ノヴァの箱舟―The Ark of Nova―
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#5『ファーストリべリオン』:3
まさか、これほど的確に実行されるとは。メイは呆れ半分、感嘆半分の気持ちを込めて、ため息をついた。
ここはランクD《箱舟》、《アルレフィク》。《教会》支部によって支配された、中型都市だ。Dランク《箱舟》の中では平均的なサイズだろう。《教会》の深度も深い。現在の世界で、もっとも一般的な《箱舟》の姿を体現した《箱舟》だといってもいい。
キングが《教会》に対する最初の反逆の標的として選んだのが、この街だった。朝食の時に語った基本方針は、『出来るだけ派手に。建造物、及び《教会》雑兵の生命に対する慈悲は無用。しかし一般人の肉体にかかわる損傷は可能な限り抑えること』――――
そんな矛盾しまくった指示を、しかしキングの《レギオン》達は、見事にこなして見せた。人民はそれとなく誘導され、彼らの体には新たな傷は一つとしてついていないだろう。建造物は一体人体がどのようにしたらここまで破壊できるのか、と言えるほどに粉々になっている物から、全くの無傷の物まで多種多様だ。だが、《教会》にかかわる建物は片っ端から破壊され、雑兵たちは無残に殺されるか、もしくは重傷を負ってうめいていた。
今メイとキングが隠れている建物の残骸からは、刻印魔術によって生み出される雷で、雑兵たちを薙ぎ払っていくリビーラの姿がよく見える。『毒殺』に対する情熱を飽くことなく抱き続けるリビーラだが、一応それ以外の『コロシカタ』も心得ていたらしい。そんな事、メイは知りたくも無かったが。
人肉が焦げるにおいと、血の匂い、がれきの匂いが、戦場を埋めつくす。
ソーサーでこの街のステーションに乗り込み、雑兵たちを片っ端から叩き潰して市街に侵入し、《教会》支部を目指し始めてから、三十分も経過しないうちに、《アルレフィク》の街は壊滅したのだ。街には肉体的な被害はなくとも、精神的に大きなダメージを受けた住民たちの叫び声や悲鳴が聞こえる。
――――こんなの、正義でも何でもない。
――――私たちのやっていることは、『悪』だ。
急に、吐き気がこみあげてくる。口元を抑えてうずくまったメイに、キングが心配そうに声をかける。
「どうしたの?メイ。大丈夫?」
「大丈夫……じゃない……わよ……どうして?どうしてこんな光景を見ても、こんな光景をつくり出しても、あなた達は平気でいられるの!?」
メイはキングを睨み付けると、半ば叫びながら問うた。キングは一瞬面食らったような表情をしたが、ふと目を閉じると、静かな声で答えた。
「――――理想の為」
「……理想?」
「そう。僕たちには理想がある。《神》を殺して、神座を奪い取り、この世界を救うという理想が。理想には犠牲がつきものだ、なんていうのは悪役の言葉だっていうのは、誰だって知っている。そして――――《教会》に染まりきった世界から見れば、悪役なのは彼らではなく僕らだ。僕たちはこれからも《反逆》と称した、実質テロ行為を繰り返す。賛同者を集め、万全の態勢を整えて《王都》へと進軍し、《神》を討ち取る。その過程として、《教会》は滅びるだろう。《教会》に染まった世界の住民たちは、それで僕達を《解放者》と賛美するか?否、《反逆者》とののしるだろう。だから、《反逆》なんだ。《対抗》でも、《解放》でもない。未来を見据えぬ、ただの反逆」
だけれど、と、そのままキングは続ける。
「世の中の全ての人々が、僕らのことを《悪》とののしろうと、《魔王》たる僕は気にしない。僕には理想がある。リビーラには夢がある。ククリにも、シュートにも、まだ見ぬ仲間たちにも、夢が希望が理想がある。そしてそれを叶えるために、ひたすら《反逆》する。その身をすり減らして、罵られながらも、意地汚く理想に縋り付く。
――――嗤うといい。けれど、もとより、理想のために犠牲はつきもの、だ。それは誰もが覆したいと願う事であり、けれども決して変えること成しえない真実。《ラグ・ナレク》のとき、全ての人間が、《箱舟》に乗れたと思うかい?よしんば全員乗ったとしても、動物たちはどうなる?魚たちは?鳥たちは?家畜たちは?文化はどうなる?……そう、いつの世界でも……いつだって、『理想のために犠牲はつきもの』。それは変わらない」
キングは、けど、と再び逆説の接続詞を使って、今度は閉じていた目をうっすらと開けた。メイの頬に手を添え、戦場のさなかで場違いなほど優しい微笑を浮かべ、言った。
「君はいつだって、どこの世界でだって、それを変えようと努力してきた。『前回』の君はね、《教皇》以外の人々も救われることになって、《箱舟》システムが起動されて、それから『全ての民を助けることは出来ない』と知った時、泣いて泣いて、全員を救う手段を夜通し考えた。『前回』の僕も、彼女と一緒に考えて考えて――――結局、急増のZランク《箱舟》に人々を収容することで人間に関しては何とかなったけど、動物たちを全て集めることはできなかった。それに結局、今ではZランク《箱舟》は壊滅してしまってあのありさまだ。『前回』のメイの願いは、結局はかなわなかった計算になるけれども、僕はメイの理想を気高く思う。『前回』の僕も、きっと彼女のそこに惹かれたんだろう……君は、彼女の生まれ変わりだ。きっと君も、彼女の様に高潔な魂と、思いやりのある人間になれるだろう」
だから、と、キングは肯定の意を示す。メイの右手を握ると、それを自らの心臓の前に持って行くキング。
「……今ここで、僕を殺してしまってもいい。僕の理想はかなわないけど、君の望みはかなうだろう。僕がいなければ、結局《レギオン》がいる意味もない。彼らだけで行える殺戮には限度が来るだろうね。ククリのあたりなら余裕で《箱舟》一つ沈めるかもしれないけど……だけど、君は二度とこの殺戮を目の前で見る必要がなくなるよ。
僕が《神》を殺さなければ、再び世界の終りは確実に訪れるだろう。今度こそ人類は滅びる。それでもいいのかい?――――とは聞かない。もしかしたら僕が知らない、誰かの《死》以外で世界を救う方法があるかもしれない……結局僕はそれは思いつかなかったけどね。
全て君の自由だ。僕は君の決めたことを尊重するよ」
そう言ってほほ笑むキングは、一瞬、全てを諦め、絶望した少年のように見えた。なぜ彼がそんな表情をしたのかは分からなかったけど――――それでも、キングの長い長い独白は、メイにひとつの覚悟を決めさせるには十分だった。
キングの心臓に充てられた右手と、地面についた左手を、ゆっくりと持ち上げて、キングの頬を掌で挟み込む。その眼を、しっかりと正面から見る。
強い理想と、どこか諦めた様な色と、子どもっぽい光と――――いろいろな感情が詰まったキングの瞳は、右が髪と同じ深紅で、左目が金属の様な灰色だった。その眼には、決意の色がひときわ強く輝いていた。
そっと彼に近づき――――その唇を、メイ自身の唇でふさぐ。キングの目が、驚愕で見開かれる。だが、数瞬の後、彼はゆっくりと、メイを抱き締めた。
ここが、戦場であるだなどと、誰もが忘れた瞬間だった。もっとも、この場にはキングとメイの二人しかいなかったのだが。
メイの主観では、大分長い間キスをしていたように思ったが、実のところ、ふれあいはほんの数秒の出来事であった。
「……結局、あなたのこと殺しても、変わらないんでしょう?何も」
「……まぁ、究極的にはそうだね。目の前でたくさん死んで、死ななかった人は全員生き残るか運命か、目の前では誰も死なないけど、結局は全員死ぬ運命の二択だ」
「だったら、みんなが助かる道を選んだ方がいいわ。……それに、私にも理想ができたから」
今のは、誓い。それに辿り着いてみせると――――自らを《魔王》と縛るこの少年を、救ってみせると言う、誓い。
ふっ、と、キングの顔に微笑が浮かぶ。ふふふっ、と、小さな笑い声を立てた彼は、
「そうか。じゃぁ、頑張らなくちゃね。……まずは、この最初の《反逆》を成功させようか。目指すのは《教会》支部だ。司祭をとっちめてしまおう」
「うん」
頷き合うキングとメイ。だが直後、キングの顔がこわばる。立ち上がって数歩離れると、片手を耳に当てるキング。ぶつぶつと、何事かを呟く。
「ああ、うん……うん……こっちから見える。うん……そうか、分かった……すぐ行く」
シュートが習得している、刻印に頼らない下位魔術、《通信》だ。魔術回路を刻んだプレートを持っている者同士で通信を可能とする術で、一応レギオンメンバー全員がこのプレートを所有している。体内の魔力を流し込めば通信が可能となり、連絡を取り合うのに非常に便利なアイテムだ。緊急時のために、と全員にシュートが配布していたのだが、どうやら何か起こったらしい。
「《教会》支部の近くに、援軍が来たらしい。赤い衣の集団……まったく、手が早いな《教会》は」
「赤い衣の集団?」
「うん。たぶん第九師団だ。格闘戦のエキスパートで構成された、《教会》の上位守護組織《十字騎士団》の一角」
《十字騎士団》の名前は、メイも知っている。《教会》の神父でありながら、戦闘を担当する集団《十字騎士》によって構成された、《教会》守護組織の最上位界。聖職者の最高位である《十五使徒》と並んで、統治機関《七星司祭》を守る最強の戦士たちのはずだ。
それが、なぜここに――――と思い、直後に納得する。
《教会》の敷いた法制では、反逆罪は死罪。即時抹殺か、捕縛の後に処刑か。メイたちは堂々と街を破壊し、雑兵たちを殺している(その多くがリビーラもしくはククリの犯行で、メイとキングはほとんど何もしていないが)。どこからどう見ても危険極まりないテロ集団だ。恐らく『即時抹殺』の用法を取るべく、彼らを出動させたのだろう。
だが、それで怖気づいているわけにはいかない。やっぱり《教会》のメンバーであれども、人々を攻撃するのは忍びない。だが、メイの中にはすでに理想がある。犠牲は最小限が一番だが、それでも『なくならない』と、妥協できるほどには、『この世界』のメイは現実的にできていたようだった。
「第九師団か……ククリの近接戦闘力でも一人は危険だな……救援に向かうか。……メイ、ちょっとこっち来て」
「え?う、うん」
キングの近くに駆け寄ると、彼はおもむろにコートの下のベストと、その下のワイシャツの前ボタンを全開にした。
「ちょ、ちょっと!?」
「メイ、僕の心臓を見て」
「……心臓?」
思わず目を覆い隠していた手を外すと、キングの細身ながらも鍛えられた体が見える。少女の様に綺麗な肌なのに、きちんと筋肉はついている。男性の裸体を見た経験など皆無に等しいメイは、それだけでこわばってしまうが、その左胸を見た瞬間、さらにこわばった。
そこには、奇妙な模様が彫り込まれていた。十字をかたどった剣に、三匹の蛇が絡みついている模様。その内、左右の二匹には翼が方翼ずつ生え、真ん中の一体は両翼だ。魔力の輝きを纏って、淡く発光するそれは、間違いなく《刻印》である。
だが――――同じ《刻印》を聞いたことがなかったのと同じように、《刻印》を二つ持つ人間など聞いたことがない!!
「それは……?」
「僕が《魔王》として存在する証。僕か君、先に『目覚めた』方にこの《刻印》が与えられる。封じられた術式は《王宮の勅令》……。起動には、君の協力が不可欠だ」
キングは、メイの右手をとると、その左胸に重ねた。
「王である僕と、王妃である君の二人がいなければ、《王宮》は完成しない。二人同時にこの刻印を起動させることで、やっとその力が使える」
「……わかった」
他人の《刻印》を起動させる――――そんなことができるかどうかは知らなかったが、恐らくこの《刻印》に関しては、キングとメイの二人が同時に起動させなければ効力を発揮しないのだろう。すると、なんとなくその使い方が分かってきた。恐らくは《刻印》に直接触れて、外的魔術回路に魔力を流し込む要領で起動するのだろう。
ふとその時、とある考えに行き当たったメイは、顔を真っ赤に染めた。
「ね、ねぇ、キング」
「ん?なに?」
「あのさ……『まえ』の私のこれも、心臓の上にあったの……?」
すると、キングはきょとん、とした後、大笑いを始めた。
「はははははっ!まさか!それは違うよ。けど……場合によっては、もっと恥ずかしい場所にあったかもしれないね……」
「え……?」
「……今言うのは憚られるな。どう考えても18禁指定物だよ……まぁ、とりあえず、『今回』の《王宮の勅令》は僕の心臓の上にある。正式には、この刻印は待機状態。本来は完全に心臓に刻み込まれていて、外からは見えない――――メイ、念じて」
「――――うん」
お互いの額がくっつきそうな距離まで近づいて、メイはキングの左胸に刻まれた《刻印》へと、自らの体内を巡る魔力を注ぎ込む。
《魔術》という概念は廃れたが、決して魔術がなくなったわけではない。刻印魔術はまだあるし、一部の魔術はいまだ行使できる(例えばシュートの使った《通信》の様に支援媒体を要する魔術や、錬金術などがそうだ。もっとも、錬金術も大分廃れたらしいが)。
だからこのように魔力を別のものに伝達することは、メイにも一応できる。事実、《刻印》を使うときは、いつも自分の体内を巡る魔力を左頬に集中させているのだ。それと同じ要領である。
だが、つぎの瞬間に起こった出来事は、今までメイが見たことのない現象であった。
やさしい、琥珀色の輝きがあふれ出る。プリズムの様に光り輝く魔方陣が展開し、あたりを蓋っていく。キングの左胸の《刻印》は眩く光り輝き、どくん、どくん、と彼の心音に呼応して脈煌する。
そして――――プリズムの魔法陣の中から、出現したのは一本の剣。
三本の刃を持った剣である。その刀身は片側に反り返り、刃はその片側にしかついていない。《刀》と呼ばれる武器に似ているが、刀身が三本もあるのは異形すぎる。禍々しくも、威圧感と神々しさを兼ね備えたその漆黒の三ツ刃刀の柄を、キングは強く握った。
「――――僕に力を貸してもらうぞ、《冥王》」
『……ふん』
突然、メイの脳裏に、低い男の声がする。どうやら刀自身が喋っているようだ。
『いい気なものだな。書庫の壁に何カ月もかけたまま放置しておいて、やっと出番かと思えばすでに戦ははじまっているようではないか。この冥王、甚だ不満であるぞ』
「許してもらおうか。とりあえず状況は万全なんだ。……《教会》の上位組織を此処で切れるかもしれないぞ?」
『ほぅ……それは楽しみだ。よかろう。我が力、存分に使うがいい。そして我を楽しませよ、赤き魔王よ』
それきり、刀の声は聞こえなくなった。
「……キング、それって……?」
「ああ、これは《冥王》。《王宮の勅令》で召喚される《神器》の一つだよ。ほら、僕の部屋に封印されてたでしょ」
そういえば、初めてキングと出会った日、彼の部屋の上階に、この刀がおさめられていたような気がする。
「《教会》の正規兵である《十字騎士団》の戦闘能力はけた違いだ。僕も桁違いの宝具をもってして対抗しないとね。……さぁ行こう、メイ」
そう言ってキングは、メイの右手を引いた。
後書き
お待たせしました。今回はキング陣営。なんか予定よか早くヒロインがデレましたが、そこは気にしなーい。
ところで先日、『ノヴァ箱』が考案から完全に一年を超えることとなりました(なぜこんなあいまいな表現かと言いますと、末端の数字を覚えていなかったんですね。五月だったことは覚えていたんですがw)。これからもゆるゆる更新ですが、『ノヴァ箱』を応援してくださると嬉しいです。
次回はククリちゃんのエピにするか、《教会》陣営にするか――――よろしければご意見をお聞かせください。ちなみに意見が来ないと自分で考えるので一週間くらい執筆開始に時間がかかります←
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