星の輝き
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第24局
ヒカルと行洋の対局が終わり、張り詰めていたヒカルの気持ちもようやくほころんだ。
「ありがとうございました」
ヒカルは挨拶を終えると、大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせた。
-ヒカル、お疲れ様。
-ああ、ありがと。なんかすっごい疲れた。
-フフフ。いつもにまして集中してましたもんね。立派でしたよ。そういえば、時間は大丈夫ですか?
-時間?
-ええ。そろそろ、あかり達と待ち合わせの時間では?
-えっ!あっ、やばっ!
佐為の言葉に時計を見たヒカルは、時計が示す時間に焦りを募らせた。
「あ、先生、すみません、あかり達と待ち合わせの時間なんで、迎えに行ってきます!」
「…ああ、そうだったね。思ったよりも時間がかかってしまったな。最初の話もまだ済んではないが…、また後日、落ち着いてからにしようか」
「あ、そっか、そうですね。あかり達の前であんまり堅苦しい話をするのもなんだし…。そこまで急ぐ話でもないんで、次の機会で。あ、ただ先生、今の碁を認めてもらえるのなら、ひとつご褒美としてじゃないんですが、ここだけの話ってことで、約束してほしいことがあるんです」
そのヒカルの言葉に、行洋は厳しい表情を緩めた。対局が終わってしまった今では、彼はやんちゃなただの子供にしか見えなかった。
「もちろん、君の力は充分に認めよう。いや、思い知らされたといってもいい。私ができることであれば、約束しようじゃないか」
「あ、ありがとうございますっ!えっとですね、できるだけ早く、お忙しいとは思うんですが、きっちりとした健康診断を受けてください。特に、心臓とかをしっかりと!」
「健康診断?」
「はいっ!塔矢先生にはずっと元気でいてもらいたいので、ぜひお願いします!いずれ、俺がプロになって、タイトル戦で先生を倒したいのでっ!」
何の約束かと興味を示した行洋は、話を促したのだが、なんとも奇妙な言葉だった。
「ふむ。まあ、健康診断自体は毎年受けてはいるが…。しかし、タイトル戦ではないとはいえ、今日すでに君は私を倒しているが?」
「今日のは別です。先生、終盤手順間違いで、損してますから。正しく打ってれば、先生の1目半勝ちかな?あ、もう時間過ぎてるっ!すみません、先生、片付けて迎えに行ってきますね!」
何気なく吐き出された進藤の言葉に驚きつつも、行洋は答えた。
「!!いや、そのままで。迎えにいってくるといい。約束はしよう。今年の定期健診で、たまには詳細にやってもらうのもいいだろう」
「はい、お願いします!じゃ、ちょっと行ってきます!」
そうして飛び出して言ったヒカルをよそに、残された3人は盤面を真剣に眺めていた。すでに3人の頭に健康診断のことなど残ってはいなかった。
「…お父さん、終盤の手順間違いって、いったい?」
「彼にいわれるまで気がつかなかったよ」
行洋はそう言うと、黒の一子に指を伸ばした。
「私が切断に備えたこの手だ。必要な一着なのは間違いないのだが…」
その言葉を聞いて、ハッとする緒方。
「その前に、ここの隅のオキですね…」
「あ!そうか。外ダメが詰まれば手がいる。抑えるしかない。それだけで実戦より得。白の手抜きは最悪つぶれる…。逆転だ!進藤には見えていたんだ…」
しばらく盤面を見つめていた行洋はだが、やがて晴れやかに笑った。
「なんとも楽しいじゃないか、緒方君」
「先生…」
「世の中は広いな。プロではないアマチュアの少年との対局で、まさかここまでの碁を打てるとは。私は全力を尽くしたよ。進藤君に指摘された手も含めて、これが今の私の全力の碁だ。誰に見せても恥じることのないな。私など、まだまだだ」
「アマチュアの少年が、塔矢名人を互先で倒した…か。この眼で見ていなければ、とても信じられない話だ。確かに今すぐプロになれる腕前だ。今すぐなる気がないというのも変な話だが…。アキラ君、君の友達はどうやら只者じゃないようだな」
言葉をかけられたアキラの表情は明るく、晴々としていた。
「はい。ボクも今まで以上に精進します。今の彼は、ボクよりもはるかな高みにいますけど、いつか必ず、彼に追いついて見せます。彼はボクの生涯のライバルですから!」
「フフフッ。すっかり元気になったじゃないか、アキラ君。これは俺もうかうかして入られないか。まぁ、とりあえず進藤が戻ってきたら1局勝負を挑むとするかな」
緒方の表情もまた、獲物を見つけた獣のようにとぎすまされていた。
「もー、ヒカルったら、ひどいじゃない、遅刻なんて!奈瀬さんとずっと待ってたんだよ!」
「悪い悪い、ちょっと用事を先に済ませてたら時間がかかっちゃってさ、ホントごめんって」
「もー、せっかく打ってもらえると思ってきたのに。ヒカル君、女の子を待たせるなんてひどいよ!」
「あー、もう、ごめんなさい」
ヒカルが必死に走った待ち合わせ場所には、当然のように、怒れるあかりと奈瀬が待ちうけていた。塔矢の家の最寄の駅で待ち合わせをしていたのだ。
「今回だけだからね!次は許さないよ!」
「はいっ!ホンと、ごめん!」
-まったく、ヒカルはぼやっとしてるから。
-仕方ないだろ、思ったよりも長引いちゃったんだから!
「で、結局どこ行くの?この近くの碁会所?」
「ああ、今日は塔矢の家で打たせてもらえることになってるんだ」
「塔矢?知り合いの家なの?」
「塔矢アキラと同じ学校なんだ。そんで、塔矢が場所を貸してくれることになってさ。碁盤もたくさんあるしってことで」
「塔矢アキラ…、なんか聞いたことある名前ね?」
「あ、やっぱり奈瀬は知ってるんだ。あいつ、有名みたいだもんな。さっすが塔矢名人の息子だな」
「あー、そうそう、塔矢名人の息子がアマチュアだけどとても強いってうわさだった…。え、あれ、ちょっと待って、ヒカル君塔矢名人の息子の家?」
「ああ、塔矢アキラの家な」
「…それって、塔矢名人の家なんじゃない?」
「そりゃそうさ。塔矢の親父さんなんだから、当然塔矢名人の家さ」
だんだんと奈瀬の顔色が白くなっていった。
「…あの、あれ?塔矢名人の家で碁を打つの?私が?」
「そ。場所代かからないし、お得だろ?今日は名人もいるし、見てもらえるかもよ」
「!!嘘っ!名人もいるの!!何でよヒカル君!聞いてないよ!?」
「うん、だから今言ってるじゃん」
-ヒカル、早く戻りましょうよ、あの者はきっと待ってますよ!
-分かってるって。何で奈瀬こんなに驚いてんだか。
-なんか、奈瀬さんが可哀想になってきたかも…。
ちなみにあかりは、アキラとヒカルが話をしているのを一緒に聞いていた。だから、最初から知っていたので覚悟は決めていた。てっきり奈瀬も聞いているものとばかり思っていたので、慌てる奈瀬を哀れみの眼で見ていた。
その後、半ば混乱したままの奈瀬とともに、塔矢家に戻ったヒカル達を待ち受けていたのは、不敵に微笑む緒方とアキラ。
あかりが碁会所の先生だと思っていたのが実は塔矢名人だったと知ったあかりが驚いたり、塔矢先生に加えて緒方先生までいると奈瀬がまた慌てて必死に挨拶したりとひと悶着があった後に、結局ヒカルは緒方とアキラと続けて対局することに。
その間あかりと奈瀬は、塔矢名人に指導碁を打ってもらうこととなった。名人の詳しい解説付きの指導碁という、とてつもなく贅沢な時間となった。
ちなみに、ヒカルは対局中に、背後でうらやましそうに見つめる佐為の視線が微妙に気になっていたりいなかったり。
それぞれの碁の検討を皆でする頃には、奈瀬もとりあえず落ち着いていた。
トッププロの塔矢名人や緒方先生と対等に言葉を交わすヒカルの様子にさすがと思いつつ、その日の勉強会は終了した。
その後、アキラの怒涛のアピールもあり、今後も塔矢名人宅で定期的に部屋を貸してもらえることになり、アキラと奈瀬を喜ばせた。
結局、この日もヒカルと対局していないと奈瀬が気がついたのは、その日家に帰り、入浴している時だった。
後書き
誤字修正 不適に → 不敵に
ホンと → ホント
互い戦 → 互先
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