう。あなたのような美しい女性には、僕の様な男が相応しいのだよ」
歳は20代前半くらいで、少し太っていて顔もイマイチです。筋肉の付き方と足運びから、接近戦はド素人である事が分かりました。目を見た感覚と纏う雰囲気から、ドットクラス……良くてラインクラスと思われます。身なりはそこそこ良いので、爵位持ちのボンボンなのかもしれません。
「私は婚約者とデートを楽しんでいるのです。邪魔ですから何処かへ行って欲しいですわ」
「!?」
ようやく羽虫が黙ってくれました。と言うか、その断り方は私に矛先が向きますね。案の定、こちらに詰め寄って来ました。
「今すぐ婚約を破棄したまえ」
突然何を言っているんだこのバカは。私が呆れていると、それを怯えていると勘違いしたのか、暑苦しい高笑いを始めました。ハッキリ言ってウザいです。
「五月蠅いから消えてください」
実は私も相当イライラしていた様です。
「インゴルシュ伯爵家の人間に無礼な!!」
身なりが良いと思ったら伯爵家の人間か。インゴルシュと言えば、ヴァリエールとクルデンホルフの間にある領地の一つだったはず。あの辺りは治安も悪く、これと言った特産品も無いので、領地経営が相当厳しいはずです。こんな所で遊んでいて良いのでしょうか?
そう思って見ていると、突然バカが杖を抜き放ち見せつける様に詠唱を始めました。それを見た平民達が悲鳴を上げ、周りが騒がしくなります。
「何考えてんだこのバカは!!」
私はあわてて立ち上がり、横隔膜の辺りに拳を叩きこみ詠唱を中断させます。そしてそのまま後ろに回り込むと、手刀を首筋に叩き込み気絶させました。
「ギル。お見事」
私は念のためバカの杖を折り、絶対に魔法が使えない様にしておきます。
「貴様たち何をしている!!」
そこへ衛兵が3人駆け付けてきました。魔法も使って無いのに、やたら早い到着に驚いていると、このバカは私達と会う前に魔法を使った事件を起こしていたそうです。おかげ様で私達は逃げ損ねてしまいました。
私達はそのまま事情聴取を受ける羽目になり、デートどころではありませんでした。
ようやく魅惑の妖精亭へ帰って来ると、次の日の予定について話し合います。下手に外に出ると嫌な思いをするだけと思い知ったので、残る選択肢は引き籠るしかありませんでした。
結果として残りの時間は、本を読んだり3Dクリスタル作成で潰す事になりました。
「ギル。ここは如何するの?」
「はい。ここは……。で、魔法のイメージが……」
最初は不満そうにしていたカトレアですが、2人で作業している内に面白くなって来たようです。協力して作業するのが楽しかったのかもしれません。最後の方は、結構ノリノリで手伝ってくれていました。
その間のカトレアの成果は、ティア&レン(猫ver)をモデルにした3Dクリスタルと、2Dクリスタルを数点完成させています。カトレアも物作りの良さを分かって来てくれた様でなりよりです。
カトレアの訪問から数日して、ファビオから報告書の原案が完成したと報告がありました。内容を確認しましたが、私には問題は無い様に見受けられます。
「このまま陛下に提出しても問題無いレベルですね」
「ありがとうございます。アズロック様は忙しいそうなので、そのまま陛下へ提出出来る物を作れを言われていました。少し不安だったのですが、ギルバート様のお墨付きがあれば私も安心出来ます」
それは初耳ですね。何はともあれ、これをヴァリエール公爵か父上に提出すれば、晴れて領に帰る事が出来ます。
「私はこれを公爵に渡してきます」
「お願いします」
「クリフ。ドナ。行きますよ」
「ハッ」「ハイ」
王宮ではアンリエッタ姫とバッタリと言う可能性があるので、報告書の原案は公爵の別邸に置いておく事にしました。早速クリフとドナをつれて別邸に向かいます。
「ギルバート・A・ド・ドリュアスだ。公爵にお渡しする物がある」
私に対応してくれた守衛は、申し訳なさそうな顔をしながら頭を下げました。
「ギルバート様に旦那様からのご伝言です。……“報告書の原案は、王宮まで持って来るように”との事です。お手数ですが、よろしくお願いします」
何か凄く嫌な予感がしたので、その場はうなずき魅惑の妖精亭に戻る事にしました。
「ファビオ。如何思いますか?」
「いや。如何と言われましても……」
ファビオは何故私が、これほど警戒するか分からない様です。かく言う私も嫌な予感がするだけなのですが、母上に鍛えられたこの感覚を信じていなければ死んでいます。気軽に無視など出来ません。
「これだけの手柄を立てたのです。ひょっとしたら勲章をいただけるのでは?」
クリフが私達の会話に割って入ってきました。
「それだ!!」
確信を得た私は思わず叫んでいました。
「何がそれなのです?」
不思議そうに聞いて来るドナに、私は額に手を当てながら答えます。
「私とアンリエッタ姫を会わせる為の手です」
全員ポカンとしていますが、こちらはそれどころではないのです。
「単に王宮に呼ぶだけなら、偶然の再会を演出する間に用件を済ませて逃亡出来ます。しかし、流石に勲章授与式は欠席出来ません。アンリエッタ姫が出席すれば、その場でアウトです」
私の力説に、何故かみんな引いてます。
「考え過ぎではないですか? 勲章授与式は、それなりの準備が必要です。我々が報告書の原案を提出するのが何時か分からないのでは、用意の仕様も無いと思うのですが……」
「いえ、準備は必要ありません。陛下が口頭で授与を宣言すれば、強制的に授与式参加が決定します」
何か良い案が無いか考えましたが、早々思いつく物ではありません。
「ファビオは何か良い案がありませんか?」
「うっ、急に言われましても……」
まあ、当然ですね。
「クリフとドナは?」
2人はそろって首を横に振ります。ティアにも意見を求めようとしましたが、先に念話で(人の事は分からんのじゃ)と釘を刺されてしまいました。この時間帯のカトレアは授業中なので、念話で相談と言う訳にも行きません。
「理由は以前お聞きしましたが、そんなにアンリエッタ姫とお会いたくないのですか?」
ドナの質問に私はため息を吐きます。
「暇な時は良いです。しかし、あのアホ姫はこちらの都合を全く考えずに、気まぐれで呼び出しまくりますよ。……想像してみてください。塩田設置や別荘建造時の様な状況で、突然私が呼び出されて居なくなったら如何なりますか? 忙しさを理由に断れば、反意ありとかイチャモンつけて来る貴族も出て来ます」
クリフとドナの顔色が悪くなりました。私の勢いに押されたのか、アホ姫呼ばわりしたのは全員がスルーです。まあ、冷静だったとしても、アホリエッタには実害を被っているので反論は無いでしょう。(シュワシュワの件で私が荒れたり、不意打ち訪問で本邸建造中に私がディル=リフィーナに逃亡した)
「人間の体力は有限なのですよ。過労死したいのですか? 皆で死ねば怖くないですか? 死にたいなら1人でシネ」
とても良い笑顔(殺気付き)で言ってあげたら、全力で首を左右に振ってくれました。良かったです。ここで頷かれたら、殺意の波動に目覚める所でした。
「しかし実際問題、回避は難しいですね」
私が聞きたいのは、そんな分かり切った結論じゃありません。
その後もポツポツと意見が出ましたが、現状を打破する様な意見はついに出ませんでした。
「そろそろ諦めて王宮へ行きませんか?」
あきらめムード全快のクリフがそう口にすると、暗い表情でドナが同意します。
……諦めたらそこで試合終了ですよ?
「守衛から公爵に連絡が行っているかもしれません。早めに行った方が良いのではないですか?」
ファビオも折れてしまった様です。
「ギルバート様。逝きましょう」
クリフの言葉には、何処か違うと言うか物騒なニュアンスを感じました。それでも心情的には、合っている様な気がするのが辛いです。しかしここで気軽に頷く程度なら、私は今頃生きていません。
「いえ、報告書はファビオが王宮まで届けてください。クリフとドナはファビオの護衛をお願いします」
「ちょ ちょっと。ギルバート様。不味いですって!!」
ドナが五月蠅いです。呼び出された訳ではないので、罰せられる様な事はありません。それに陛下と会う事自体回避できれば、問題にはならないはずです。勲章なんて要りませんし。しかし何の用事も無く居なくなるのは、体裁がよろしくないのは事実なので何か理由を必要でしょう。
……そうだ。この際だからあの問題を片づけてしまいましょう。下手に時間を置くと、今回の件で吐く心算の嘘が本当になりかねませんから。
「ファビオ。例の修道院の位置は?」
「? 掴めてます」
「では、例のエンブレムは?」
「確保しています」
よし。なら大丈夫ですね。
「私はこれからガリアに向かいます。ファビオにはもう一度レンを預けますので、これが終わったら以前お話しした作戦通り行動してください。ついでですから、これを公爵を通して王家に収めておいてください」
そう言って、魔法の道具袋から王錫と百合を象った3Dクリスタルが入った箱を渡します。
「は はい」
「それから公爵達には、製作者はくれぐれも内密にするように念を押しておいてください」
「はい」
ファビオを半ば無理やり頷かせ、クリフとドナが抗議して来る前に逃げ出しました。
再び原作に介入します。母上へ手紙で根回しするのと、出発前にカトレアに会いに行かないといけません。
本来なら“ゼロの使い魔”の知識について、存在だけは父上達に知らせてから動く予定だったのに……。
世の中って上手く行かない物です。
後書き
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