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ちょっと違うZEROの使い魔の世界で貴族?生活します

作者:うにうに
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本編
  第45話 偽物ばっかり? 私悪くないヨ

 こんにちは、ギルバートです。ガリアやアルビオンに干渉しようと思ったら、突然クルデンホルフから一方的に借金を清算されてしまいました。これは不味い事態です。ダイヤモンドの存在は、出来れば公にしたくありません。金の亡者が群がってきそうですし……ロマリアの神官とか。

 それは置いておくとして、問題はクルデンホルフに奪われたのは80万エキューのダイヤモンドです。借金は現在63万エキュー(今年分の利子を含めても66万1500エキュー)なので、こちら側は17万エキュー(今年分の利子も含めれば13万8500エキュー)を強奪された形です。

 しかし金銭的な話だけなら大した事はありません。ダイヤモンドならまた《錬金》すれは良いだけの話です。

 問題になるのは借金が陛下の口利きよる物なので、陛下の顔を潰したと言う事です。陛下も一国の王として、面子をつぶされて黙っている訳には行きません。そうなるとトリステインとクルデンホルフの間に、対立構造が出来るのは明らかですし、ガリアやゲルマニアが介入してくれば下手したら戦争です。

※注
 クルデンホルフは、トリステインから庇護と言う莫大な恩恵を受けいる。現在はその庇護のお蔭で、商業地としての価値が高いが、戦争になればその価値は消え失せる。しかし、街道が整備されている為に軍の要衝としての価値は高く、ガリア・ゲルマニア共に咽から手が出る程に欲しい土地である事に変わりは無い。ところが、現状でクルデンホルフに手を出せば、トリステインが黙って居ない上に同盟国のアルビオンだけでなく相手国も便乗して動く。その上ロマリアまで出て来る可能性もある上に、市場の混乱の所為で経済的打撃を受けるは避けられない。よって、リスクが大きすぎて手を出せないのだ。しかし、クルデンホルフとトリステインの対立は、これらのリスクを取り去ってしまう。

 クルデンホルフ大公はその程度の金銭と引き換えに、窮地に陥るような真似をするでしょうか?

 答えは否です。

 そうなると一番可能性が高いのがお家騒動です。大公を幽閉した際に、ダイヤモンドの事を知り借金を無理やり清算したのでしょう。陛下の口利きを知らないボップは、大公家の方が格上なので黙らせる事が出来ると判断したのだと思います。

 60万エキューもの大金を借りていれば、陛下(もしくは陛下に準ずる者)の口利きがあると判断するのが普通です。しかし、これをない物と勘違いさせる要素がありました。それがダイヤモンドです。ダイヤモンドを質にするだけでも、今回の条件で貸すのに十分な理由になるのです。ここに陛下の口利きが重なれば、もっと好条件で貸す事も可能だったでしょう。

 つまり“ダイヤモンドの存在を秘密にする事”を条件に、契約内容を妥協したのが裏目に出てしまったのです。

 ここまで考えた私は、最悪ダイヤモンドの出所が公になっても仕方が無いと判断していました。

 しかしここで持ち上がったのが、ロマリアンマフィアの生き残りです。未確認情報ですが、とても楽観できる情報(モノ)ではありません。

 きな臭い事になってきました。クルデンホルフの一件は、お家騒動であって欲しいです。



 クルデンホルフ大公国。

 先代のトリステイン国王フィリップ3世によって大公領を賜ったことから始まる新興国。

 軍事及び外交ではトリステイン王国に依存しているが、独自の戦力として空中装甲騎士団を保持している。

 トリステイン南東部に立地しているので、ゲルマニア・ガリアを結ぶ商業の中継地として大きな利益を上げている。

 国境が接しているゲルマニア・ガリアが直接取引をしないのは、国境にあるアルデンの森に大量の亜人が住み着いている事が原因に挙げられる。そして、この状況に拍車をかけたのが、アルデンの森の利権を求める両国で起きた争いだ。下手に兵を出すと侵略とられかねないので、両国共に亜人への対応が満足に出来ず放置する結果になってしまった。

 亜人に襲われる可能性が高い道は、商人達に嫌われ使用されなくなる。その結果クルデンホルフ大公国が、ゲルマニアとガリアを結ぶ商業路として注目された。更に王都トリスタニアだけでなく、ラ・ロシェールからアルビオンまで商業路を伸ばす事により、ハルケギニア随一の商業立国として栄えている。


「……なるほどな」

 私はクルデンホルフ大公国の資料を机に置きました。先程父上に命令された調査の為に、私が資料室から引っ張り出して来た資料です。机の上にはもう一組資料があり、こちらは先程カロンからもらったクルデンホルフの地図(最新版)です。

 はい。私は全く役に立ちませんね。ごめんなさい。

 如何したものかと思っていると、コンッコンッとノックの音がしました。私が入室を許可すると「失礼します」と挨拶をして、ファビオが入ってきました。

「ファビオ。諜報部では、どれくらいの情報を握っているのですか?」

「諜報部の情報は、これで全部です」

 私はファビオから羊毛紙の束を受け取り、その内容に目をザっと通して行きます。すると、その中の一部に目がとまりました。

「クルデンホルフの親族情報に簡単な性格や言動の注釈ですか……」

 その中にはベアトリスの情報もあります。“悪い子ではないが、考え無しでわがまま”か、そのまんまですね。

「マギ商会の交渉にまぎれた諜報員が、クルデンホルフの使用人達から集めた噂話を簡単にまとめた物です。私が持ってきた情報の中で、ギルバート様が把握していないのはその注釈位しか無いと思います」

 私が資料室から引っ張り出して来た資料を見ながら、ファビオが悔しそうに言いました。諜報部は始動してから間も無いので、軌道に乗るまではマギ商会の情報網の方が使えるのは仕方が無いと思います。

 その注釈に目を通して行くと、ある事に気付きました。

「これが本当なら、クルデンホルフの関係者は無能ですか?」

 私の呟きに、ファビオが苦笑で答えます。クルデンホルフ関係者の大半は、遠回しながらトリステインを“自分達の儲けを搾取する寄生虫”と陰で発言しているのです。トリステイン貴族から回収の見込みが無い借金を強要されているので、そう思いたくなる気持ちも良く分かります。しかし、トリステインの後ろ盾が無くなれば、クルデンホルフが戦場になると分からないのでしょうか?

 まあそれは置いておくとして、この状況でクルデンホルフが反トリステインの声が高い事が良く分かりました。そんな所に、トリステインに恨みを持つロマリアンマフィアが出入りしていると思うと、頭が痛くなって来ます。しかし、如何言う手を打てば良い物か……。

「現状で打てる手は何ですか?」

 分からないならスパッと聞くと言う事で、ファビオに意見をお求めました。

「ありません」

 ファビオもスパッと返してくれました。って、ありませんって如何言う事ですか?

「既に諜報部から人を出して調査にあたらせています。マギ商会の方もアズロック様からの指令で既に動いています」

「それって、私が居る事に意味があるのですか?」

「アズロック様は“これを機に諜報関係を勉強しておけ”と、言っているのだと思います」

 私はため息を吐くと「勉強させていただきます」と、ファビオに言っておきました。

 ……泣いても良いですか?



 父上から指令を受けてから2週間が経ちました。

 ファビオからの報告では、クルデンホルフにロマリアンマフィアの生き残りが出入りしているのは事実と判明しました。

 時を同じくして、父上主導でマギ商会が本格的な調査に乗り出しました。私とファビオ(諜報部)は、完全に蚊帳の外です。

「ファビオ。悔しいですね」

「はい。悔しいです」

 だからって、ファビオと愚痴の言い合いをしている暇はありません。せっかく朝一から話し合っているのですから、良い案を出して少しでも調査を……。

「坊ちゃん!! 大変です!!」

 血相を変えて入って来たのはオーギュストです。普段の彼からは、考えられないほど慌てています。

「何事ですか!?」

「さ 山賊です。領の各地で、山賊の被害が出ています」

 ……なんですと?

「オーギュストさん。被害は……」

 ファビオに問われて、オーギュストは首を横に振りました。

「詳細は分かりません。それに被害は今も増えています」

 しかも、現在進行形かよ!!

「父上と母上の所へ行きます」

「シルフィア様は出撃の準備をされています。アズロック様は守備軍の指揮を取る為に、兵舎の方へ向かわれました」

「分かりました。ファビオも一緒に父上の所へ。私も出ます」

 私は使い魔のパスで(ティア)と、呼びかけました。すると……

(応!! 風竜に化けて兵舎の前じゃな。オイルーンにも後を追う様に言っておこう)

 私は(お願いします)と頷き、手甲と武器を身に着け道具袋をつかむと、ファビオを伴い兵舎へと向かいました。


「父上!!」

「ギルバートか」

 私が来た事に気付いた父上は、一度小さく頷きました。

「クリフ。ドナ。ギルバートに現状の説明を」

「「はい」」

 クリフとドナが応じると、私とファビオを隣の部屋へ移動するよう促して来ました。

「僭越ながら私クリストフが、現状をご説明します」

 全員立ったままクリフの話を聞きます。

「本日明け方に、ドリュアス領に属する村が次々と山賊に襲われました。被害に遭っているのは、いずれも守備軍が駐屯する街から離れた村です。多くの村は屯田兵と自警団が協力して時間を稼いでくれたので、応援が間に合い大きな被害を出さずに済みました。ですが、いくつかの村は援軍が間に合わず……」

 農地拡大の為に屯田兵を配置していたのが、思わぬところで役に立ちました。ですが、敵の数に対応しきれず被害が出た事に、この場に居る者達は渋い顔をします。

「オースヘム、ブルーヘント、マースリヒトは、国境沿いと言う事もあり防衛軍を多く配置していたので、殆ど被害がありませんでした。旧ドリュアス、クールーズ、ドリアード、シュワシュワも同様です。被害が大きいのは、フェンロウ、ルーモンド、フラーケニッセ、ローゼンハウトです。シルフィア様は既に、フラーケニッセ、ローゼンハウトの救援に出発されました。アズロック様は風竜にて、フェンロウ、ルーモンドの救援に向かう事になっています」

 そこでクリフが「以上です」と言って、私の指示を待つように沈黙しました。

「私達はフェンロウ、ルーモンドに向かいます。おそらく我々が到着する頃には、山賊共は撤退した後となるでしょう。よって我々は撤退中の山賊を索敵し、捕えられた領民の救出が任務になると予想されます。この任務はスピードがキモとなるので、私が用意した風竜で現場へと向かいます。クリフとドナは、私が用意した風竜に同乗して現場へ向かいます」

 私の風竜と言う言葉に2人は反応しますが、直ぐに「はい」と返事をしました。こんな時に都合良く風竜を用意出来た事に驚いたのでしょう。

「守備軍が対応出来ない様に同時襲撃を行った事から、敵はただの山賊ではないと予想されます。ファビオは敵の正体を調査してください。クリフとドナも、この事は頭の中に入れておいてください。何が出るか分からないので、決して油断しない様にしてください」

 3人の返事を確認すると、私は父上の所へ向かいました。

「父上。私はフェンロウ、ルーモンドの方へまわろうと思います」

「分かった。私は被害が酷いフェンロウへ向かうつもりだ。ギルバートは、ルーモンドの方へ向かってくれ。ついでなので、ルーモンドの守備軍責任者のオラスに、これを届けてくれ」

 そう言って父上が渡して来たのは書簡でした。

「分かりました」

 父上から書簡を受け取って、兵舎を出ると丁度風竜に化けたティアがおりて来る所でした。

(ティア。行き先はルーモンドです。一緒に行くのは、いつもの護衛クリフとドナです)

(心配せずとも聴覚共有で聞こえておったわ。オイルーンは既にルーモンドに向かわせたのじゃ)

 私は頷くと、クリフとドナに風竜(ティア)に乗り込むよう指示しました。



 ルーモンドへは思いの外アッサリ着きました。この混乱を利用した暗殺も疑っていたので少し安心しました。

 早速、ルーモンド守備軍責任者のオラスに書簡を渡し話を聞きます。

 突然の襲撃に泡を食ったそうですが、山賊達にとってドリュアス領の騎獣数は想定外だった様で、次々に到着する応援に白旗を上げたそうです。しかし、まだ騒ぎが収まっていない村が2か所ありました。守備軍の数に驚いた山賊が、村人を人質に立てこもったのです。

「数で威圧して降伏を促すのですか?」

 私の問いかけに、オラスは彼は首を横に振りました。

「いえ。相手の出方によります。降伏・突入・取引など、どんな手を使ってもこれ以上領民に被害を出しません」

 頼もしい事を言ってくれます。流石にルーモンド守備軍責任者に選ばれるだけはあります。

「では、我々もその援護と言う事ですか?」

「いえ、この騒ぎで領内が混乱しています。今の我々には、警鐘が鳴らなかった村に人を出す余裕がありません。念の為様子を見に行ってもらいたいのです。当主の御子息が様子を見に行けば、領民も安心するでしょう」

 断る理由はありませんね。しかしインビジブルマントを使えば、突入を選択した時のリスクを大幅に軽減出来ます。私はマントを渡すか少し悩みましたが、見回りを手早く終わらせて合流する方が良いと判断しました。マントの所為で、安易に突入を選択されて失敗しては目も当てられません。

「もし異常があった場合は?」

「これを使ってください。異常が無ければ、こちらに合流お願いします」

 そう言ってオラスが渡して来たのは、筒状の物と地図です。筒状の物は警報に使う花火で、地図には私達が回る村と合流場所が走り書きしてありました。

「分かりました。手早く終わらせて、そちらに合流します。クリフ、ドナ。行きますよ」

 クリフは飄々(ひょうひょう)としていますが、ドナが不満そうな顔をしています。いきなり来た私達が、ルーモンド守備軍と連携が取れるとは思えません。オラスは下手に現場に出すより、この方が有益だと判断したのでしょう。私もその考えには否はありません。……不満が無いとは言いませんが。



 いくつか村を回りましたが、オラスが言っていた事は正解だった様です。明け方から警鐘が鳴り響いていたので、領民は相当不安だったのでしょう。村人達は即席のバリケードを作り、自主的に防備を固め警戒をしていました。

 そんな人達にも私が名乗り事情を説明するだけで、だいぶ不安を和らげる事が出来たのです。

「次で最後の村ですね」

「はい。警鐘が鳴らなかった中では、街から一番離れた所にある村です」

 私はクリフが持つ地図を覗き込み、一度頷くとティアを呼びました。

 最後の村が見えて来ると、違和感を覚えました。

(……主)

(分かっています)

「クリフ。ドナ。村の様子が変です。注意してください」

 少し高度を取り、村の上空を旋回すると違和感の正体がはっきりしました。

「……襲われた後か」

「……の、ようですね」

 クリフとドナが悔しそうに呟きます。

(ティア。生きた人間は……)

(残念じゃが……)

「村に降ります」

「待ってください。まだ山賊が……」

 クリフが止めてきましたが、私が「もう生きた人間は居ません」と言うと黙りました。

 ドナに花火を上げるように指示すると、私達は村人の死体の確認を始めました。

 オラスの話では、襲われた村は7か所……ここも合わせれば8か所か。規模を考えれば、警鐘が鳴らなかった村までは目が届かないのも仕方がありません。そう考えた時に、花火の音が響きました。戻って来たドナと合流し作業を続けます。

 武装した死体(恐らく屯田兵と自警団)が9体。山賊と思われる死体が3体。村人の若い男の死体が5体。そして、30歳以上と思われる人間の死体が40体と少し。……赤ん坊の死体も。

 しかし、村の規模から考えて死体の数が少なすぎる。若い人間の死体が異様に少ない。特に若い女と子供の死体が無い。

 戦闘の跡から推察すると、夜陰にまぎれて村を強襲したのだろう。魔法を使った跡らしき物が無いので、山賊にメイジは居ない。それなのに、警鐘を鳴らされる前に村を占拠した手腕は見事としか言いようが無い。家は荒らされ貴重品は奪われているが、食料品や家畜には殆ど手をつけられていない。それに……

 引き際が鮮やか過ぎる。敵は山賊と言うより傭兵……となると

「……目的は奴隷狩りか」

(ティア。今から山賊を追えますか?)

(可能じゃ。既に精霊達に頼んで逃走先は聞いたのじゃ。すぐに追うか?)

 ティアの言葉に私は一瞬だけ悩みました。このまま山賊達をつければ、今回の襲撃犯の黒幕にたどりつけるかもしれないからです。

 私はその考えを首を振って追い払います。

(追いましょう。攫われた村人の救出が最優先です)

 そうなると空から接近する風竜は目立ち過ぎます。気付かれて村人を人質にされると、こちらも動けなくなってしまいます。出来れば気付かれないように近づき、不意打ちで一気に仕留めたいですね。

(ティア。イルは?)

(もう来ておる。呼ぶか?)

(お願いします。ティアはそのまま山賊を追ってください。私もイルと合流後すぐに追います)

(分かった。それから、吾は目立たぬよう小鳥に化ける)

 私が頷くと、ティアは飛び去りました。

「ち ちょ ギルバート様。風竜が!!」

「直ぐに代わりが来ます」

 慌てるドナを黙らせて、暫く待つとオイルーンが来ました。

「イル。山賊達を追います。私だけでなくクリフとドナにも背を許してく……」

「グダグダ言わずに乗れ!!」

 怒られてしまいました。

 私達がイルに乗り込んでいる時に、ヒポグリフが一騎飛んできました。

「何があったんですか……って、この村の惨状を見れば一目瞭然ですね」

 ヒポグリフに騎乗した騎兵は、口調こそおどけていますが全身からは怒りがにじみ出ていました。必死に怒りを押し殺しているのでしょう。

「私達は山賊達の追撃に入ります。オラスに増援を依頼してください」

「了解しました」

 騎兵の返事を聞き届けると、オイルーンが勢い良く走りだしました。



 逃走中の山賊を捕捉(ほそく)したのは、ドリュアス領を出てからでした。ティアの精霊魔法が無ければ、補足は不可能だったでしょう。

「領内で捕捉出来なかったのは痛いですね」

「旧モンモランシ領ですね。今は貴族派の領主が治めています。面倒な事にならないか心配ですが、今は領民の安否が最優先です」

 クリフのぼやきに、私が返事をします。

(ティア。相手の不意を衝くのに良い場所はありませんか?)

(少し行った所に林がある様じゃ。そこなら不意を突くのに良かろう。じゃがその前に、昼食をとるやもしれぬな)

 ティアの言葉で、太陽が昇り切っている事に初めて気付きました。

(近くに水場はありますか?)

(林の手前に小川があるぞ)

 ……決まりですね。ドリュアス領も出ていますし、状況から考えて朝食もとっていないでしょう。そこで食事休憩を取るなら不意を衝けます。休憩しない場合でも、林の前で不意打ちが出来るでしょう。インビジブルマントもあるし、私とクリフ、ドナの3人でも何とかなります。

「敵の前方に在る林で不意打ちを仕掛けます。……イル」

「分かっている!!」

 オイルーンは山賊に見つからない様に林に回り込みました。

(主。やはり奴ら休憩するつもりのようじゃ)

 私は心の中で“良し!!”と叫ぶと、クリフとドナに作戦を伝えます。

「クリフとドナは、林に身を潜め待機して居てください。私がインビジブルマントを使い逆側から不意打ちを仕掛けます。敵の注意が私に向いたら、そちらも仕掛けてください。分かっているとは思いますが、領民の安全が最優先です」

 インビジブルマントで姿を隠し、食事を始めた山賊達にいきなりエア・カッターぶっ放します。混乱した山賊達に、姿を隠したまま斬りかかりました。それだけで何故か敵は恐慌状態になり、リーダー(頭では無くまとめ役らしい)が逃亡し残った者達もクリフとドナが攻撃を仕掛けたら簡単に殲滅出来ました。

 はい。奇襲は成功しました。あっけないほどに。

 まあ、恐慌状態になった原因は山賊の1人が、私の事を「風の精霊だ!!」とか叫んだのが原因だと思います。ハルケギニアの人間なら、精霊に襲われればそれは怖いでしょう。

 そんなこんなで、16人居た山賊の内15人を仕留めました。リーダーに逃亡を許しましたが、攫われた領民は全員無事です。

「リーダーには逃げられましたが、目的は果たせましたな」

 クリフがホッとしたような表情で言って来ましたが、まだ終わっていません。ティアがリーダーを追い掛けていますし。

「クリフ。ドナ。領民の(いまし)めを解いてあげてください。事情を説明し領へ戻ります。それから私は、少し別行動をします」

 あっ。クリフとドナが凄く怖い顔になりました。

「山賊のリーダーはこのまま放っておけません。私がイルで追いかけま……」

「駄目です!!」とクリフ。

「ですが、領民をこのまま放っておけません」

 私は山賊達の死体を見ながら続けます。

「血の臭いに誘われて魔獣が来れば、せっかく助けた領民に犠牲者が出ます。ここからの移動は急務ですし護衛も必要です」

「それでも、ギルバート様に危険な事はさせられません」と、喰らい下がるドナ。

「では、代わりにクリフかドナが山賊を追いかけますか? イルを私なしで乗りこなせると思っているのですか? それともこのまま逃がしますか? 領民を見捨て置き去りにしますか? 魔獣だけではありません。ドリュアス領から逃げて来る山賊とはち合わせしたら如何するのです?」

 私はそこで言葉を切りました。

「オラスの増援も近くまで来ているはずです。領民達を引き渡したら追い掛けて来てください」

 私がまくしたてた後に言い切ると、ようやくクリフとドナは黙ってくれました。と言うか、この状況ではリーダーの後をつけて黒幕を叩こうとしているなんて言えませんね。それに「せめてどっちか連れてけ」と、言われなかったのも助かりました。



 山賊のリーダーを追い掛けて行くと、ラグドリアン湖か一望できる街の倉庫街に着きました。

(ティア。状況は如何なっていますか?)

(山賊はその倉庫の中じゃ。中には黒幕らしき商人とその護衛がおる。護衛の中にはメイジも数人おる様じゃ)

 さて、困りました。出来れば黒幕は生きたまま捕らえたいのですが、それだけ護衛が居るとなると手が出せません。しかしここで逃げ帰るのは、悔しいと言うか納得できません。家の領民に手を出しておいて、タダで済ませるわけにはいきません。捕縛が無理なら……。

(主。主。どす黒い物が。邪悪でどす黒い物が漏れておるぞ)

 何か殺意の波動(らしきもの)に目覚めそうになってしまいました。反省です。

 運良く倉庫の通風口から中の声が拾えるので、黒幕の正体を喋ってくれると助かります。……まあ、無理でしょうが。

 しかし今回の襲撃事件で、ドリュアス領に手を出せば精霊が干渉するかもしれないと言うメッキは剥がれてしまいました。山賊のリーダーが「風の精霊に襲われた!!」と必死に訴えていますが、周りの人間は懐疑的な声を上げるばかりです。実際に勘違いなので、それは仕方がありません。むしろ話題は、ドリュアス領の警備の厳重さに集中しています。どうやらメイジの1人が、使い魔を通して現場を見ていた様です。

 そして一番問題なのが、次の襲撃を計画している事です。当然、それを許す訳には行きません。

 何か良い案が無いか考えていると、まだ山賊のリーダーが「風の精霊が」と騒いでいます。中に居る奴らは鬱陶しく思っているでしょうが、私にはそれが天啓に聞こえました。すぐに倉庫の大きさを確認して、ティアに作戦の是非を問います。

 ティアが頷くと、私はつい口元を歪めてしまいました。……ティア。お願いだからひかないで。「邪悪じゃ」とか言わないで。



---- SIDE 山賊のリーダー ----

 何故誰も俺の言う事を聞いてくれねえんだ。

(あの恐ろしい透明な化け物が、風の精霊じゃなきゃなんだってんだ)

 他の奴らは次のドリュアス領襲撃計画に夢中だが、俺は冗談じゃねえ。

 俺たちゃあ安全圏に入ったと思って、メシの準備をしてを食おうとしてた。捕まえた村人の中に上玉が1人居たから、部下達と「摘み食いしようぜ」って笑ってた。だが次の瞬間、目の前で部下が風に切断され肉片に変わりやがった。そして、ついさっきまで何も居なかったはずの場所に、見えない何かが……そう、ありゃあ純粋な殺意だ。俺は恐ろしくて逃げ出したが、それは正解だったと断言するぜ。必死に逃げた俺の耳に届いたのは、部下の断末魔の叫びと「風の精霊だ!!」と言う叫びだけだった。

 あの時の恐怖を思い出し「二度と参加しねえぞ」と、決意を口にする。

 そして、出て行こうと扉に手をかけると……。

 ガシャ ガシャ

(ありゃ? 開かねえな。鍵はかけてねえはずだが。如何なってるんだ? ……ん?)

「風? こんな締め切った倉庫に?」

 てめえで言った“風”って言葉に、背筋が凍りついた。

(締め切られた倉庫でなんで風が?)

 見るな!! 見るな!! と心が悲鳴を上げるが、今更見ねえなんて無理だ。風上を見ると通風口から白い煙が出てきやがった。

「あ゛ぁ ーーーーあ ぁぁーーーー!!」

 てめえの口から出たとは信じならない悲鳴が上がる。必死に扉を開けようとするが、ガシャガシャと音を立てるだけで一向に開かねえ。

(なんで!! なんで開かねえんだよ!!)

「落ち着け。何をそんなに慌て……」

 俺を落ち着かせようとした奴の声は、最後まで言い切る事は無かった。今更倉庫内の異常に気付いったって遅せえ。

「何だあれ!!」

 倉庫内の風が強くなっていき、白い煙が形を変え体長2メイル位の人型になりやがった。まちがいねえ。風の精霊だ。

 ここに来てようやくメイジが応戦をおっぱじめ様としたが、その前に風の精霊に捕まり倒れちまった。弓は全然効いた様子はねえし、傭兵の1人が剣で精霊をぶった切るが、効かねえどころか切った奴が逆にぶっ倒れやがった。

 敵わねえと分かった奴らが出口に殺到するが、どの出口も開かねえ。

 風の精霊に1人……また1人と、動けなくされていく。やられた奴らはピクリともしねえ。そしてついに俺の番が……。

---- SIDE 山賊のリーダー END ----



 錬金溶接で固定した扉を元に戻し、動く人間が誰もいなくなった倉庫に入ります。

「主。やり過ぎではないのか?」

 さっきのトリックは、私の特大スリープ・クラウド《眠りの雲》を散らさずに、ティアの精霊魔法で人型に見せただけです。火の魔法を使われると、スリープ・クラウドが駄目になってしまうので、使われる前に速攻で潰させてもらいました。

「仕方が無いでしょう。これ位脅さなければ、また襲撃されてしまうのですから」

 そう言いながら、私はエア・カッターで山賊のリーダーとメイジの首を刎ねました。残りは風の精霊(偽)の事を広めてもらう為に生かしておきます。

「主。無益な殺生は……」

「無益ではありませんよ。私の領民に手を出した人間と、今回のハッタリに気付く可能性がある者は生かしておけませんから」

 私は死体となった山賊のリーダー見て、次にメイジ達の死体に視線を移して答えました。本来なら全員始末する所です。

「それにコイツですね」

 私はそう言いながら、今回の首謀者である商人の手足と口に《錬金》で作った枷をはめ麻袋に詰めました。

「良し。後は領に帰るだけです」

 私は、麻袋にレビテーション《浮遊》の魔法をかけると、その場から速やかに撤退しました。

 ドリュアス領に入る前に、クリフとドナに合流出来ました。黒幕らしき商人を捕まえた話をすると、物凄く怒られました。更に領に帰ったら、単独行動の件を皆に言いつけられ、家族全員からありがたいお説教を貰う羽目になりました。

 ……私は手柄を上げたはずですよね?



 父上と母上は今回の一件で、領内の処理に追われ身動きが取れなくなってしまいました。

 ……それも無理は無いでしょう。

 今回の山賊襲撃事件で出た被害は、領全体で死者391名に上りました。その内屯田兵の被害が213名で、残りの178名が領民です。幸いと言って良いか分かりませんが、防衛軍に死者はいません。その他にも、行方不明者が97名もいます。おそらくこの行方不明者は、奴隷として連れ去られてしまったのでしょう。重軽症者も合わせれば、被害者は1000人を軽く超えます。最近増えてきたとはいえ、人口が5万人に届かないドリュアス領では洒落にならない被害です。

 その所為で私にもいくつか仕事が回ってきました。そのうちの一つが私が保護した村人の対処です。

 私達が山賊から救出した村人は、帰還後にオラスに預けました。ですが、村の大人は山賊に全員殺されていて、女子供では村を維持して行く事は不可能とオラスに訴えられたのです。この訴えを受けた父上が、処理を私に丸投げしました。

 そこで私は村人達に会いに行き、直接コミュニケーションを取る事にしました。書類だけで片付けたくない私の我儘ですが、村人達が今後をどう考えているか知るためです。まあ、人心把握術の勉強と言う事で……。

 実際接触すると村人達の意見は、真っ二つに分かれていました。死んだ親の墓や家を守りたいと言う意見と、また襲撃があるかもしれないから、少しでも安全な所へ行きたいと言う意見です。その中には“親を殺された思い出がある場所には住みたくない”と言うニュアンスが多分に含まれていました。守備軍の努力を否定する意見ですが、子供達の心情や実際襲撃があった事を考えれば、ある程度は仕方が無いのでしょう。しかし、領主として村を捨てる選択は認められないので、後者の意見は当然却下せざるを得ないのです。

 そこで私は、経験豊富な教師に村長代理を兼ねてもらう事を思いつきました。その上で今までの倍の屯田兵を派遣します。村を守る人間を増やす事で、村人に安心感を与えつつ必要な労働力を供給します。そうなると大人は男ばかりになるので、村長代理を女性にするか補佐に女性を付ける必要があるでしょう。やはり子供には母親代わりは必要です。

 後はオラスやマギ商会の人間に、この村を気にかけるように言っておく位しか私には出来ません。

 この状況でクルデンホルフの方は如何なったかと言うと、父上達だけでなくマギ商会もこの一件の対応に追われ放置する形になっています。

 ……不安です。滅茶苦茶不安です。

 しかし、不安がってばかりでは前進はありません。

 襲撃の目的が奴隷狩りなら、ロマリアンマフィアは無関係とは思えません。そして現状を考えれば、クルデンホルフも関わっているはずです。

 私が捕まえた黒幕らしき商人は、守備軍に引き渡したので私には詳細は分かりません。こちらはファビオに任せてあります。何か分かり次第、すぐに報告するよう指示しておきました。

 それと、私が仕掛けた風の精霊(偽)が如何なったかと言うと、噂は着実に広がっている様です。一部の貴族派が「精霊が無差別に人を襲っている」と騒いでいました。そしてそれがドリュアス家の監督不行き届きだと言い始めたのです。まあ証拠も無いので、誰も相手にしていませんが……。



 そうこうしている内に、山賊の襲撃から3週間の時間が経ちました。

 事後処理ばかりに追われる現状に、正直に言って私はイライラして居ました。

「……まだ進展は無い。か」

 私がイライラして居る事が分かっているのでしょう。皆に避けられ始めました。分かっていてもイライラを止める事が出来ません。何故かは分かりませんが、嫌な予感がして怖気(おそけ)の様な物が止まりません。

「……くそっ!!」

 苛立でそんな言葉ばかり漏れます。と、その時、廊下をドタドタ走る音が聞こえました。何事かと思っていると、ファビオが私の部屋に飛び込んできました。

「ギルバート様!! 大変です!!」

「落ち着きなさい!!」

 ファビオを叱りつけると多少落ち着いてくれましたが、この取り乱しようは普段の彼からは考えられません。あの商人は何を吐いたのでしょうか?

「麻薬……麻薬です!!」

「確かに不味い状況ですが、麻薬が多少出回るのは想定して居たでしょう」

 クルデンホルフとロマリアンマフィアが協力関係を結んだ時点で、トリステインに麻薬が流れ込むのは予想していました。ドリュアス領では、商取引をマギ商会が独占する形で麻薬の流入を防いでいます。トリスタニアでも警備を強化してもらっていますが、どちらも完全に防ぐのは無理でしょう。しかしその程度は、予想の範囲内です。

「違います。ゲルマニアで土地と爵位を購入して、麻薬を大量生産するプラント造っているのです」

「なっ!!」

 完全に想定の範囲外です。多少なら何とかなるにしても、麻薬が大量に流入すれば社会基盤など瞬く間に崩壊します。そして、ドリュアス領が一番のターゲットにされるのは目に見えています。(平民が裕福な上に、読み書きが出来る高級奴隷をゲットできるうまうまな土地)

「本当にあの蛆虫共は、碌なことしません。クルデンホルフだけでなくゲルマニアの貴族派も……」

「阻止出来ないのですか?」

 ファビオの愚痴(と言うか、ロマリア非難)が始まりそうだったので、強引に話の流れを元に戻します。

「傭兵を雇い奇襲するしかないでしょう。しかし相手も馬鹿ではありません。この手は何度も使えないでしょう。あちらにクルデンホルフがついている以上、流通は止められませんし、豊富な資金ですぐに麻薬プラントを再建されてしまいます」

 そうなると、相手の資金が尽きるか麻薬大量流入を許すかの我慢比べをするしか無いのでしょうか? いえ、ファビオの言うとおりクルデンホルフの力を考えれば、流入自体を止める事は不可能です。ならば生産を許した時点で負けですね。

「アルブレヒト3世に協力を仰いで潰して行けば……」

「そうなれば、奴らはゲルマニアの貴族派をスケープゴートにして、他の場所にプラントを移すでしょう。そうなると場所を追い切れません。それに奴らは奴隷取引にも手を出しています。クルデンホルフから借金の証書を手に入れて、落ちぶれたトリステイン貴族の身柄を抑え奴隷に……」

 最悪です。借金の取り立て自体は正当な物である為、誰にも止める事が出来ません。身柄さえ押さえてしまえば、いくらでも誤魔化せます。貴族(メイジ)の奴隷ならかなりの儲けになるでしょう。それに加え、元々のクルデンホルフの収入もあるので、相手の資金(スタミナ)切れは期待できません。そうなると、敵の資金・奴隷取引・麻薬プラント・クルデンホルフの収入の四つを一度に潰さなければ、際限なく復活して来ると言う事です。

 大事にして他国の介入を許せば面倒になるのは必至ですし、ロマリアンマフィアに資金(残しておくとロマリアンマフィアに持ち逃げされる)や資金源を残すと碌な事にならないのは目に見えています。そうなると敵の手持ちの資金を奪い、奴隷取引と麻薬プラントと言う二つの資金源を潰したうえで、証拠をそろえボップを処理するしかないでしょう。

「それだけではありません。トリステインやガリア、ゲルマニア、アルビオンの貴族派から投資の名目で資金を集め、奴らの規模は過去に例が無いほど大規模化しています」

 ……頭が痛いです。誰か助けて。



 あのあと私は直ぐにレンを呼び出し、ファビオと共にゲルマニアに派遣しました。ファビオの足の確保と連絡手段の確保が目的です。(カトレアに事情を説明するのが大変だった)ファビオには、麻薬プラント襲撃を担当してもらいます。

 私はティアと共にクルデンホルフを担当する事にしました。現地の調査員と合流し、クルデンホルフの金庫の位置と重要書類が保管されている場所を割り出して確保します。特に重要なのが書類で、最低でも奴隷取引の証拠を押さえなければ話になりません。出来れば麻薬関係と神官や貴族派が関与している証拠も欲しいです。

 父上は王都の魔法衛士隊と連携してもらい、私が押さえた証拠を元に奴隷商人を捕縛してもらいます。逮捕者から更なる証拠を集め、芋蔓式に関係者を逮捕します。出来ればロマリアの威信を失墜させたいですが、そこまで高望は出来ませんね。

 作戦の順番で言えば、私が資金と証拠を押さえて父上もとへ移動。私の成功をティアからレン経由で連絡してもらい、ファビオが雇った傭兵を指揮して麻薬プラントを襲撃。私が持って来た証拠を元に、父上達が奴隷商人を捕縛し奴隷マーケットを破壊。その上でボップを逮捕すれば終了です。

 ……これでロマリアンマフィアを撃退出来るはずです。

 作戦の準備と調査に4日かかりました。ティアとレンの精霊魔法のおかげで、かなり時間が節約出来ました。作戦の最終確認として資料に目を通していると、何故か前回(リッシュモン邸)の潜入作戦がフラッシュバックし寒気を覚えました。(死の)追い駆けっこなんて二度と御免です。

 警備の中にメンヌヴィルは居なかったはずです。なのに何故あいつの事を思い出したのでしょうか?

 しかしその疑問の答えは、目の前にありました。

 ファビオが雇用した傭兵リストに、《白炎》のメンヌヴィルの名前があったのです。

(原因はこれか!!)

 ……まあ、今回は味方だったから良しとしておきます。そして心から“ゲルマニアに行かなくて良かった”と思いました。彼の性格からして、私の体温はしっかり覚えているでしょう。出会ったら確実にローストされます。



 さて、いよいよ侵入開始です。今回の戦力は、前回の装備+ティアinウエストポーチです。

 侵入経路は前回と同じにしました。インビジブルマントで姿を隠し、フライ《飛行》で正門を飛び越えバルコニーに着地します。トライアングルになってフライのスピードが上がったはずなのに、前回より30倍以上飛行時間がかかりました。クルデンホルフ邸は広すぎです。

(大佐。無事バルコニーに侵入成功した)

(うむ。では、書斎へ向かえ。ルート上には使用人しか|居(お)らぬが、決して油断せぬように。証拠の書類を何としても確保するのじゃ)

(了解)

 ティアもノリノリです♪ ごっことは言え、私を指揮できるのが嬉しいのでしょう。私も余計な力が抜けるのでありがたいです。

 私は頭に叩き込んだマップに従い、ボップの書斎に向かいます。

 リッシュモン邸と比べて使用人の数も多いですが、その分廊下も広いので楽にやり過ごせます。おかげ様で危なげなくボップの執務室に到着できました。

(大佐)

(中に人が一人おる様じゃな。おそらくボップじゃろう)

(如何する?)

(この感覚から、中におる者は強者ではない。パターンISじゃ)

(了解)byギル

 私は周りが無人である事を確認すると、ノックします。すると……

「入れ」

 中から入室の許可が出ました。私は音をたてない様にドアを開け、体を部屋に滑り込ませます。

「誰だ? 何をふざけている? 用があるなら入ってこい」

 もう既に入ってます。しかし安心しました。ティアの言うとおり、ボップはインビジブルマントで隠れた私を認識出来ないのです。そして焦れたボップは、悪戯している者の正体を突き止めようと、半開きのドアを開け廊下を確認しました。が、そこには誰もいません。

「まったく!!」

 こんな悪戯をされれば、イラッと来るのも無理ありません。ボップはドアを乱暴に閉めます。私はドアを閉める時の風に注意しながら、声量をギリギリまで絞ってスリープ・クラウドを発動させます。狙い違わず目標(ボップ)を眠らせる事が出来ました。

※注
 パターンISとは、インビジブルマントを使いスリープ・クラウドで眠らせる。と言う意味です。

「ふぅ。……一つ目の難関を抜けました」

(ス○ーク。まだ終わってはおらぬぞ)

 ティアに念話で注意されてしまいました。声を出してしまった時点で気が緩みすぎです。それから、肉球でお腹を押さないでください。フニフニが気持ち良くて声が出ちゃうから。それから私では、実力不足で伝説の蛇の人の名は名乗れません。せめてライデ……って、そんな美形じゃありませんね。凹みます。

 自身の緊張をほぐす為、そんな如何でも良い事を考えながら調査を続けます。

 証拠の書類は直ぐに見つかりました。ボップが直前まで読んでいたからです。幸運な事に他の関係書類(麻薬関係や神官・貴族派が関わっている証拠となる書類)もあったので、ありがたく頂く事にしました。

 関係資料をまとめて道具袋にしまい、暫く待つとボップが目を覚ましました。

「うぅ。私は眠っていたのか?」

 立ち上がると、頭を振り朦朧とする意識を覚醒させます。そして自分の机の上を見ると……。

「な ない!! 如何言う事だ!!」

 如何言う事って、盗まれただけでしょう。まあ、書類は結構な量があったので驚くのは仕方が無いですね。見られるとかなり不味い物ですし。

「それに机に何か彫って……“金庫の中身は全て頂きました。怪盗フーケ”だと!!」

 すみません。悪乗りしすぎました。偽物……いえ、マチルダさんは救出するつもりなので、その名は頂いておくと言う事で……。

「確認せねば!!」

 それより、ボップの狼狽ぶりが凄い事になっています。慌てて立ち上がると、勢いよく執務室か飛び出しました。。

 と思ったら戻って来て「鍵忘れた!!」って、勘弁してください。危うくぶつかりそうになりました。

 金庫に向かっている途中で、派手にこけたり人にぶつかったり……。おかげさまでこっちは、何度冷や汗をかいたか分かりません。人にぶつかる度に、料理や本・書類なんかが宙を舞うのです。それらに触れれば、私の存在がばれてしまいます。そんな私の苦労が報われ、ようやく金庫に到着しました。

「ボップ様。そんなに慌ててどうなさったのですか?」

退()け!! 金庫の中身を確認する!!」

「確認って如何言う事ですか? 前開けた時からずっと僕らが見張ってますし、この金庫を開けるには鍵と事前の個人登録が必要なのですよ」

 ボップは2人の見張りを押しのけ、金庫を開けます。

「あっ あるではないか!!」

 うん。金庫には今入ったばかりですから。

「!! そ そうか!! 逃げる時間を稼ぐために、あんな書置きをしたんだな!!」

 残念。ハズレです。

「賊が侵入した。すぐに手配をかけろ!!」

「は はい!!」

 ボップは金庫の見張りを引き連れて、金庫から出て行きました。

「流石に金庫は閉めて行った様ですね」

「主。脱出方法は考えておるのか?」

 ティア。心配そうに問いかけてしましたが、私は「問題ありません」と簡潔に答えておきました。それよりも問題なのが、私の目の前に積まれている膨大な量の貨幣や宝石類です。……とりあえずこれを、全て道具袋に詰めなければいけません。

 ……大変そうです。これを見た瞬間、思わず引き攣った笑みを浮かべてしまいます。

「ティア。レンを通してファビオにGOサインを出してください」

 ティアにそう指示しながら、私は作業を開始しました。



 た 大変でした。ひょっとしたら、エキュー金貨だけで1000万枚以上あったかもしれません。スゥ銀貨やドニエ銅貨に宝石類も合わせれば、2000万エキューを超えるかもしれません。私が《錬金》したダイヤモンドもありました。

「以前のように、箱だけ残すとかじゃなくて助かりました。もしそうなら、この3倍は時間がかかっています」

 今やクルデンホルフの金庫の中は、すっからかんです。ついでだから壁にも“怪盗フーケ参上”と《錬金》で彫っておきます。

「ティア。聞き耳防止用のマジックアイテムを解きます。脱出しますよ」

 私がそう言うと、ティアが「応」と返事をしました。私は詠唱を開始し、金庫の扉にエア・ハンマーをぶち込みます。5発も打ち込むと、外が騒がしくなりました。

「外の人間が気付いた様ですね。後はボップが金庫の確認をしに来た時に、インビジブルマントで姿を隠し外に逃亡です」

 ボップは持ち出された財産を取り戻そうと、大きな荷物等を執拗に調査するでしょう。つまり奪った財産が隠れ蓑になるのです。そして調査の途中で、奴隷売買関与の容疑で逮捕です。

 あっ。早速来た様です。






 私達は無事クルデンホルフから撤退出来ました。ファビオの方も無事作戦を成功させた様です。

 私はそのまま王都で待機して居る父上に、クルデンホルフで手に入れた書類を提出しました。魔法衛士隊が一斉に出撃して行く様は圧巻でした。

 それから父上、去り際に「国王に出す報告書の原案を、ヴァリエール公爵に提出しておけ」は無いでしょう。不本意ですが、ファビオに協力してもらって書き上げるしか無いですね。頭痛いです。暫く領に帰れないし。

 クルデンホルフ大公は、幽閉されていましたが無事救出されました。ロマリアンマフィアの捕縛も順調です。今回手に入れた証拠の一部は、ファビオによってゲルマニアのアルブレヒト3世に提出されました。ファビオの話では、徹底的にロマリアと神官を非難して、威光を削ぐ材料にするそうです。

 領の方は山賊共の襲撃の所為で、発展にブレーキがかかってしまったのが気になります。

 ロマリアンマフィアに持ち出される前に盗んだ物の処理は、如何すれば良いのでしょうか?

 ……忘れよう。せっかく王都に居るんだし、カトレアとデートでもしましょう。(現実逃避) 
 

 
後書き
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