とある仮想世界、少年と青年の物語
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
誰かの為に生きることを知った青年の話
少年の身体は、もう限界だった。思うように動かなくなってきた左腕、最近ではどうにも眠くていけない。眠ってしまえば目覚めるのに数日かかることさえあった。
仲間たちは、少しでも長く彼が『彼』でいられるように、しかし彼に気取られぬように、力を尽くした。しかし、その時が近付いてきているのも事実で。
5日間の眠りから覚めたあと、亡き師に託されたゴーレムと共にーーーアレン・ウォーカーは失踪した。
そして、その直後。千年伯爵及びアクマ、ノアの一族の"消滅"が確認された。それにはイノセンスの影響が確認されたため、皆"救われた"のだ。ーーー誰の手によって?
「神田。いつまでそうしているつもり?」
『元』黒の教団でエクソシストであった少女は、同じくエクソシストであった青年に声をかけた。黒の教団は、現在科学研究所として機能している、表向きは。
彼らは、未だ陽の目を見ないハートを探し、奮闘していた。また、悲劇を繰り返さないために。
しかし、アクマのいない今、以前に比べ随分と和やかな雰囲気になっていた。まるで本当のホームのように、息をつく場所へ。本来そこへ帰ってきて、皆の歓声を笑顔で受け止め、ごちそうを腹一杯食べ、労られ、眠るはずだった少年は、…年月を経た今も、姿を現さない。それが意味するのは何か、なんて解り切ってはいるけれど、…割り切ることは難しい。
青年ーーー神田は、他の誰もが諦めた中、ひとり少年ーーーアレンを待っていた。
「…悪いか」
「悪いわ。そんなところにいたら風邪を引くもの」
少女ーーーリナリーは、呆れたような、まるで仕方ないわね、と聞こえてくるような面持ちで、その隣に腰を降ろした。
戦争が終わってからというもの、神田は毎日夜になると、門の上で、そのまま何をするでもなく何時間も、座っているようになった。待ち人の姿を求めて…何年も。
「…私だって、信じたくなかった。けど、確かにアレン君のイノセンスの消滅は確認されたわ。千年伯爵たちの消滅と共にね。…どうやったのかはわからない、でもアレン君は…」
「…消滅したのはイノセンスだろ、あいつじゃない」
「…わかってるくせに。彼は寄生型よ、私たちとは違う…それに、」
既にあのとき、アレン君の身体は限界を迎えてた。最初に言ったの、あなたじゃない。
思い沈黙が流れた。お互い顔を合わせようとしない。その時、遠くで金色の影が揺らめいた。
「ティム、キャンピー…?」
主の姿は…ない。しかし、このゴーレムは数年かけて、確かにここ…ホームへ還ってきた。2人は急いで駆け寄る。このゴーレムは、必ず何かを知っている。最後に彼と共にいたのは、間違いないから。
ティムキャンピーは、2人の周りを心なしか嬉しそうに飛び回り、やがて神田の肩にとまった。そしてかつての主にしていたように、その身を神田の頬に摺り寄せた。
「ティム……おかえり、よく帰ってくれたね」
涙を流しながらリナリーがティムに手を伸ばすと、今度はその指に身を寄せた。
瞬間、音声が流れ始めた。
『…ティム、あんまり動かないで。あ、映像は要らないからね。……大丈夫?ちゃんととれてる?』
ーーーなつかしい、少年の声。神田とリナリーは目を見開いた。
『…ただいま。遅くなってしまって、ごめんなさい。
今まで、ずっと迷惑をかけてしまっていました。…本当に、ごめんなさい。皆さんが、僕を生かそうと尽力してくださっていたの、知っていました。ありがとう。
そんな皆さんに何ができるのか、ずっと考えていたんです。…そして、この戦争を終わらせること、だと。そして、それができるのが、…そのために生まれたのが僕だと、教えられたんです。これで、もうアクマが生まれることもない。ーーーこんな哀しいことは、起こらない。
もうすぐ、全部終わります。だから、最期に、皆に言っておきたくて。
僕の、家族になってくれて、ありがとう。ホームはとても、暖かいところでした。
そして……いってきます。』
リナリーはその場に崩れ落ちた。いつも冷静な神田でさえ、顔を歪めている。
方法はわからない。どう、終わらせたかなんて。でも、それは、まだ幼さの残る少年がホームに戻ることが不可能になるものだ、ということは…理解できた。
「…そうか、やはり…アレン君が。…ありがとう、お疲れ様…」
コムイに報告をすると、彼もまた顔を歪めて、切なげに呟いた。
「これは、皆で聞こう。アレン君も、それを望んでいるはずだ。…神田君、それまでティムを預かっていてくれないかい?」
「…ああ」
「今、任務に出ているファインダーがいるんだ。あと数日で帰ってくる筈だから、…それまで、よろしくね。…2人とも、報告ありがとう。ゆっくり、休んで」
コムイの言葉で2人は司令室を後に、それぞれの自室に入った。
神田はすぐにベッドに腰を降ろし、ティムキャンピーを指に乗せた。ーーーアレンがそうしていたように。
「…あいつは、何のために…生きて、たんだろうな」
頬を一筋の涙が伝う。それを皮切りにして、堰を切ったかのように涙が止まらない。
今まで認めまいとして、頑なに現実から逸らして目の前に突きつけられた事実。
声を殺して静かに啼く神田を慰めるように、ティムが擦り寄った。瞬間、先程聞いたアレンの遺言が流れ始めた。
「家族になってくれて…か」
いってきますを言うなら、ただいままで言えよ馬鹿モヤシ、と胸の内で呟く。自分より3歳も年下で小さな少年は、存外自分の中で大きな存在となっていたことに、ようやく気付いた。
再び訪れた沈黙に、そろそろ寝るか、と体を動かそうとした時。
『……あ、本当に最後。謝らなければいけない人がいます。』
ティムから聞こえる、アレンの声。まだ、続きがあったのだ。
目を見開いてティムに手を伸ばす。アレンの、本当に本当の最期の言葉は、重く、しかし暖かく、神田の心に染み渡った。
それは、確かに止まっていた彼の心を動かした。神田は涙を拭うと、以前のような、真っ直ぐ前を見つめる強い瞳に戻っていた。
ーーー覚悟は決めた。生きたかったお前の分まで、俺はーーー
『……あ、本当に最後。謝らなければいけない人がいます。…神田。
あんな話、して、ごめんなさい。神田には、話しておきたくて。ただの僕のワガママです。ごめんなさい。
ワガママついでに、ひとつ、お願いがあるんです。ーーーティムのことなんですけど。とても神田に懐いているようなんです。続けて2人と主を失って、ティムには本当に悪いと思っているんですが…。
ティムを、お願いします。
僕には、神田は、生き急いでいるように見えます。生に執着するのに、反面自分のことを顧みない。どうか、ティムのために。…それを頼んだ、僕のために。生きてください。
……ティム、いいよ。ありがとう』
後書き
いかがでしたでしょうか。初投稿が死ネタとかいいんでしょうかね。なんかもう本当にすみませんでした。
ページ上へ戻る