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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百十六話 遺書と墓碑銘




宇宙歴 796年 1月 30日  フェザーン  第一特設艦隊旗艦 ハトホル   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「何ともお粗末な連中ですな」
シェーンコップの言葉に皆が頷いた。ハトホルの艦橋は出撃準備で慌ただしい空気が溢れている。
「まあ時間が無かったですからね。貴族連合軍の撃滅から和平、フェザーンの独立とあっという間でした。焦ったのだと思いますよ」

本心ではない、時間が有っても失敗しただろう。貴族連合軍を撃滅した時点でパエッタを始め俺に面白く無い感情を抱いていた連中も大人しくなった。軍人ならば勝てる指揮官を欲する。勝ち方が鮮やかで徹底したものであれば好んで敵に回そうとは思わない。まして反乱に加担して敵対など愚劣としか思えまい。帰還すれば昇進が待っているのだ、反乱に加担して全てを失うリスクを冒す馬鹿は居ない。言ってもいいが自慢と取られそうで止めた。

連中が暴発する前に憲兵を使って取り押さえる手もあった。しかし駄目なんだな、これは。それだと和平を推進するトリューニヒト政権が邪魔な主戦派を陥れた、そんな陰謀説が出かねない。トリューニヒト政権を弱めかねない。和平を結ぶには強力な政権基盤が要る以上その手は取れない。

あの馬鹿共を暴発させた上で鎮圧する。どうせあいつらがルドルフの真似をする事は分かっているんだ。ならばそれを同盟市民に見せてやれば良い。同盟市民も主戦派が危険な存在だと理解するだろう。主戦論が力を失い相対的に和平論が力を増す。トリューニヒト政権にとっては追い風になるはずだ。

「フェザーンに誰も残さなくて宜しいのですか?」
「構いません。フェザーンは独立させますからね。反乱鎮圧に全力を注ぐ、その名目で放棄します。下手に残すと後々面倒ですから」
チュン総参謀長がなるほどと頷いた。

「しかし反同盟活動を行うのでは? 後方を攪乱する可能性が有りますが」
「こちらが撤退するのにか?」
「地球教の残党がフェザーン市民を煽る可能性は有るでしょう」
「なるほど」
チュン総参謀長とビロライネン准将の遣り取りに皆が頷いた。顔を顰めている人間も居る。

「最後尾は我々が務めます。十分に気を付けて撤退しましょう」
「分かりました。しかし攪乱が有った場合は如何しますか?」
チュン総参謀長が問い掛けてきた。皆不安そうな表情をしている。大した事じゃないんだけどな。フェザーンには軍事力は無い、それに補給はウルヴァシーに十分に有る。攪乱など嫌がらせにもならない。

「先ずは内乱の鎮圧を優先します」
俺が答えると皆がホッとしたような表情を浮かべた。……何だ、それ。フェザーンじゃなくて俺が心配だったのか? 俺がフェザーンに核ミサイルでも打ち込むと思ったのかな、不愉快な! 俺はそんな事はしないぞ、する必要も無い。俺は無駄な事はしないのだ。

「内乱を鎮圧すればフェザーンの方から謝ってきますよ。多分金で片付けようとするでしょうね」
皆が頷いた。表情には蔑みの色が有る。フェザーン人って嫌われているよな。まあ俺も好きとは言えない。

「いずれ帝国との間に和平が結ばれればイゼルローン回廊も解放されるでしょう。そうなれば同盟、帝国の商船が直接両国を行き来する事になる。フェザーンの戦略的価値は半減しますし中継貿易の利益も失う事になります」
「フェザーンにとっては生存環境が厳しくなりますな。なるほど、それがフェザーンに対する報復ですか」

そうじゃない、フェザーンがイニシアチブを執って宇宙を支配しようなんて考える事は無くなると言いたかったんだ。同盟と帝国が手を結んでいる限りフェザーンは大人しくなる。宇宙は安定する筈だ。そして同盟も帝国も国内の再建と安定を必要としている。未開発地も沢山あるのだ。公共事業による景気高揚が続くだろう。

高度成長時代を実現出来ればフェザーンもそれの恩恵を受けることが出来る。そうなればフェザーンは両国を争わせるのではなく協調させる事で繁栄出来る事を理解するだろう。フェザーンだけが繁栄するのではなく共に繁栄する。共存共栄が出来ればフェザーンも守銭奴とか金の亡者とは言われなくなるはずだ。まあそこまで行くには時間がかかるが。

トリューニヒトは如何してるかな。頼むから上手く脱出してくれよ。ここまで御膳立てしたのだから後はお前さん次第だ。いずれトリューニヒトは救国の英雄、民主共和制の擁護者、自由の守護者なんて呼ばれる事になるだろう。笑えるな、原作を知ってる俺には悪い冗談としか思えん。ヤンは白目を剥くだろう、毛布を頭から被って寝込むかもしれない。ま、それも悪くない。



宇宙歴 796年 2月  4日  リオ・ヴェルデ星域  第一艦隊旗艦  アエネアース  スーン・スールズカリッター



「ワイドボーン提督、御苦労だな」
「はっ。元帥閣下をアエネアースに御迎え出来た事を心から嬉しく思います」
ワイドボーン提督がガチガチに緊張している。提督だけじゃない、艦橋にいる人間は皆ガチガチだ。無理もない、首都ハイネセンを脱出してきたシトレ元帥を迎えたのだが同行者が凄い事になっている。

グリーンヒル大将、それに見覚えのない軍人が数人、いずれも将官だ。それとトリューニヒト最高評議会議長を含む最高評議会のメンバー。自由惑星同盟の政府軍部のトップがアエネアースに集結している。まるで政府がここに移動したようなものだ。それに帝国のレムシャイド伯爵も居る。

「ワイドボーン提督、少しの間厄介になるよ」
「はっ、何分軍艦ですので十分な御持て成しは出来かねます。御不自由をおかけしますが御容赦を願います」
「いや、ここなら安全だ。それ以上の持て成しは無いよ、そうだろう?」
議長が問い掛けると同意を表す声が彼方此方から上がった。流石に商船での脱出は不安だったらしい。

ワイドボーン提督が総司令部との間に通信を開くように命じた。少しの間が有ってスクリーンにヴァレンシュタイン総司令官代理が映った。ワイドボーン提督が敬礼すると総司令官代理も答礼した。
「トリューニヒト議長閣下、シトレ元帥閣下を含む政府、軍の方々を無事収容しました」

『御苦労様でした。何か問題は有りますか?』
「いえ、特に有りません」
『では早急に第三艦隊と合流して下さい』
「はっ」
総司令官代理が頷いた。そしてシトレ元帥とトリューニヒト議長と話したいと要求した。俺より若いんだが平然としているな。

「何かな、ヴァレンシュタイン中将」
『御身体の具合は如何ですか、シトレ元帥』
「問題は無い。心配してくれるのかね、中将」
嬉しそうにシトレ元帥が言うと総司令官代理が苦笑を浮かべた。

『そうじゃありません。仕事が出来るか確認させて貰ったのです』
げっ、何て事を言うんだろう。シトレ元帥とトリューニヒト議長が顔を見合わせて苦笑している。ワイドボーン提督は目を剥いているし俺もびっくりだ。
『総司令官閣下、お預かりしていた指揮権をお返しします』
「なるほど、それが有ったな。確かに指揮権を受け取った」
総司令官代理が敬礼するとシトレ元帥が答礼した。

『早速ですがお二人にはやって頂きたい事が有ります』
「やれやれ人使いが荒いな、ようやく落ち着けると思ったのに」
トリューニヒト議長がぼやいたが総司令官代理、いやヴァレンシュタイン提督は意に介さなかった。
『先ず政府、軍首脳部が第一艦隊と合流した事、指揮権が私からシトレ元帥に返還されたことを表明してください』
提督の言葉に“分かった”とシトレ元帥が頷いた。

『次にお二人には広域通信で健在ぶりをアピールしてもらいます。その際トリューニヒト議長閣下には愛国委員会がルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの出来の悪いコピーであり民主共和制の精神を汚すものだと激しく弾劾してください』
「うむ」

『長い戦争が人心を荒ませこのような愚かしい人間を作り出してしまった。自由惑星同盟は、いえ人類は和平による安息を必要としている。自分は最高評議会議長として必ず彼らを粉砕し秩序と安定を取り戻すだろうと宣言して頂きます』
トリューニヒト議長が大きく頷いた。

「その事は私も考えていた。和平を実現するには市民にその必要性を理解させなければならない。今回の一件で同盟市民も戦争継続には大いに疑問を抱くだろう。クーデターが成功すれば民主共和制は廃止されるところだったのだからね。同盟市民に和平の必要性を理解させる良い機会だ」
あ、議長だけじゃない。他の政治家達も頷いている。

『それと各星系、自治体、軍組織に旗幟を明らかにするように命じてください。そして愛国委員会に味方する勢力は決して許さないと言って欲しいのです』
「愛国委員会を孤立させるのだね」
『それも有りますが議長閣下に味方するという事は和平を支持するという事です。後々和平を推進する時には皆が和平を支持してくれたと言う事が出来ます』

“君は相変わらず抜け目がないね”とトリューニヒト議長が笑い出した。シトレ元帥も笑っている。上層部では帝国との和平は既定路線らしい、本当に宇宙が平和になる時が近付いている。それにしてもヴァレンシュタイン提督が和平派の中心人物という噂は本当のようだ。提督は薄く笑みを浮かべている。いかにも謀将、そんな感じだ。

『ハイネセンは第一、第三艦隊で解放します』
彼方此方で驚きの声が上がった。
「君達を待たずにかね?」
ヴァレンシュタイン提督が“そうです”と頷いた。
『元帥、我々が合流するのを待っていては時間がかかります。ハイネセンの市民に負担をかける事になるでしょう。クーデターは早期に鎮圧しなければなりません。そうでなければ政府、軍に対してハイネセンの市民から不満が噴出するでしょう』

シトレ元帥が難しい顔をしている。
「貴官の言う事は分かる、その理が正しい事も認める。しかし二個艦隊ではアルテミスの首飾りは攻略出来んだろう。せめて第十二艦隊を待つべきではないかな。失敗すればそれこそ主戦派を勢い付かせることになる」
シトレ元帥の言葉に皆が頷いた。

『戦力が大きくなれば、愛国委員会は当然ですが警戒します。時が経てばそれだけ防衛体制を整える事になる。場合によっては市民を人質に取る可能性も出て来るでしょう。この時期に二個艦隊ならばそこまでは警戒しませんし準備も出来ません。まして艦隊司令官は二人とも新任の中将です、特にヤン中将は非常勤参謀とまで言われた人ですからね、愛国委員会が市民を人質に取る可能性は少ない。今攻略するべきです』

言っている事は分かる。確かにそうだがアルテミスの首飾りが有る……。誰もが不安そうな表情をしていた。
『ご安心ください、ハイネセン奪還作戦は既に策定済みです。ヤン中将がアルテミスの首飾り攻略を、ワイドボーン提督がハイネセン制圧戦を行う事になります。元帥閣下は作戦の総指揮をお執り下さい』
どよめきが起きた。皆が驚いている、いや、ワイドボーン提督だけは驚いていない。知っていたな、これは。まあ当然か。

「可能なのかね、アルテミスの首飾りを攻略する事が」
元帥が問い掛けるとヴァレンシュタイン提督が軽く笑い声を上げた。
『ヤン中将はエル・ファシルの英雄です。彼の前ではアルテミスの首飾りは脅威になりません』
またどよめきが起きた。シトレ元帥がワイドボーン提督に視線を向けた。提督が頷くと元帥も大きく頷いた。

「分かった。ハイネセン奪還作戦を実行しよう」
シトレ元帥の言葉に艦橋が三度どよめいた。
『宜しくお願いします。それとトリューニヒト議長を始め最高評議会の方々には地上制圧戦に参加して頂きます』
おいおい本気か? 皆目が点になってるぞ。

『作戦実施までに装甲服に慣れておいてください。制圧目標は最高評議会ビルです。反逆者達に占拠された最高評議会ビルを奪回して貰います』
「ちょっと待ってくれ、本気かね、君は」
政治家が一人慌てた声を出した。
『本気ですよ、レベロ財政委員長。このままでは最高評議会はハイネセンの市民を見捨てて逃げた等と言われかねません。それでは困るのです』
ウーンという声が彼方此方から聞こえた。

『皆さんにハイネセンを脱出してもらったのは人質にされるのを防ぐため、愛国委員会にクーデターが失敗した事を理解させるためです。兵に戦えと言うのではなく兵と共に戦って下さい。そうでなければトリューニヒト政権は市民の支持を集められません』
その通りだ、ヴァレンシュタイン提督の言葉は間違っていない。

「楽は出来んな」
トリューニヒト議長が肩を竦めた。
「やるのかね」
「ここまで来たらやらざるを得んだろう。それとも逃げるかね?」
「……やれやれだな」
議長とターレル副議長が話している。他の委員長達もやれやれといった表情だ。ヴァレンシュタイン提督が笑い出した。

『悪い事ばかりじゃありません。メリットも十分に有ります。生き残れれば向こう十年は選挙で落選する心配は無いでしょう。大量得票で当選です。選挙で落選の心配が無いというのは大きいと思いますよ』
「生き残れればね。死んだらどうなるのかな?」
マクワイヤー天然資源委員長が不安そうな表情でヴァレンシュタイン提督に問い掛けた。気楽な事を言うな、そんな感じだ。

『アーレ・ハイネセン程じゃありませんが立派な銅像が立ちますよ。自由と民主共和制を守るために倒れた勇気ある政治家として。自由惑星同盟で歴史上もっとも有名な政治家の一人に選ばれるでしょうしテレビドラマや映画にも登場します。主人公かそれに次ぐ立場ですね。このまま何事もなく生きているよりも有名になれるかもしれません、悪くないでしょう』

マクワイヤー委員長が溜息を吐いた。
「そういう意味じゃないんだが……」
気持ちは分かる、滅茶苦茶だ。死んだ方が評価が高くなると言っているに等しい。皆呆れた様な顔をしている。ワイドボーン提督は天を仰いだ。

『ああ、葬儀の事なら心配は要りません。国葬になります。葬儀委員長はトリューニヒト議長が務める事になるでしょう。閣下を悼む感動的な弔辞を読み上げてくれると思います。それと棺は議長を始め最高評議会の方々が担いでくれます。あとは何か有るかな……』
首を傾げている。

「いや、もう十分だよ、ヴァレンシュタイン中将。死んだらどうなるか、良く分かった。良い事尽くめだが死なないように気を付けるよ」
げんなりした口調だった。何か本当に死んでしまいそうだな。
『そうですね、死なない程度に頑張ってください。それと念のために遺書と墓碑銘は用意しておいてください。大丈夫です、あくまで念のためですから』
何処からか溜息を吐く音が聞こえた。

「彼の言う通りにしよう。それから頼むから皆死なないでくれ。私は葬儀委員長なんて務めたくないし君達の弔辞も読みたくないからな」
トリューニヒト議長の言葉に皆が頷いた。誰かが“読まれたくないし聞きたくもない”と言った。もしかするとハイネセンを逃げ出した事を後悔しているのかもしれない。政治家も楽じゃないな、ホント同情するよ……。





 
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