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P3二次

作者:チップ
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XⅥ

 二日前、六月十三日を以って美鶴がサポートから戦闘要員に復帰した。
 もっとも、それで急激に何かが変わったわけではない。
 少なくとも次の満月までまた地道にタルタロスを昇って行くだけなのだから。

「アヴァターラ、か」

 今は平日の昼間。学生ならば学校に行っている時間帯だが生憎と俺は別だ。
 俺は今、図書館で調べものをしている。
 こんな時間帯と言うだけあって人はまばらで落ち着いて調べものに専念できるのはありがたい。

「……ヴィシュヌの十番目の化身ねえ」

 ペルソナの多くは、神や悪魔と言った幻想の存在の名を冠している。
 俺も例に洩れず神の名を冠するペルソナを使用している。
 心理学で言うならばペルソナは自己の外的側面を指す言葉だ。
 例えば周囲と付き合うために嘘を吐くのもそれに当たる。
 しかし――――超常の力であるペルソナは別だ。
 抑圧された内面、外には出ない……謂わばもう一人の自分。
 たかが人間の裡なる顔に神の名を冠すのはどかと思わないでもないが……
 それ自体は自分で付けたものではない。勝手に認識していたのだ。
 自分から飛び出したペルソナの名がカルキであると。
 では、そこに意味はあるのか? そう思って神について調べようと思い立ったのだ。

「永遠、時間、汚物を破壊する者」

 俺の使うカルキはヒンドゥーの神であるヴィシュヌの顔の一つ。
 カルキの役目は一つ――――旧き世界の破壊。
 世界が崩れゆく秩序が失われた暗黒の時代を破壊し、次なる黄金時代へと移行させる役目を担っている。
 かつてエリザベスは俺を破壊を目的とした旅をしていると言った。
 成るほど、カルキの役目とも合致している。
 しかし、しかしだ。破壊を担っているとして俺は何を壊せば良いのだ?
 既知感の破壊? 確かにそれは俺の至上目標だ。だがどうにも腑に落ちない。
 破壊を望む俺の内面としてカルキが現れた――確かに筋が通っているようにも思える。

「だが……」

 既知と言う曖昧な概念を破壊する術などカルキは持ち合わせていない。
 直接戦闘能力は高いがそれだけ。コイツを使い出してからも既知はずっと続いている。
 だが既知とはまったく無関係にも思えない。であれば何だ? 何を壊す?
 神話のように世界を? この世界を? そんな力も持っていない。
 リミッターがかかっている以上全力ではないのは百も承知。
 しかし、どれだけ強い力を持っていても世界を壊すには繋がらない。
 人類を皆殺しにでもしろと? あるいは惑星一個を破壊しろと?

「……それもおかしな話だ」

 ならば影時間と言う不自然な世界を破壊すると言うことか?
 既知の根源が影時間であるならば一応の納得はいく。
 が、そもそもの話、既知と影時間に繋がりはあるのか?
 美鶴の祖父が原因で生まれた影時間、それそのものが既知を生み出す原因だと仮定しよう。
 ならば何故俺だけ? 他のペルソナ使い達は既知など感じていないのに。
 俺が始まったのは確かに影時間が生まれた年と合致しているが……

「俺は影時間から生まれたシャドウか何かか?」

 それも違うだろう。S.E.E.S.に入部する際に行った身体検査の類でも問題はなかったのだから。
 シャドウか何かだとしたらその時点で拘束なり何なりされるはずだ。
 では影時間から生まれたもっと別の何か?

「ハ! エイリアンか何かだってんなら面白いんだがね」

 完全な根拠なしの勘でしかないのだが、俺の仮説は総て正解ではないような気がする。
 堂々巡りの思考。頭がパンクしてしまいそうだ。
 調べものに来て余計に考えごとが増えるなんて笑えない。
 更に最悪なのはこうやって頭を悩ませているこの瞬間――――それにもまた既知感を覚えるのだ。

「最悪な気分だ……糞が」

 苛立ちのままに図書館を出て近くの公園にあったベンチに腰掛ける。
 午後の日差しは鬱陶しいくらい強くて苛立ちを加速させた。
 閉じた円環の中を、それでも先に何かがあると信じて無様に駆け続けているような感覚。

「……ハムスターって偉大だなぁオイ」

 誰に言うでもなく零した独り言だったが、

「――――キヌゲネズミ亜科に属する齧歯類がどうかされましたか?」

 それに答える女が一人。
 午後の陽光を浴びてキラキラ光る灰銀の御髪。
 サイケデリックな青一色のコスチューム――――エリザベスだ。

「ああ、アイツらってさ飽きもせずに滑車の中を走り続けてるだろ?」
「そうなのですか?」
「そうなんだよ。でさ、それってすげえことだと思うんだわ」

 本能なのか何なのかは知らないが、羨ましい。

「それで、今日もお出かけかい?」
「はい。あなたに逢えると思い外へやって来た次第でございます」
「……俺の居場所が分かってたのか?」
「いえ、気の向くままに歩いておりましたらあなたに出会えました」

 真っ直ぐこちらを見つめる黄金の瞳に虚偽の色は見えない。

「成るほど。赤い糸で結ばれているのかもな。で、どうする? どこ行きたい?」

 気分転換も兼ねてまた彼女の奇行に付き合うのも悪くはない。
 そう考えての提案をエリザベスは笑顔で受け止めた。

「では、巖戸台を案内して頂けますか?」
「オーライ。じゃあ、行くかね」

 二人連れだって歩き出す。肩が触れ合うか触れ合わないかの距離。

「ん……」

 初夏の風が吹き抜け女性特有の甘い匂いが鼻腔を擽り思わず声に出てしまう。
 匂いフェチと言うわけでもないが、好ましい香りだった。

「どうかされましたか?」
「いや別に」

 普通の女ならばこのまま口説いて褥と洒落込んでいただろう。

「っと……駅前に着いたがどうする?」

 中身のない話をしていると何時の間にか駅前。
 行きたい場所があるかリクエストを聴いてみたのだが……
 何故だか分からないがエリザベスはエスカレーターに向かって走り出してしまった。

「行く手に刃向かい、流れてくる階段……これが"エスカレーター"……」

 何故だか昇りエスカレーターを昇って昇りエスカレーターを下り始めた。
 まるで意味が分からない行為に目を丸くする俺を余所にエリザベスはトンチキなことを言っている。

「シンプルでありながら、見た目以上の消耗を強いられる試練……!」
『よいこの皆さん。 エスカレーターの逆乗りは、大変危険です』

 良い歳をした大人がこんなことをするとは思ってもいないのだろう。
 エリザベスに向けられた注意アナウンスを聞いて何とも言えない気持ちになってしまう。

「そして……これは!? 裏瀬様、足元にお気を付けください」
「は?」

 エスカレーターから降りて来た彼女が一目散に向かったのは……工事中のマンホール?
 看板と柵で遮られたそこにエリザベスは何を見い出したのか。

「この先に"落とし穴"がございます」
「んなもんねーよ。お前の目は節穴か?」
「落とし穴だけに、でございますか?」
「いう別にそんな意図で言ったわけじゃねえからドヤ顔やめろ」

 そもそも落とし穴なんてものが公共の場にあるわけがない。
 そんな俺の呆れに応えるようにエリザベスはこれまたトンチキな持論を展開する。

「柵で囲まれた、この中心にでございます。目を引く看板で囲んだうえ、"立ち入り禁止"の文字」
「それが?」
「人は往々に、禁じられたものほど触れてみたくなる……
落とし穴は隠すものという常識を逆手に取った、高度なトラップでございます……」

 いや、それはただの警告であってそんな意図はないだろう。
 禁じられたものにほどと言うのは分からないでもない。
 黄泉平坂やオルフェウスの振り向いてはいけないと言う言葉然り、人は禁忌に弱いが……

「いや、そもそも誰を引っ掛けるんだよ」
「罪なき民草を狙う悪漢ではないでしょうか?」
「……お前がそう思うんならそうなんだろうよ」

 一々訂正するのも面倒だ。世間一般の常識に疎い相手をするのは結構疲れる。

「流れる足場に加えて、心理トラップを組み合わせた落とし穴。街の治安を守るとは、かくも大変なことなのでございますね」
「それでも日本はマシだと思うがねえ」

 と言うよりエスカレーターもマンホールも治安維持のためのものではない。

「私、胸を打たれております。この街を愛する、見知らぬどなたかの思いを噛みしめつつ……それでは参りましょう」
「……」

 周囲から向けられる奇異の視線にまるで気付いていないエリザベス。
 俺自身も普段ならそんなものを気にする性質ではないのだが……
 自分じゃなくツレに向けられているのは、しっかり手綱を握っておけよと言われているようで居心地が悪い。

「おや、どうされましたか?」

 勝手なことはさせまいとエリザベスの手を握る。
 彼女は照れるでも何でもなく純粋に疑問を感じているようだ。

「男と女の二人歩きの作法さ。教えておこうと思ってな」
「……成るほど、これは失礼。今までの私は少々礼に則ってはいなかったようですね」

 言葉を額面通りに受け止められ、頬が引き攣るのを止められない。

「しかし、予想通りと言いますか……良い手をしておられるのですね」
「良い手?」
「ええ。無骨でありながらもどこか温かみのある手でございます」
「……体温は低い方だから手も冷たいと思うんだがね」
「手が冷たい方は心が温かい方だと聞きましたが」

 何でそんなどうでもいい俗説だけは知っているのだろう。
 エリザベスの知識はどこから得ているのか気にならないでもない。

「そのまんまって説もあるがな……それより、昼時だ。何か食べないか? 食べたいものがあるなら案内するが」
「食べたいもの、ですか――――おや、これは……この、かぐわしい香りは、まさか……!」

 グイ! っと凄まじい力で手を引かれる。
 走り出したエリザベスに引っ張られ連れて来られたのはタコ焼き屋オクトパシー。

「失礼、これはまさか――――」

 店主と何やら話しているエリザベスを余所に俺は彼女の細腕を見つめていた。
 これでも俺は男だし、そこそこ力だってあると自負している。
 だと言うのに女の細腕に抗えなかった。
 明らかに筋肉などはないのにどこからあんな力が……疑問は尽きない。

「はあ、驚いたわ……この具のヒミツ、臭いだけで分かるんか?」

 店主の言葉で現実に返る。女店主は驚いたようにエリザベスを見つめていた。

「姉ちゃん、伊達にオモロイ格好しとらんな。 ま、タコ焼き屋はタコ以外焼いたらあかんなんて法律はあらへん。」
どや、ちいと買うたってや。ほっぺた落っこちてまうでぇー? カップルみたいやしサービスするでー?」

 タコ以外焼いてはいけないと言う法律はない。
 ないがタコ焼きと掲げている以上タコを使わないのは虚偽表示では?
 そう思いはしたが目を輝かせるエリザベスを見て何も言えなくなる。

「"ほっぺたが落ちる"料理……!」

 この空気で無粋なことは言えない。
 しかし、比喩表現をそのまんま受け止めるのはどうかと思う。

「現実には非常事態のような気も致しますが、ぜひとも体験してみたく存じます」

 言うや懐から以前と同じくパンパンに膨れ上がった財布を取り出すエリザベス。

「いや、ここは俺が払うよ」
「お気になさらず。これでも私……」
「男が払うのが礼儀ってもんなんだよ。なあ店主さん?」
「ん? せやなぁ。それが男の甲斐性っちゅーもんやな! 分かっとるやないのにーちゃん!」

 ノリが良い店主が追随してくれるが……

「私、実際にほっぺらを落としている方をお見かけしたことがございません。
恐らく、市井の物には易々と手出し出来ない価格のはず……それを裏瀬様に支払わせるのは……」
「おい、値段よく見ろ」
「はて……あ、1パック400円……?」
「そう言うことだ。すまんが2パックほど頼むよ。マヨネーズ増し増しでな」

 気恥ずかしそうなエリザベスは放って置いて注文を告げ、千円札を手渡す。

「ネギもつけたるわ! ちょぅ待ってやー」

 手早くタコ焼きを焼き始める店主。
 エリザベスはその作業に興味深々のようでジーっと見つめている。
 子供染みている――――とは言わないが、やはり少々ズレているのだろう。

「ハイ、おおきに! また来てや~!」

 店主からタコ焼きを受けとり店の前にあったベンチで実食。
 熱々のタコ焼きで俺は少し冷ましてからとすぐには手をつけなかったがエリザベスは別だった。
 早速口の中に放り込んでいる……熱くないのだろうか?

「このプリプリした表皮に覆われた独特の触感は……間違いなく! アレ!」
「…………」
「よもや食材として出会う時が来るとは……驚きでございます」

 食材として使用するとは思えない何かが使われていると言うことなのか。
 だが、困ったことに味は悪くない。
 しかし……そのアレとやらが未知だったらどうしようか?
 こんな馬鹿らしいことで本懐達成など渇いた笑いすら出ないだろう。

「……よう、ほっぺたは落ちたか?」

 なのでここは聞かない方が賢明だ。

「いえ、特には何も……ですが私、食べてみたいものは他にもまだまだございます」
「そうか。だったらまだほっぺを失うわけにはいかんな」
「はい。それらを食し終えるまでは万全の状態でありたい所存です」

 飲食店は数多くあるが……どんなものを食べたいのだろうか?
 5個ほどで残りをエリザベスに押し付けた俺は食後の一服をしながら空を見る。
 ますます強くなった日差し。どこか涼しいところに入りたいものだ。

「ふぅ……大変美味しゅうございました」
「そいつは結構」
「この近辺には、まだまだ飲食の場がある様子。"ハシゴ"というのをしても宜しいでしょうか?」
「ん? そりゃまあ別に構わないが……」

 どれくらい食べる気かは知らんが金銭に余裕はあるので問題ない。
 手持ちが尽きても……カードを使えるところなら大丈夫、かな?

「ありがとうございます。ではまず"マンガ喫茶"と呼ばれる場所にある"ドリンクバー"なる食材から参りましょう」
「…………漫喫?」

 厳密に言えばあそこは飲食店ではないような気がする。

「はい。混合比によって無限の味が生み出せるという"ドリンクバー"……想像しただけで、心持ちが高ぶるのを感じます」

 中学生のガキじゃあるまいしドリンクバーで遊ぶなと言う話だ。
 しかもドリンクバーと言うならカラオケだったりボーリングセンターだったり割とそこら中にある。

「待て待て。ドリンクバーって言うならファミレスでも良いだろ?」

 漫画喫茶は禁煙のところも多いし気兼ねなく吸えるファミレスの方が良い。

「ふぁみ、れす……それはもしや、ファミリーレストランのことでは?」
「もしやも何もその通りだよ。ファミレスならドリンクバーもあるし、他のものも食べられるだろ」

 エリザベスの興味を引きそうなファミレス特有のメニューなんてあっただろうか……
 ふと、天啓のようにそれが閃く。

「――――お子様ランチとか、面白いんじゃないか?」
「お子様ランチ……」

 わなわなと震えるエリザベスが酷くシュールで笑ってしまいそうだ。

「ハンバーグ、エビフライ、チキンライス、唐揚げ、ナポリタン……」
「まあ、確かにそんなラインナップだな」
「更にはデザートとしてプリン等もついてくると言われるお子様ランチ」
「お、おう……?」
「各々が一線級のオカズであると言うのにそれを贅沢にも一つのメニューとして調和させる」

 そこまで大層なものかと言われれば首を傾げてしまう。

「のみならず旗を立てて夢の混成軍だとアピールしている、恐るべきメニュー……お子様ランチですか」
「……まあ、そうなのか?」

 大袈裟な表現を使っているが、あながち間違いでもないだろう。
 子供が大好きなオカズで揃えた夢のメニュー――なんて表現もお子様ランチが出来た当時にゃ使われただろうし。

「しかし私、お子様――――と呼べる外見ではございません」
「確かにガキ限定ってとこもあるが、俺の知ってるとこはそうでもない」
「何と! 穢れなき幼子にだけ許されたそれを大人にまで解放していると言うのですか?」
「……まあ、そうだな」
「何とも懐の広いお店とお見受けします」

 そこまで言われればファミレスの方も嬉しいことだろう。

「あー……じゃあ最初はファミレスでってことで良いんだな?」
「はい、よろしくお願いします」

 ワクワク、そんな擬音が聞こえて来そうな語調のエリザベスに苦笑を禁じ得ない。 
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