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少年少女の戦極時代Ⅱ

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オリジナル/ユグドラシル内紛編
  第48話 CASE “Hexa” ②


「ハッショウ、しない?」
「平たく言えばキミは特異体質というやつなんだよ、呉島碧沙君。果実の誘惑が効かないのも、妙に鼻が利くのも勘がいいのもそのせい。我々もわざわざ防護服を着て活動したし、今は量産型のアーマードライダーを現場に投入している。だがキミは違う。キミはあの死の森に魅入られていない唯一の人類なんだよ」
「どうして、わたしがそんな……」

 凌馬は我が意を得たとばかりに口の端を上げ、いつのまにか湊が持って来たファイルを受け取って開いた。

「呉島碧沙。12歳。2002年×月×日、呉島家所有の避暑地でもある海沿いの町唯一の医院で出生。母親は産褥にて死亡。その後1週間と置かず身柄を沢芽市街のユグドラシル系列の病院に移される、と」
「……ずいぶんと熱心にお調べになったんですね」
「調べたのはシドだけどね。あの貴虎が溺愛してやまない妹君がどんな人間か、好奇心がうずいたみたいだ」

 凌馬の指がファイルのページを繰る。

「そしてここからがキモ。キミたち兄妹の母親が静養に行ってすぐ、この町に怪物が現れるという噂が流れ始めた。まだユグドラシルが怪生物の存在を認知していなかった頃だけど、目撃談を統合するに、インベスで間違いない。その噂が流れてる期間が、ちょうどキミの生年月日と重なるんだなこれが。赤ん坊のキミは産まれてすぐ市街地に搬送され、噂はぷっつり途絶えたと。これが何を意味するか、賢いキミなら分かるんじゃない? 碧沙君」

 海沿いの港町で起きた怪物騒動。その噂の鎮火を待たずして碧沙が産まれ、碧沙が町から去ると怪物の噂も消えていった。

 ここまで揃えば碧沙でも分かる。自分が何者なのか。「何」から産まれたモノなのか。
 母親は、食べてしまったのだ。決して口にしてはいけない魅惑の果実を。
 母は碧沙を孕んだままインベスとなったのだ。

 碧沙はパイプイスを勢いよく立って、凌馬から数歩引いた。凌馬を恐れてではない。突きつけられた過去――自分がニンゲンから外れたモノだという事実が恐ろしかったのだ。

「貴虎からキミの話を聞いた時は驚いたよ。ヘルヘイムの果実を、残り香とはいえ『イヤなにおい』と表現する人間なんてまずいなかったからね。キミの学校での健康診断や病院の記録を漁ってみてから、ますますキミの体質について確信したよ」

 思い出すのは、クリスマスゲームで、碧沙がキャンプに乗り込んだ時、通信越しの彼の言葉。


 “彼女は「特別」だからね”


 あのたった一言に、戦極凌馬はどれだけの期待と狂喜を込めていたのか。

「そんな母親の羊水と胎盤で育てば、なるほど、ヘルヘイム因子への耐性を宿して産まれるはずだ。
どうだい、この際だから徹底的に検査してみようよ。ヘルヘイムのデータがある我が社の技術で調べたら新事実が出てくるかもよ」
「いや、です」

 碧沙は喉からようよう声を絞り出した。

「その新事実が、何かユグドラシルのためになって、めぐりめぐって咲たちをキズつけるかもしれない。そんなこと、わたし、イヤです」

 すると凌馬は堪えきれないように笑い出した。

「見かけによらず優しいとこは、さすが貴虎の妹」
「貴虎兄さんはいつだってやさしいです」
「かもね。私も最近になってそんな気がしてきてる。いや、あれは――甘いと言うべきかな」

 兄を侮辱され、碧沙はつい凌馬を睨んだ。だが凌馬はどこ吹く風というふうにお手上げのポーズ。

「――、帰ります」

 碧沙はバッグを持って立ち上がり、凌馬に深く礼をした。

「おいそがしい中、時間を下さって、ありがとうございました」

 踵を返そうとした碧沙の、両肩を、後ろから湊が掴んだ。

 え、と見上げると、湊はにっこり笑って、碧沙の両肩に圧をかけた。碧沙は再びパイプ椅子に座らされた。

「え…え?」
「まだ帰っていいとは言ってないよ」

 凌馬はオフィスチェアを立ち、両肩を押さえられた碧沙のアゴを指で持ち上げた。

「キミには大いに価値がある。ヘルヘイム感染しない人間なんて、これを逃せば後にも先にもそうお目にかかれない」
「わた、わたし、イヤって」
「聞いてあげるとは誰も言ってないよ」

 にっこり。凌馬はまるで、碧沙たちの年頃の少年のような笑みを浮かべた。 
 

 
後書き
 ヘルヘイムの植物は何も沢芽市にばかり生るのではないと原作でも語られています。そして、果実は人の食欲を最大限刺激します。そこで作者考えました。

 ヘルヘイムの果実を、妊婦が食べたらどうなる?
 辿り着いた結論が、碧沙でした。

 ここで勘違いをしないで頂きたいのは、碧沙は決して人外ではなく、人間であるという点です。
 果実の魅了を跳ね返すのはあくまでそういう生まれによる体質であり、彼女のDNAや肉体組成は完璧な「人間」です。
 凌馬が彼女を「運命」と称したのは、ユグドラシルのヘルヘイム対策チームのトップの身内がまさかのこの体質だった、灯台下暗しのようなことを表しているということだったのでした。 
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