星の輝き
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第23局
佐為と塔矢アキラ、緒方精次が見つめる中、進藤ヒカルと塔矢行洋の対局が始まった。
始まって十数手ほど、まだホンの序盤の段階で、ヒカルの手が止まった。
その表情は険しい。
アキラは、はじめて見るそのヒカルの表情に驚いていた。今までの自分との対局ではそんな表情は見られなかった。しかも碁は始まってまだホンの序盤。いったい、何をそんなに考えているのだろうか?
ヒカルはありえない出来事に、内心驚愕していた。
まだホンの序盤とはいえ、ここまでの手順は間違いない。
でも、こんなことがありえるのだろうか?
よりによって、塔矢行洋との初めての対局で、こんなことが…。
-ヒカル、続けましょう。
そんなヒカルの様子を見て、佐為は声をかけた。
-でも、これ、この碁は、佐為のっ!
そう、ヒカルの驚愕の理由。
それは、ここまでの展開が、佐為と塔矢行洋の以前の世界でのネット碁での対局、そのままの再現だったからだ。
-これは佐為の碁だっ!オレの碁じゃないっ!そもそも、まったく同じなんてありえないだろっ!
そう、以前ここではない世界で起きた、佐為が熱望し、ほんの偶然がきっかけで実現した、塔矢行洋とのネット碁、そのものだった。
偶然行洋は今回も黒を持ち、ヒカルは佐為が持った白を持った。
そして、気がついたときには、まったく同じ進行になっていた。
-どうしよう、オレ、自分の力を見せるって言ったのに、これじゃあっ!
-ヒカル、落ち着いて。別にここから手順を変えてもいいのですよ?
-…それは分かる。分かってる。…でも、…でもさ。この碁はさ、佐為。前の世界でお前が消えちゃってから、何度も何度も並べた碁なんだ。佐為がオレに残してくれた碁の中で、一番たくさん並べて、一番勉強した碁なんだ。今のお前と一緒に検討したこともあるよな?…だから、お前の打った一手一手の意味、それに答えた塔矢先生の一手一手の意味、全部理解しちゃってるんだ。俺の中に溶け込んじゃってるんだ。…それなのに、違う所になんて打てないよ…。
-この後もずっと、このものが同じ手を打つとは限りませんよ?
-でも、っでも、同じ先生が打つんだぞっ!同じ展開になったらどうするんだっ!
-…やはり、打ちましょう、ヒカル。
-っでも!
-きっと、偶然ではないのですよ。
-っえ?
-偶然ではないのです。偶然で同じ碁になるなどありえません。
-でも、今現にっ!
-だからこれは偶然ではなく、きっと必然なのです。
-…必然?
-そう、打つべきです。いえ、打たせるべきということでしょう。必要なのです、塔矢行洋には、この碁が。
-塔矢先生が、この碁を必要としている?
-ええ。以前のヒカルはこの碁を見ることで深く感じたものがあったと言っていましたね。以前のヒカルは、私とこの者のこの碁を見たことで、きっと成長したのでしょう。それはヒカルにとって必要な碁だったのです。それと同様、今のこの者にとっても、きっと必要な碁なのです。神の一手に近づくために。この碁を打つことが。そして、この碁を見るものにとっても同様なのです。
-打つことが必要…。
-ヒカル、今のあなたであれば、この碁を打てるだけの力があります。この碁を打ったときの私と、対等の力があります。今のあなたなら、この碁を背負っていけます。
-……
-それに、ヒカル。今の私であれば、この者が同じ受け答えをするのであれば、あのときの碁にはなりませんよ。もっと早く倒せます。そうなると、あのときの碁は、今のこの世には出てこなくなります。…だから、今この碁を打てるのは、あなたしかいないのですよ、ヒカル。
ヒカルは、眼を閉じた。そして、佐為の言葉に決心した。
-分かったよ、佐為。以前のオレには、当時のお前の碁を背負いきるだけ力はなかった。でも、今のオレなら。今のオレなら、あのときのお前の碁を背負えるんだな。いや、背負わなくちゃいけないんだな。オレの碁の中にも、お前はいるんだから…。
ヒカルは眼を開くと、次の手を力強く打ち付けた。
-これが進藤ヒカルか…。
ヒカルに対峙する塔矢行洋は、現在4つのタイトルを抱える、まさにプロの中の頂点にいるといっていい存在だ。世界中の碁打ち達が目指す、トップの一角であった。
その彼は今、目の前の少年を冷静に観察していた。
-まだ序盤とはいえ、石の流れにゆがみはなく、非の打ち所がない。プロのお手本のようだ。
確かに、ただのアマチュアではないと、行洋は実感した。
-それだけではない…。なぜだろう?この子はアキラと同じ年。中学になったばかりの子供。…なのに。
-先ほどの長考が終わってからの、この空気は…、なんだ?この威圧感は…。
アキラと緒方も、ヒカルの雰囲気の変化に気がついていた。
-進藤の雰囲気が変わったっ!…なんだ、この感じはっ!
-…おいおい、何だこの空気は。これじゃまるでプロの…、それもまさにトップ同士のタイトル戦じゃないか。これだけの気迫を、この少年が?進藤、いったいこいつは…。
序盤の終わりに、ヒカルの白が軽く仕掛け、中盤戦が始まった。
何手か進んだ後の、白ヒカルのスソガカリ。行洋の手が止まる。
-彼の思惑は見て取れる。ならば…。
しばらく考えた末の黒、行洋の応手に、アキラは驚く。
-これは…、白の、進藤の望む展開では?お父さんが長考の末、出した答えがこれ!?
そのままお互いに応手を交わし、盤面が少し進んだところで、緒方は、行洋の手に納得した。
-なるほど。進藤は望み通りの展開だったはず。だが、黒がボウシからジワジワと攻めることで、気がつけば形勢は、黒に悪くないものになっている、か。さすが、名人。
アキラもまた、自分が読めなかった進行に驚いていた。
-こんな、こんな流れになるなんて、想像もつかなかった…。進藤が優位に事を運んでいるみたいだったのに、いざここまできてみると…。はじめに進藤が仕掛けた一手。あの石がいつの間にかボヤけて、働きを失っている!?
-子供ながらにここまで打つ。なるほど、アキラでは勝てないはずだ。だが、これが私の碁だ。名人、塔矢行洋の。こうして対峙した以上、容赦はせん。
二人の対局は続く。流れは黒の行洋が握ったままだ。
-しかし、進藤ヒカルがここまで打つとは…。
緒方は、名人と堂々と戦うヒカルの力に驚愕していた。
-アキラ君に見せてもらったあの一局で、力があるのはわかっていたつもりだった。プロに匹敵する力はあると思っていたが、まさかここまでのものとは。
-黒良しとはいえ、形勢は猛烈に細かい。明らかに名人は、手厚く打つだけでは進藤に勝てないと踏んでいる。白地を上から消し、冷静に判断の上、確実に地を取っている。
そして、アキラもまた、己の父と堂々渡り合う、ヒカルの力に瞠目していた。
-進藤は、読みも計算もずば抜けている。相手の手の内を全部読んだ上で、碁を自分のものにする手を必ず編み出してくる。お父さんにリードを許したまま、何もせずに終わるとは思えない。
そして、大ヨセも終わりが見えてきたとき、ヒカルの白石が中央の黒を割って入った。
その一手に、行洋の背中を冷や汗が伝う。読んでいなかった手だった。
緒方もまた、その一手に痺れていた。
-…いい手だ。この白は取れない。中につきそうな黒地が消えた。ただでさえ細かかったのに、これで逆に黒が薄くなった…。まさに気合の踏み込み。打たれてみると、ここしかないという、絶対の一手にみえる。俺もまったく気がつかなかった…。
-お父さんの手、どれも悪手とは思えないけど、形勢はとうとう逆転…。進藤、君は…。
最後の小ヨセを残し、行洋は投了した。
こうして、前の世界の”sai VS toya koyo”の碁が、この世界でも再現された。
”進藤ヒカル 対 塔矢行洋”の碁として。
後書き
誤字修正 必要といている? →必要としている?
黒字が消えた →黒地が消えた
始めての対局 →初めての対局
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