魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~
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ここは海鳴、始まりの街 ~追憶の旅路そのさん♪~
†††Sideフェイト†††
冬休みが明けて、小学3年最後の学期が始まった。騒がしかった旅行を終えてすぐに子供のルシルは管理局へ正式に入局を果たした。
ルシルと過ごす時間が一気に減ったことに落ち込んでいる過去の自分を見て、少しは隠せないのかなぁ、と思う。そして1月は足早に過ぎて行って、二月となった。そう、2月3日。地球の日本だけにある行事、豆撒きの日に。
「地球には変わった行事があるのね~」
「リンディさんはいくつ食べるんですか?」
母さんが、炒った豆の枡を手になのは達の説明に驚いていた。当時はまだ家族じゃなかったから私は、母さん、じゃなく、リンディさん、と呼んでいた。私のふと口にした質問に、リンディさんがニコッとして「20粒♪」と答えたから、子供の私たちは子供心ながら察して適当に流した。
放課後、ハラオウン家に集まったなのは、シャル、アリサ、すずか、そして私の5人は豆撒きのスタンバイに入っている。
「いい? そろそろ帰ってくる鬼二匹。かなりの強敵だから油断しないように」
「本当に良いのかなぁこんなことして・・・?」
ニヒヒと口の端を吊り上げるシャルに、子供のすずかが困惑しながらそう呟いた。子供のなのはも「ちょっと気が引けるなぁ」って苦笑そんな私も今回の行事は良いとしても、ぶつける相手にちょっと気が引けていた。でも子供のアリサは、
「日本の伝統行事をその身に受けて学べるんだから良い事なんじゃない?」
もっともらしい事を言った。でも顔は悪戯っ子のような笑み。単純に鬼、その内の一人に対して豆をぶつけたい衝動からそんな事を言ったんだって今なら判る。
玄関前で私たちはただひたすら待つ。スタンバッてから10分くらい。通路から話声が聞こえてきた。シャルが勝手に鬼判定とした、二人の声が。聴き耳を立てて、扉越しから聞こえてくる声と足音に集中する。
「はぁ。やはり髪を切った方がいいのか・・・?」
「中性的な顔立ちにその長い髪だからな。しかしそのおかげでツカミは良かったじゃないか」
「何が良いものか。挨拶したら、可愛い、と女性局員に頭を撫でられたり抱きつかれたりして。男性局員からは妙に優しくされるし・・・。将来、同性に付き纏われたらどうしよう、いや本当に」
「その時は温かく見守ってやるから安心してくれ」
「薄情者、助けろ」
あれれ? さっきまでの気後れが嘘みたいに無くなっていく。女の人に撫でられた? 抱きつかれた? 当時と全く同じ思いになる。枡に入った豆をわしっと掴み取る子供の私。シャルが小声で「各員、射撃用意♪」と炒り豆を掴み取って振り上げ、いつでも投げられるような体勢になった。
子供なのは達も渋々掴み取って投げる体勢になった。玄関のドアノブがガチャリと動く。音もなく開いていく扉。そして、
「「ただい――」」
二人の姿が扉の陰から出てきた瞬間、シャルの「鬼は外ぉぉーーっ!」の掛け声とともに私たちは炒り豆を投げつけた。
「クロノバリアァァーーッ!!」
それは本当に一瞬の出来事。私たちは鬼――ルシルとクロノに炒り豆を投げつけた。完全な不意打ち、奇襲、強襲、急襲。半ば通り魔的犯行。それなのにもかかわらず、ルシルは咄嗟にクロノを前面に押し出して盾にした。
「痛っっったぁぁぁーーーっ!?」
ビシバシとクロノに直撃していく炒り豆百数粒。特に威力の強かったシャルとアリサ、そして私の投げつけた炒り豆が顔面ヒット。痛みに顔を押さえて蹲るクロノを放置して、シャルが「バレていただとぉっ!?」って、再度炒り豆を掴みあげる。
「君の考えなどお見通しだ・・・!」
ルシルの手にはお店で買ってきたのか炒り豆の入れられた袋があった。中身の炒り豆をサッと手の平の上に乗せて、「シャルは外ぉぉーーっ!」とシャルに向かって投げつけた。シャルは「アリサガードッ!」って、アリサの制服の袖を引っ張って盾にした。
「ちょ――きゃぁっ・・!」
アリサ、戦死。死因は味方の裏切りによるショック死。
「って、あたしを盾にするなんていい度胸じゃないシャルッ!」
「アリサ、あなたの尊い犠牲は忘れない・・・!」
「あたしもあんたの盾にされた恨みを忘れない!」
一触即発。シャルとアリサは本当に仲が良かった。良いコンビっていうのかな。一見ケンカっぽいやり取りだけど、心の底から楽しんでるってことが良く判る。今だってバトル寸前な雰囲気。けどそれは二人にとっては遊びの延長だ。オロオロ焦りだす子供なのはとすずか。それは二人を止めようとかじゃなくて・・・
「余所見厳禁だぞ、二人とも」
ルシルがフッとニヒルに笑う。二人はルシルを放っておいていいのかどうかに焦っていた。シャルとアリサはハッとしてすぐに炒り豆を掴みとってルシルにぶつけるべく構えた。そのルシルの後ろから、
「鬼はぁ外ぉぉっ!」
「ヴィータ!? あいたぁっ!」
伏兵の如く登場したヴィータが、シャルに炒り豆を投擲。予想外の敵兵出現に、シャルは動きを一切止めてしまってヴィータの投げつけた炒り豆にヒット。
「ざまぁねぇなフライハイト♪」
ここから始まる、第一回節分豆撒き決戦・放課後の陣inハラオウン家。ルシルとヴィータ、さらにシグナムとシャマル先生が共闘。
「ごめんなぁ、ルシル君に買収されてもうて。そやから、シグナム、ヴィータ、シャマル。シャルちゃんを迎え撃てーーっ♪」
「了解です!」「応よ!」「はぁ~い♥」
車椅子のはやても参加。だけど無敵キャラという位置づけ。車椅子じゃ炒り豆攻撃を避ける事が出来ないから。まぁ当ててもいいと本人は言うから、
「買収!? ちょっとルシル! はやてに何を・・・!」
「俺が数多く有するレシピの中でも上位の10品目で買収した・・・!」
シャルの炒り豆攻撃が、早速はやてに向かう。だけどヴィータが「甘ぇっ!」と車椅子を押して射線上より退避させる。すかさずシグナムが「食べ物を粗末にすることには気が引けるが、そういうモノだと言うのなら!」と苦悩しつつも炒り豆投擲。それにしてもレシピで買収。子供心に、私も料理が出来ればその大切さが解るのかな?なんて思ってたな~。
「なのは! フェイト! アリサ! すずか! こっちも負けてらんないからね!」
「「「ええ~~~」」」
なんかもう勝てる気がしなくなって、というよりかはいい加減やり過ぎ感でいっぱいになって不満を漏らす子供の私となのはとすずか。でも結局、シャルとアリサがルシルとヴィータの挑発に乗りに乗って自滅するまで豆撒きは続いて、クロノの「いい加減にしろぉぉーーーっ!」っていう叫びで幕を下ろした。もちろん使った炒り豆はみんなで美味しく頂きました。
「ルシル、もっと食べなさいよ。6千粒くらい」
「なら君も6千粒以上食べろ」
その時は、そんなに豆が無いよ、って笑い話で終わった。歳の数だけ食べる。ルシルとシャルにとってはそれが妥当な数だった。まぁ仮に有ったとしても、それだけ食べる事が出来るかどうかは今であっても無理だろうけど。
†††Sideフェイト⇒なのは†††
2月。その月にはあるイベントが用意されている。その日に近づくにつれて、街はもちろん学校も少し浮足立つ。
「バレンタイン・・・?」
子フェイトちゃんが聞き慣れないイベントに首を傾げる。教室は、数日後に控えたバレンタインデーの話題でもちきりだった。小学3年とは言え、やっぱり色恋話には敏感なのだ。
「バレンタインかぁ。それは翌月の見返りを期待しての先行投資。相手が相手なら、こっちがチャチなモノでも返しがとんでもない高級品ってことにもなるから、送る相手は選ばないとね」
「そうなんだ~」
「「「違う違う」」」
シャルちゃんの説明に納得する子フェイトちゃんに、子供の私とすずかちゃんとアリサちゃんがツッコミを入れる。簡単にバレンタインデーを説明。気になる男の子に買ったでも手作りでもいいからチョコレートをあげる日だってことを。子フェイトちゃんは「気になる男の子、か・・」とポケーとしただした。うん、きっとルシル君の事を考えているんだね、判りやすい。
「それじゃあなのは達は誰にあげるの?」
子フェイトちゃんの無垢な疑問。気になる男の子・・・・・、いませんけど何か? 子フェイトちゃんだけが特別なんだよこのグループで。そこにシャルちゃんが、
「なのははいるよね、あげる男の子。フェイトはもちろん、アイツだよね~」
そんな事を言うものだから、私たちの話を聞いていたらしいクラスがちょっとざわめく。子フェイトちゃんはほんのり頬を赤く染めて、私は私で「居たっけ?」と返す。この時のクラスの男子の反応は喜と悲の両方だった。シャルちゃんは「ユーノが居るでしょうが」と、やれやれって肩を竦めながら呆れた。
「えっ、ユーノ君っ? あ、そうか。友チョコだね♪」
あれ? 友チョコは同性にあげるモノだったっけ? 男の子にあげる場合は、義理チョコ? んー、でも友チョコの方が印象が良いよね。シャルちゃんが、マジで?みたいな顔で私を見詰めてきた。
(今になっても判らないんだよね、この時のシャルちゃんの反応は)
それから話は家族や友達にあげるチョコをこの機会に手作りしようっていう方向へ進んだ。
「それじゃあバレンタイン当日まで、手作り修業ってことで」
学校が終わって、バニングス家へ直行。材料や設備が豊富なのと、高町家やハラオウン家はあげる対象が居るから、秘密でチョコづくりをするには向いてない。
「今日は誘ってくれてありがとな♪」
「ううん、はやてちゃんが折角こっちに戻って来れたのに、かえって迷惑じゃないかなって思ったんだけど」
「そんなことないよ。シグナム達はもう管理局の仕事しとって戻って来れへんかったから、ちょお暇しとったんや」
チョコを作る女の子一名追加。子はやてちゃん。今日はザフィーラが付き添いらしくて、今は人間形態でバニングス家のSPのみなさんと何かやってる。で、早速チョコづくりを始める。お菓子作りの経験者は・・・いない。
子供の私は手伝い程度で、一から作るなんてことはなかった。子はやてちゃんは料理はするけどお菓子作りは初めて。子すずかちゃんと子アリサちゃんもなかった。子フェイトちゃんももちろん無い。
「ま、チョコなんて溶かして型とって冷やして終わりっしょ? 経験なんていらないいらない♪」
シャルちゃんが市販のチョコをあろうことか“キルシュブリューテ”で目にも留まらない速さで刻みながら笑う。さすがにみんなでシャルちゃんを止めて、包丁を手にチョコを刻む。さて、シャルちゃんが言ったように子供の私たちはチョコづくりを甘く見てた。言うは易し行うは難し。シャルちゃんも、私たちもそのフレーズを思い知る。
「うわっ、チョコにお湯が! やり直しだぁ・・・」
「ちょっ、何やってんのフェイトッ!?」
「ルシル、紅茶が好きだから、この紅茶のトリュフを作ろうかなと」
「よく読んでフェイトちゃん! 茶葉を入れるんであって、液体の紅茶を入れるんじゃないよっ?」
「アカン! ボールの底が闇黒面になっとる!」
「って! なにチョコ食べてんのよシャル!」
「なんか一口齧ったヤツを、間接キスだね♥みたいなノリで渡せば喜んでくれるんじゃないの? ていうか売れるんじゃない? このメンツ、全員顔の出来が素晴らしいし」
「「「「それダメ!!」」」」「それアカンやろ!」
そんなこんなで何とか固めるまで行って、いざ試食。その日、子供心にかなりの傷を負った。それはもう酷い有様だったよ、味が、硬さが。で、初日は失敗だけして終了。次の日、テンパリング(温度調整)をしていなかったことに気付く。まともなチョコに作ることに成功。試作品が上手くいったことで、調子に乗ってしまう。さらにレベルを上げたチョコづくりを開始。結果、
「「「「「おえぇ~」」」」」
女の子にあるまじき失態を晒す羽目に。下手に凝ったモノを作るには経験不足だと自己認識。シンプル・イズ・ベスト。それがみんなの出した結論。そしてバレンタイン当日。朝早くに魔法の練習と理由を付けてバニングス家へ。それぞれ渡す相手を想ってチョコづくりに勤しむ。
「はやてちゃん、シグナムさん達にチョコ渡せたかな・・・?」
子はやてちゃんは昨日のうちにチョコレートを愛する家族のために完成させて、昨夜本局へと発った。さすが毎日料理しているだけあって、このメンバーの中で最も早く、そして完成度の高いチョコを作った。
シャルちゃんは「絶対喜ぶよシグナム達。特にシャマルなんて泣いて喜びそうよね」と笑う。映像を観てるシャマル先生が当時の事を思い出したのか『あの時はホント嬉しかったです~』と嬉し泣き。
子供の私たちはチョコを作り終えて、子アリサちゃん家のリムジンで学校まで送迎してもらった。学校全体がそわそわとして、妙に落ち着かない。
「男子たちは朝から熱心に靴箱待機かぁ。御苦労さまね」
正面玄関に着くと、上級生らしい男子生徒たちが自分の靴箱の前でウロウロしている。当時、私たちと関係の深い男子(ルシル君やユーノ君にクロノ君とか)と比べてしまって、今まで思いもしなかった憐れみみたいのが生まれた。
そもそも朝から靴箱の前で待ってたんじゃ女の子が入れにくいって判らないのかなぁ~? エントランスの靴箱で立ちつくす男子生徒たちをスルーして、みんなとお喋りしながら教室へ。
「あの!」
教室でお喋りしている私たちのグループのところへ来た別のクラスの女の子。手にしているのはチョコが入っているような包装紙でラッピングされた箱。みんな揃って首を傾げていると、
「このチョコ、銀髪の男の子に渡してほしいの!」
顔を真っ赤にして、チョコを差しだしてきた。銀髪の男の子、それは子ルシル君の事だった。その女の子だけじゃなかった。たぶん上級生のクラスからも数人。子ルシル君にチョコを渡したいって人が集まってきた。
「え、どういうこと? どうしてルシルがこんなに大人気なわけ?」
「「「「「「「ルシル君っていうんだぁ♥」」」」」」」」
話を聞くと、昨日の放課後に子ルシル君が学校前に来てたみたい。その時、余所見運転の暴走車が、目の前に居る女子生徒たちに突っ込みそうになった。女子生徒たちはあまりに突然の出来事に硬直して逃げ出せなかった。そこを助けたのが子ルシル君ということだ。
突っ込んできた暴走車に回し蹴りを一発。暴走車の軌道を無理やり正常に戻した。暴走車は急ブレーキ。そしてドライバーは自分の余所見運転を棚に上げて、
――おいガキ! なに人様の車に蹴り入れてくれてんだコラ!――
そう怒鳴り散らしたのだと言う。でも残念なことに相手は当時でも最強な子ルシル君。力でもそうだけど、その知識量はハンパじゃなくて、日本の法律や心理学を駆使してドライバーを精神的にボコボコにしたそうだ。
ドライバーは、ずみ゛ま゛ぜんでじだ、と泣きながら逃げた、と。そして最後に子ルシル君は、
――たまにはフェイト達と一緒に帰ろうと思って寄ったんだが、思いがけないことになったな――
と言ってお礼の言葉を受けとることなく去ったということだ。で、子ルシル君の口から出た、フェイト、っていう名前を頼りにこの教室にまで来たと。もちろんお礼としてバレンタインのチョコ持参で。
シャルちゃんが姦しく騒ぐ女子生徒たちからチョコを受けとって、「渡しておくから安心して」と言って、一応名前(ルシル君に返しをさせるため)を聞いてから帰した。
「はぁ。ルシルの奴、うちの学校の女子にまでモテだすって・・・」
シャルちゃんが渡されたチョコを見て呆れている。そして子供の私の隣に立つ子フェイトちゃんは何かご機嫌斜め。この頃の子フェイトちゃんが知らなかった、やきもち、というものだ。
それから放課後まで子フェイトちゃんは、子ルシル君の名前が話に出る度にムスッとして溜息ばかりに吐く。
一度バニングス家に寄って、朝作ったチョコを取りに戻る。お待ちかねのチョコ渡し。まず最初に子供の私とシャルちゃんがお父さんとお兄ちゃんにチョコを渡す。とても喜んでくれて、渡した自分も凄く嬉しかったのを憶えてる。そして問題のハラオウン家に向かう。子フェイトちゃんとアルフさんに中へ通されると、
「おかえり」
リビングのソファで管理局のデータ処理をしていた子ルシル君のお出迎え。ソファの上に置かれている管理局の制服の上着やネクタイを取って肩に掛ける。私たちはそれぞれソファに腰掛けて行って、上着があった場所にシャルちゃんが座って、
「はい、バレンタインチョコ」
カバンから今朝作った自作のチョコを素っ気なく渡す。子ルシル君は「毒味?」と首を傾げて、シャルちゃんはイラッと「自信作じゃあああッ!」と吼えて、無理矢理チョコを子ルシル君の口に詰め込んだ。子ルシル君はもがきながらも咀嚼し終えて呑み込んだ。
「突然何を・・・って、素で美味いな。大した出来じゃないか。・・・ありがとうシャル。美味しかった」
「う、うん・・・。どういたしまして。ほら、フェイト」
「・・・・」
シャルちゃんに呼びかけられても子フェイトちゃんはどこかムスッとしてる。シャルちゃんはニヤリとして、
「そうそう。ルシル、これ昨日のお礼だって言って」
カバンから預かっておいたチョコの山をテーブルの上に並べた。子ルシル君は「誰から?」と訊き、子供の私が説明。
「あー・・・昨日のアレか。全く、いい大人が散々喚くから少し本気を出してやった。にしても・・・名前も知らず顔も憶えてない上偶然助けたという形になっただけなんだけど・・・」
子ルシル君は心底困ったようにテーブルの上に並べられたチョコを見た。でも最後には「ま、貰える物は貰っておこうか。甘いの好きだしな」と言って嬉しそうに微笑んだ。はい、そこで子フェイトちゃんのやきもち指数が急上昇。
「フェイトちゃんもルシル君にチョコを作ったんだよ。ね? フェイトちゃん」
子すずかちゃんがそう言うと、子フェイトちゃんは「そんなにたくさんあるならもう要らないよね」と早口で返した。それから数日、子フェイトちゃんは自分のイラつきの原因が解らず、子ルシル君に冷たかった事は言うまでもない。
†††Sideなのは⇒はやて†††
「海だぁぁぁぁッッ!!」
シャルちゃんが両腕を振り上げて絶叫。子供の私らが来とんのは海鳴市内にある市営ビーチ。季節は8月の夏真っ盛り。4月に私も聖祥に通うことなって、翌月の5月、ルシル君とは4ヵ月遅れでなのはちゃん、フェイトちゃん(シグナム達はもっと早くやけど)も正式に管理局入り、私はもうひと月遅れての6月に正式な特別捜査官となった。そして久しぶりに全員の休暇が揃うたことで、シャルちゃん提案の下、私らは海に来たとゆうわけや。
「ぃよっしゃぁッ! 今日はとことん遊ぶよッ!」
シャルちゃんは更衣室にまっしぐら。ルシル君が「こんな暑い中、なんてテンションだ」って項垂れとる。両手両肩、そして首にまで荷物を提げとるルシル君は女の子の荷物運搬係。ザフィーラはビニールシートやパラソル、貴重品や海で遊ぶための道具の運搬係。ヴィータが「おーいフライハイト! 水着忘れてんぞッ!」って全力ダッシュ中のシャルちゃんに呼び止める。
「おっとっと。ルシル~、持ってきてぇ~♪」
「ほざきやがれ。君がここまで取りに来い」
ルシル君はシャルちゃんの荷物だけをドサッと砂浜に落とした。シャルちゃんは「ひど~~~いッ!」とお怒りの様子や。結局・・ゆうよりは当然同じ女子更衣室を目指す私らが、ルシル君に預けとった水着の入った荷物を受けとって、シャルちゃんと一緒に着替えに向かった。水着に着替えて、パラソルで影を作ったビニールシートの上で荷物番しとるルシル君とザフィーラのところへ戻ると、
「って、どないしたんルシル君? 変身魔術で大人になって・・・?」
「「うわぁ、ルシル君カッコいい♪」」
「うん。綺麗でカッコいいよルシル」
「あんた、世の男の人を敵に回すために生まれてきたんじゃないの?」
ルシル君がどういうわけか大人の姿になっとった。なのはちゃんやフェイトちゃん、すずかちゃんにアリサちゃんがそれぞれ大人バージョンのルシル君に頬を染めたりしとる。ちなみに子供の私も頬が赤い。
「で? 折角の休暇に魔術で大人になるなんてどういうわけ?」
シャルちゃんがルシル君を覗き込みながら訊ねた。ルシル君はポツポツと喋りだす。私らに遅れて男子更衣室へ向かったルシル君。更衣室に入った途端、男の人たちから悲鳴をあげられたそうや。
「その後こう言われたんだ。女子更衣室はここじゃないよ、と。俺は、男だ(涙)。男の水着を着て、その上で女に間違われて騒がれでもしたら精神がすり減るのは必至。なら絶対に女性に間違われない大人の姿になるしかないだろ? 」
ルシル君は大きく溜息。私らも「あぁ」と納得するしかなかった。大人に変身しとるルシル君はザフィーラみたいな筋肉質やないけど、それでも女の人には見えへんくらいの筋肉はついとる。確かにこれやったら間違われることはないやろね。その分、
「セインテスト。周囲の視線がお前に集まっているぞ」
シグナムの言う通り、周囲の女の人からの視線をほとんど独り占め。ここでルシル君も「そういうシグナムにも視線が集まっているな」と言う。女の人の視線はルシル君、男の人の視線はシグナムに集まっとる。二人ともホンマ美人さんやし、当然と言えば当然なことや。
「とりあえず荷物番は俺とザフィーラに任せて、みんなは楽しんできてくれ。それで構わないか、ザフィーラ?」
「セインテスト、お前も主はやて達と共に遊んできても構わんぞ?」
「いやいい。ここでユーノが来るまでみんなを眺めることにするよ」
ルシル君のその言葉にシャルちゃんが「眺めるって、ルシルのエッチ」って恥じらうように体を抱いた。アカン、アカンよシャルちゃん。ルシル君の顔が今まで見たこともないような無表情や。シャルちゃんは「冗談が通じない男はモテないぞぉ」言うて荷物の中から日焼け止めクリームを取り出して、
「ルシ――」
「フェイト達と仲良く塗り合うように。俺は一切関わらないからな」
喋る前にルシル君からの先制口撃。するとシャルちゃんは「それでも男? 女の子のやわ肌を合法的に触れる絶好のチャンスなのに。ねぇ?」って、私らの同意を求めてきた。子供の私らはホンマにその返しに困って、ただただ顔を赤く染めるだけ。そこに助け舟。
「もう、フライハイトちゃん。はやてちゃん達をあんまりからかっちゃダメよ」
シャマルがシャルちゃんに「メッ、だぞ」って、ウィンクしながらのお叱り。シャルちゃんは「は~い」と返事しながらジェルを手に付ける。
そしてシャマルも持参したジェルを手に付けながら、「はやてちゃんに塗るのは私の役目なんだから♪」両手をわきわき動かしながら近づいて来る。なんやその怪しい手の動き、直感ながら身の危険を感じてまう。
「シグナムとヴィータちゃんも塗ってあげるから、そこで横になって♪」
目がなんや犯罪者っぽくなっとるよシャマル。シグナムとヴィータもシャマルの放つ空気に身を引いとる。そしてシャルちゃん達は、
「大人しく横になって身を任せればいいんだって!」
「いやだって今のシャルちゃんの目、絶対まずいって!」
「今のシャルに塗られるくらいなら、死ぬほど恥ずかしいけどルシルに塗ってもらった方がまだマシだよ!?」
「ぎゃあ捕まった!? た、助けなさいルシル!」
大騒ぎ。アリサちゃんに助けを求められたルシル君はと言うと、
「ねぇお兄さん。暇ならあたし達と一緒に遊ばない?」
逆ナン?っていう状態やった。ルシル君は、連れと来ているから、って丁重に断っとるけど女の人たちは諦めへん。んー、確かに今の大人バージョンルシル君を連れとったら自慢になるやろね。ルシル君は仕方ないと言った風に溜息をついて、私らの元へ、正確にはシグナムの隣にまで来て、
「すまないな。俺は生憎と既婚者なんだ。なぁ? シグナム」
シグナムの肩を抱いて引き寄せた。私は絶句、ヴィータも絶句、シャマルも絶句、ザフィーラすらも絶句、シグナム唖然。ちょお離れたところで騒いどったシャルちゃん達も目を丸くして呆然。
「えええ? それ嘘でしょ? だってその奥さん、あたし達に何にも反応しなかったじゃん」
「それは俺を信用してくれているからだよ。な?」
え、なに? 今私らの中で何が起きとんの?
私が今だ混乱しとる中、ヴィータとシャマルは事の成り行きを見守るつもりかニヤニヤしだした。見ればシャルちゃんも笑いを堪えるのが必死みたいな顔してニッコニコ。そんでなのはちゃん達は顔をリンゴみたいに真っ赤にして視線を逸らしとる。フェイトちゃんは・・・・未だショックから抜け出せへんようや。
この中で最も混乱しとるはずやったシグナムが、ルシル君の考えをいち早く察して、
「そういうことだ。私はお、夫を信頼している。だから夫の事は諦めて、早々に立ち去れ」
シグナム自らルシル君の腕を抱いた。女の人たちは「つまんな~い」って愚痴を零しながら去ってった。静寂が私らを包む。最初に口を開いたんはルシル君で「すまん助かった」と、シグナムに頭を下げた。
「き、気にするな。こちらとしてもお前には大きな借りが幾つもある。今ので少しでも返せるのであればそれでいい。そう思っただけだ」
「シグナムの奴テレてんのかよ」
「断じてテレてなどいない!」
シグナムはルシル君を突き飛ばして、からかうヴィータに怒鳴る。まぁ遊ぶ前から大騒ぎやったけど、あとは順調に楽しく遊べた。途中いろいろあったけど。例えば、ビーチボールでなのはちゃんと遊んどると、
「お、今度はシャマルがナンパされてんのね~」
シャルちゃんが砂浜を見て「シャマルも美人だしねぇ」って笑う。うちの家族はホンマにモテるんやなぁ。鼻が高いやら寂しいやら。見ればシャマルはやんわり断ろうとしとる。そやけど、それが却って男の人たちの心をくすぐるようや。さらに距離を縮めて、強引に話を進めようとしとんのが判った。
「ねぇ、あれって放っておくのまずいんじゃない?」
「うん。さっきのようにルシル君、それともザフィーラさんに助けを呼ばないと」
アリサちゃんとすずかちゃんが焦りだした。そこにフェイトちゃんが「あ、シグナムとヴィータ」と漏らす。シャマル達のところへ不機嫌さMAXなシグナムとヴィータが近づいていく。
そしてシャルちゃんが「やっばい。アリサ、フェイト、来て」と言うて二人を引っ張って、シャマル達のところへ向かう。私とすずかちゃんとなのはちゃんも続いて、シャルちゃんに耳打ちされたアリサちゃんとフェイトちゃんの行動を見守る。
「そう言わずにさ、俺たちと遊ぼうって」
「あのー、さっきから言っていますけど連れが居ますので、他を当たってくれませんか」
そこにアリサちゃんとフェイトちゃんが登場。二人はシャマルの両手を握って、
「「お母さん」」
と一言。シャマルはきょとんとして、男の人たちは「チッ、子連れかよ」「子持ちか。よく見たらどこか老けてたよな」と言うて去ってった。シグナムとヴィータが合流。俯いたままのシャマルに声を掛けるんやけど、シャマルは無言のままや。
「いやぁ、シグナムとヴィータがキレたらさっきの男共がどんなひどい目に遭うか判らなかったからさ。よかったじゃん。どっちにも被害がなくて。なんて平和的解決」
シャルちゃんがそう言うと、シャマルが顔をバッと上げて、
「うわぁ~ん、ひどぉ~い。私が被害受けてるよフライハイトちゃ~ん、グス(泣)。子連れに見られるほど老けてるって言われたぁぁ~~~~(大泣)」
砂浜にへたり込んで泣きだしてしもうた。事の原因でもあるシャルちゃんへ視線が集中。
「え~私の所為? 暴力沙汰にならないように知恵を絞ったのに、どうして非難されなきゃなんないの~?」
シャルちゃんもガックリ肩を落とした。それからシャマルはその日一日黄昏て、シャルちゃんは何事もなかったように遊んどった。
†††Sideはやて⇒ルシル†††
みんなの記憶を繋げ、一つの映画のようなモノと化したこの旅路も終盤。今観ているのは、私とシャルがこの次元世界より去る当日の朝。誕生日と設定されている4月12日の早朝、久しぶりに再会したアリサとすずかと別れるシーンだ。
「じゃあ私も向こうで開けさせてもらうね。・・・じゃあ行くね。次に会う時まで元気でね」
シャルがアリサとすずかからバースデープレゼントを受けとり、頬を綻ばせている。当時の私も顔にはあまり出さなかったが喜んでいたものだ。
「シャルちゃんとルシル君も。元気でね」
「次に会うときって、結構すぐじゃないの? えっと、今度ははやての6月だし」
転送ポートに乗り、二人との別れを惜しみつつ、
「じゃあ2ヵ月後にまた会おう」
「それまでバイバイ♪ アリサ、すずか」
私とシャルは手を振り、叶うことのなかった再会を約束した。
「うん。バイバイ、シャルちゃん、ルシル君」
「じゃあね二人とも」
すずかとアリサも手を振り返しながら見送ってくれた。これがシャルとすずかとアリサが顔を合わせ、そして話した最後のシーンだ。術式を解除。視界が真っ白に塗り潰され、アリサの家のリビングへと意識が戻る。
全員無言のまま突っ立ったまま。もしこれでダメならば、仕方ないがシャルは忘れ去られたままということになるのだが・・・。
「すずかちゃん!?」
なのはが大声を出す。見ればすずかが泣いていた。アリサもグスっと鼻をすすりながら、両手の甲で目を擦っている。
「お、思い出したよ・・・シャルちゃんの事・・・もちろんルシル君の事も、だよ」
「全く。あんたやあんな馬鹿な親友をどんな理由であっても忘れてたなんて、あたしはどんだけ薄情なのかしらね」
シャル。聞いたか? これもまた一つの奇跡なのだろうな。“界律”の影響によって記憶を操作され、私と君の事を忘れ去られた。だがな、
「ホント!? 本当にシャルちゃんの事が判るの!?」
「うん・・・うん! 思い出したよ全部! 今まであった思い出の中に、確かにシャルちゃんとルシル君がいる!」
「あースッキリしたわ。さっきまでの気持ち悪さがない」
アリサとすずかは確かに私たちの事を思い出した。私はリエイスとのユニゾンを解除し、フェイトとなのはとはやてに抱きつかれているアリサとすずかを眺める。
「やったなセインテスト」
ヴィータが私の背をパシンと叩いてきた。シグナムやシャマル、リエイスもそれぞれ私の肩を一度ポンっと優しく叩いて微笑んでくれた。ヴィヴィオも「よかったねルシルパパ」と私の右手を握ってくれ、私はその小さな手を握り返すことで応えた。
「ルシル君」「ルシル」
すずかとアリサが歩み寄ってきた。目の端に浮かぶ涙。二人はそんなのお構いなしに微笑んで右手を差し出してきた。
「「おかえりっ♪」」
「・・・・ああ、ただいま。アリサ、すずか」
二人の握手に応え、私は目頭が熱くなるのをグッと堪えた。するとアリサが「なにあんた、泣いてんの?」と上目遣いで覗きこんできた。
「泣いてるのは私じゃなく君だ」
「えー、ルシル君も泣いてるよ~」
すずかも、あはは、と頬を漏らしながら私の顔を見てくる。
「で? シャルは今どうしてんの?」
「・・・シャルは・・、シャルは今頃どっかの世界でのんびり暮らしているんじゃないか?」
そう願うよ。シャル、今の君は戦いとは無縁な世界で、一人の女性として幸せに過ごしていると。
†◦―◦―◦↓????↓◦―◦―◦†
なのは
「私たちの友情は・・・」
シャル&なの&フェイ&はや&すず&アリ
「永遠不滅ですッ!」
ルーテシア
「えっと、はい、そういうことらしいです」
レヴィ
「いいなぁ。わたしも絶対に失われない友情みたいなの欲しい」
シャル
「レヴィにも居るじゃん。エリオやキャロ、それにチンク達がさ」
レヴィ
「あ、うん。そだね。シャルロッテの言う通りだ」
アリサ
「にしてもまったくさぁ、界律ってやつには文句を言ってやらないと気が済まないわ」
すずか
「うん。私たちからシャルちゃんとルシル君の思い出を奪うなんて。いくら神様のような存在でも、許さないんだから!」
シャル
「くぅ~、嬉しいぞこのこの!一応上司な界律だけど、この際言っておこう。ふざけんなバーカバーカ。勝手に親友たちから私とルシルの記憶奪ってんじゃねぇーよ。んでもってザマァみろぉ~☆」
なのは
「でも本当に良かったぁ。シャルちゃんとルシル君の事を思い出してくれて」
はやて
「そやなぁ。特にシャルちゃんは友達を大切にしとったからな~」
フェイト
「どんな理由でも、自分が忘れられているなんて辛いに決まってるよ」
シャル
「うん。辛いよやっぱし(くぁ、言えない。転生してみんなの記憶全部ぶっ飛んでるなんて)」
ルーテシア
「はぁ、良い話だったね~。さてさて。今後のこのエピソードの予定は?」
レヴィ
「完結編はやっぱりまだ? メインヒロインも決定してるけど・・・」
シャル
「さぁ? そこんところは判んないから、次回のルシルにでも訊いて。んで、今後の展開だけど、かなり迷いが生じてるっぽいよ。というわけで、短い間の復活だったけど、出番があったから十分だよ。ていうか、完結編てホントに望まれてんのか心配よね。っと、もう時間。長引く別れは辛いんでサクッと行こう♪ そんじゃバイバーイ♥」
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