書く執念
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第四章
第四章
「もうつゆが黒うて黒うて」
「ああ。あれは」
「あんなん辛うて食えたもんやない。大阪にはよ帰りたいわ」
「そうでっか」
「けどな。ここにおる間もだ」
東京で入院している。その間もだというのだ。
「書くで。これまで通り」
「ほんま無理は禁物ですよ」
「いや、わしは作家やからな」
「そやからですか」
「書くで」
その達観した微笑みでだ。言う織田だった。
「これからもな。書くで」
「ですが血まで吐かれて」
「そやからそれは今までと同じや」
だからだというのだ。そのことはだ。
「あんまり関係ないわ。最後まで書くで」
「そうするんでっか」
「そや。ほな大阪に戻ったらな」
織田はあえてだ。編集者に対して大阪に帰ったならばと言ってみせた。
「美味いもん食いに行こうで」
「カレーでっか?あのお店の」
「あそこもええな。あと鰻にな」
「御飯の中に鰻のある」
その店もだ。織田の贔屓なのだ。彼は鰻も好きだった。編集者もその彼に話を合わせてだ。そしてそのうえでこの店のことも言ったのである。
「あと善哉が二つ出る」
「そやな。あの店も行こうか」
「行きましょ。法善寺横丁にも」
「楽しみやな。ほな大阪にも戻ってな」
「食べ歩いてそうして」
「書くで」
とにかくそうするとだ。織田は編集者に微笑んで話した。編集者は彼のその微笑みを見てから大阪に帰った。だがそれからすぐにだった。
織田は死んでしまった。喀血してその血で息を詰まらせてだ。そうして死んだのだ。織田の死は編集者にも伝わった。彼はその話を聞いてだ。
即座に肩を落とした。そして周りにこう言った。
「残念やなあ。ほんまに」
「そうでんな。あんなに頑張って書いてはったのに」
「大阪に帰りたいって言うてはったのに」
「それが死んでしもうて」
「残念やな」
周囲もだ。織田の死を悼んでこう言う。そしてだ。
編集者は肩を落としながらだ。こうも言った。
「死ぬまで。病室でもな」
「書いてはってんな」
「小説を」
「そや。あの人言うた通りにしてはったわ」
まさにだ。死ぬまで書いたというのだ。
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