打球は快音響かせて
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高校2年
第四十話 しっかりせぇよ
前書き
知花俊樹 外野手 左投左打 168cm68kg
出身 斧頃西中
南海学園の主将。斧頃島出身だが、葵や翼とは中学が違った。小柄ながら南学随一の好打者で、三拍子揃った好選手。ジム通いと葵へのセクハラが趣味。
神谷史郎 監督 右投右打
水面体育大→水面商学館→南海学園
南海学園の監督を務める老将。相手を食うような戦術を得意とし、元々は商学館の監督として甲子園にも出場した。小柄で真っ白な髭をたくわえた老人で、よく高笑いする。
第四十話
「ストライクアウトォ!」
「よっしゃ!」
美濃部がマウンドを駆け下りる。
2回裏も三者凡退。自分のホームランに乗ってきたのか、腕がよく振れている。
しかし、南学ベンチでは、完全に抑え込まれている自軍打線に対して神谷監督が納得の表情を見せていた。
(この回も三者凡退とはいえ、17球投げさした。ボール球のスライダーにクルクル回っちょらんし、ストライクゾーンでしっかり勝負できとうけ、必ず今後チャンスはある。)
神谷監督は守備に向かう自軍選手を見る。
いつかチャンスは来る。となれば、大事なのはそのチャンスを生かす為に、点差を離され過ぎずついていく事だ。
(サイドの安里に対して、何も苦にしよらん辺り、敵さんは真っ直ぐには強いの。ここは早め、早めでいかんといけんわい。)
老将・神谷監督は、まだ3回にも関わらず動いた。
<南海学園高校、選手の交代をお知らせします。5番、ファースト知念君に代わりまして、翁長君が入り、ピッチャー。ピッチャーの安里君が、ファースト。4番ファースト安里君、5番ピッチャー翁長君、以上に代わります……>
場内アナウンスが響いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
南学の2番手投手は翁長。初戦でもリリーフとして登場した、背番号17の左の変則投手だ。サイドスローともサブマリンともつかない、何とも微妙な所から腕を出してくる、掴み所の無いピッチャーである。
(まだ3回なのに、わざわざ今日スタメンに抜擢した5番打者をベンチに下げてまでピッチャーを代えてきた。判断が早いな……)
浅海が見守る中、翁長に相対するのは1番・主将の渡辺。州大会、ここまで5打席連続でヒットを放っている。三龍打線で最もノッている打者である。
パシッ
「ストライク!」
初球を見送った渡辺は、翁長の投げる球に度肝を抜かれた。どうやら、ストレートで入ってきたらしいが、一見そうだと分からなかった。
(おっそ!何やこれ、ストレートがお辞儀しとーやんけ!これがホンマに高校生の投げる球か!?)
それもそのはず、この翁長の最大の武器は“遅球”。体の回転と腕の振りがバラバラなエネルギー伝達効率が実に悪い投げ方で、100キロ台、速くても110キロ台の中学生以下のストレートを投げ込んでくるのだ。
パシッ!
「ストライク!」
そしてそんな球をストライクゾーンに集めるコントロールだけはしっかり持っている。渡辺は手を出せずに追い込まれてしまった。
(こんだけ遅いと、絶対引っ掛けちまうわな。それはいけんわ。ライト方向を狙って……)
渡辺は手元ギリギリまで引きつけようと意識する。翁長が三球目を投げ込んでくる。
そのボールは、今までより更に遅かった。
(カーブか!)
カーン!
流し打ちのタイミングでバットを出したのにも関わらず、90キロ台のカーブを渡辺は引っぱってしまった。しかし、そこは好打者・渡辺、タイミングをズラされても左手一本で外野までライナーを運ぶ。
打球は左中間へ。
「オーライ!」
しかし、レフトの当山はほぼ左中間に守備位置をとっていた。普通の守備位置なら完全にヒットコースだが、当山が悠々打球に追いつき、渡辺の連続安打がストップする。
(右打者の時はレフトは左中間、センターは右中間、ライトは塁線に寄るべし。引っ張って三塁線を破る事はそうそうないし、例え三塁線を破られてもよっぽどの事が無いと三塁打にはならんけんな。逆にライト線、右中間、左中間は破られるとだいたい三塁までいかれる。リスクを防ぐには、外野はこのポジショニングが合理的なんや。)
南学ベンチでは、神谷監督が高笑い。
初回にも、このポジショニングのおかげで渡辺のライト線付近の当たりをシングルヒットに抑えていた。
カーン!
「あぁやってもうたー!」
2番の枡田は遅球に対して前のめりに突っ込み、フラフラとフライを打ち上げる。
今度はレフト線。広く空いているはずのレフト線だ。
(また来たわ!)
しかし、レフトを守っているのは南学野手陣で最も足の速い当山。そして左投げなので、レフト線の打球にはグラブを持った右手がよく伸びる。
ポテンヒットになろうかと言う当たりをしっかりランニングキャッチで掴み取り、ツーアウトになる。
キーン!
「……チッ」
3番の越戸は引っ掛けてセカンドゴロ。
3回の表の三龍の攻撃はたった7球、リリーフ翁長の前に三人で終わってしまった。
(……やはり、リードしてはいるが、流れは微妙だな……あちらの攻撃の方が長く感じられる……)
三龍ベンチで、浅海が表情を険しくする。
南学ベンチで笑顔を見せる神谷監督の髭面が、今はとても癪に触った。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
コキン!
「ファースト!」
9番の諸見里が送りバントを決め、二死二塁。
南学は四球で得たランナーを二塁に進め、リリーフの翁長が作った流れをキッチリ掴んだ。
(送りバント、ツーストライクまではセーフティの構えでしてきたな。それで追い込まれてもスリーバントをキッチリ決めてくるか。やっぱりこいつら、美濃部の球数増やそうとしてきてるな。)
浅海が感じている“嫌な感じ”は、捕手の宮園も感じ始めていた。低めのスライダーに手を出さない事にも、ファールが多い事にも気づいていた。
ファールが殆ど逆方向に飛んでいる事から、ファールは狙って打っていることが分かる。
(ファウルで粘ってるだけで、まだヒットにはされてないけど…この回ももう20球だ。そしてこいつで球数節約するのは無理だよな)
宮園が左打席を見上げると、打順は一回りして1番の知花。今日初めてのピンチで最も警戒すべきバッターを迎える。
カン!
「ファール!」
知花は初球から打って出る。ファウルになったが、宮園はそのスイングの質が変わった事を察知した。
(やっぱりチャンスだからな。今度はちゃんと、前に打球を飛ばそうと思って振ってる。球数を稼ぎにはきてないな。打ち気なら、これにも手を出すだろ……)
2球目のストレートでストライクをとった後、宮園は低めのスライダーを要求する。決め球のサインに美濃部は頷き、思い切り良く投げ込んだ。
高さはベルトの高さ。そこから、グンと斜めに変化する。
バシッ!
「ボール!」
美濃部のスライダーは知花の膝下に食い込み、際どいコースに決まったが球審の判定はボール。
(……マジか)
宮園は知花の様子を見て驚いた。際どいコースに投げ込まれたスライダーに、知花は全く反応せず平然と見送ったのだ。
(美濃部のスライダーを完全に見切ったのか?打ち気で来てるのに、あのコースは平気で見送れんだろ普通)
(手が出んかっただけやな。審判に助けられたのう。)
宮園が知花に不気味さを感じる一方で、美濃部はそんな事を意に介していない。美濃部は、今日の自分の調子に手応えを感じていた。見送り一つに対する反応を見ても、捕手と投手、ポジション柄が出る。
一球ストレートを外して、知花に対しての5球目。またバッテリーは武器のスライダーを選択する。
(……次見送られたら……)
宮園の中で、このスライダーがボールになったら……という考えが働いた。四球を嫌がるならストレートを投げるが、3-2からのストレートは狙い打ちされるだろう。見送られているスライダーを続けるというのもイマイチ、信頼できないフォークを投げるのは更にイマイチ。一塁が空いているから歩かせるのもナシではないが、球数の事や、まだ序盤という事を考えると、勝負を避けるというのも考えにくかった。
そんな考えが、宮園の構えるミットの位置を、知らず知らずのうちに内側へとズラしていった。
3球目と同じ、左打者の膝下に食い込むスライダー。しかし、宮園の構えが甘かった分、今度はやや高く、甘めに入った。
(ストライクっちゃ!)
カーン!
知花はこのスライダーを見逃さなかった。
右手一本で払いのけるようにして食い込んでくる軌道を弾き返し、打球はライナーとなってセンター前に弾む。
「回れ!回れ!」
一塁側南学アルプスから地鳴りのような大歓声が響く中、三塁ベースコーチは腕をぐるぐると回す。二塁ランナーは迷いなく三塁を蹴り、ホームを目指す。
「舐めてんなよコラァァアア!!」
南学の得点を期待する声が溢れる中で、1人抵抗の声を上げたのはヒットを処理したセンターの鷹合。バネに弾かれたように勢い良く前進すると、ボールをグラブですくい上げ、ワンステップでホーム目がけて投げた。遠投120m、MAX144キロの右腕が唸りを上げた。
バシィッ!
「!!」
ボールはグングンと伸びっぱなしの軌道で、ホームベース上で構える宮園のミットへ。二塁ランナーはまだホームベースの3、4m手前で待ち構えられている形になり、あっさりと憤死する。
南学アルプスからは大きなため息、三龍アルプスからはやんややんやの大喝采。
「鷹合ナイス!」
「よう殺したぞ!」
「おう!任しとけや!」
三龍ナインは、殊勲の鷹合とハイタッチを交わし、鷹合も右腕の力こぶを見せつけて笑顔を見せる。このレーザービーム送球によって、失点のピンチを凌いだ。
「……おい、宮園」
ベンチが鷹合のファインプレーに沸き返る中、美濃部は宮園を呼び止めた。
「お前今、ストライク取りにいくつもりやったん?構え甘かったっちゃけど」
「いや。三振取りにいくつもりだったけど……」
美濃部は宮園の頭をはたいた。
「しっかりせぇよー。構えが中途半端やったら、こっちも投げにくいんやけん」
「ああ、悪い。……でも、際どいスライダーは見られてるぞ。だから球数も増えてるし」
「球数多くても、打ち取れたらええんやけ。球数減らしにかかって打たれたら元も子もないわ。」
美濃部はそう言うと、ベンチの奥に下がって水分補給しに行ってしまった。
(そうは言ってもなぁ、このまま1イニングに20球とか投げてたら、お前自身の体力も集中力も終盤まで保たんだろ〜)
宮園は口をへの字に曲げて悩ましげである。
0点には抑えているが、確実に南学打線の“気味悪さ”に蝕まれていっていた。
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