蒼き夢の果てに
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第5章 契約
第88話 カトレア
前書き
第88話を更新します。
次回更新は、
5月21日 『蒼き夢の果てに』第89話。
タイトルは、『吸血鬼伝説』です。
山沿いと称される地域に分類されるこの村の天候は移ろいやすいもの。特に、冬至の頃なら尚更。
しかし、今日に限っては、遙か彼方まで見渡せるような蒼い蒼穹。そして、火竜山脈と呼ばれるようになって以来初めて、白い装いを魅せる事となった山々の頂きまで見渡せる冬の晴れ間。
燦燦と降りそそぐ冬の陽。その中で短く唱和される口訣。そして重なる導印。
固唾を呑み、ただ見守るだけの瞳。その数はおそらく三百以上。
流石にこれだけの瞳に見つめられると多少は緊張する。まして、瞳には某かの魔力が宿る物。それがこの村を包む陰鬱な気と合いまって、少し不快な雰囲気を作り出した。
しかし……。
次の瞬間。正面を見つめていたタバサが俺の方を顧み、そして微かに首肯く。
これは、彼女も俺と同じ結果を得たと言う事。もっとも、この場に村人たちが集められた段階で、この結果は有る程度の想像が付いていたのですが。
「村長、安心して下さい。この場に集められた村人の中には、人に擬態した吸血鬼や、ましてグールなどの人ならざるモノは存在して居ません」
村の中央広場に集められた住人の前……。その入り口に近い辺りに据えられた一段高い台の上から、ルルド村の村長さんにそう話し掛ける俺。
但し……。
「しかし、騎士従者さま。そんな簡単な魔法一度だけで、これだけ多くの人間を調べたと言われても……」
白い髭に隠れた口から、そう問い返して来るルルド村の村長さん。流石に最後の方は言葉を濁したけど、それでも皆まで聞く必要はない表情及び雰囲気。まして、この場に集められた住民の八割までが、彼と同じように信用していないと言う雰囲気ですから……。
もっとも、この雰囲気は当然と言えば当然。俺の見た目は何処からどう見ても少年。年齢的にはギリギリ青年とみられたとしても不思議ではないのですが、東洋人で有るが故に、肩幅や身体がどうしても少年の身体に見える事は間違いなく……。そして、タバサとブリギッドに至っては、身長が百四十から五十までの間。見た目も間違いなく幼いと言う形容詞が付きかねない少女のソレ。こんな連中が効果のはっきりしない、まして、派手さのない魔法を使用して、この場に吸血鬼やグールの擬態した存在がいないと太鼓判を押したトコロで、信用出来るかと言うと……。
こりゃ、極度の悲観論者に成って居る可能性の高い村長さんでなくても信用出来なくて当然ですか。
う~む。しかし、俄かには信用出来ないと言われても……。
「取り敢えず気休め程度にしかならないでしょうが、それでも私は断言します。ここに集まった村人の中に、人の振りをした人間以外の存在は居ませんよ、村長さん」
口ではそう答えるだけの俺。もっとも、それだけで信用を得るのは難しいでしょうから……。
何か別の魔法。見た目が派手で、更に、以前にここの村に訪れた魔法使いたちが行使した事のない魔法の実演でもして見せたなら……。
「それならば、騎士従者様。北の町の神官さまに聞いた所に因ると、吸血鬼と言うのは鏡に映らない連中だそうですから、その鏡に一人、一人を映して行けば分かるんじゃないでしょうか?」
……信用されるかも知れない。そう、考え掛けた俺に対して話し掛けて来る一人の男性。
村人たちの中でも割と重要な位置に居るのか、一番前の真ん中辺りに立つその男性。年齢は壮年と言うぐらい。ただ、西洋人の年齢は見た目よりも上に見える可能性が高い上に、ここは農村部で有る事から、普段の生活に追われて実年齢よりも多少は老けて見える可能性も高い。身長は俺よりも低い……かなり低いように見えるトコロから百五十から六十の間ぐらいか。
男性としては低い身長。痩せた身体。良く動く細い目。どうにもはしっこそう……狡猾で、信用の置けない人物のように見えるその男性。
「これ、ラバン。騎士従者様に失礼で有ろうが」
流石にこの物言いに対して、村長さんが間髪入れずに窘める。確かに、俺やタバサは見た目が幼いとは言え、貴族。それに、ガリアが正式に勲功爵として任じた人間でも有りますから、この対応は間違った対応とは言えません。
もっとも、俺もタバサもそんな細かい事をイチイチ気にしない人間なのですが。
しかし……。
しかし、ラバンか。そう言えば、村長さんの名前は確か……。
俺が少し思考を別の方向に逸らし、そして、ラバンと呼ばれた男性を嗜めた村長さんを見つめ直す。
黙って自らの事を見つめ出した俺に対して、少し怯え……とまでは行かないけど、それでも腫物を触るような雰囲気を発して居る村長さん。いや、村長さんだけではなく、村人たちの方からも、畏れや怯えと言った負の感情が流れて来る。
……う~む、こりゃ少しマズったか。
折角、良好な関係を築きつつ有ったトコロなのに、少し対応を間違った事に後悔の念を滲ませる俺。矢張り、貴族と平民の間の溝と言う物は、簡単には埋められる物ではない、と言う事なのでしょう。
おそらく、この状況は……。
少し強く見つめた事を、ラバンの発言や、その他、この場の雰囲気が俺やタバサを信用していない、と言う雰囲気が判る状態だった事に対して、俺が不満を持って居る、と感じられたのかも知れない。本当は、単に思考がダッチロールを繰り返して居たのと、本来の俺の視力が悪くて、他人を見つめる時に瞳に力を入れ過ぎる為に、他人から見ると睨んでいるように見えると言うだけなのですが。
そう考え、地球世界のアイドルが浮かべる爽やかな笑顔を浮かべて村長さんに魅せる俺。但し、本当に爽やかだったのか、それとも引きつったようなギコチナイ笑顔だったのかは、鏡を見た訳ではないので不明なのですが。
そして、
「いえ、アブラハム村長。そのような御気遣いは無用ですよ」
……と言葉を続けた。
そう、確かこのルルド村の村長さんの名前はアブラハム。
白髪、それに白い髭の老人。アブラハム村長。そして、少し信用の置けない雰囲気のラバンと言う男性。ついでに、この街はルルド。
……どうも、地球世界で一番読まれた書物や、それに由来する宗教に関係した名前が連発して来ているのですが。
もっとも、これは単なる偶然でしょうが。
そう考えながら、但し、そんな事は表面上に表す事もなく、
「確かに、吸血鬼の中には鏡へと映らない種類の吸血鬼も存在して居ますが、この村の住人を襲って居るのはそう言う種類の吸血鬼ではないでしょう」
……と非常に冷静な答えを返す俺。年齢から来る信用度の低さを、魔法使いであると言う社会的信用度と、落ち着いた冷静な答えから払拭しようとする雰囲気。
それに、そもそも屍食鬼すら吸血鬼の一種に加えるのならば、コイツら……。吸魂鬼や吸精鬼も吸血鬼の一種として考えても問題はないでしょうから。
このハルケギニア世界では。
ゆっくりとひとつ呼吸を行い、少し場を落ち着かせる俺。妙にザワザワとした雰囲気ながらも、安堵と言う色で落ち着きを見せ始める村人たち。
「鏡に映らない類の吸血鬼に襲われた被害者は首筋に噛み痕などの傷痕が残らず、更に、その死も眠るように訪れる者がほとんどです。しかし、この村の犠牲者たちはすべて、身体中の液体と言う液体を奪われた上に、内臓の一部まで失って居ます」
これは、実体を持たない……人間から精気や魂を奪うタイプの吸血鬼などではなく、実体を持ったタイプの吸血鬼に襲われた犠牲者の特徴。
まして、この鏡に映らないと言う伝承は、本来は『悪人は自らの事を客観的に見る事が出来ない』と言う教訓的な教え。
他人から血(財産)を奪って行く吸血鬼(貴族)が、自らの事を庶民がどう見ているかなんて考える訳は有りませんから。
ついでに、吸血鬼……。いや、吸血行為が地球世界の十字を象ったシンボルの宗教に何故、嫌われたかと言うと……。
彼の宗教が浸透して行った頃のヨーロッパには、未だカニバリズムが深く根付いて居り、それを払拭する為に宗教的に禁忌として定めた、と言うのが通説と成って居ます。
もっとも、十字軍の遠征の際に彼の宗教的に言うと敬虔な信徒の行った蛮行の中には、その禁忌に触れるカニバリズムが存在して居り、こんな嘘八百を簡単に信用するほど、俺は能天気に出来てはいないのですけどね。
そんな、口では吸血鬼の種類に関する説明を行いながらも、思考の部分ではまたもやダッチロール状態と成って居た俺。
しかし……。
それまでザワザワとした雰囲気ながらも、俺の言葉を一言一句、聞き逃さないようにしていた住民たちの間に、何か得体の知れない感覚が走った。
うん? これは……畏れ?
「騎士従者様。その鏡に映らないタイプの吸血鬼の犠牲者と言うのは……」
☆★☆★☆
「その若い女性が倒れて居たのは昨日の朝で、蒼穹には太陽が昇っていたのですね?」
流石に火竜山脈と言う、俺の常識の向こう側に存在していた暑い山脈の麓に有る村でも、ここは村長宅。そして、緯度から言うとここは日本の北海道と同じレベル。
暖流の影響からなのか、もしくは火竜山脈の影響か。これまでは積雪が数メートルにも及ぶような地域ではなかったようなのですが、それでも家屋は気密性に優れた北国仕様の家屋。ましてここは内陸部の村。
つまり、何が言いたいかと言うと、この廊下は暗い。昼間からこの暗さ。まして、村長宅とは言え、流石に田舎町の魔法に関係ない平民の村長宅故に魔法のランプなど存在しない。よって、清教徒革命当時なら至極一般的なランプに灯りを点して進む俺たち一同。
矢張り、電灯。エジソンが発明する前に、このガリアでは電気による明かりを一般に普及させるべきなのでしょう。
……などと、所詮はガリアの為政者の影武者に過ぎない俺が、柄にもなく真っ当な事を考えながら、それでも表面上は脇道に逸れる事もなく村長さんにそう問いかけた。
「はい。一昨日の晩は静かな晩で、強い風が吹く訳でもなく、まして、森で獣が騒ぐ事もない夜だったのですが……」
その静かな夜が明けた朝。森の入り口辺りに、その若い女性は倒れて居たのです。
そう村長さんはあらましを語った。
成るほど。そう言えば、報告書の中にも、そして、先ほど村人が一同に集まった際にも挙がって居た証言の中に、被害者が出る夜には森が騒ぐ、と言う証言が有りましたか。
イザベラから渡された分厚い書類にざっと目を通した時に、少し気に成って居た部分を思い出す俺。
その時、
村長さんが廊下の突き当たりに有る扉の前に立ち止まる。
そうして、
「綺麗なお嬢さんで、しかも、身形から貴族じゃないかと思い、我が家で預かる事と成ったのですが、それからずっと眠り続けて居るのです」
……そう言いながら、その木製の扉を押し開いた。
その瞬間、微かな違和感が発生。これは、何らかの境界線を越えた瞬間に発生する違和感。
但し、危険な物とは感じない。おそらくこれは一種の聖域を作り出す魔法。
しかし、そんな物を感じる事がないのか、白髪白髭の村長さんは、その生活に疲れた老人の如き表情をこちらに向け、
「それでも、昨日は今朝のように晴れていた訳ではないので……」
そう言った後、視界を遮って居た自らの身体を脇……内開きの扉の向こう側に避けた。
ガラスが非常に高価な代物の為に、戸板に因り塞がれた窓から明かりが漏れて来る事もない室内は、村長が持つランプのみが唯一の光源として存在するだけで薄暗く……。
粗末な……。目立つ家具や調度品が備えられていない部屋は寒々とした雰囲気で、その部屋の隅に押し付けられるように置かれた粗末なベッドと、その脇に置かれた質素な木製の椅子だけが、この部屋の特徴らしい特徴と言えた。
その粗末な寝台の上に眠って居たのは……。
「ルイズ?」
かなり暗い室内なのですが、これだけは見間違えようのない春の色彩を連想させる髪の毛。白いシーツの上に咲き誇る優美なしだれ桜。流石に、この剣と魔法のファンタジー世界でも、彼女以外に一度も目にした事のない髪の毛の色ですから……。
しかし――
しかし、其処に微かな違和感。閉じられた瞳から続く鼻梁の線。彼女が属する人種から考えても、やや白い……精気を失った頬から顎に掛けての線もかなり細いような気も。
更に、身長に関して言うと、ルイズとタバサは十センチほどしか違いがなかったような気がするのですが、今、粗末なベッドの上で安らかな寝顔をこちらに魅せている少女は、それよりは少し身長が高いような気もするのですが。
そう考え、更に目を凝らし眠れる美少女を見つめる俺。瞳に能力を籠め、彼女の本質を見極めようとする。
しかし、その瞬間、淡い春色の少女の枕元に動く白い影。
「あぁ、話し忘れていましたが、その少女の傍を離れようとしない白猫が居りまして」
その白い影を認めると同時に、割と呑気そうな村長さんの声が聞こえて来る。
そして、
「どんなに追い払おうとしても、それに餌をやっても食べようともせず、その少女の傍から離れようしない事から、そのまま好きなようにさせて居るのです」
村長さんがそう言うと同時に、大きく伸びをした白いもふもふの毛玉が、突然、入室して来た俺たちの方を胡散臭げに見つめていた。
……いや、確かにその毛玉の見た目は白猫。耳はピンと立ち、尻尾は自らの胴体の部分と同じぐらいの長さを誇る。
思わず抱き上げて、肉球をぷにぷにするか、喉の部分を指すってやりたくなる、尻尾の部分を除いた体長五十センチ未満の成猫……と言うには小さいし、子猫と言うには少し大きい白猫。
大きな欠伸の後に、しなやかな身体を体重の無い者のように閃かせ、ベッドの上……そのピンク色の髪の毛を持つ少女の枕元から、足音も立てずに木の床に降り立つその白猫。
そうして、妙に人間臭い表情で突然部屋に侵入して来た俺たちを一瞥した後、
「久しぶりやな、ハク」
何処からか聞こえて来る覚えのない少女の声。俺は慌てて周囲の確認を行う……などと現実逃避をしても意味は有りませんか。
何故ならば、先ほどの声は足元。俺の事を見上げている、食肉目ネコ科の白い小動物の口から発せられたのは間違い有りませんから。
ただ、彼女の口の動き自体が、確かに聞こえて来た言葉通りの動きをしたのか、それとも、別の言語で語られた言葉を、俺の脳が自動的に翻訳したのかは定かでは有りませんが。
「ね、猫……猫が喋った?」
しかし、俺が反応を示さず、一瞬、思考の海に沈み掛けた事による空白に、村長さんのかなり上ずった声が響く。
この瞬間に、俺の足元から見上げている白猫が、村長さんの分かる言語。つまり、ガリア共通語で話して居る事が理解出来た。
もっとも、そんな事は別に重要な事ではないのですが。
「もし、そのハクと呼び掛けた相手が私ならば、それはおそらく人違いですよ」
一応、そう礼儀正しい態度で答えて置く俺。もっとも、猫を相手に返す人間の答えとしてはあまりにも落ち着き過ぎた答え方。更に、その場で腰を抜かし掛けた村長さんを左腕で支えながらの、非常に冷静な態度。
ただ、普通の人間の反応から言うのならば、この場合は村長さんの態度の方が正しくて、俺の対応は不自然だったでしょうね。それぐらい、普通の人間の感覚からすると、猫が喋り出すと言うのは異常事態のはずです。
しかし、俺に取っては……。
先ず、人語を解す猫、と言う存在に出会ったのが、俺の長くはない人生の中で一度や二度の出来事では有りません。西洋の伝説に有る猫の王と言う存在に事件解決の助力を乞うた事も有ります。それに今回の場合は、扉を開いた瞬間に感じた違和感と言う前兆が有りましたから、それほど慌てふためく理由は有りませんでした。
まして、落ち着いた態度でこの異常事態を処理して見せる事が出来れば、見た目の年齢から来る頼りなさを払拭して、村長さんと、そして、俺の事を見上げている白猫姿の何モノかの信頼も得やすいはずです。
こんな場面で醜態を晒す訳には行かないでしょう。
「なんやハクやないのか、坊主は。せやけど、ガリアの世嗣で有るのは間違いないんやろう、崇拝される者」
ちゃんと前脚をそろえた形でお座りをし、後ろ足で耳の後ろを掻きながら、俺の後ろに立つ黒髪の少女に問い掛ける白猫。
……と言うか、崇拝される者を知って居る猫?
「それだけは間違いない、風の精霊王。こいつは、ドーファン・ド・ガリアの名を継ぐ者」
俺の背後から斜め前に一歩踏み出す事に因り、タバサと俺の間に入り込んだ崇拝される者ブリギッドが答えた。
しかし、この目の前に居る猫が風の精霊王?
そう訝しく思いながらも見鬼を行う俺。確かに白は、東洋では風を意味する色と成るのですが。
………………。
…………。
――――って、コイツは!
「貴女は白虎なのですか?」
確かに向こうの世界でも出会った事が有るので、多分、間違えてはいないと思う……のですが、それでも少し自信がないので疑問形で問い掛ける俺。
そう。確かに、向こうの世界でも虎種と言う種族と出会った事が俺には有ります。
但し、それは人型をした虎種。水晶宮の関係者の中には、虎種に繋がる人間も居ました。故に完全に、何処からどう見ても猫以外の姿に見えない虎種と言う存在に出会ったのは……。
……多分今回が初めて。そう考え掛けた俺。しかし、その考えに記憶の片隅から僅かな違和感を覚える。そう言えば、何時の事なのかはっきりとは思い出せないけど、猫に変化をした虎種と言う存在にも出会った事が有るような、ないような……。
白猫を見つめながら、少し固まる俺。どうにも思い出せそうで、思い出せない、非常にもどかしい感覚。
そんなもどかしい思いに囚われる事数瞬。しかし、首を横に振る。
そう、これは確信。何処かで猫の姿をした虎種に、俺は出会った事が有る。あれは確か……。
「南を統べる炎の精霊王の住まう山に朱雀が顕われ、北を統べる水の精霊王の住まう湖を護って居たのが元は黒龍。東は青龍が治めるマヴァールの地。
ならば西を護る聖獣白虎が顕われない訳がないやろうが、坊主」
掴み掛かった記憶の奥底に沈む何かを、無理矢理に思い出そうとする俺。しかし、その風の精霊王と呼ばれた白虎の言葉が現実に引き戻す。
その内容。これは西洋風のファンタジー世界にはそぐわない思想。四神相応と言う思想。
確かに、地形から言うとガリアは四神相応とは言い難い地形でしょう。……が、しかし、それぞれの方向に対応した精霊王を配置すれば、そんな地形的な物は無視しても構わないはず。
そして、このハルケギニアで最も栄えて居る国がガリアですから、その国自体が四神相応の土地に国を配置して有ったとしても不思議では有りません。
しかし……。
「少し疑問が有るのですが、風の精霊王。それに、炎の精霊王。このハルケギニア世界。いや、このガリアには、昔、仙人が住んで居た、もしくは訪れた事が有ると言うのですか?」
前々から気に成っていた部分を口にする俺。
確かにこのハルケギニアと言う世界が、今までも西洋風剣と魔法のファンタジー世界だと思い込んでいると足元をすくわれる事が有る、……と言う事は判っていましたが。
ただ、それにしても、こう言うあからさまな形で白虎が目の前に現れる事態と言うのは流石に……。
「さあな。ウチに言えるのは、ウチの師匠に命じられて、何時かこの世界に訪れる危機を回避する手伝いをしろ、と言われただけやからな」
具体的な時期も、まして、その手伝いをする相手の名前も教えられていないけど。そう、白虎はお気楽な言葉使いで答えた。
いや、本人はもしかすると真面目に答えた心算かも知れませんが、どうにも関西弁風に聞こえるこの儲けの悪い詐欺師のような言葉使いでは、少しくだけた物言いに聞こえて仕舞う、と言う事なのですが。
もっとも、彼女の話して居る言語はハルケギニアのガリア共通語のはずなので、そのガリア共通語の中の何処か特殊な地方の方言を、俺の脳が自動翻訳技能を使って関西弁風の言葉として認識している、と言うだけの事だと思うのですけどね。
ただ……。
成るほど、白虎の師匠か。これは、ガリアに直接関係しているかどうかはさて置き、ハルケギニア世界自体には何らかの神仙が絡んで来て居るのは間違いないでしょう。白虎のような霊格の高い神獣を乗騎に出来る存在だとすると、相手は俺クラスの地仙などではなく、間違いなく天仙クラス。神と呼ばれる連中と互角の連中。
こんなヤツが絡んで来て居るとすると、このハルケギニア世界には……。
偶然、俺のように次元孔に落ち込んだ仙人が昔この国、もしくは世界に住んで居たなどと言う甘い話でない可能性の方が高い……でしょうねぇ。
「私は、気付いた時には炎の精霊を統べる存在としてこの世界に存在していた。ガリア王国との盟約も既にその時には交わされていたから、その始まりの詳しい部分に関しては知らない」
白虎の答えの後に続いて、崇拝される者ブリギッドもそう答える。
確かに、精霊の誕生に付いては諸説ありますが、少なくとも、両親の元に誕生する精霊と言う者は殆んど存在して居ないはずでしたか。基本的には自然の気が凝り固まって、それに意識が芽生えた存在が精霊と成る者です。
故に、ブリギッドの言うような事が起こり得るのですが……。
沈思黙考。状況が動きつつあるので、ここでのウカツな対応は、後に禍を為す可能性も有り。そう考えて、少し思考の整理を行う俺。
しかし、その間隙を縫うかのように――
「あ、あの騎士従者さま、私には何が起きて居るのかさっぱり分からないのですが……」
この部屋に案内して来た張本人。しかし、猫がいきなり話し掛けて来るような異常事態に対処出来る術を持たない一般人で有る村長さんが、少しの空白を突いて自己主張を開始する。
但し、これは明らかに及び腰。素直に、ここで起きた事はすべて忘れるから、出来るだけ早い内にこの異常な空間から解放してくれ、と目が訴え掛けています。
その証拠に、彼は未だ、俺の事を騎士従者さまと呼び掛けて来ました。
流石に、リュティスからかなり離れたこの地ですが、ドーファン・ド・ガリアの称号が意味するトコロは知って居るはずです。まして、俺自身も、ガリア王家に近い血縁の象徴。蒼い髪の毛と蒼い瞳を始めから隠そうとはして居ません。しかし、村長さんはその俺に対しての呼び掛けに相応しい称号……。殿下と言う呼び方はせず、騎士従者さま、と呼び掛けて来ましたから。
「そうですね……」
少し思案顔でそう答える俺。確かに、この場に村長さんが居ても益はないでしょう。いや、知らなくても良い事まで知って仕舞う可能性もゼロでは有りませんか。
こう言う魔法の世界。ハルケギニアの表の世界に存在して居る科学の代わりと成る魔法の世界などではなく、俺やタバサが存在している深い闇に彩られた魔法の世界には、闇のモノが関わって居る事件が多数存在して居り、彼らの存在を察知する事に因って、余計な危険を招き寄せる可能性も少なく有りません。
好奇心は猫をも殺す。九つの生命を持つ猫でさえ、余計な事を知って仕舞っては生命を失う事も有る。まして、何かを知ると言う事は、それだけ余計な責任が増えると言う事でも有る。
まぁ、少なくとも、現在俺やタバサが居る世界は、光溢れる世界の住人が簡単に覗き込んで良い世界ではない、と言う事です。
彼……村長さんが倒れるのを防いだ後、何をするでもなかった左腕に巻かれた時計に目をやる俺。
時間的にはそろそろ……。
「村長さん。済みませんが、人数分よりも多めの昼食を用意するようにしては貰えませんでしょうか。魔法を使用すると、どうしても普通の時よりは空腹を感じやすいので」
後書き
先ず謝罪から。
最初に書き上げた段階では、この88話内でカトレアさんの名前や病状まで書いて有りました。
但し、それでは88話が2万文字以上と言うトンデモナイ文字数の話と成って仕舞ったので、急遽、二分割。故に、第88話内でカトレアさんは登場のみで名前さえ出ていない状態と成って仕舞いました。
どうにも、隔週更新に改めてから一話の文字数が増える傾向にあるので……。
ちなみに、次回の文字数は既に1万2千文字以上です。
それでは次回タイトルは『吸血鬼伝説』です。
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