打球は快音響かせて
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高校2年
第二十八話 まだゴールは先
前書き
東豊緑州(ポケモンのホウエンマップの東半分)大会出場枠
水面地区4
瑠音・木凪地区2
斎遊・徳実地区2
日真脇地区2
七島地区2
羅流洲地区3
の15校で開催地1位が不戦勝。
田舎が多いので、都市圏の水面と羅流洲だけ枠を多くして出場割合の均衡を図っている。
(中学の時に作った設定なので、まだセトグニとかトウエツとか、日本地図に丸ごと対応できるマップの存在を知らなかったから、ホウエンマップを東西に2分割して選抜出場枠の帳尻合わせようとしてたんですよね。本来の高校野球は九州地区は九州大会一つなので、この小説の設定だと九州大会を東西に分けてやってるようなモノになってしまうのですが。あと、ナナシマとラルースを勝手にホウエンマップに組み込んでしまっていました。そこはもう、ご容赦下さい。今から考え直すのも辛い…)
第二十八話
マウンドには、試合終盤からリリーフしている越戸。セットポジションに入ったひょろ長い体は、まるで柳の木のようである。
そこから突然ガクッと体が沈み、ギクシャクした、しかしそれでいて躍動感のあるモーションで細い腕が横に振られる。動きがせわしない割にはボールは低めに集まり、その軌道はシュート気味に沈み込む。
ガキッ!
打者はその捉えどころのないボールにどん詰まり、ボテボテのゴロをサードの飾磨が一塁に送る。
「アウト!」
「やったァー!」
「よっしゃァアーー!!」
「ナイスサードォー!!」
この試合二十七個目のアウトをとった三龍ナインは、これまでに増して大きな喜びの声を上げた。
越戸の回りにナインが集まり、ハイタッチを交わし合う。応援席も歓喜に包まれ、抱き合う姿が見える。
この試合は水面地区秋季大会の準々決勝。
そして、東豊緑州大会の、水面地区からの出場枠は“4”。つまりこの時点でベスト4入りした三龍は、6年ぶり州大会の出場が決定したのだ。
州大会の結果は春の選抜甲子園の出場校決定に直接関わってくるので、何とか三龍は甲子園への可能性をつないだと言える。そういう事もあっての、この歓喜だった。
「いきなりベスト4かよぉ…」
バックネット裏の観客席で試合を見る乙黒は、つい最近まで自分が率いていたチームながら、スイスイと勝ち上がる様子に驚きを隠し切れない。
そしてそれを率いる浅海にも。
「…やっぱあいつ、監督としての才能あるんやな〜」
もう乙黒の中にわだかまりは存在しなかった。
ただただ、感服していた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「あー緊張したわー」
「どこの取材?」
「日間スポーツの。」
試合後、球場の観客席で昼食をとっている三龍ナインの元に美濃部、渡辺、浅海が戻ってきた。
雑誌の取材に応じていたらしい。女性監督就任後すぐのベスト4、そして州大会行きだから、なるほど記者としても興味深いチームだろう。
「こんなあっさり州大会行けると思うてなかったわ〜」
「ホント。高校生活でいっぺんもないと思ってた。」
この快進撃は本人達にとっても予想外だった。
その為か、チームにはどこか、満足したような空気が漂っていた。それもそうだろう。高校生が結果を出して浮かれない訳がない。
「次勝たな意味ないんやけんなァ!」
……京子以外は。
京子は皆の前に躍り出て、小さな体に似合わない大声で、腑抜けた顔をしているナインを叱咤し始める。
「帝王大!もしくは海洋!準決で当たるこの御三家のどちらかに勝たな、前のチームと変わらんけ!ただ組み合わせに助けられただけって事になるんやけ!」
京子が指差したグランドには、マリンブルーのユニフォームの海洋の選手と、純白のユニフォームの帝王大の選手がそれぞれ試合前の円陣を組んでいた。明日の準決勝で三龍と対戦するのはこのどちらか。そして三龍はそのどちらにも、前チームの対戦では負けている。
「ぐうの音も出ないな〜」
「正しい事しか言うとらんわな」
1年のロリマネージャーにタメ口で叱咤されても、先輩である2年生は頷くしかない。もうみんな、京子に叱られるのに“慣れていた"。そもそも上下関係のユルい三龍では、1年が諫言するのも大した問題にならない。
「ま、福原の言う通りだな。私もベスト4まであっさり来た事に驚いてるが、逆を言えばこのチームのゴールはこんな所じゃないって事だ。」
「さっきの取材でも、聞かれたんは浅海先生の事ばっかりや。俺ら自身が取り上げられよる訳や無かった。やっぱこいつらに勝たな、認められんと思う」
浅海と渡辺がそれぞれ雰囲気を戒め、三龍ナインの視線がグランドに向く。
ここからが本番。相手は水面地区の強豪私学御三家、帝王大水面、水面海洋、水面商学館。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「こういう時ってさ、やっぱ京子ってお兄ちゃん応援するの?」
目の前で繰り広げられる試合を観ながら、隣に座る京子に翼が尋ねた。
「…今日は帝王大に勝って欲しいですね」
「やっぱお兄ちゃんだからなぁ」
「いや、海洋の方が投手が良い分厄介だから。兄貴は嫌いです。」
何とも刺々しい言い方に、翼は苦笑いした。京子は表情一つ変えずに、グランドを睨みつけている。
「帝王大は春の選抜のクリーンアップそのまま残ってるさけなぁ。ガタイもええし、めっちゃ打ちそうやけど」
「うん。でも今の試合展開は……」
枡田の言葉を受けて京子が話し始めた時、グランドから“また”快音が響く。
「……完全にそのお株を奪われてるっちゃね」
京子の顔は複雑だった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「穴井いいねー!」
「この秋二本目出ました出ましたー!!」
水面海洋ベンチから喝采が上がる。
ガッツポーズしながら背の高い選手がダイヤモンドを一周する。その顔には余裕の笑みも浮かんでいる。
「またカチコんだんけ?なんや、案外歯ごたえないの〜。」
ベンチ前で城ヶ島とキャッチボールしながら川道が拍子抜けした様子で呟いた。城ヶ島はそれを諌める。
「あんま気ィ抜くな。あっちの打線もまぁまぁエグいんやけ。こっちも取られるかもしれんけん。」
「あれあれ、城ヶ島ちゃんいつからそないに謙虚になってしもーたん?」
ミットで顔を隠しながらニヤニヤと笑う川道に、城ヶ島は呆れたようにため息をついた。
今の試合のスコアは5-0で海洋のリード。海洋打線は既にホームラン2本を放っている。
戦前の予想ではこの秋の大一番だとされていて、観客も沢山入っていたが、今の所は海洋が帝王大のお株を奪う強打を見せつけている。
(ま、あんだけ部員居って、何でエースがあのレベルなんかとは思うけどな)
一方的な試合展開にお通夜のような雰囲気になっている、応援席に陣取る帝王大の控え部員70人。2学年だけの秋では破格と言える部員数の相手チームを見て、城ヶ島は内心で呟いた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
カコッ!
「あーっ最悪ーーッ!!」
セカンドゴロを引っ掛けた高垣は大声を上げて悔しがる。ゴロ処理のバックアップに走りながら、川道はほくそ笑んでいた。
(これで3回続けておんなじよーなバッティングや。こいつせっかちやさけ、真っ直ぐ見せ球にしてボール先行から緩い球投げちゃりゃ、イライラしてすぐ引っ掛けるわ。通算20本でも怖ない怖ない。)
<4番センター福原君>
打ち取られた高垣に代わって、4番の福原が打席に入る。3番の高垣、5番の花岡に比べて背丈は頭一つ低いが、スイングの鋭さは勝るとも劣らない強打者である。劣勢の試合展開に、顎の発達した福原の顔にも少しの焦りが見えた。
(こいつは高垣や花岡に比べると、打つ球はちゃんと選んでくるんよな。打てる球とそうやない球をちゃんと弁えてるっちゅーか、自分の身の程知ってるっちゅーか)
川道は迷いなくサインを送る。城ヶ島もそのサインにすぐ頷く。投球はバッテリーの共同作業。バッテリーの呼吸が合うと、どんどんテンポが上がっていく。
(ま、打てん球を続けてやりゃそれで終わりよ)
「ストライクアウトォ!」
右打者のアウトコースに逃げていくスライダー。テンポよく次々と投げ込まれるそのボールを結局捉え切る事が出来ず、福原は3球三振に終わった。川道が上機嫌で内野にボールを回す。バックの守備にもリズムが出る。
「何しよんね。」
観客席ではイライラした顔で京子が呟いていた。
翼はそれをチラと見て、唇を噛む京子の顔が実に悔しそうな事に気づく。
(やっぱり兄貴には打って欲しいんだな。)
カーーン!
5番・花岡の打球は痛烈なハーフライナーになってセンターにぐんぐん伸びていく。しかし、フェンスまではもう一伸び足りず、深く下がっていた外野のグラブに白球が収まる。花岡はあと少しでバックスクリーン弾だった自分の打球を見て、端正な顔に苦笑いを浮かべる。
(もう少しやったのに〜、て笑いよるんやろな。アホやな〜、その打球がホームランになったかて、一点しか入らんやんけ。5点差ひっくり返そう思たらもうちょい他に打ち方あるんちゃうの?まぁ、ちょっとビビったけどなww)
ベンチに戻りながら、川道が冷や汗を拭いつつ心の中で花岡を馬鹿にする。昨秋準決でのコールド負けの借りを、存分に返さんばかりの理想的な試合展開に笑いが止まらない。
(何が強力打線や。どいつもこいつもHRカチこむ事しか考えてへんやんけ。さすが、伸び伸び野球とかエンジョイベースボールとか言うてるヌルいチームやなぁ。ほやさけオノレら、いつまで経ってもウチの2番手やねん。)
「アホゥ!何にやけとるんならー!」
ニヤニヤしながらベンチに戻ってきた川道に、高地監督がゲンコツを食らわす。頭の中でブツブツ言ってて身構えていなかった川道はマトモにその一撃を食らってベンチの中で悶絶した。
(……前言撤回!やっぱ俺もエンジョイベースボールのが良かったわ!)
涙目になりながら、そう思った川道であった。
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