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ネギまとガンツと俺

作者:をもち
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幕間 第30.5話「空話~独りの夜~」

 

 超鈴音軍団と魔法教師が争っている3日目の午後から時計の針をもどして2日目の深夜。

 武闘祭も終わり『3-Aで超鈴音を送る会』もお開きとなったその時間。

 彼等は超の計画を止めるためにエヴァンジェリンの『別荘』に来ていた。ここでいう別荘とは一日過ごしても現実では一時間しか経たないという特殊な空間のことだ。

 以前からネギの修行やらなんやらで一部女性徒やらも使っているチートな、もとい便利空間でもある。

 神楽坂明日菜、宮崎のどか、桜咲刹那、近衛木乃香、早乙女はるな、綾瀬夕映に加えて古菲、長瀬楓、長谷川千雨。

 以上9名。


 これがネギと共に戦うメンバー。

 この空間を出れば必然的に彼らは超鈴音たちと一戦を交えることになる。そのため、馬鹿騒ぎ好きな彼女達にしては珍しく、夜の帳が落ち始めたころには既に寝静まっていた。学園祭ということもあって普段以上に体力を消費していたのかもしれない。

 いずれにせよ、ここでしっかりと寝て明日の一戦には疲れを残さない算段だ。

 だが、ここに。

 どうしても眠れずに外を歩く少女、長瀬楓がいた。

 誰もいないことを確認し、その腰を落ち着ける。物憂げな視線を空に投げかけ、普段から周囲を朗らかにする優しい雰囲気は鳴りを潜めていた。

 彼女の友人がいれば声をかけずにはいられないであろうその様子は、ただ悲しげなだけでなく、どこか難しい様相も漂わせていた。

 それは今から、ほんの少し前のこと。

 ―――――――――――――――

「……え?」

 いきなりいわれた言葉にその意味を見失った。

 ――今……なんと?

「なんだ、聞いていなかったのか?」
「い、いや……ただ『さようなら』とだけ」
「ふん、あいつらしいな」

 エヴァンジェリンは不愉快そうな顔で唇をゆがめ、楓の目を見つめて言葉を続ける。

「ヤツはもうすぐ死ぬことになる」
「……し……ぬ?」

 ――何を、そんな冗談を……?

 言おうとして、だが口が上手く開かなかったのか、それは結局言葉にならない。

「詳しく聞きたければ明日にでも自分で聞くんだな……これ以上は私も知らん」

 背を向けて歩き出すエヴァンジェリンに、楓は言葉もなくその後姿を見送ったのだった。

 ―――――――――――――――

「……ふぅ」

 小さくため息。

 死ぬとはどういうことだろうか。

 いや、そのままの意味だろうということは理解できている。

 理由も事情も分からないが、それなら彼が自分に別れを告げた理由も納得がいく気がしていた。

 足を腕で抱え込み、いわゆる三角座りの体勢になって遠くを見つめる。眼下に広がる一面の海が波打ち、優しい音を空気に響かせていた。

「……」

 視線は自然と再度空へ。欠け始めた月が、それでも一帯を明るく照らし出している。元々、月明かりだけでも夜は十分に見通しが利くことを再度この地では認識させられる。

 そんなことをつらつらと考えてしまう。

 ――さようなら。

「……っ」

 これで何度目だろうか、頭を振ってその言葉を追い出そうとする。

 だが。

 ――キミに恋をしていた。

 目を閉じるたび、彼の言葉が耳にまとわりついていた。言葉だけなら嬉しいはずのこの台詞も、あの状況で言われてしまっては、逆にこちらを傷つける役割しか果たさない。

 ――なぜ、さようなら? 何がさようならだというのだろう……? 死ぬとは一体?

 彼の全てが謎で、心を狂おしいほどに締め付ける。

「……はぁ」

 再度、ため息。

 明日には大事な一戦がある。おそらくはマナとの一戦が自分を待っている。そのためには少しでも寝ておかなければ、いざという時に寝不足で力を出し切ることが出来なかったなど言い訳にもならない。

 三角座りの体勢から腕を解き、地面に背を倒して寝転がる。

 澄み渡った空には雲ひとつなく、今の心情とは見事に真逆を表していた。

「……いかんでござるなぁ」

 ――こんなことで心を乱していては。

 忍びとして、何事にも乱されない集中力をつけなければならない。

 それはわかっている。

 わかってはいるのだ。

「……」

 心地よいほどに風が肌をなで上げ、どこか優しい。

 ――ふふ、まるで自分を慰めてくれているようでござるなぁ。

 そして、それを認識した途端だったのかもしれない。

 彼女なりの精一杯で浮かべた笑みは形を崩し、気付けば目の端からは一筋の涙が。

 今まで必死に修行を積んできた。

 誰よりも一人で、誰よりも激しく、誰よりも辛く。

 それを苦と思ったことも、逃げ出したいと思ったことも、ないといえば嘘になる。だが、諦めようと思ったことはない。

 それが当然で、そうあるべきだったから。

 だけど。

 ただ、ほんの少し。

 心の底に秘めていたクラスメイトへの憧れ。

 例えばあの人に告白された、例えば告白した、付き合った、ふられた。自分には決して関係のない世界だと断ち切るには少し、身近すぎていて。

 だから、だろうか。

『……好きだ』

 初めてされた告白は単なる惚れ薬。

 初めて女の子としての胸の高鳴りを覚えた。

『ご飯ござる~』

 山の中で偶然出会い、晩御飯を共に。

 いつしか意識するようになっていた。

『ほら?』

 手を差し出した。

 気付けば本物へと変貌していた。

 その自分の想いすら愛しく、嬉しかった。

 だから。

『さようなら』

 辛かった。

 初めて自分に咲いたまるで華のようなこの心は一瞬で咲き、そして一瞬で散っていった。

『やつはもうすぐ死ぬことになる』

 悲しかった。

 手に入った憧れは、まるで夢のようにすり抜けて泡へと消えた。

 彼がいなくなる。

 文字通り、いなくなる。

 彼が

 死ぬ。

 理解はできていない。現実感も無い。けれど、漠然と。

 どこかでそれを認めていた。

「……っ」

 目じりに溜まっていた涙が一すじ。

 左目からこぼれ落ちていく。

「うぅ……っく」

 こぼれ落ちていく。

「うぁっ……うう……」

 止まらない。

「うっ……くぅ」

 止まらない。

「うぅぅ……うわぁぁぁ」

 ただ、この初恋が。

「あぁぁ……うう……っう」

 辛かった。


 明日になれば戦いが待っている。

 せめて、今日だけは

 泣いていよう。




 声を押し殺し、地に泣き崩れる彼女を見つめる2つの影があった。

「……楓」

 影の一つ。刹那が困ったように視線を惑わせて、最終的には後ろで腕を組み佇んでいるエヴァンジェリンへと行き着かせた。

「……その、声をかけたほうが?」
「ふん」

 刹那の問いには答えずそのまま面白くなさそうに鼻を鳴らし、エヴァンジェリンは踵を返す。

「え……エヴァジェリンさん?」
「……放っておけ」

 あくまでもぶっきらぼうな答えに対し

「ですが……」

 口をまごつかせる刹那。

 エヴァンジェリンはその態度に少し苛立ったようで、だが何かを思い出すかのように優しい口調で言葉を紡ぐ。

「……泣かせてやれ。アイツ自身にもまだ整理できていない気持ちが渦巻いているはずだ」
「……」

 納得がいっていない様子の刹那に、エヴァンジェリンは言う。

「それに……ああいう時は泣くのが一番だ。いや、泣くしかないという表現が一番かもしれんな」
「え」

 その顔、声色、表情、雰囲気。
「いいから、放っておけ」
「……はい」

 再度視線を楓に送る。

 確かに、未だに泣き崩れている彼女にかける言葉を刹那は持っていない。

 ――ここは本当に放っておいたほうがよさそうだ。 

「……わかったらさっさと寝ろ」

 どこか不器用だが温かいエヴァンジェリンの言葉に、刹那は小さく頷いたのだった。




「……」

 ――独り言を呟く気にすらならなかった。

 声を押し殺して泣き続ける楓の音を、エヴァンジェリンの研ぎ澄まされた聴覚が拾っていた。

「……」

 鬱陶しいという顔ではない。

 ただ何かを懐かしむような、それでいて憂いを含んだ、長く生きてきた彼女だからこそ作れるそんな表情。

 泣き崩れている楓に声をかけなかったのは彼女を馬鹿にしていたからでも、興味がなかったからでもない。

 エヴァンジェリン自身にも似たような、経験があったからだ。

 ナギ・スプリングフィールド。

 ネギの父であり、エヴァンジェリンが唯一異性として好きになった男。自分に呪いをかけたまま行方知れずとなった偉大な魔法使い。

 惚れた男に会えなくなったときの辛さを、彼女は誰よりも知っている。その分また会えると知った時、会えた時の喜びもまた麻帆良武闘祭が開かれた今日、コピーされたナギに出会うことで知った。

 だから、エヴァンジェリンにはかける言葉など見つからなかった。

 単なる失恋ならば、蹴ってでも元気を出させてやればいい。ウザイから泣くなとしかりつけてやってもいい。

 だが。

 楓の思い人、大和猛は確かにいなくなる。

 それはいわゆる破局などといったそう簡単なものではなく。

 一生のモノ。

 即ち死別。

 彼は死ぬ。遠くない未来。

 だから。

 ――行方知れずとなり、ナギは死んだと聞かされたその日のことを思い出す。

 その辛さをエヴァンジェリンも知っているから。

 逆に声をかけてはいけないと知っていた。

 重く響いた楓の声は、エヴァンジェリンの胸にすらその余韻を残していた。

 ――お前はこれでいいのか、タケル?

 声にならないその問いは、現実と切り離されたこの異空間で舞い、消えていく。

 
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