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相棒は妹

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志乃「早く寝たい……」

 綾乃と健一郎がやって来た事で、俺と志乃の夜はいつもより長くなる。予想はしてたけど、正直眠い。

 現在午前二時半。いつもの俺でも最大で一時頃だから、これは最高新記録になるのかもしれない。

 「ちょっと伊月!何寝そうになってんの?まだこれからっしょ!」

 「俺、カフェインめっちゃ取ったから眠くないぜ!」

 「お前ら……」

 あぁくそ、こんな事になるんならこいつら呼ばなきゃ良かった。今が春休みである他に、明日が二人ともちょうど休みだって言うから、じゃあ是非って感じで呼んだのに……志乃に仕返ししてもらったら帰らせれば良かったな。

 俺達は今、リビングでいまだにカーレースのテレビゲームを続行中だった。かれこれ五時間程ずっとである。ネット通信で世界中の人間とレースを楽しめるのだが、俺は先程からビリをキープしてしまっている。ここまでくると集中など出来ないのだ。やべ、俺このゲームやらなくなるな。

 「うう……兄貴のバカ」

 志乃はといえば、今にも閉じそうな瞼に必死に抗って、コントローラーを握ってレースに臨んでいる。ここで勝手に部屋に戻らない辺り、ちゃんとしてると思う。

 ただ、さっきから俺にブツブツ文句を言うのは止めないのだが。まぁ、俺も悪いとは思っている。

 俺の中の睡魔が睡眠の呪文を唱えてくる。俺の抵抗も段々と威力を落としていき……

 「ほーら伊月!起きろ!」

 パシン!と綾乃に頬を打たれる。この野郎!叩き起こしてまで寝かせない気かよ!悪魔か!

 そこで、綾乃と健一郎に聞いてみる。寝ないためにも人と喋るのは必須なのだろう。

 「お前ら何でそんな元気なの?部活とかで疲れてないの?」

 「さっき言ったろ。俺は元々オールする気だったからカフェイン大量投与してんだって!マジで目覚めてるもん」

 「健一郎甘いね!私は何も無くてもオールする気だったよ!」

 「『街の健康少女』の名が泣くぞ……」

 俺がそう呟くと、綾乃がしかめっ面をして文句を口にする。

 「私はそんなの知らないもん。勝手に美樹が言ってるだけだし!」

 東屋美樹というのは綾乃の親友で、現在は西和高校という私立校に通っている。俺や健一郎とも勿論面識はある。そいつはソフトボールをやっていて、高校には推薦で行った……。

 「あいつ西和行ったんだっけ?わざわざ遠いところまでよく行ったよな」

 健一郎が呑気にそんな事を言う。今はレースの通信中で、待機しているのだ。ちなみに、俺が動かす車はレースでほとんど動いていない。俺の意識が度々遠のくんだよ。俺もコーヒーか何か飲もうかな。

 「ちょっとコーヒー淹れてくるけど、誰か飲む奴いる?」

 「伊月、レースは放棄?」

 「コーヒー飲んだら本気出す。誰か飲む奴いないか?」

 「……兄貴、私飲む」

 「分かった。じゃあ俺と志乃だけ淹れるからな」

 先程から俺に対する怨嗟の言葉を吐き続ける志乃と俺のマグカップを用意し、コーヒーの準備を始める。頭いてぇ。ホントあいつらすぐ帰せば良かった。

 この際インスタントでいいや。少しでも早く意識を取り戻すためだ、つかマジで眠気覚ましたら本気出してやる。俺の実力舐めんな。

 俺が心中で幼馴染に対する闘志を露わにし、出来たインスタントコーヒーを志乃に持っていく。

 志乃は体育座りをしながらコントローラーを頑張って握っていた。少し気を許すと落ちそうになっていて、とてもレースに参加出来る状況では無かった。綾乃が笑顔で胸を揉もうとする度に意識を覚醒させ、しばらくはそれを保つのだが、時機にじきに睡魔に襲われる。それを繰り返していた。

 「志乃、コーヒー」

 「……兄貴、早く寝たい……」

 「もうちょっと頑張れ。多分一時間もすればこいつら勝手に寝るから」

 思えば、綾乃と健一郎はいつもこんな感じだった。

 基本インドア派の俺と志乃を外に出して、遊びに参加させる。最初はうんざりするのだが、気付けばハマっていた。俺にとって、こいつらは新しい景色を見させてくれる案内役みたいな感じだった。

 これがテレビゲームや漫画とかになると俺がリードするのだが、その時のこいつらがまた強敵だった。

 テレビゲームをやれば今みたいなイカれた風景が出来上がる。漫画なら、最後まで読もうと何とかする。俺の家にある漫画で最終巻まで揃っていなかったら買いに行く事もあった。

 くそ、志乃に仕返しするつもりが俺まで被害食らっちまったじゃねぇか。

 「……志乃、さっきは悪かった。これは俺の責任だ」

 ここは素直に謝ろう。実際、俺が悪いのは本当だし。

 「……もう遅い。でも」

 「ん?」

 「……何でもない」

 こいつ、今なんて言おうとしたんだ?まぁいいか。きっと眠いんだよな。だからさ……。

 「俺はここで誓うよ」

 ああ、やってやる。妹のためだ、徹底的にやらせてもらう。

 「お前を寝かせてやる。ちょっと待ってろ」

 「……。……?……!?」

 志乃が何かびっくりした顔をしている。ん?顔赤くね?もしかして熱あるのか?

 「……兄貴変態」

 俺を咎めるような顔でそんな事を言っている。って、何で俺が批判されてんの?

 「いや、俺は変態じゃねぇし。まぁ待ってろ」

 「大丈夫、コーヒー飲んだから」

 「そんなんじゃダメだ。寝かせてやっから」

 そう言い残し、俺はテレビゲームに盛り上がっている二人の幼馴染に話しかける。

 「ちょっと志乃が熱っぽいから、志乃は先に上がらせてもらう」

 「えー?マジで?そりゃ寝た方が良いな」

 健一郎がこっちを向いてそう言ってくる。そのわりにコントローラーを動かす手は止まっていないのだから、こいつは実力者なのだろう。知らなかった。

 「ホントに?ごめんね志乃ちゃん、付きあわせっちゃって」

 「え?ちょっと……」

 「じゃ、そういう事だから。俺志乃二階に連れて行くからゲームやってて」

 「「りょーかい」」

 二人はそう声を合わせそう言い、それ以降はゲームに集中し始めた。こいつらマジでキチガイすぎる……。

 俺は志乃の手を掴んで歩かせる。志乃は眠気が原因なのか、ふらふらとした足取りだ。

 しょうがないので、俺は志乃をおんぶする。あのまま歩かせて階段に足ぶつけてもらっても困るしな。

 「……兄貴、何考えてんの?」

 「お前が眠たそうにしてるから寝かせてやるんだよ。もしかしてゲームまだやりたかった?」

 「いや、そういうわけじゃないけど。でも、その……」

 いつもの志乃より歯切れが悪いな。やっぱり無理してたんだな。ま、俺だって眠いわけだし、仕方ないよな。

 志乃の部屋に入って、おんぶしていた志乃を布団に寝かせる。まだ顔赤いな、熱測らせるか?

 「兄貴、出てって」

 「いや、熱測った方がいいだろ」

 「いいから」

 今度は強めに言ってくる。おいおい、せっかく連れてきてやったのにそれは無いだろ。

 まぁ、年頃の女の子だからしょうがないかな。他の友達の妹とかに比べりゃ可愛い方だよ。

 「分かった。俺は戻るけど、何かあったら携帯で呼べよ」

 「それは無いと思う」

 無いのかよ!

 「んじゃ、お休み」

 「……」

 無言で返してきた。ま、いつもの妹だな。

 そう思って俺が部屋を出てドアを閉めようとした時、

 「……ありがとう」

 志乃がそう言った気がした。気のせい、とは思いたくないな。

 なにせ、生意気な妹が数年ぶりにお礼を言ってきたかもしれないんだからな。

 ****

 俺がリビングに戻ってきた時、二人は目を血走らせながらゲームに臨んでいた。ホント、何なのこいつら。

 だが、そんな二人をゲームから離れさせる方法を俺は知っている。そしてそれは、俺だけが出来る事だ。並大抵の人間には不可能だろう。

 俺は不敵に笑い、リビングにある俺のコーヒーを一気飲みする。コーヒーの苦みが口内に染み渡り、再び俺の脳内を蝕んでいた睡魔を追い出してくれる。

 そして、テレビ画面に目を向けている対戦相手に向かって高らかに宣言する。

 「お前ら!この世界ランク二十位の俺が駆逐してやるよ!」

 決まった。そう思って二人を見たのだが。

 ……こんにゃろ、聞いてねぇよ。俺が恥ずかしいだけじゃん。

 こうして、俺と幼馴染二人の、参加者全員を巻き込んだカーレース戦争が始まった。

 結局、終結したのは朝の六時で、俺達は完全に意気消沈していたのだが。

 まぁ、久しぶりに楽しかったな。 
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